月狼聖杯記
9章:為政者たち - 9 -
星歴五〇三年十月三十日。
ヴィヤノシュ率いる傭兵軍団は、残虐を恣 にしていた。
掠奪を公認された兵士は狂暴になる。背徳と過剰殺戮に耽溺 するのだ。
女や少年は往来で尻を剥きだしにされ、赤黒い肉棒に休む間もなく貫かれ、忽 ち血塗れになる。迸る悲鳴も、間もなく枯れてしまう。
非力な老人子供は、薪にくべるより簡単に火に投げこまれ、皮膚が爆ぜ割れ、肉重吹 いて、阿鼻叫喚を迸らせる。
働き盛りの男は奴隷にすべく頸輪に繋がれ、逆らう者は問答無用に殺されていく。米粒一つより安い命だ。
なんたる非道。なんたる愚劣。
領民にとっては悪夢でしかない。だが好戦的な戦闘民族である月狼に、臆病者は殆どいない。雑兵 と侮るなかれ、戦士も女も僧侶も百姓であっても、有事には、命懸けの闘いに身を投じる。
彼等は敵愾心を燃えあがらせ、果敢に武器をとった。なかには、桑 や鋤 で傭兵を返り討ちにする兵 もいた。
敷石は血に塗 れ、瞬く間に戦場と化した。
怒号する悪魔の化身に対し、百姓たちは勇を鼓 して獅子奮迅 に暴れたが、いかせん多勢に無勢。
相手は殺しを屁とも思わぬ兇漢 揃い、生来非常な力をもった月狼たちが、最期は絶対に見動きできぬよう縛りあげられ、石畳の上に整列させられた。
傭兵たちは、相手を完全に無力化してから、吠え猛る。
「アレッツィアの犬どもめ! 帝国の威光はどうしたァッ!!」
「月狼の誇りはどうしたァッ!!」
「それでも月狼かァッ!!」
悪鬼の如く喚声を飛ばし、無抵抗の者を槍や斧でめった打ち。瞬く間に屍 の山を築いた。
至るところで血煙が吹きあがる。
悪徳に涯際 なし――子供を肛門から串刺しにして、家畜の如く火で炙る者までいた。
歪んだ笑みの悍 ましさよ。
「よくも、祖国を帝国に売り渡してくれたなッ!」
「ここにいるのはアレッツィアに与 する外敵ぞ! 一人残らず殺せ! 殺せ! 殺せッ!」
悪口雑言を浴びせ、凄惨な殺戮が恣 にされた。
無論、言いがかりである。
土地柄、アレッツィアと交流のある集落ではあるが、同胞を帝国に売り渡してなどいない。善良なる無辜 の民だ。
そんなことは知ったことかと家屋に火が放たれ、火の粉が礫 のように舞い狂った。
此の世の終わりのような光景を、ヴィヤノシュは無感覚に、平然と眺めていた。
彼は別段、殺しが楽しいわけでも、掠奪が好きなわけでもなかった。部下を使嗾 したわけでもなく、
「火を放て。あとは好きにしろ」
簡単な指示をだしたに過ぎない。
放縦を膨らませ、阿鼻叫喚、鮮血滴る地獄絵を築きあげたのは、集団の暴力的な和である。
が、そのような結果に至っても、ヴィヤノシュは胸を痛めたりせず、良心の咎めは一欠片もなかった。
魔宴には目もくれず、葦原に寝転がり、天蓋に瞬く無数の星々を眸 に映している。
その胸中は誰にも解らぬ。
彼は、誰にも、腹心の部下にすら明かしたことはないが、彼の裡 にあるのは、深い怒りだった。此の世の全てが心底憎かった。
冴えた表情に隠しているが、魂は煉獄に囚われ、誰彼構わず怒りをぶつけたい衝動が常にあった。
彼の過去を知る者はいない。今は明かす時でもない。
ともかく――
筆舌に尽くしがたい蛮行は、ペルシニア周辺の村々に跳梁 し、アレッツィアの視線を北部戦線に集めた。
シェスラが密々裡 に率いる、ネヴァール霊峰登攀に挑むラピニシア決勝部隊の動向を昏 ませたのである。
ヴィヤノシュ率いる傭兵軍団は、残虐を
掠奪を公認された兵士は狂暴になる。背徳と過剰殺戮に
女や少年は往来で尻を剥きだしにされ、赤黒い肉棒に休む間もなく貫かれ、
非力な老人子供は、薪にくべるより簡単に火に投げこまれ、皮膚が爆ぜ割れ、肉
働き盛りの男は奴隷にすべく頸輪に繋がれ、逆らう者は問答無用に殺されていく。米粒一つより安い命だ。
なんたる非道。なんたる愚劣。
領民にとっては悪夢でしかない。だが好戦的な戦闘民族である月狼に、臆病者は殆どいない。
彼等は敵愾心を燃えあがらせ、果敢に武器をとった。なかには、
敷石は血に
怒号する悪魔の化身に対し、百姓たちは勇を
相手は殺しを屁とも思わぬ
傭兵たちは、相手を完全に無力化してから、吠え猛る。
「アレッツィアの犬どもめ! 帝国の威光はどうしたァッ!!」
「月狼の誇りはどうしたァッ!!」
「それでも月狼かァッ!!」
悪鬼の如く喚声を飛ばし、無抵抗の者を槍や斧でめった打ち。瞬く間に
至るところで血煙が吹きあがる。
悪徳に
歪んだ笑みの
「よくも、祖国を帝国に売り渡してくれたなッ!」
「ここにいるのはアレッツィアに
悪口雑言を浴びせ、凄惨な殺戮が
無論、言いがかりである。
土地柄、アレッツィアと交流のある集落ではあるが、同胞を帝国に売り渡してなどいない。善良なる
そんなことは知ったことかと家屋に火が放たれ、火の粉が
此の世の終わりのような光景を、ヴィヤノシュは無感覚に、平然と眺めていた。
彼は別段、殺しが楽しいわけでも、掠奪が好きなわけでもなかった。部下を
「火を放て。あとは好きにしろ」
簡単な指示をだしたに過ぎない。
放縦を膨らませ、阿鼻叫喚、鮮血滴る地獄絵を築きあげたのは、集団の暴力的な和である。
が、そのような結果に至っても、ヴィヤノシュは胸を痛めたりせず、良心の咎めは一欠片もなかった。
魔宴には目もくれず、葦原に寝転がり、天蓋に瞬く無数の星々を
その胸中は誰にも解らぬ。
彼は、誰にも、腹心の部下にすら明かしたことはないが、彼の
冴えた表情に隠しているが、魂は煉獄に囚われ、誰彼構わず怒りをぶつけたい衝動が常にあった。
彼の過去を知る者はいない。今は明かす時でもない。
ともかく――
筆舌に尽くしがたい蛮行は、ペルシニア周辺の村々に
シェスラが