月狼聖杯記
12章:ラピニシア - 3 -
前線が混乱をきたした隙に、シェスラはラピニシア後方基地を占拠せしめた。
我らが王旗を掲げる。
晴れていく霧に、無数のセルトの旗印が煌めいた。
基地を占拠されたと判るや、アレッツィアは布陣を分割し、うち四割を反転させた。
悪くない判断だが、画竜点睛 に欠くというか、シェスラの戦力を甘く見ていた。
正面の傭兵部隊が囮であることに、この段になってもまだアレッツィアは判っていなかったのだ。
結論からいえば、四割ではなく、十割を反転させるべきだった。
全力で本拠地奪還に力を注いで体制を立て直せば、まだ起死回生の芽があった。
四割。
この判断が、勝敗を決する全てといって過言ではない。
とはいえ、無尽蔵のアレッツィアの四割は、シェスラの率いる混成部隊の総力を上回る。背後を捉えたものの、熾烈な戦いに突入せざるを得ないことは明らかだった。
また、基地を占領しても、セルト兵は未知の兵器、固定砲台に不慣れで、せっかくの敵の武器を活かせなかった。
だが、シェスラは頓着していなかった。
もとより、にわか武器で戦うつもりはなかった。
基地の取りあげにより、敵戦力を半分削げば上等、優勢に運べる算段があったのである。
初動が全てと理解しているシェスラは、間を置かずに、第二、第三の騎兵隊を惜しまずに投入した。
「私に続け! 敵を潰滅せよ! 死すれば英雄の御霊、戦女神の殿堂に招かれようぞッ!」
シェスラの玲瓏 たる声は、美しく、そして天から響くような厳めしさを帯びていた。王の檄 に応え、地を揺るがすような喊声 が起こる。
「「おぉぉッ!」」
怒涛のごとき鬨声 とともに、いざ乾坤一擲 の大勝負。
月狼はアルトニアの最新鋭の兵器はもちあわせていないが、彼等にはない、猛る闘争心があった。
ラギスの率いる黒狼隊の最前衛、四足の鎧獣隊は銃口を向けられようとも怯まず、横に長く広がり構えた。
頑健な肉体による盾の構えである。
いたってシンプルな戦術――前衛が倒れれば、後続部隊がすぐさま駆けだし、敵の前衛に衝突するまで驀進 し、突っこむのである。
最速最短で敵陣営に到達できるが、死を厭わぬ覚悟がなければ、このような隊形はとれない。家族を人質にとられているか、確たる信仰心でもなければ、普通はそのような無謀な真似はできないであろう――他部隊ならば。
これが月狼銀毛騎士団の戦いの構えだ。
鎧獣隊が驀進 し、濛々 と灰神楽 の如く雪煙をまきあげ、敵に向かって突貫!
飛来する死の弾丸にもひるまず、軽快な身のこなしで左右に躱しながら、或いは肩の筋肉を硬化させて強行突破する。運悪く顔や関節にあたり、転げる者もいたが、半数以上が敵の陣営に噛みついた。
「ぐぁッ」
衝突した前線から悲鳴があがり、血飛沫が飛び散る。喉笛に噛みついたら、こちらのものだ。
正面衝突が始まり、両翼を拡げ、幾重にも層を厚く布陣した。
敵の陣営が拡がりきったのを見て、シェスラは号令をかけた。
「左から斬りこめ!」
腹に響くシェスラの声。
パッパッパ――ッ! 進軍喇叭 が鳴り響き、太鼓が連打される。
将の勇猛な振る舞いは兵を鼓舞する。月狼たちは、最後衛までもが嵐さながらに吠え猛る。
突撃! 突撃!
