月狼聖杯記

9章:為政者たち - 3 -

 星暦五〇三年十月十五日。行軍十五日目。晴天。
 軍旅は順調。ネロア領ではギュオーやラハヴたちに再会し、物資補給を済ませ、さらに北上し、ペルシニアの手前まで距離を詰めていた。
 しばし、白楊はくようが影を落とす大河に沿って進んだ。
 気持ちのいい天気である。
 岩にかれた谷川の清冽せいれつな水に、落葉がたまり、その陰を出入りする小魚の背が光る。
 この時期は、産卵のために上流を目指す脂の乗った魚がとれるので、食料にも困らずにすんだ。
 風で梢が揺らめくなか、水辺の小鳥が囀り、数羽のにおが水面にのどかに浮いている。
 王の号令がかかり、しばし水辺の休息となった。
 ペルシニア領目前で天幕を張っての休息には理由があるが、兵士たちは預かり知らぬことである。上級将官だけが把握しており、号令がかかり次第、行軍を再開するのみである。
 仔細は知らぬが、褒美とばかりに兵達は喜び、川辺で寛いだ。
 インディゴがちょうどいいとばかりに水馬の訓練を始めると、実はジリアンが泳げないことが発覚した。
「泳げなくても、どうということはありません!」
 ジリアンはきりっとした顔でいったが、インディゴには通用しなかった。
「泳げないと、いざという時に困るぞ。お前が怖がると、馬も怯える」
 誰かこいつに泳ぎを教えてやれ、と命令に応じたのはオルフェだった。教えているのかいじめているのかよく判らぬ方法で、オルフェはジリアンと、その他泳げぬ者を仕こんだ。
 わぁわぁと賑やかな光景を尻目に、ラギスもクィンの調教に入った。が、クィンは水を怖がらなかった。教えずとも、両脚の筋肉のしめつけに応じ、四肢で動かして泳いだ。
「お前より、よっぽど頭がいいな」
 と、傍で見ていたロキはからかったりした。ラギスは怒らなかった。嬉しい誤算だった。生来、馬は臆病な生きものだが、クィンは気高く、誇り高く、勇敢な馬だった。ネロアの死闘を共に乗り越えてからは、いっそう恭順と愛情を示すようになり、今では肝胆相照かんたんあいてらす仲となっていた。
 ラギスは一休みしようと背伸びをすると、白銀の赫きに視線を奪われた。
 王は一兵卒に交じり、裸体をさらして水浴びをしていた。
 陽光はたけくないが、澄み渡る空気をまっすぐに貫いて、研ぎ澄まされた刃のように、シェスラの銀髪や、白い肌、小川の水面にぜ返り、絵画のような美しさを醸していた。
 眼福と眺める兵士も少なくなかったが、シェスラは気にしていないようだった。
 自分の魅力を知り尽くしているシェスラは、幼い頃から、欲望の対象として見られることに慣れていた。幼少の頃は注意が必要であったが、今ではもう脅威に感じない。
 その気があるならかかってこい。勇気を讃えて秒で殺してやる――といった具合に、一種無頓着だった。
 が、この日はラギスが川に入ってこようとするので、衆目がさわった。
「しばらく誰も近寄らせるな」
 シェスラは四騎士に人払いを命じた。それを見て、ラギスも川からあがろうとしたが、待て、とシェスラに呼び止められた。
「そなたは良い」
 岸辺にあがろうとしていたラギスは、首を傾げた。
「一人で満喫したいんじゃないのか?」
「違う。そなたは無防備が過ぎる。肌を見せると何度いえば判るのだ」
 ラギスは飽きれたような目つきになり、
「どの口がいうか。俺より、よっぽどじろじろ見られていただろうが。気にならないのか?」
「今さら」
 と、シェスラは言葉を途中で切り、傍にやってきたラギスを見あげた。
