RAVEN
- 3 -
心地よい時間を二人はしばらく共有し、お互いに名残惜しさを感じながら店をでた。
外はすっかり暗くなっていた。
肩を並べて駅に向かって歩きはじめると、レイヴンは笑顔でいった。
「……まだ喋り足りないな。僕の家でピザでもとって、飲み直しませんか?」
流星は目をぱちくりさせたあと、すぐに冗談だと思って、声をあげて笑った。
「何いってるんだ、さっき二枚も食べたじゃないか」
「じゃあ、しめのご飯は? カップ麺やお茶漬けもありますよ。つまみやデザートもあるし、自家製のサングリアもありますよ」
「もうお腹いっぱいだよ」
「それじゃ、僕の作品を見てみませんか? 絵の他にも、鉱石のジオラマも創っているんです」
その声に彼の本気を嗅ぎとり、流星は戸惑った表情を浮かべた。
「それは面白そうだけど……今から?」
レイヴンは笑顔で頷いた。
「家は下北沢なんです。タクシーを拾えば、十分もかかりませんから」
「だけど、もうこんな時間だしなぁ」
独り暮らしをしているようだが、初対面の相手の家に、会ったその日にお邪魔するのはいかがなものだろう?
迷いの浮かぶ流星の顔をのぞきこんで、レイヴンは首を傾げた。
「いいでしょう?」
そんな風に請われると、流星の理性は激しくぐらついた。彼の好意的な態度に戸惑いつつ、生の制作現場を見てみたいという欲がうずいた。
「……じゃあ、少しだけお邪魔しようかな?」
「やった!」
レイヴンは本当に嬉しそうに笑った。
「君、見た目によらず、ぐいぐいくるよね」
「流星さんだからですよ。普段はアトリエに籠っているし、知らない人にいきなり声をかけたりしません」
流星は目を瞬いた。リップサービスだといい聞かせても、顔がにやけてしまう。
「口がうまいなぁ……」
しかし、いくら意気投合したとはいえ、よく知りもしない人間を会ったその日に自宅に招いたりするだろうか? 無防備すぎるレイヴンに、少しばかり心配にもなった。
「俺がいうのもなんだけど、気をつけなさいよ。いい奴だと思っても、恐ろしいことを企んでいるかもしれないんだから」
「はい、よく気をつけます」
レイヴンは素直にほほえんだ。澄んだ眼差しが、貴方は特別なのだと囁いているようで、流星は落ち着かない気分にさせられた。
「よし……なんか買っていくか? なんでもおごってやるぞ」
「大丈夫ですよ、家に色々ありますから」
「そうか?」
「はい。僕が誘ったんですから、流星さんは気を遣わなくていいんですよ」
「なら、遠慮しないぞ」
「いいですよ。流星さんは、ただきてくれればいいですから」
その声に誘惑を感じとり、流星は用心深く端正な顔を見やった。
(まさか、俺に気がある……? ……なわけないよな)
逆ならともかく、あのレイヴンが何をどうして流星を口説こうとするのだろう?
