DAWN FANTASY

4章:一つの解、全ての鍵 - 3 -

 碧氷の眸に、戸惑ったような光が浮かんだように見えた。
目を閉じてリィン エィト……」
 七海は勇気をだして囁いたが、ランティスは七海の顔を凝視したままだ。七海の肩を掴んで、距離をとろうとする。
 七海は素直に躰を離すと、傷に触れないように、そっと優しく白い頬に触れた。頬骨からあごへと、指でなぞる。
「大丈夫。私は平気だから……目を閉じてリィン エィト
 七海はランティスの目を見つめて、ほほえみながらいった。
 美しい瞳が、葛藤に揺れた。澄み透った碧氷の瞳に、慈愛と劣情とが混淆こんこうして、一段昏い藍青らんじょう色に翳ったように見えた。
 視線は雄弁だ。焔の激情、色香と欲望、渇望を強く訴えてくる。
 美貌に浮かんだ狂おしげな表情を見て、七海は胸の張り裂けそうな愛おしさを覚えた。期待と興奮に背筋がぞくりと震えて、両の腕が少し粟立あわだった。必ずしも心地よいとはいえなかったが、制御できるようなものではなかった。
「*****……」
 言葉がわからなくても、ふたりとも同じ気持だった。それが判って、七海は一種勝利にも似た喜びに酔いしれた。
 密生した白銀の睫毛が震えて、そっと伏せられる。七海は顔を寄せ、震える唇を押し当てた。
 刹那、躰に電気が走り、互いの躰を刺激した。彼の両腕が七海の腰に回され、ぴったりと抱き寄せた。口づけは深くなり、舌を絡めると、甘美さに舌がしびれた。
「ん……っ」
 柑蜜をしゃぶるみたいに舌を絡めながら、心のなかで呼びかけた。これまでに何度も彼がしてくれたように、心象が伝わるように、鮮明に思い描いた。ランティスがいかに強く、勇敢で、献身的で、思い遣り深く、七海を大切に護ってくれたかを、伝えようとした。
 七海ひとりきりなら、とっくに死んでいた。心も肉体もこわされていた。
 ランティスのおかげで、今日まで生きてこられたのだ。
 ずっと傍で護ってくれた。魑魅魍魎から守り、暗闇に堕ちても、迷路を彷徨っても、魂が乖離かいりしかけても――必ず助けてくれた。
 不便のないよう気遣ってくれた。食事を用意し、言葉を教えてくれて、清めの魔法スプールのペンダントを渡してくれた。怖い思いをしないように、寄り添って眠ってくれた。
 ときには、安らぎのひとときも与えてくれた。
 蜂蜜のような黄昏。陽を浴びて琥珀色に燦めく金雀花えにしだ
 神聖な宇宙樹ユグドラシルでの憩い。初めて知った星の美しさ。
 滴るような緑の監獄――七海ひとりでは、一歩も進めなかったに違いない。彼が道を拓いて、星明かりに開く神秘の花を見せてくれた。
 ランティスは強い。すごい人だ。七海の知るなかで、もっとも素晴らしいひとだ。
 火焔狼コゥダリ――砂髑髏ジャジャ――信じられないほどの怪物にも、見事に打ち克ってみせた。
 どんな敵もランティスには及ばない。彼ならば、必ず乗り越えられるはずだ。
(貴方はここにいる――私の傍にいる――これからもずっと――だからお願い、心と躰を繋ぎとめて……戻ってきて……!)
