超B(L)級 ゾンBL - 君が美味しそう…これって○○? -

4章:新人類 - 7 -

 無人のエレベータに乗りこむと、レオは地下三階のボタンを押した。
 二人とも無言だった。レオの方は判らないが、広海は混乱を極めていて、口がきけなかった。野上の言葉、彼の最期のほほえみが脳裡を駆け巡っていた。
 十秒足らずで扉が開くと、レオが先に降りた。
 誰もいない。
 薄暗い廊下の先に、重い鋼鉄の扉があり、近づいていくと、顔の高さにあるパネルが滑るように開いた。
 赤い光線が上下に動くのを見、広海は、顔認証が必要なのかと訝しんだが、すぐに緑色のランプが点灯した。
<間もなくドアが開きます。完全に開くまでしばらくお待ちください>
 機械音声が繰り返される。ある程度開いたところで、二人は身を屈めてくぐり抜けた。
 くぐり抜けた先に、また扉があった。どうやら連動しているようで、一つ目の扉が開ききらないと、二つ目の扉は開かない仕様らしい。
「レオ、一昨日は、他の皆はどうなったか知っていますか?」
 扉が開くまで時間がかかると判り、広海は、堰を切ったように訊ねた。
「あの時、大都守護部隊が麻酔煙幕を焚いたの覚えてるか? ロミと谷山だけ輸送ヘリに乗せて離陸するの見て、俺はいったんその場を離れた」
「春香さんたちは?」
「全員やられた。最初から、ロミの確保が目的だったんだな。なんでか、谷山だけは助けたみてぇだけど」
「そうですか……」
 覚悟はしていたが、それでも広海は暗澹あんたんとなった。
「俺は湾岸高速の手前までバイク走らせて、そこから先は橋の下を通ったり……侵入するのに時間喰っちまった。遅くなって悪かった」
 広海は首を振った。
「俺の方こそ、ごめんなさい」
「いや……野上から話を聞けたのは、一つ収穫だったな」
 広海は少し冷静になった。
「さっきの野上さんの話……レオは、俺が免疫者で、他の感染者を従えられるって、知っていたんですか?」
「確信はなかったけど、なんとなく予感はしてた」
 そこで、二枚目の扉をくぐり抜けるために、会話は中断された。
 ところが、またしても扉が顕れた。どうやら三重構造らしい。広海はさらに質問を続けた。
「レオが庇護者っていうのも?」
「ああ……自分の躰に関しては、始まりの日から異変を感じていたしな。初めてロミにキスした時に、そうなんじゃないかって、予想はしてた」
 あの時のことを思いだして、こんな時だというのに広海は紅くなった。
「結局、俺たちは人間なんですかね?」
「ちょっと進化してるけどな」
「俺らだけ?」
「いや、野上もいってたけど、俺たちみたいな組みあわせ・・・・・が、他にもいるんだろ」
 広海は黙りこんだ。
 三枚目の扉が開くにつれて、物騒な物音――悲鳴に怒号、銃撃音が聞こえてきた。
「姿勢を低くしておけよ」
 レオの声が緊張を帯びる。
 二人は身を屈めて扉をくぐり抜けると、石柱の影に身を潜めた。
 辺りには硝煙と金属臭が満ちていて、パララッと軽快な音を響かせている。ライフルから火花を散らしているのは、戦闘中の兵士だ。
 戦車やジープを盾にして、感染者の集団と応戦している。その向こうから、互いに呼びかけるような、恐ろしい呻き声が聞こえる。
 流れ弾にあたらぬよう、二人は、姿勢を低くして、壁沿いに進んだ。
 進んだ先には、吹き抜けの空間があり、最新鋭のMi-24が数機停まっていた。天井は航空機が飛びたてるように、屋根――スライド式の強化金属の一枚板――が収納されていくところで、つぶてのような雨粒が降ってくる。外は激しい暴風雨だ。
 兵士らはMi-24で脱出を図ろうとしているようだが、状況は絶望的だ。かつての仲間たち――感染者の群れは次から次へと襲ってくる。
 生き残った兵士は、錯乱したように機関銃を乱射している。抗体の投薬効果なのか、顔に怒張した青碧の血管が浮きあがらせて。視界に映るもの全てを破壊しようとする姿は、感染者よりも悪鬼羅刹あっきらせつだ。
「あいつ……」
「どうしますか?」
 広海は不安そうに訊ねた。
「片をつけてくる。ここで待ってて」
 戦車に向かって歩きだそうとするレオの腕を、広海は咄嗟に掴んだ。
 レオは広海を見やると、腰に腕を回して引き寄せた。顔を寄せ、素早くキスをする。少し顔を離してから、再び唇を重ねた。
「んぅっ」
 少しでも彼の助けになるのならと、広海も積極的に舌を搦めた。レオは舌を二度、三度搦めて、最後にちゅ、と音をたてて唇を離した。
「サンキュ」
 今度こそ、レオは走りだした。
 彼はポーチから手榴弾を取りだし、ピンを抜いて、まだ機関銃に夢中で獲物が後ろにいることに気がつかない兵士に向かって投げた。
 手榴弾はバリケードの中に落ちた。レオは向きを変えて、文字通り高速で移動する。
 五秒後、特殊手榴弾は爆発し、顕微鏡でしか見えないほどの微細な金属片を周囲に撒き散らした。
 爆発の勢いで、襤褸ぼろ人形のような腐肉が、広海の目の前にまでぼとぼとと落ちてきた。
 レオが爆風を逃れて姿を見せると、広海は安堵のため息をついた。
「ヘーキ?」
「大丈夫です、お帰りなさい……」
 広海は弱々しく返事をした。ヘッドフォンをつけていてもなお、爆風の衝撃は凄まじかった。自分の声が、遙か遠くから聞こえてくるようだ。
「走れるか?」
 広海が頷くと、レオは、五○口径のデザートイーグルをホルスターから抜いて、弾が装填されているのを確かめた。
「いこう」
 銃を構えながら、駐車場に飛びだしていく。広海も姿勢を低くして、その後ろを追いかけた。
 火の粉の舞い散る地下駐車場に、騒々しい靴音が響く。不意に、レオが鋭い眼差しで振り向くと、広海は一瞬強張り、すぐに弾かれたように振り向いた。
「どこいくのー?」
 身構えるレオと広海に、谷山は、緊張感の欠片もない笑みを向けてきた。
 サブマシンをぶらさげ、おびただしい返り血を浴びた姿は、まるで殺人鬼だ。
 だが、もっとも恐ろしいのは、茶色かったはずの虹彩が、異妖なまでに琥珀の光を放っている事だった。