馬の嘶き、力強い馬蹄の音、戛々 と鳴り響く刀槍、稲妻のようにはじける、白の、銀の、朱金の光。月狼の喊声 が鼓膜を震わせる。ラギスの胸を熱くさせる。
生来備わった激情なのか、シェスラの号令を受けて疾駆する感覚は、言葉ではなしえないものがある。首輪から解放される時の高揚に似ているかもしれない。日常では先ず得られない、命の躍動だ。
「一番乗りだ、おらァッ!」
ラギスが吠えた。
剛剣の威力たるや凄まじく、必殺の一撃は、兜ごと頭蓋骨を真っ二つに斬り裂いた。屈強な兵士が脳漿 を撒きちらして倒れた。
尋常ならざる一撃に、敵も味方も刮目 した。
相対する敵は、相手が何者か知るや、恐怖の色を目に浮かべ、
「まさか、貴様ッ!」
信じられない思いで叫んだ。
躊躇は命取り――愕然とした表情のまま、苛烈に閃くロキの戦斧の餌食になった。
「びゃっ!!」
骨肉を断ち割る凄まじい音と共に、真っ二つにされた胴の上半身が、信じられないほど高く跳ね飛んだ。残された下半身は、がっくりと膝をつき、赤く染まった雪に、どぉっと倒れた。
巨躯の黒狼は、血濡れた刃を振って、金と真紅の眸でぎらりと睨みをきかせる。
血も凍る殺戮を目の当たりにして、慄 いた敵は、足元の雪を踏みしめた。
とその時、
「怯むなッ!」
疾駆してきた敵の歩兵長が、激情に顔を歪ませ、檄 を飛ばした。
「くるぞッ!」
殆ど同時に、ラギスも怒鳴った。
「「オォォッ!」」
両陣営から、野太く、力強い声があがった。
激突!
鋼鉄を響かせ、火花を散らす。
鬼神二人の揮 う鋼は、敏捷且 つ凶悪、鮮血真紅の光輝を放ち、瞬く間に屍 の山を築きあげた。
無双の双璧、死角なし。
セルト兵は素晴らしく天晴 な二人の働きぶりに、叫ばずにはいられなかった。
「不死身の猛将 !」
一方、凄まじい殺戮を目の当たりにしたアレッツィア兵は、顔面蒼白にならざるをえなかった。
「おのれ、悪鬼羅刹 めッ」
罵るも、剣を向けるのを躊躇い、及び腰である。
ラギスとロキを先頭に、前線は血まみれになりながら闘った。圧倒的兵差にも臆さず、勢いと気合で、少しずつ呑みこんでいく。アレッツィアの万軍に血路を開いていった。
血で血を洗う密集地帯に、細い路が生まれる。
好機を逃さず、後続部隊が鋭く斬りこんだ。
剣尖を染めし血が、ラギスの往年の戦士の闘魂を奮いたたせた。無双の白刃は、恐るべき正確さで宙に舞い、波濤 のごとく迫るアレッツィア兵たちを次々と薙ぎ払った。
我らが王旗を掲げる。
晴れていく霧に、無数のセルトの旗印が煌めいた。
基地を占拠されたと判るや、アレッツィアは布陣を分割し、うち四割を反転させた。
悪くない判断だが、
正面の傭兵部隊が囮であることに、この段になってもまだアレッツィアは判っていなかったのだ。
結論からいえば、四割ではなく、十割を反転させるべきだった。
全力で本拠地奪還に力を注いで体制を立て直せば、まだ起死回生の芽があった。
四割。
この判断が、勝敗を決する全てといって過言ではない。
とはいえ、無尽蔵のアレッツィアの四割は、シェスラの率いる混成部隊の総力を上回る。背後を捉えたものの、熾烈な戦いに突入せざるを得ないことは明らかだった。
また、基地を占領しても、セルト兵は未知の兵器、固定砲台に不慣れで、せっかくの敵の武器を活かせなかった。
だが、シェスラは頓着していなかった。
もとより、にわか武器で戦うつもりはなかった。
基地の取りあげにより、敵戦力を半分削げば上等、優勢に運べる算段があったのである。
