月狼聖杯記

3章:魂の彷徨い - 8 -


 ついに、恐れていた発情が始まった。
 シェスラは、ラギスの寝室の周囲から人払いをし、尚且つ慎重に警備兵を配置した。
 発情した初日の朝、ラギスの寝室にやってきたシェスラは、苦虫を潰したような顔をしていた。ラギスも同じように、絶望の眼差しで見つめ返した。
 聖杯ほどやっかいなものはない――どれほど憎んでいようと、一目姿を見るだけで、どうにもならない情欲に苛まれてしまうのだ。
「今すぐ、ここからでていけ」
 悪態をついているが、頬は上気し、瞳は潤んでいる。
 弱っているラギスを見て、シェスラは欲を抑えこむように表情を強張らせた。
「……無理を申すな。このような状態のつがいを、放っておけまい」
つがいじゃねぇ」
「無理強いはしない」
「――触んな」
 頬を撫でる手を、ラギスは弾いた。
「今すぐここからでていけ」
「ラギス……」
「いいか、俺に少しでも触ってみろ、今度こそ腹に剣を突き立てて死んでやる」
 射殺しそうな目で睨むラギスを見て、シェスラは仕方なさそうに身を引いた。
「馬鹿な、といいたいところだが……そなたに限っては、やりかねないところが恐ろしい」
「俺は本気だ」
「判っていると思うが、部屋をでるなよ。後で様子を見にくる」
「もうくるな」
 ラギスは顔を背けたが、シェスラは腰を屈めて顎を掴み、目があうように上向かせた。
「今のそなたを、他の者の目に晒すわけにはゆかぬ。でてはならぬぞ」
 優雅だが脅すような調子で、王の覇気を滲ませてシェスラは念を押した。
「……でねぇよ」
 渋々頷くラギスを見て、シェスラは躊躇った様子を見せたが、迷いを振り切るように顔をあげて静かに部屋をでた。
 王の前ではどうにか気丈に振る舞えても、一人になると、ラギスは熱を放出したくてどうにもならなくなった。ふて寝しようにも欲求不満のあまり眠れない。
 半日はどうにか耐えた。
 だが空が黄昏れて、夜が色濃くなるにつれて、限界は近づいてきた。
(ちきしょう、躰が燃えそうだ……)
 とうとう我慢できずに、下履きを寛げて、いきりたった屹立をこすりあげた。快感を拾いながら瞼を閉じると、闇夜に輝く烽火ほうかのように、眼裏まなうらにシェスラの顔が浮きあがった。
「――くそッ」
 信じられない。なぜ、シェスラの顔が?
 嫌悪しているはずなのに、濃厚にまじわった、淫靡なひと時を思いだして、躰が熱くなっていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 三回立て続けに吐精したが、まだ熱が引かない。胸が痒い。見下ろすと、薄い生地の上衣は突起の形に浮きあがり、湿っていた。
「ちきしょう、あの野郎……何が聖杯だ……ふざけやがって」
 滲んだ乳首を見下ろして、ラギスは低く呻いた。
 不屈の剣闘士として闘技場に立ち続けてきたのに、こんな風に幕をおろすことになるとは考えてもいなかった。いつの日か闘いに敗れて、闘技場で死ぬのだとばかり思っていた。
 それなのに――
 意味をなさぬ、あらゆる情景が、瞼の奥に浮かんでは消えた。
 生まれ育った木造りの家、ビョーグ……かくと燃えるヤクソンの森、湿った奴隷宿舎。ロキ。剣を掲げて、歓声に応えるラギスの姿。
 王に剣を挑んだあの一瞬、ラギスを射た陽の眩しさまで、はっきりと思いだされた。
 己の運命を呪いながら、胸に走る甘痒い疼痛とうつうを鎮めるために、ラギスは震える手を伸ばした。そこで快感を得ることだけは我慢ならないと思っていたが、堪えきれそうにない……あぁ、抗い難い香気が漂う……
「――ラギス」
 ラギスは目を開けて、茫然とした。
 服をまくりあげ、濡れた乳首をさらし、片方の手は屹立を掴んでいる。躰中が自分の体液で塗れていた。