自意識過剰も甚だしい――流星は三秒で自己完結させると、自嘲気味にかぶりを振り、こちらをじっと見つめているレイヴンに苦笑を返した。
レイヴンの家は、閑静な世田谷区にあった。
二百坪を越える瀟洒な邸を、蔓薔薇の這う外壁がぐるりと囲んでいる。
ぽかんと口を開ける流星の前で、レイヴンは慣れた手つきで入口に設置されたセキュリティ――指紋認証と網膜認証を行い、錬鉄の扉を左右に開いた。
「……すごいな」
「防犯には気を配っているんです。さ、どうぞ中へ入ってください」
「お、おう」
流星は、会釈しながら敷地へと足を踏み入れた。
ライトアップされた中庭の奥に、扇状の色硝子がはめこまれた、玄関扉が見えた。煉瓦の温もりを活かした、美しい建物である。
「……一人暮らしをしているんじゃなかったの?」
戸惑った声で流星が訊ねると、レイヴンはにこやかに頷いた。
「一人暮らしですよ」
「この家に?」
「はい」
ぽかんとする流星をよそに、レイヴンは玄関扉を開けた。
内装も素晴らしく、正面には真鍮製の手すりのついた大階段。吹き抜けの天井には、ウェディング・ケーキを逆さまにしたようなシャンデリアが垂れ下がっていた。何百もの角柱型と涙滴型の水晶、黄金色の花鋼と錬鉄細工でできたそれは、眩いばかりに燦然と輝いている。床には紺地で織りこまれた贅沢な風合いの、本物の東洋の絨毯が敷かれている。
「ほぉ~……」
別世界に迷いこんだ気分で、流星は茫然と立ち尽くした。と、背中にレイヴンの手が押し当てられた。どきっとして彼を見ると、にっこりされた。
「こっちですよ」
「おい、こんな豪邸とは聞いてないぞ」
少々恨めしげに囁くと、レイヴンは苦笑をこぼした。
「すみません、引いてます?」
「引いてるよ。俺はてっきり、二十平米のアパートを想像していたんだぞ!」
有名人とはいえ、未成年である。なんとなく、食べ盛りの苦学生のような暮らしぶりを想像していたが、全く違ったようだ。
「大丈夫、すぐに慣れますよ。なかなか居心地いいんですよ」
そりゃいいだろうよ、と流星は鼻白んだ。これで不平を零されたら、かつて月八万円の賃貸に住んでいた流星は立つ瀬がない。
先ほどのイタリアンの会計は、流星が負担するといって譲らなかったが、レイヴンの困ったような、微妙そうな表情の理由が判った気がした。三万円を超える出費は、並の学生にはきつくても、レイヴンには余裕なのだろう。
(しっかし、すごいなぁ……こんな豪邸、初めて見たぞ)
落ち着きなくあちこち見回していると、隣でレイヴンが微笑した。その笑みに見惚れて、流星は危うく蹴躓いて転びそうになった。うわっ、と奇声を発するが、すかさずレイヴンに腕をとられて腰を支えられた。
「大丈夫ですか?」
流星は惚けたように、レイヴンを仰いだ。
「あ……」
華奢に見えるのに、流星の腰を支える腕は、筋張った男性のもので、包みこまれているような錯覚に囚われた。
「流星さん?」
すぐ目の前で、眼福としかいいようのない美貌にほほえまれ、流星はあわあわと首を振った。
「ごめん、支えてもらっちゃって……?」
腰を抱いたまま歩きはじめるレイヴンを、流星は不思議そうに見つめた。
「流星さん、そそっかしいから、支えていてあげます」
「大丈夫だよ」
慌てふためく流星を見て、レイヴンはくすっと笑った。
「流星さん、僕の顔ばかり見ているでしょう? 危ないから、支えていてあげます」
「ッ!?」
赤くなった流星を見て、レイヴンは目を細めた。含みのある視線が行き交う。流星は何かいおうと口を開きかけたが、何も思いつかず、逃げるようにして視線をそらした。
いい大人が、十二歳も年下の青年に翻弄されてどうする。そう思うが、彼の親密すぎる言動を、どう受け止めればいいのか判らないのだ。
「ほら、もう着きましたよ」
レイヴンの明るい声に、流星は顔をあげた。さりげなく彼から距離をとり、興味を引かれている風を装って部屋を見回す。
「贅沢な部屋だなぁ……」
