月狼聖杯記
2章:饗宴の涯て - 3 -
今でも、ヤクソンの襲撃を夢に見る。
聞こえたはずのない、苦痛に塗れた断末魔の叫び。胸に剣を突き立てられるビョーグのもとへ、少年のラギスは必死に走る。
「うわぁッ、ビョーグ! ビョーグッ!!」
必死に手を伸ばすが間にあわない――ビョーグは力なく膝から頽 れ、血の涙を流しながらラギスを見つめる。復讐を囁く瞳を見つめて、ラギスは必死に頷く。
「判ってる、許さない、絶対に! ヤクソンを焼いた連中を、一人残らず殺してやるッ!」
薄闇のなかでラギスは目を醒ました。
うなじに、シェスラの幽 かな息遣いを感じる。王はしなやかな腕を、巨躯のラギスの腹に回して、背中にぴたりと寄り添っている。
(……またか)
烈しい交合で体液に塗れた身体は、いつものように清められていた。
未だに信じられないが、氷象のように美しい月狼の王 は、奴隷であるラギスを番 と呼び、自らラギスの世話を焼く労を惜しまない。
そうして、毎夜同じ褥で眠りにつく。
背中越しに温もりと静かな寝息を感じて、暗澹 となる。
窓の外を見ると、夜闇に浮かぶ月は裂かれたように細く、爪痕から血を滲ませるように銀色の光を放っていた。
流れるシェスラの銀髪を思い浮かべて、ラギスは顔をしかめた。全く、寝ても醒めても王に苛まれているではないか。
「……眠れないのか?」
はっとして振り向くと、シェスラと目があった。
「うなされていた」
怪訝そうな顔をするラギスの肩を、シェスラはそっと撫でた。
「どんな夢を見る?」
「……関係ねぇだろ」
「ただの興味だ……ビョーグとは誰だ?」
「ッ」
無言で見つめあう。言葉はなかったが、ラギスの脳裏には、燃え盛るヤクソンの森が過っていた。ラギスの名を呼ぶ、ビョーグの声が耳奥に谺 している。
「覚えていないのだな。眠っていると、そなたは時々その者の名を呼ぶ」
「……」
「誰だ?」
無言を貫いて視線を逸らすと、顎を掴まれた。
「答えよ」
「……兄だ」
捕んだ手を振り払い、ラギスはぶっきらぼうに答えた。
「ふぅん……」
シェスラは鷹揚に頷くと、ラギスをじっと見つめた。深淵を覗きこもうとするような眼差しに、ラギスは背を向けたい衝動に駆られた。
「……用が済んだなら、自分の部屋に戻れよ」
「断る。この城は私のものだ。王である私を追い払おうとするのは、そなたくらいのものだぞ」
「知るかよ」
「まぁ、その気丈なところも気に入ってはいるが……」
伸ばされた手を避けると、シェスラは身を乗りだしてきた。強引に唇を奪う。
「んぅッ」
肩を押すと、シェスラは鋼のような腕でラギスを抱きこんだ。唇を食み、愛撫してから顔を離す。
「……舌をだせ」
下から睨 めつけると、シェスラは口角をあげた。
「素直になれるように、もう一度抱いてやろうか?」
唸り声をあげるラギスの頬を、シェスラはそっと撫でた。水晶の瞳に、金色の条 が放射状に走る。慌てて視線を逸らそうとするが、遅かった。躰を不可視の力に戒められる。
「四日も抱いているのに、相変わらず反抗的だな。楽しませてくれるが……さぁ、舌を……」
屈するものか――ラギスは全身に力をこめて、睨みあげた。
「そなたは本当に強情だ」
「ッ」
威放つ覇気が膨れあがり、ラギスの額に脂汗が滲んだ。嫌だと思っているのに、唇が戦慄 いて、薄く開いてしまう。
シェスラは勝利の笑みを浮かべると、ちらと覗かせた舌を、思い切り吸いあげた。
「ん、んっ……ぅ」
濡れた水音を立たせながら、口内のそちこちを刺激される。官能を呼び醒まされ、躰がびくびくと跳ねた。
長い口づけを終えた時、ラギスは肩で息をしていた。シェスラの頬も仄かに上気している。