 今更どんないいわけも通用しない。茫然自失するラギスを見て、シェスラは陶然とした表情を浮かべている。
「……なんて匂いだ」
 吐息のように、シェスラはささやいた。身構えるたラギスの傍に膝をつく。
 熱を孕んだ視線に、ラギスの背筋はぞくっと慄えた。シェスラの屹立は緩く立ちあがり、布を押しあげていた。
「……こんなザマを見て、てめェは勃つのかよ」
 そういいながら、ラギスは喘いだ。濃密な夜の始まりを予感して。
「艶めかしいな……どんな美姫よりも、そなたに誘惑される」
「触るな!」
「ラギス……」
「指一本でも触ってみろ、ぶっ殺してやるッ」
 唸り声で威嚇するラギスを見て、シェスラは降参というように両手をあげた。
「落ち着け」
「でていけ」
「……断る」
「今すぐでていけ!」
 躰が熱くて、熱くて、たまらない。
 放熱を叫ぶ躰を、今すぐにでも慰めなければ、どうにかなってしまいそうだ。
 昏い快楽の流れに、理性が飲まれていく。
 観念して、ラギスはきつく目を閉じた。襟をくつろげて、大きくはだけさせると、濡れた乳首を自ら摘まむ。
「ん……」
 瞳を閉じていても、焦げそうなほど強い視線を感じる。そう意識するだけで、下肢に熱が滾っていく。
「くッ」
 胸の突起に指をひっかけると、それだけで躰が甘く痺れた。しこった尖りを指でいらいながら、下肢に手を伸ばす。
 うっすら瞳を開いて、シェスラの顔を見た。
 水晶の瞳に情欲を灯して、食い入るようにラギスの痴態を見ている。
「……最後まで、見ていくつもりかよ」
「誰かが呼びつけにきたとしても、今は無理だ……とても目を離せない」
 唇の端をゆっくりもちあげて、シェスラは笑みといましめの入り混じった声でいった。
 ラギスは見せつけるように服を脱ぐと、沁みの滲んだ下着に手をかけた。シェスラは喉を鳴らし、雄の顔で股間を凝視してきた。
 濃密な空気が充満して、ラギスの鼻孔に入りこむ。最後の理性の欠片が、砕け散る音を聴いた。
 下着を押しあげる屹立を指でくすぐり、亀頭をやんわり撫であげる。
「……はぁ」
 ラギスは熱い吐息をこぼして、下着を横にずらした。濡れた屹立がはじけるように飛びだして、びたんッ、と腹を打った。
「ぅッ……ん」
 つ、と指でなぞりあげるだけで、背筋がぞぞっとふるえた。シェスラの熱い視線に煽られて、躰が火照っている。あと少し、屹立を擦りあげるだけでってしまう。
「――ッ」
 掌のなかで、屹立がびくびくと震えて吐精した。琥珀色の霊液サクリアが竿を滑り、大腿の内側を濡らす。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ」
 荒い呼吸をつくラギスを、シェスラは舐めるように見つめている。昂った下肢は、はっきりと布を押しあげていた。
「……見ているだけで、そんなにしているのか」
 そういうラギスの声も、興奮して、上擦っていた。
「そなたに触れたい」
「ッ、本気かよ……べとべとだぜ」
 体液で濡れた掌を見せつけるように突きだすと、シェスラは誘われるように、首を伸ばした。
「……おい」
 手を引きかけたが、シェスラに手首を掴まれた。首を伸ばし、指先に舌で触れてきた。
「あぁ、ラギス……ッ……これはたまらないな」
「ッ」
 指をしゃぶるシェスラを見て、ラギスは震えた。
 指の一本一本を、丁寧に舌で清めていく。形の良い唇が、ラギスの霊液に塗れた指をしゃぶる様は、視覚的な興奮をもたらした。
「もういい」
 ラギスは指を引き抜くと、決まり悪げに視線を彷徨わせた。
「満足しただろ……でていけよ」
「まだだ……足を開いて見せてくれ」
「はぁ?」
 ラギスは顔をしかめたが、シェスラは強い目で見つめてきた。