案内されたダイニングルームは、飴色の調度で整えられ、上品で豪華だった。天井にはやはり水晶のシャンデリアが煌いている。
「これでも、落ち着いた内装にしたつもりなんですけれどね」
流星は驚いてレイヴンの顔を見た。
「君がコーディネートしたの?」
「はい。去年、改装したんです。カーテンや絨毯、壁の色、窓の配置も全部僕が決めました」
ここへくる途中に聞いた話では、彼の家系は冒険家揃いで、英国人の両親も、世界中を探検する考古学者だという。現在は二人共、エチオピアで遺跡の発掘作業中らしい。この家は、日本人で登山家である祖父の持ち物で、五年前に彼がヒマラヤ登攀 で亡くなってからは、レイヴンが一人で住んでいるようだ。
「はぁ~……」
流星は感嘆のため息をついた。
大きな窓辺には、異国の海を思わせる青いベルベットがかけられ、今は左右にまとめられている。ライトアップされた、庭の美しい景観がよく見える。
流星は壁際に配置された硝子ケースに近寄り、中を覗きこんだ。水晶や鉱石を用いた、幻想的なジオラマが幾つも並べてある。
「すごい! 全部、君が作ったのか?」
流星が声をあげると、レイヴンも傍にやってきた。
「はい。ここにあるのは、春の個展に出品予定のもので、全て今年作ったものです」
「へぇ、また個展をやるのか」
「はい。毎年、春と夏は必ずやっているんです。いつもは展示だけなんですが、今度は会期終了後に受け渡す流れで、販売も予定しているんですよ」
「おっ、それはファンが喜ぶぞ。へぇ……どれもいい作品じゃないか」
流星は、巧緻な作品の一つ一つに目を注ぎながら、感心した口ぶりでいった。
薄い青や紫、ピンクの水晶を使って、アンティークな硝子ドームや、眼鏡入れ、バターケースのなかに、精巧な夢の世界を創りあげている。溢れんばかりの創作の才能だ。
夢中で眺める流星を、レイヴンは嬉しそうに見ていた。ケースから作品をだして、実際に手で触れさせたり、制作工程の説明もしてくれた。
彼の作品を堪能し終えたあと、二人は缶ビールで乾杯した。ミックスナッツにドライフルーツ、自家製ピクルス、数種のチーズを肴に、とりとめのない雑談に興じた。
「こんなに広い家で、普段は何しているんだ?」
「アトリエに籠ってます。料理や掃除は、プロの業者に任せてあるから、僕は創作に専念できるんです」
「贅沢者め。君は芸術の才能はすごいが、独りで自活できそうにないな」
「酷いなぁ、料理するのも割と好きなんですよ」
「嘘つけ」
「本当です。良かったら、今度作ってあげますよ」
「そりゃ楽しみだ」
流星は社交辞令として受け取ったが、レイヴンの眼差しは、まるで恋人に向けるみたいに甘やかだ。
(さっきから、なんていうか、こう……彼は俺に気があるのか? ……なわけないよな)
愚かな妄想だと思いつつ、うっかり勘違いしてしまいそうになる。馬鹿馬鹿しい――流星は何度目かの疑問をねじ伏せ、酒を煽った。
外はすっかり暗くなっていた。
肩を並べて駅に向かって歩きはじめると、レイヴンは笑顔でいった。
「……まだ喋り足りないな。僕の家でピザでもとって、飲み直しませんか?」
流星は目をぱちくりさせたあと、すぐに冗談だと思って、声をあげて笑った。
「何いってるんだ、さっき二枚も食べたじゃないか」
「じゃあ、しめのご飯は? カップ麺やお茶漬けもありますよ。つまみやデザートもあるし、自家製のサングリアもありますよ」
「もうお腹いっぱいだよ」
「それじゃ、僕の作品を見てみませんか? 絵の他にも、鉱石のジオラマも創っているんです」
その声に彼の本気を嗅ぎとり、流星は戸惑った表情を浮かべた。
「それは面白そうだけど……今から?」
レイヴンは笑顔で頷いた。
「家は下北沢なんです。タクシーを拾えば、十分もかかりませんから」
「だけど、もうこんな時間だしなぁ」
独り暮らしをしているようだが、初対面の相手の家に、会ったその日にお邪魔するのはいかがなものだろう?
