メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

7章:ニーレンベルギア邸襲撃 - 12 -

 する閃き。
 冷徹な空気が流れた。ロザリオは、拳銃を構えるジョー・スパーナの間合いに臆せず斬り込む。

「くっ!」

 鋼色に光る銃身で、鋭い一閃を受け留めたものの、ジョー・スパーナは平衡バランスを崩して蹈鞴たたらを踏んだ。
 繰り出される鋭い一閃を、彼はステップを踏むように躱すが、窓辺に寄れば狙撃の的になる。足場は限られ、巧みに刃を振るうロザリオの有利に傾いた。
 あと一押し――
 ロザリオは仕留める構えで踏み込む。刹那、空気を裂いて鋭い刃が飛んでくる。
 瞬時にロザリオは後ろへ跳躍。ジョー・スパーナの背後からは、華奢な少年が弾丸のように飛び込んできた。

「マスターッ!!」

 天使のような少年、ユリアンだ。ジョー・スパーナの窮状を見てとるや、小柄な身に不釣り合いな四十五口径もの大型拳銃をたわむ袖から抜く――
 逃走に踏み切るヴィヴィアンを視界に認め、ロザリオは背中に交差したホルターから、上方排莢に改造された二丁拳銃を抜く――
 互いを照準するや、撃鉄げきてつを起こす!
 鋼が咆哮した。
 聴覚を奪う、戛然かつぜんと響く銃声音よ。石壁に穴が開き、破片が宙を舞う。
 壮絶な銃撃戦に、部屋は崩壊してゆく。
 蜂の巣になる前に、ヴィヴィアンはティカを抱えたまま塵埃じんあいの舞う部屋を駆けた。一瞬の躊躇もなく、背中を向けて窓の外へと飛び出す。
 後に続くように、ロザリオも左右に構えた銃で牽制射撃をしながら、窓の外へ飛び出した。
 一拍の後に雪崩れ込んで来た男達は、一斉に窓枠に駆け寄り、窓から身を乗り出すや、短機関銃を構える。

「やめろっ! ティカに当たる!!」

 鋭い怒号に、男達は困惑したように動きを止めた。
 静止を叫んだ男、魔法にかけられたジョー・スパーナは窓枠から身を乗り出すと、狂おしい視線でティカを見下ろし――

「手に入れてみせるッ!!」

 黒暗淵やみわだから一条の光を望むように、渇望を吠えた。
 怯えるティカを網膜に焼きつけ、身を翻すや、部屋の奥へ姿を消す。捕えろ! と鋭い指示を叫んだ。
 五階はありそうな高層から、ティカはヴィヴィアンに抱えられたまま落下した。あらゆる恐怖を振り払うように瞳を閉じる。首に回した腕に力を込めると、しっかり抱き返された。
 地面に激突する前に、ヴィヴィアンは光のを起こして風を呼んだ。遥か頭上から飛び降りたにも関わらず、着地は優雅なものであった。

「捕えろ!」

 地面に足が着くなり駆け出すと、屋内からジョー・スパーナの怒号が聞こえた。彼はヴィヴィアンの背中に向けて引き金を絞る――空気を裂く弾丸を、ロザリオは神業の瞬閃でまっ二つにかち割った!

「しっつこいな!」

 ヴィヴィアンは煩そうに吠えた。
 屋敷の外に飛び出すと、勇ましい防護鋼板ブレートアーマーよろわれた装甲戦闘車が神速で迫り、やかましい音を立てて急停止した。
 操縦しているのはサディールだ。
 ヴィヴィアンは乱暴にティカを中へ押し込むと、自分も乗りこみ、装甲戦闘車が走り出すと同時に、ロザリオも天井の銃座に飛び乗った。
 間一髪、敵の撃ちこむ弾丸は装甲側面に当たり火花を散らす。分厚い鋼の板は、弾痕を食い止めいびつに凹んだ。
 ロザリオは天井に配備された回転機関銃に手をかけるや、連射フルオートをぶちかます!
 硝煙を引いて、真鍮の薬莢やっきょう銃火じゅうかに混じって澄んだ音色を響かせた。
 銃声の合間に閃光弾を放り、続けて煙幕弾を放る。追っ手の迫る後方で炸裂し、逃走距離を稼いだ。
 適当且つ的確。乱射していた彼は、安全が確保されたと判ると助手席に座った。悪戯めいた光を瞳に点して、後ろを振り向く。

「信じられるか? 走る銃座が、鶴の一声で借りてきた猫に早変わりだ! 魔法ってのはすげぇもんだな」

 何と応えれば良いか判らず、怪我はない? とティカは控えめな口調で尋ねた。

「おぅよ。連中、照準付きの機関砲持ってんのに“ティカに当たる”だとよ。なんだそりゃ! お前ずっと先頭に立てよ」

 愉快そうに笑うロザリオを、不愉快そうにヴィヴィアンは睨んだ。

「やめてくれない?」

「だって、ティカにしかできないぜ。超魔法防壁敵前逃亡作戦……或いは、超魔法防壁中央突破作戦……いやいや、超魔法洗脳確固撃破作戦か?」

 何かの呪文のようだ。胡乱げなティカの眼差しには気付かないようで、ロザリオはなおも呪文を唱えている。

「キャプテン、船に戻りますよ?」

 操縦するサディールは、ロザリオの呪文を無視して問いかけた。ヴィヴィアンは「あぁ」と応え、疲れたように装甲戦闘車の天井を仰いだ。

「ごめんなさい」

 ぼそぼそと謝罪すると、そんな時に限って会話が途切れて、やたらと声が大きく聞こえた。

「勝手に行動するなって言ったろ」

 隣から抑揚のない声が降ってくる。彼の不機嫌は健在だ……。

「ごめんなさい……」

 無事に逃げ切れたが、この後に予想される譴責けんせきを思うと、気分は溌剌はつらつとは言い難い。
 悄然と俯いていると、ロザリオは意地悪そうな笑みを口に溜めて、助手席からティカを振り向いた。

「心配かけさせた罰。手間かけさせた罰。重罪だな。九尾の鞭でお仕置き決定」

 先が九つに分かれた凶悪な鞭のことだ。蒼白になるティカに、サディールが追い打ちをかける。

「カルタ・コラッロに置き去りだな。一年経ったら迎えにきてやる」

「うぅ……」

 涙目になっても、いつも優しいヴィヴィアンは慰めてくれなかった。