「そなたは気になるか? 私が兵に交じって水浴びをしていると」
「そりゃあ、まぁ……」
 ラギスは言葉を濁した。図らずも賞賛の目で見ていた自分を認め、決まりが悪くなった。無骨な頬に白い手が伸ばされ、正面を向かされる。
 雫の滴る頬のなめらかなこと。行軍しているにも関わらず、瑕瑾かきんすらない白い肌は、陽を浴びていっそう眩しく見える。たとえ木蔭にいても、シェスラの銀髪や艶やかな尾は美しく照り映え、虹彩の蒼色などは際立つくらいだ。
 見惚れてしまったことを誤魔化すごまかすように、ラギスは平静を装ったが、このうえなく美しい瞳で探られると、なにも隠せそうになかった。
「気をつけるとしよう。私の裸身を見ることを許されるのは、ラギスだけだ」
 シェスラは満足そうに頷くと、ラギスの頬を撫でた。
 言外に、お前もだぞ。といわれているようで、ラギスは顔を背けた。
 と、いきなり顔に水がかかった。シェスラが笑っている。子供っぽい真似をすると思いつつ、心から楽しそうに笑っているシェスラの、無比の美しさに惹きつけられた。
 すぐにラギスもやり返した。応戦されると余計に火がついて、たちまち童心にかえって水を跳ね返し、シェスラにぶっかけた。
「もうよい……」
 シェスラは笑いながら、雫のしたたる長い髪をかきあげ、ラギスを熱っぽく見つめてきた。
 空気が変わるのを感じて、ラギスの喉がひくついた。触れられてもいないのに、肌に快感が駆け抜け、躰の芯が熱くなる。目を離せずにいると、シェスラは無骨な濃い髪をひっぱり、自分の方に引き寄せた。
「ラギス……」
 吐息が触れるほど顔が近づき、首に、しなやかな腕がからみつく。
 唇は触れあった途端に、燃えあがった。お互いを征服するように舌を搦め、躰の芯に火を灯していく。水のなかにいるせいか、ラギスの躰を撫でるシェスラの掌を、いやに熱く感じた。
 じゃれあいを終わらせようとラギスが仰け反ると、シェスラは顔を伸ばし、唇のしっとりした内側を、ラギスの太い首筋に這わせた。
「……っ」
 ラギスは緊張に強張った。シェスラは顔をさげていき、膨らんだ乳首に息を吹きかけた。
 びくびくと、ふたつの肉粒がひくついている。丸い柘榴色の乳頭は、艶を帯び、期待に尖らせ、霊液サクリアを滲ませていた。
「はぁ……ラギス……もう濡れている……」
 酷く淫らなことをいわれている気になり、ラギスの顔は熱くなる。シェスラは薄く微笑すると、しこった肉粒を指で摘み、そっと押しつぶした。
「んっ」
 逃げをうつラギスの躰を、シェスラは強く抱きしめ、汗ばんだ胸に手を這わせた。顔をさげて、そっと舌を伸ばし……突起を舐めた。
「ッ」
 ラギスは歯を食いしばるが、ちゅうっと吸いあげられると、抑制されたあえぎの声が唇からこぼれた。
「ん……ぁッ」
 シェスラは、漂う霊液サクリアの匂いを深く吸いこみ、肉粒をそそりたてるように、二度三度、熱い舌でねっとり舐めあげた。琥珀に塗れた乳暈にゅううんに、たまらぬとばかりにしゃぶりつく。
「ぁ、んっ」
 口内で舐め回され、じゅうっと吸いあげられると、あさましくも下肢が跳ねてしまう。
「は……声を我慢するな。邪魔者はおらぬ」
「あんたがこんなことしなければ――んっ」
 文句をいおうとしたが、じゅっと吸飲されて、それどころではなくなった。
「は、ラギス……ん、美味しい……」
 陶然と囁いて、片方をしゃぶり尽くせば、今度はもう片方をたっぷり吸いあげる。乳首から射精するかのように、霊液サクリアが迸り、シェスラはこぼすまいと舌を這わせ、飽かず霊液サクリアの芳醇さを舌で味わう。