迷いの浮かぶ流星の顔をのぞきこんで、レイヴンは首を傾げた。
「いいでしょう?」
そんな風に請われると、流星の理性は激しくぐらついた。彼の好意的な態度に戸惑いつつ、生の制作現場を見てみたいという欲がうずいた。
「……じゃあ、少しだけお邪魔しようかな?」
「やった!」
レイヴンは本当に嬉しそうに笑った。
「君、見た目によらず、ぐいぐいくるよね」
「流星さんだからですよ。普段はアトリエに籠っているし、知らない人にいきなり声をかけたりしません」
流星は目を瞬いた。リップサービスだといい聞かせても、顔がにやけてしまう。
「口がうまいなぁ……」
しかし、いくら意気投合したとはいえ、よく知りもしない人間を会ったその日に自宅に招いたりするだろうか? 無防備すぎるレイヴンに、少しばかり心配にもなった。
「俺がいうのもなんだけど、気をつけなさいよ。いい奴だと思っても、恐ろしいことを企んでいるかもしれないんだから」
「はい、よく気をつけます」
レイヴンは素直にほほえんだ。澄んだ眼差しが、貴方は特別なのだと囁いているようで、流星は落ち着かない気分にさせられた。
「よし……なんか買っていくか? なんでもおごってやるぞ」
「大丈夫ですよ、家に色々ありますから」
「そうか?」
「はい。僕が誘ったんですから、流星さんは気を遣わなくていいんですよ」
「なら、遠慮しないぞ」
「いいですよ。流星さんは、ただきてくれればいいですから」
その声に誘惑を感じとり、流星は用心深く端正な顔を見やった。
(まさか、俺に気がある……? ……なわけないよな)
逆ならともかく、あのレイヴンが何をどうして流星を口説こうとするのだろう?
自意識過剰も甚だしい――流星は三秒で自己完結させると、自嘲気味にかぶりを振り、こちらをじっと見つめているレイヴンに苦笑を返した。
レイヴンの家は、閑静な世田谷区にあった。
二百坪を越える瀟洒な邸を、蔓薔薇の這う外壁がぐるりと囲んでいる。
ぽかんと口を開ける流星の前で、レイヴンは慣れた手つきで入口に設置されたセキュリティ――指紋認証と網膜認証を行い、錬鉄の扉を左右に開いた。
「……すごいな」
「防犯には気を配っているんです。さ、どうぞ中へ入ってください」
「お、おう」
流星は、会釈しながら敷地へと足を踏み入れた。
ライトアップされた中庭の奥に、扇状の色硝子がはめこまれた、玄関扉が見えた。煉瓦の温もりを活かした、美しい建物である。
「……一人暮らしをしているんじゃなかったの?」
戸惑った声で流星が訊ねると、レイヴンはにこやかに頷いた。
「一人暮らしですよ」
「この家に?」
「はい」
ぽかんとする流星をよそに、レイヴンは玄関扉を開けた。
内装も素晴らしく、正面には真鍮製の手すりのついた大階段。吹き抜けの天井には、ウェディング・ケーキを逆さまにしたようなシャンデリアが垂れ下がっていた。何百もの角柱型と涙滴型の水晶、黄金色の花鋼と錬鉄細工でできたそれは、眩いばかりに燦然と輝いている。床には紺地で織りこまれた贅沢な風合いの、本物の東洋の絨毯が敷かれている。
「ほぉ~……」
別世界に迷いこんだ気分で、流星は茫然と立ち尽くした。と、背中にレイヴンの手が押し当てられた。どきっとして彼を見ると、にっこりされた。
「こっちですよ」
「おい、こんな豪邸とは聞いてないぞ」
少々恨めしげに囁くと、レイヴンは苦笑をこぼした。
「すみません、引いてます?」
「引いてるよ。俺はてっきり、二十平米のアパートを想像していたんだぞ!」
有名人とはいえ、未成年である。なんとなく、食べ盛りの苦学生のような暮らしぶりを想像していたが、全く違ったようだ。
「大丈夫、すぐに慣れますよ。なかなか居心地いいんですよ」
そりゃいいだろうよ、と流星は鼻白んだ。これで不平を零されたら、かつて月八万円の賃貸に住んでいた流星は立つ瀬がない。
先ほどのイタリアンの会計は、流星が負担するといって譲らなかったが、レイヴンの困ったような、微妙そうな表情の理由が判った気がした。三万円を超える出費は、並の学生にはきつくても、レイヴンには余裕なのだろう。
(しっかし、すごいなぁ……こんな豪邸、初めて見たぞ)