初動が全てと理解しているシェスラは、間を置かずに、第二、第三の騎兵隊を惜しまずに投入した。
「私に続け! 敵を潰滅せよ! 死すれば英雄の御霊、戦女神の殿堂に招かれようぞッ!」
シェスラの
「「おぉぉッ!」」
怒涛のごとき
月狼はアルトニアの最新鋭の兵器はもちあわせていないが、彼等にはない、猛る闘争心があった。
ラギスの率いる黒狼隊の最前衛、四足の鎧獣隊は銃口を向けられようとも怯まず、横に長く広がり構えた。
頑健な肉体による盾の構えである。
いたってシンプルな戦術――前衛が倒れれば、後続部隊がすぐさま駆けだし、敵の前衛に衝突するまで
最速最短で敵陣営に到達できるが、死を厭わぬ覚悟がなければ、このような隊形はとれない。家族を人質にとられているか、確たる信仰心でもなければ、普通はそのような無謀な真似はできないであろう――他部隊ならば。
これが月狼銀毛騎士団の戦いの構えだ。
鎧獣隊が
飛来する死の弾丸にもひるまず、軽快な身のこなしで左右に躱しながら、或いは肩の筋肉を硬化させて強行突破する。運悪く顔や関節にあたり、転げる者もいたが、半数以上が敵の陣営に噛みついた。
「ぐぁッ」
衝突した前線から悲鳴があがり、血飛沫が飛び散る。喉笛に噛みついたら、こちらのものだ。
正面衝突が始まり、両翼を拡げ、幾重にも層を厚く布陣した。
敵の陣営が拡がりきったのを見て、シェスラは号令をかけた。
「左から斬りこめ!」
腹に響くシェスラの声。
パッパッパ――ッ! 進軍
将の勇猛な振る舞いは兵を鼓舞する。月狼たちは、最後衛までもが嵐さながらに吠え猛る。
突撃! 突撃!
馬の嘶き、力強い馬蹄の音、
生来備わった激情なのか、シェスラの号令を受けて疾駆する感覚は、言葉ではなしえないものがある。首輪から解放される時の高揚に似ているかもしれない。日常では先ず得られない、命の躍動だ。
「一番乗りだ、おらァッ!」
ラギスが吠えた。
剛剣の威力たるや凄まじく、必殺の一撃は、兜ごと頭蓋骨を真っ二つに斬り裂いた。屈強な兵士が
尋常ならざる一撃に、敵も味方も
相対する敵は、相手が何者か知るや、恐怖の色を目に浮かべ、
「まさか、貴様ッ!」
信じられない思いで叫んだ。
躊躇は命取り――愕然とした表情のまま、苛烈に閃くロキの戦斧の餌食になった。
「びゃっ!!」
骨肉を断ち割る凄まじい音と共に、真っ二つにされた胴の上半身が、信じられないほど高く跳ね飛んだ。残された下半身は、がっくりと膝をつき、赤く染まった雪に、どぉっと倒れた。
巨躯の黒狼は、血濡れた刃を振って、金と真紅の眸でぎらりと睨みをきかせる。
血も凍る殺戮を目の当たりにして、
とその時、
「怯むなッ!」
疾駆してきた敵の歩兵長が、激情に顔を歪ませ、
「くるぞッ!」
殆ど同時に、ラギスも怒鳴った。
「「オォォッ!」」
両陣営から、野太く、力強い声があがった。
激突!
鋼鉄を響かせ、火花を散らす。
鬼神二人の
無双の双璧、死角なし。
セルト兵は素晴らしく
「
一方、凄まじい殺戮を目の当たりにしたアレッツィア兵は、顔面蒼白にならざるをえなかった。
「おのれ、悪鬼
罵るも、剣を向けるのを躊躇い、及び腰である。
ラギスとロキを先頭に、前線は血まみれになりながら闘った。圧倒的兵差にも臆さず、勢いと気合で、少しずつ呑みこんでいく。アレッツィアの万軍に血路を開いていった。
血で血を洗う密集地帯に、細い路が生まれる。
好機を逃さず、後続部隊が鋭く斬りこんだ。
剣尖を染めし血が、ラギスの往年の戦士の闘魂を奮いたたせた。無双の白刃は、恐るべき正確さで宙に舞い、