 ようやく解放された時、ふたつの肉粒は朱く腫れて、うっすら歯の痕を残していた。淫らな吸飲は終わったはずなのに、どくどくと脈打ち、吐精しているような錯覚に囚われている……ラギスは半ば朦朧としていたが、灼熱の昂りを腰に擦りつけられると、はっと目を瞠った。
「……れる気じゃねぇだろうな?」
 シェスラは謎めいた微笑を浮かべ、訝しむラギスの腰を掴むと、やすやすと後ろを向かせてしまった。
「おいっ、ここでか?」
 焦ったラギスは肩越しに振り向いた。シェスラは艶冶えんやな笑みを深め、
「先日いっただろう?」
 ぐっと尖端を後蕾にあてがった。肉襞を擦られ、ラギスの背筋がぞくりと粟立つ。尾がぶわりと膨らんだが、支配的な王気に身動きを封じられた。
「ぐぅぅっ」
 不服げに唸るラギスに覆いかぶさり、シェスラは腰を押し進める。
「……っ、力むな。私にあわせてみろ……できるだろう?」
 情欲の滲んだ熱い吐息がうなじにかかり、ラギスの強張りが緩んだ。ずぶ、ずぶ……刀身がぬかるんだ媚肉に沈みこんでいく。
「んぁっ……あぁっ……!」
 ついに根本まで貫かれて、ラギスは仰け反った。シェスラは、ゆっくりでていき……またゆっくりと挿入はいってきた。充溢じゅいつが苦しいのに、慣らされた躰は快感を捕らえ、あさましく揺れてしまう。
「はぁっ……この熱、そなたに注がねば、治まらぬわ」
 熱い吐息にうなじをくすぐられる。泣き所に、やんわりと歯をたてられ、ラギスの腰が跳ねた。
「んぁっ」
 シェスラは、恍惚に仰け反るラギスの頬を掴んだ。上半身を捻るようにして、荒々しく唇を奪う。口内を舌で愛撫され、ラギスも応えた。淫らに突きあげられ、ぐるりと腰をめぐらされると、快感が螺旋を描いた。
「お、ふぐぅっ……あぅ……っ!」
 たまらずに獣じみた嬌声が迸った。
 媚肉びにく隘路あいろが収縮し、熱塊をみ締める。
 シェスラは艶めいた吐息を洩らし、ラギスの腰を掴んで、月狼の王アルファングの雄々しさで突きあげた。
「ッ、んぁっ、あぁっ、はッ」
 腰がぶつかるたびに、水面が騒々しい音を立てる。水はひんやり冷たいのに、焔に包まれているようだ。
「……っ、いいぞ、ラギス……」
 灼熱の王笏おうしゃくが、なかで膨らむのを感じる。熱の奔流が近いのだ。ラギスも肉欲と情熱の大河に溺れて、絶頂を駆けあがった。
「ぁ、ぁ゛っ、んぁ――……ッ!」
 王しか辿りつけぬ奥を暴かれ、熱い飛沫にしとど濡らされた。
 悦楽を極め、シェスラはラギスの背に身を倒したが、昂りはまだ衰えていない。
「ラギス……」
 ゆったりした動作で揺さぶられ、おい、とラギスは思わずどすの利いた声を発した。
「足りぬ」
 そういいながらシェスラは身を起こし、ラギスの躰を軽くもちあげた。
「俺は足りた」
 ラギスが唸れば、シェスラは喉を鳴らすように笑い、
「まだ時間はある」
 片足をもちあげて、先ほどとは違う角度から挿入した。
「んぁっ、く……っ」
 敏感な内壁をこすられ、ラギスは歯をくいしめた。唇に触れてくる指に噛みつくと、シェスラは喉奥でくつくつと低く笑う。
「噛むな、噛むな……いいぞ。いい具合だ」
 首筋を舐めあげられ、ラギスの腰が跳ねる。吹きあげたばかりの陰茎も、掌で数度扱かれると容易く熱を帯びた。
「さぁ……まぐわおうぞ……っ」
 角度を調整すると、再び律動を始めた。
 水の流れのなか、ラギスは本能的に片足で姿勢を保った。鍛えられた体幹のなせるわざである。
