月狼聖杯記
1章:王と剣闘士 - 9 -
目を醒ますと陽はとうに昇っていた。
窓辺の紗に漉 された陽が、部屋の中ほどにまで入りこんでいる。
少し開いた窓から、澄んだ涼風と共に、爽やかな新緑の香りが流れこんできた。
奴隷宿舎の血と饐 えた匂いの入り混じった、淀んだ空気とは雲泥の差だ。
(……? ……どこだ?)
躰の奥底で熾 が燻っているような、妙なけだるさが気になる。身じろぐと、両手首を戒める鎖が鳴った。
はっとなり、胸元に視線を落とし――点々と散った赤い痕を見て、昨夜の濃厚な情事が一遍に蘇った。
「あ、あの野郎ッ!」
獣のような唸り声をあげて跳ね起きた。
酷く喉が渇いていて、寝台の傍に水甕を見つけると、立て続けに三杯飲み干した。口元を拭いながら、武器になりそうなものを探して視線を彷徨わせる。
部屋の隅に甲冑騎士の置物がある。騎士が手にしている槍が欲しい。
しかし、首輪の鎖は天井で固定されており、動き回れるのは、せいぜい寝台の周辺だけだ。
(くそ、奴隷じゃなくなったんじゃないのか?)
口汚く呪詛を撒き散らしながら、どうにか外そうと四苦八苦していると、扉の施錠の外れる音が聞えた。
ふり向くと、はっとするほど美しい、軍の礼装姿のシェスラと目が遭った。
煮え滾るような怒りを覚えていたはずなのに、王の姿、匂いを意識した途端に、正体不明の眩暈に襲われた。
「そなたは、発情していても威勢がいいな。もう動けるのか」
「てめェ……」
「気分はどうだ?」
「よくも、俺に」
「私は、これほど気分の良い朝は初めてだ。指先まで霊気に満ちている……聖杯とは凄まじいな」
シェスラは強い視線でラギスを見つめた。外套を椅子にかけると、ラギスの傍にやってきて、つと指を伸ばす。
「――ッ!?」
顎を指先ですくわれ、ラギスは息を呑んだ。
「どうした? 難しい顔をして」
あんなことをしておいて、平然と会話を続けるシェスラの感覚が信じられなかった。
「――ぶっ殺してやる」
「何を怒っている? 昨夜は、そなたも良さそうにしていたではないか」
「ふざけるなッ」
ラギスは射殺さんばかりにシェスラを睨みあげた。だが蒼い瞳に、濃密な夜の熾火 が揺れているのを見てはっとなり、気まずげに顔を背けた。
「ラギス……」
低く掠れた声に、背筋がぞくりとする。シェスラが寝台に腰をおろすと、その重みで寝台は柔らかく沈んだ。
「何の用だ」
ラギスはぶっきらぼうにいったが、隣に座る男が恐ろしくてたまらなかった。伸びてくる腕をよけると、やや強引に顎を指でしゃくられた。
「離せ」
至近距離で見つめあい、ラギスは動きを止めた。駄目だ、そう思うのに、おりてくる唇を拒めない。
「んぅッ」
唇が重なった途端に、烈しく貪られた。艶めかしく舌を搦め捕られ、溢れる唾液を啜られる。
なぜ口内が、こうも感じてしまうのだろう?
突き放すべきなのに。
どういうわけか、口づけをせがむようにシェスラにしがみついている。殺そうとしている相手と、濃厚な口づけを交わしている現実を、うまく把握できない。
「は……」
艶めいた吐息に、身体の奥が甘く痺れる。
唇から溢れた唾液を舐めとるように、シェスラはゆっくり口づけをほどいた。二人の間に垂れた銀糸を、艶めかしく舌できる。
「ラギス……」
ぼんやり、シェスラを上目遣いに仰ぐと、熱の籠った蒼い瞳で見つめられた。
「……目が醒めるのを待っていた。このようなことになるとは私も想像していなかったが……そなたのことばかり考えている」
「――ッ」
熱烈な告白を聞いた気がして、ラギスは首から上が熱くなるのを感じた。離せよ、と腕を突っぱねると、逆に腕を取られて寝台に倒された。
「ッ!? 何をする!?」
「いっただろう。朝と晩に、そなたのここを……口に含むと」
服の上から乳首を指で軽く弾かれ、ラギスの全身に甘い痺れが走った。
「やめろ」
「そなたの全ては、私のものだ」
ラギスの両手首を抑えつけたまま、覆い被さるようにしてシェスラはのりあげてきた。
窓辺の紗に
少し開いた窓から、澄んだ涼風と共に、爽やかな新緑の香りが流れこんできた。
奴隷宿舎の血と
(……? ……どこだ?)