薄闇のなかでも、水晶の瞳は光彩を放っていた。麗しい顔をさげ、上下するラギスの胸に唇を寄せようとする。
「やめろ」
否定を口にしても、抵抗するだけの力が躰に入らなかった。緩慢な動きで身をよじるラギスを押さえつけて、シェスラは乳首の周辺にちろちろと舌を這わせた。
「少し腫れてしまったな……昨夜はたくさん吸ったから」
「ッ!」
先端を、ちゅぅっと柔らかく吸われて、ラギスは歯を食いしばった。シェスラはいつものように吸飲しようとはせず、舌で優しい慰撫を繰り返した。
「離せよ」
「慰めているのだ」
「いらねェよ!」
昨夜は散々絞りとられ、もう一滴も残っていないと思っていたが、柔らかく吸われるうちに、胸の奥が熱くなってきた。それでもシェスラは吸飲せず、左右の乳首を交互に口に含んでは、優しく舌を這わせた。
「ッ、何がしたいんだよ!」
肩を叩くと、シェスラは大人しく躰を引いた。濡れて、朱く尖った突起を指で弾き、意地の悪い笑みを浮かべた。
「ここが、疼くのだろう。吸ってほしいか?」
怒りのあまり、咽奥からくぐもった声を漏らすラギスを見て、シェスラは愉しそうに笑った。ゆったりした動作で寝台をおり、裸で窓辺に寄る。
星明かりに照らされて、しなやかな筋肉をまとった完璧な身体は玲瓏 と輝いている。
月の化身のような姿に、ラギスは言葉も忘れて見惚れた。
我に返って視線を外すと、少しして衣擦れの音がきこえた。
「今朝は、休ませてやろう。その疲れた顔をどうにかしろ」
顔をあげると、薄絹を羽織ったシェスラが褥に近寄ってきた。軽くのけぞると後頭部を掌に包まれる。
柔らかな唇が、そっとラギスの瞼に落とされる。
どうしたことか、淫らな行為のあととは思えぬ、優しい、労わりに満ちた口づけだった。
ラギスは、時が止まったように感じられた。烈しく感情を乱されて、咄嗟にいい返すことができなかった。
部屋をでていくシェスラの背を、ぼんやりと見送る。
今のは、いったいなんだったのだろう?
まるで愛情を感じさせるような……
馬鹿な――思考を停止させて、ラギスは寝台に背中から倒れた。
聞こえたはずのない、苦痛に塗れた断末魔の叫び。胸に剣を突き立てられるビョーグのもとへ、少年のラギスは必死に走る。
「うわぁッ、ビョーグ! ビョーグッ!!」
必死に手を伸ばすが間にあわない――ビョーグは力なく膝から
「判ってる、許さない、絶対に! ヤクソンを焼いた連中を、一人残らず殺してやるッ!」
薄闇のなかでラギスは目を醒ました。
うなじに、シェスラの
(……またか)
烈しい交合で体液に塗れた身体は、いつものように清められていた。
未だに信じられないが、氷象のように美しい
そうして、毎夜同じ褥で眠りにつく。
背中越しに温もりと静かな寝息を感じて、
窓の外を見ると、夜闇に浮かぶ月は裂かれたように細く、爪痕から血を滲ませるように銀色の光を放っていた。
流れるシェスラの銀髪を思い浮かべて、ラギスは顔をしかめた。全く、寝ても醒めても王に苛まれているではないか。
「……眠れないのか?」
はっとして振り向くと、シェスラと目があった。
「うなされていた」
怪訝そうな顔をするラギスの肩を、シェスラはそっと撫でた。
「どんな夢を見る?」
「……関係ねぇだろ」
「ただの興味だ……ビョーグとは誰だ?」
「ッ」
無言で見つめあう。言葉はなかったが、ラギスの脳裏には、燃え盛るヤクソンの森が過っていた。ラギスの名を呼ぶ、ビョーグの声が耳奥に
「覚えていないのだな。眠っていると、そなたは時々その者の名を呼ぶ」
「……」
「誰だ?」