落ち着きなくあちこち見回していると、隣でレイヴンが微笑した。その笑みに見惚れて、流星は危うく蹴躓いて転びそうになった。うわっ、と奇声を発するが、すかさずレイヴンに腕をとられて腰を支えられた。
「大丈夫ですか?」
流星は惚けたように、レイヴンを仰いだ。
「あ……」
華奢に見えるのに、流星の腰を支える腕は、筋張った男性のもので、包みこまれているような錯覚に囚われた。
「流星さん?」
すぐ目の前で、眼福としかいいようのない美貌にほほえまれ、流星はあわあわと首を振った。
「ごめん、支えてもらっちゃって……?」
腰を抱いたまま歩きはじめるレイヴンを、流星は不思議そうに見つめた。
「流星さん、そそっかしいから、支えていてあげます」
「大丈夫だよ」
慌てふためく流星を見て、レイヴンはくすっと笑った。
「流星さん、僕の顔ばかり見ているでしょう? 危ないから、支えていてあげます」
「ッ!?」
赤くなった流星を見て、レイヴンは目を細めた。含みのある視線が行き交う。流星は何かいおうと口を開きかけたが、何も思いつかず、逃げるようにして視線をそらした。
いい大人が、十二歳も年下の青年に翻弄されてどうする。そう思うが、彼の親密すぎる言動を、どう受け止めればいいのか判らないのだ。
「ほら、もう着きましたよ」
レイヴンの明るい声に、流星は顔をあげた。さりげなく彼から距離をとり、興味を引かれている風を装って部屋を見回す。
「贅沢な部屋だなぁ……」
案内されたダイニングルームは、飴色の調度で整えられ、上品で豪華だった。天井にはやはり水晶のシャンデリアが煌いている。
「これでも、落ち着いた内装にしたつもりなんですけれどね」
流星は驚いてレイヴンの顔を見た。
「君がコーディネートしたの?」
「はい。去年、改装したんです。カーテンや絨毯、壁の色、窓の配置も全部僕が決めました」
ここへくる途中に聞いた話では、彼の家系は冒険家揃いで、英国人の両親も、世界中を探検する考古学者だという。現在は二人共、エチオピアで遺跡の発掘作業中らしい。この家は、日本人で登山家である祖父の持ち物で、五年前に彼がヒマラヤ
「はぁ~……」
流星は感嘆のため息をついた。
大きな窓辺には、異国の海を思わせる青いベルベットがかけられ、今は左右にまとめられている。ライトアップされた、庭の美しい景観がよく見える。
流星は壁際に配置された硝子ケースに近寄り、中を覗きこんだ。水晶や鉱石を用いた、幻想的なジオラマが幾つも並べてある。
「すごい! 全部、君が作ったのか?」
流星が声をあげると、レイヴンも傍にやってきた。
「はい。ここにあるのは、春の個展に出品予定のもので、全て今年作ったものです」
「へぇ、また個展をやるのか」
「はい。毎年、春と夏は必ずやっているんです。いつもは展示だけなんですが、今度は会期終了後に受け渡す流れで、販売も予定しているんですよ」
「おっ、それはファンが喜ぶぞ。へぇ……どれもいい作品じゃないか」
流星は、巧緻な作品の一つ一つに目を注ぎながら、感心した口ぶりでいった。
薄い青や紫、ピンクの水晶を使って、アンティークな硝子ドームや、眼鏡入れ、バターケースのなかに、精巧な夢の世界を創りあげている。溢れんばかりの創作の才能だ。
夢中で眺める流星を、レイヴンは嬉しそうに見ていた。ケースから作品をだして、実際に手で触れさせたり、制作工程の説明もしてくれた。
彼の作品を堪能し終えたあと、二人は缶ビールで乾杯した。ミックスナッツにドライフルーツ、自家製ピクルス、数種のチーズを肴に、とりとめのない雑談に興じた。
「こんなに広い家で、普段は何しているんだ?」
「アトリエに籠ってます。料理や掃除は、プロの業者に任せてあるから、僕は創作に専念できるんです」
「贅沢者め。君は芸術の才能はすごいが、独りで自活できそうにないな」
「酷いなぁ、料理するのも割と好きなんですよ」
「嘘つけ」
「本当です。良かったら、今度作ってあげますよ」
「そりゃ楽しみだ」
流星は社交辞令として受け取ったが、レイヴンの眼差しは、まるで恋人に向けるみたいに甘やかだ。
(さっきから、なんていうか、こう……彼は俺に気があるのか? ……なわけないよな)
愚かな妄想だと思いつつ、うっかり勘違いしてしまいそうになる。馬鹿馬鹿しい――流星は何度目かの疑問をねじ伏せ、酒を煽った。