躰の奥底で
はっとなり、胸元に視線を落とし――点々と散った赤い痕を見て、昨夜の濃厚な情事が一遍に蘇った。
「あ、あの野郎ッ!」
獣のような唸り声をあげて跳ね起きた。
酷く喉が渇いていて、寝台の傍に水甕を見つけると、立て続けに三杯飲み干した。口元を拭いながら、武器になりそうなものを探して視線を彷徨わせる。
部屋の隅に甲冑騎士の置物がある。騎士が手にしている槍が欲しい。
しかし、首輪の鎖は天井で固定されており、動き回れるのは、せいぜい寝台の周辺だけだ。
(くそ、奴隷じゃなくなったんじゃないのか?)
口汚く呪詛を撒き散らしながら、どうにか外そうと四苦八苦していると、扉の施錠の外れる音が聞えた。
ふり向くと、はっとするほど美しい、軍の礼装姿のシェスラと目が遭った。
煮え滾るような怒りを覚えていたはずなのに、王の姿、匂いを意識した途端に、正体不明の眩暈に襲われた。
「そなたは、発情していても威勢がいいな。もう動けるのか」
「てめェ……」
「気分はどうだ?」
「よくも、俺に」
「私は、これほど気分の良い朝は初めてだ。指先まで霊気に満ちている……聖杯とは凄まじいな」
シェスラは強い視線でラギスを見つめた。外套を椅子にかけると、ラギスの傍にやってきて、つと指を伸ばす。
「――ッ!?」
顎を指先ですくわれ、ラギスは息を呑んだ。
「どうした? 難しい顔をして」
あんなことをしておいて、平然と会話を続けるシェスラの感覚が信じられなかった。
「――ぶっ殺してやる」
「何を怒っている? 昨夜は、そなたも良さそうにしていたではないか」
「ふざけるなッ」
ラギスは射殺さんばかりにシェスラを睨みあげた。だが蒼い瞳に、濃密な夜の
「ラギス……」
低く掠れた声に、背筋がぞくりとする。シェスラが寝台に腰をおろすと、その重みで寝台は柔らかく沈んだ。
「何の用だ」
ラギスはぶっきらぼうにいったが、隣に座る男が恐ろしくてたまらなかった。伸びてくる腕をよけると、やや強引に顎を指でしゃくられた。
「離せ」
至近距離で見つめあい、ラギスは動きを止めた。駄目だ、そう思うのに、おりてくる唇を拒めない。
「んぅッ」
唇が重なった途端に、烈しく貪られた。艶めかしく舌を搦め捕られ、溢れる唾液を啜られる。
なぜ口内が、こうも感じてしまうのだろう?
突き放すべきなのに。
どういうわけか、口づけをせがむようにシェスラにしがみついている。殺そうとしている相手と、濃厚な口づけを交わしている現実を、うまく把握できない。
「は……」
艶めいた吐息に、身体の奥が甘く痺れる。
唇から溢れた唾液を舐めとるように、シェスラはゆっくり口づけをほどいた。二人の間に垂れた銀糸を、艶めかしく舌できる。
「ラギス……」
ぼんやり、シェスラを上目遣いに仰ぐと、熱の籠った蒼い瞳で見つめられた。
「……目が醒めるのを待っていた。このようなことになるとは私も想像していなかったが……そなたのことばかり考えている」
「――ッ」
熱烈な告白を聞いた気がして、ラギスは首から上が熱くなるのを感じた。離せよ、と腕を突っぱねると、逆に腕を取られて寝台に倒された。
「ッ!? 何をする!?」
「いっただろう。朝と晩に、そなたのここを……口に含むと」
服の上から乳首を指で軽く弾かれ、ラギスの全身に甘い痺れが走った。
「やめろ」
「そなたの全ては、私のものだ」
ラギスの両手首を抑えつけたまま、覆い被さるようにしてシェスラはのりあげてきた。