無言を貫いて視線を逸らすと、顎を掴まれた。
「答えよ」
「……兄だ」
捕んだ手を振り払い、ラギスはぶっきらぼうに答えた。
「ふぅん……」
シェスラは鷹揚に頷くと、ラギスをじっと見つめた。深淵を覗きこもうとするような眼差しに、ラギスは背を向けたい衝動に駆られた。
「……用が済んだなら、自分の部屋に戻れよ」
「断る。この城は私のものだ。王である私を追い払おうとするのは、そなたくらいのものだぞ」
「知るかよ」
「まぁ、その気丈なところも気に入ってはいるが……」
伸ばされた手を避けると、シェスラは身を乗りだしてきた。強引に唇を奪う。
「んぅッ」
肩を押すと、シェスラは鋼のような腕でラギスを抱きこんだ。唇を食み、愛撫してから顔を離す。
「……舌をだせ」
下から
「素直になれるように、もう一度抱いてやろうか?」
唸り声をあげるラギスの頬を、シェスラはそっと撫でた。水晶の瞳に、金色の
「四日も抱いているのに、相変わらず反抗的だな。楽しませてくれるが……さぁ、舌を……」
屈するものか――ラギスは全身に力をこめて、睨みあげた。
「そなたは本当に強情だ」
「ッ」
威放つ覇気が膨れあがり、ラギスの額に脂汗が滲んだ。嫌だと思っているのに、唇が
シェスラは勝利の笑みを浮かべると、ちらと覗かせた舌を、思い切り吸いあげた。
「ん、んっ……ぅ」
濡れた水音を立たせながら、口内のそちこちを刺激される。官能を呼び醒まされ、躰がびくびくと跳ねた。
長い口づけを終えた時、ラギスは肩で息をしていた。シェスラの頬も仄かに上気している。
薄闇のなかでも、水晶の瞳は光彩を放っていた。麗しい顔をさげ、上下するラギスの胸に唇を寄せようとする。
「やめろ」
否定を口にしても、抵抗するだけの力が躰に入らなかった。緩慢な動きで身をよじるラギスを押さえつけて、シェスラは乳首の周辺にちろちろと舌を這わせた。
「少し腫れてしまったな……昨夜はたくさん吸ったから」
「ッ!」
先端を、ちゅぅっと柔らかく吸われて、ラギスは歯を食いしばった。シェスラはいつものように吸飲しようとはせず、舌で優しい慰撫を繰り返した。
「離せよ」
「慰めているのだ」
「いらねェよ!」
昨夜は散々絞りとられ、もう一滴も残っていないと思っていたが、柔らかく吸われるうちに、胸の奥が熱くなってきた。それでもシェスラは吸飲せず、左右の乳首を交互に口に含んでは、優しく舌を這わせた。
「ッ、何がしたいんだよ!」
肩を叩くと、シェスラは大人しく躰を引いた。濡れて、朱く尖った突起を指で弾き、意地の悪い笑みを浮かべた。
「ここが、疼くのだろう。吸ってほしいか?」
怒りのあまり、咽奥からくぐもった声を漏らすラギスを見て、シェスラは愉しそうに笑った。ゆったりした動作で寝台をおり、裸で窓辺に寄る。
星明かりに照らされて、しなやかな筋肉をまとった完璧な身体は
月の化身のような姿に、ラギスは言葉も忘れて見惚れた。
我に返って視線を外すと、少しして衣擦れの音がきこえた。
「今朝は、休ませてやろう。その疲れた顔をどうにかしろ」
顔をあげると、薄絹を羽織ったシェスラが褥に近寄ってきた。軽くのけぞると後頭部を掌に包まれる。
柔らかな唇が、そっとラギスの瞼に落とされる。
どうしたことか、淫らな行為のあととは思えぬ、優しい、労わりに満ちた口づけだった。
ラギスは、時が止まったように感じられた。烈しく感情を乱されて、咄嗟にいい返すことができなかった。
部屋をでていくシェスラの背を、ぼんやりと見送る。
今のは、いったいなんだったのだろう?
まるで愛情を感じさせるような……
馬鹿な――思考を停止させて、ラギスは寝台に背中から倒れた。