 シェスラは呼気荒く、筋骨たくましい巨躯が、艶めかしく揺れる様を目で愉しみながら、腰を打ちつけた。
 ラギスが振り仰げば、焼け焦がされそうなほど強い視線に帰された。涼しげな麗貌は壮絶に艶めいて、獲物を前に舌なめずりする獣めいて見える。情欲の焔に煽られ、ラギスの心臓が強く鼓動を打った。
「ああぁっ!」
 自分でも驚くほど感じいった嬌声が迸った。
 抉られ、擦られるたびに、攪拌かくはんされた精液がなかで泡立つのを感じる。
 このような快楽、シェスラに会うまでは知らなかった。知ってしまったからにはもう、どんな美女を抱いても満たされないだろう。
「も、もう……っ」
 奔流が躰のなかで荒れ狂い、出口を求めている。さんざんしゃぶれた胸の肉粒も、じゅんと疼いて霊液サクリアを滲ませている。
 期待に応えるように、シェスラは乳首を摘まんだ。長い指と指のあいまから、色を増した肉粒がのぞいて、琥珀をきらめかせている。
「あぁッ」
 冷たい水流にラギスが吐精すると、肉の蠕動ぜんどうにシェスラも喘ぎ、追うようにしてラギスのなかで果てた。熱い飛沫がラギスを潤し、媚肉に浸透していく。
「おら、はなせ……っ」
 シェスラの躰を押し戻すには、渾身の力が必要だった。ここで制御しなければ、あつらえ向きに茂みに押し倒し、自ら細腰に跨りかねない。
 腰を捻った拍子に、穿うがたれた孔から、とろりと白濁が溢れでるのが判った。思わず冷たい水流にもぐりこみ、ぞくぞくとした悦楽の余韻をやり過ごした。
「どうした?」
 シェスラは、あられもないラギスの下半身を見透すように、にやにやと笑っている。
「……うるせぇ」
「手伝ってやろうか?」
「やめろ。触るな」
 触れようとするシェスラの腕を払い、ラギスは無造作に尻孔を指で掻いた。文句を吐きながら身繕いし、ざぶんと川面にもぐって、ばしゃばしゃと顔を洗う。
 その隣でシェスラも身を沈め、火照った肌を澄明ちょうめいな水で冷やそうとした。
 次第に息遣いは落ち着いたが、二人とも、鼓動は早いままだった。
 目が遭うと、シェスラの青い瞳がなごむ。澄んだ湖水のような青さが、これまでに見たことがないほど暖かく感じられた。
「……腹減ったな」
 空気を変えるようにラギスがいうと、シェスラも目を瞬いて、そうだなと頷いた。
「なにか食べよう」
 そういってシェスラは岸辺にあがると、長衣一枚を羽織って、くさむらに腰をおろした。ラギスも黙ってその隣に座った。
 行軍のさなかだというのに、こんなに呑気でいいのだろうか……そう思いつつ、卓布たくふがかけられ、焼き林檎と焼き無花果いちじく水蜜桃すいみつとうが供されると、心が弾んだ。
「目的を忘れそうになるな」
 ラギスの言葉に、シェスラは頷いた。
「今のうちだ。こうしている間にも、ダイワシンがアレッツィアに最後通牒を渡している。まぁ、決裂するだろう……となれば、いよいよ霊峰登攀が始まるぞ」
 ラギスは霊峰を仰いだ。出発した時に比べて、輪郭は随分くっきり見えるが、頂上は薄靄にかき消され、全容を見ることはできない。
「そうか……風も冷たくなってきたしな。天候に恵まれるといいが……」
 そうだな、とシェスラも頷いた。
 ふと隣を見ると、暮れていく陽のなかで、彼の瞳には黄金色が射しこんでいた。
 思わず魅入ってしまい、甘い果汁が唇から滴り落ちる。手の甲で拭おうとすると、シェスラが顔を近づけてきた。唇を啄みながら、果汁を舐め取る。ラギスもそっと目を閉じた。