 思いのすべてをこめて、唇をあわせた。
 彼を助けたい――どんなことをしても――好きだから――愛しているから。
 彼の傷ついた左手は、いつの間にか癒えていた。七海の躰の線を、優しく撫でている。どんな感情で彼がそうしているのか判らないが、七海は、彼に触れて欲しかった。
(……良かった。創痕そうこんが消えている……)
 なめらかな頬を撫でて、七海は涙ぐんだ。さっきは、本当に彼が死んでしまうかと思った。確かめるように頬の輪郭から首筋を撫で、胸に掌を押しあてると、力強い鼓動を感じた。
「良かった……っ」
 感極まって囁くと、掌のうえに、彼の手が重ねられた。
「七海……」
 恭しく七海の手をとり、七海の目を見つめたまま、指先に唇を押しあてている。柔らかなくちづけは、七海の魂に触れた。
「あなたが、好き」
 言葉が自然とでてきた。
 ランティスは目を瞠ると、柔らかくほほえんだ。澄み透明った碧氷の眼差しが、蕩けそうなほど甘くなる。
「ココ セラーナ……七海、スキ」
 七海の目から涙が溢れた。胸がいっぱいになってしまって、言葉もなく、唇を震わせた。
 ランティスは、頬をつたう涙を指で優しくぬぐうと、思いの籠もったキスをした。
 快い熱に浸されていると、腕を撫でていた掌が、七海の乳房に触れた。優しく揉みしだかれ、指と指に乳首を挟まれると、七海の唇からあえぎの声が漏れた。
「あぁ……っ」
 恥ずかしいと思いながら、彼の愛撫を悦こんでもいた。
 服を脱がされ、魔法で出現させた分厚い織物のうえに、裸のまま横になった。彼も服を脱ぎ捨てると、七海に覆いかぶさった。
 青い眸に、灼熱の焔が燃えている。キスで濡れた唇が艶かくて、頭がくらくらする。
 服の上からは想像もつかないほど、筋肉を纏ったしなやかなに肉体……がっしりした肩、長くて力強い腕、胸、固く割れた腹部。無毛の肌は信じられないほどなめらかで、瑕瑾かきんの欠片もなく乳白色に輝いていた。
 壮絶に艶めいていて全身がぞくぞくする。
 ランティスはまた屈みこみ、激しく情熱的なキスをした。なめらかな唇は顎から首筋をたどり、鎖骨のくぼみに押し当てられた。
 七海は恍惚の表情で、ランティスの艷やかな髪を撫でた。信じられないほどなめらかで、指の合間をさらさらとこぼれ落ちていく。
 銀糸のような髪が肌にかかると、ぞくっとした震えが全身にはしった。
 ランティスは顔を起こして、髪を弄ぶ七海を見つめた。熱に翳った眸に射抜かれる。彼が頭を伏せて、片方の乳首を吸った時、七海は思わず背を弓なりにして腰を突きだした。
「あぁっ」
 ひときわ高い声が唇からこぼれおちた。
 ランティスが顔を覗きこんでくる。恥ずかしくて、視線をそらすと、首筋に舌が這わされた。躰はたちまち熱く燃えて、汗が流れでた。
「ぁ……っ」
 彼の広い胸板の重みに、官能を刺激される。固くなった乳首が擦れて、電流に触れたような衝撃が全身にはしった。
「ぁんっ」
 はりつめた乳房を掴まれ、息をのんだ。柔らかさを愉しむように淫らに揉みしだき、指先で朱い突起を弄ぶ間も、脚のあいだの愛撫は続き、長い指が探るようにもぐりこんできた。
「ぁっ、んん……っ」
 押し殺した声が漏れたとき、思わず脚が宙を蹴った。ランティスはその足頚を掴み、開かせた。自分の躰を間にいれて、脚を閉じられないようにする。
 甘い疼きが、七海の躰を駆け抜けた。
 躰の芯が燃えるように熱くて、太腿の間が濡れている。脚を閉じたいけれど、ランティスの膝に阻まれる。
 心臓が激しく鼓動をうっていて、息苦しい。全身の筋肉が慄えている。どうしてこんなに敏感になっているのだろう?
 胸を撫でる熱い掌は下腹へ降りていき、腿の内側を撫でた。
 彼は、下腹部に優しいくちづけを落としながら、顔をさげていき……腿の内側にキスをした。七海は敏感に反応し、腿をひくつかせている。
 彼は丁寧に、反対の腿も掌と唇で愛撫すると、黒い茂みに指先をそっともぐらせた。顔を近づけて、媚肉の襞を指でそっと押し開いた。
「ぁッ」
 腿のつけ根にキスをして、柔らかく喰む。
 七海は愕然となった。そんな風に愛撫されるのは、初めてだった。軽い混乱に陥り、膝を閉じようとするが、大腿で彼の顔を手挟むだけだった。指で押し開かれた襞の中心に、敏感なそこに、湿った温かい息を吹きかけられた。
「ぁっ! ……そんな、ぃやぁ……っ」
 そっと吸いあげられ、先端を舌ではじかれると、反射的に背が弓なりにしなった。熱くてなめらかな舌が媚肉にはわされ、最も敏感な肉粒を攻めたとき、強烈な悦楽に全身を貫かれた。
「んんっ!」
 そっと歯をたてられた瞬間、七海は思わず太腿でランティスの美しい顔を挟みこんだ。慌てて力を緩めるが、少しずつ唇がずれていき……秘めた孔に近づいていく。焦らすように淵をなぞり、突かれて、とろりと蜜があふれるでるのが判った。
「やだぁ……っ」
 たまらずすすり泣きがこぼれた時、舌を挿しいれられた。
「あぁッ!」
 繊細な動きで舌が、水音を撥ねさせながら、ぬかるんだ蜜壺をこねて、かきまぜる。魔法のように絶妙な舌技だった。七海の性感を――狂わせかたを熟知しており、容赦のない愛撫で攻めたてる。執拗であり、献身的であり、七海を高めるために尽くしていた。
「あ、あ、ぃやぁっ……ん、ふぅぅ」
 自分でも聞いたことのないような、甘ったるい声が喉奥から迸った。ランティスも掠れた唸り声をあげて、舐めしゃぶる。ぢゅうぅっと愛液をすすられると、さざなみのように全身が震えた。
「あぁぁんッ!!」
 凄まじい悦楽に貫かれて、恍惚を極めた。
 七海が震えている間も、ランティスは行為をやめたりせず、唇で優しく、悦楽の余韻を導いていた。
 無限の官能が螺旋を描き、七海はびくびくと背をしならせた。小さな悲鳴をあげて、全身を痙攣させる。奥からとろりと溢れる濃厚な蜜を、ランティスはぴったり唇をつけて飲みほし、最後に舌で舐めあげてから躰を離した。
「は……はぁ、はぁ……っ」
 荒い息をつきながら七海は、濡れた唇を手の甲で拭うランティスの艶冶えんやな姿に、魅せられていた。美しい妖精に――この世ならぬ艶麗えんれいひとに、舌と唇で愛撫されたことが信じられなかった。
「七海……」
 彼は掠れた声で囁きながら、そっと覆いかぶさった。触れた肌が驚くほど熱い。
 彼が顔を引いてじっと見つめてきた。思案げな視線が石床に落ちるのを見、なんとなく察した。
「大丈夫、気にしないで……続けて」
 七海はランティスの腕を掴んだ。柔らかなベッドがなくても、ここでしたかった。それに分厚い絨毯を敷いてくれたから、素肌で横になっても痛みはない。
「*********……ダイジョウブ?」
「ん、大丈夫……」
 下腹部が触れあい、股間の硬さに衝撃を受けた。七海に興奮してくれているのだと思うと、嬉しくもあり、怖かった。
 逃げの姿勢を敏感に感じ取ったのか、ランティスは七海の太ももを掴み、荒々しく、ぐいっと自分の方へ引っ張った。
「あっ……」
 切羽詰まったような、余裕のない動作に、七海の胸は高鳴る。期待に濡れた表情をしていたのかもしれない。ランティスは唸って、いきり勃った股間を掴んだ。扇状的な光景に、七海の心臓が暴れだす。
 怯えがないか確認するように、ランティスは七海の瞳を覗きこんだ。
「七海、********……」
 光の加減によっては、凍てつく北極に浮かぶ碧氷にも、澄んだ湖にも、爽やかな青空にも見える瞳は、今は影になって瑠璃に見える。
 ランティスは七海を仰向けにし、その上に、自分の体重を優しく傾けた。七海の耳元に口を寄せて、荒い息遣いのなかで囁く。
「*****……」
 言葉は判らなくても、甘く淫らな睦言だと判り、七海の胸は高鳴る。ランティスのものに、そっと指を伸ばした。
「熱い……」
 ランティスが低く呻き、驚いて、手を離してしまう。けれども乞うような視線に促され、またおずおずと触れて、そっと握った。
(こんなに大きなものが……ちゃんと入るのよね……)
 昨夜証明されたばかりだが、これほどの堅さと容積をもつものが、自分の体内に挿入はいってしまうことが信じられない。
 目元を染め、恐怖と神秘とを、同時に噛みしめている七海を、ランティスはじっと見つめている。彼はゆっくりした動作で、七海の耳に唇を寄せた。
「七海、スキ」
 荒々しく熱い呼気を耳のなかに注ぎこまれ、七海の心臓はうるさいほど高鳴った。
 熱い温度をもったランティスの言葉に侵食され、舌が耳の穴をふさぎ、耳朶をそっと甘噛みされる。
「ランティスさん……っ」
 彼の指が動けば、七海の声も高くなる。
 膨らんだ先端が、潤った中心を上下になぞった時、七海は息を飲んだ。
 大腿をしっかり両腕に固定された状態で、ゆっくり、挿入はいってきた。
 想像していた痛みは殆どなく――障壁を超える時に少し痛んだが――そのあとは、奥深くまで進むまで、強烈な悦びしかなかった。
 七海は平気だったが、ランティスはゆっくり、気遣って、慎重に腰を進めていた。
 もどかしいほど丁寧に、時間をかけて、ゆったりと抜き差しをする。じれったいが、大切にされていると感じて、七海の心はきゅんと甘く震えた。
「んぁッ!」
 不意に最奥を貫かれ、七海は悲鳴をあげた。ランティスも呻いた。律動は激しさを増していき、獰猛で荒々しく、淫らで、艶めかしい水音をたてながら、引き抜いて、貫く。
 これまで燻っていた欲望が、一挙に燃えあがってしまった。
「あぁ、も、だめぇ……っ」
 七海が腕を掴むと、ランティスは躰を倒して、七海を抱えこむようにして貫いた。容赦のない抽挿ちゅうそうに、七海の目から涙が溢れた。
「あ、あぁ」
 揺れる乳房を揉みしだかれながら、灼熱のくさびに貫かれて、揺さぶられる。全身が汗に濡れて、尻のしたにまで流れていくのが感じられた。
「ぁ、待ってっ……お願い、ゆっくり……っ」
 七海は涙に濡れた瞳で哀願した。ランティスの瞳に情欲と思い遣りが同時に閃いた。ひときわ強く穿たれ、七海は喘いだ。
「んぁッ! ゆっくりぃ……っ」
 もう一度七海がいうと、波間をたゆたうような律動に変えて、七海を揺らし始めた。
「*******……」
 低く柔らかな声は、異国の睦言を囁いている。
「あぁ……ン、はぁん」
 緩やかな腰遣いは艶めかしく、ふたりとも欲望と陶酔のとりこになって、貪り、貪られていた。
 隙間なく抱きしめあって、身も心も蕩かされて、熱い肌を触れあわせながら、交わって融ける。
「は……七海……っ」
 ランティスが苦しげに喘いだ。
 火花が頭のなかで弾け飛んで、眼裏まなうらが真っ白に燃えあがる。
 なかをしとどに濡らされ、一瞬女としての懸念が頭をもたげたが、瞼に頬に優しいキスの雨を受けるうちに、疑懼ぎくは溶け消えた。
 全身で愛されて、想いが伝わってくる。
 貴方は私のもの――強い思いを全身に刻まれて、全身に血がかけめぐる。
 心の奥処おくかまで沁み透り、全身に広がっていき、七海を捕らえた。己とランティスが目に見えぬ絆で、固く、しっかりと結びつけられたように感じた。
 魂の片割れを見つけたような多幸感。快い倦怠に身を任せ、七海は広い背中を抱きしめた。