メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
7章:ニーレンベルギア邸襲撃 - 8 -
椅子に縛られたまま放置されたが、すぐに石床を叩く靴底の音が聞こえてきた。
音は次第に近付いてくる。
緊張を強いられながら、扉のない入り口を凝視していると、間もなく長身が現れた。
ジョー・スパーナ……!
温度など微塵も感じさせない、隻眼の蒼氷色 でティカを睥睨 する。
「久しぶりだな」
鋼のように冷たい声は、窓から吹き込む穏やかな風すら凍らせた。
「ひゃなせ」
内心では冷や汗を噴き出しながら、ティカは強気に睨みあげた。
「リダ島では、世話になった」
「ひゃなせ!」
「離せ? 無理な相談だ。二の舞はご免だからな」
男は鼻で嗤った。腰から拳銃を引き抜くと、悠然とした足取りでティカの傍へやってくる。
靴底が石床を叩く音が、やけに重たく聞こえた。
この男の容姿や立居振舞には、相変わらず品格の高さと優雅さを感じる。それでいて、対峙する者を戦慄させるのだ。
「我がビスメイルとロアノスの軍事力は、今のところ拮抗している」
何を言い出すのだろう。話が見えず、ティカは眉をひそめて男を見上げた。
「古代神器がそちらの手に渡れば、余計な力を与えかねない」
銃口を、こめかみに強く押し当てられた。
「よへっ!」
冷たい金属を肌に感じる。恐怖して暴れたが、事態は変わらない。椅子を僅かに揺らしただけ。
「あれがいかに脅威か判る……身をもって味わったからな。有無を言わさず、強制的に人を支配する力だ。もし本当に古代神器であるのなら、計り知れない力が他にもあるはずだ」
「ひらない!」
見下ろす隻眼は、冬の湖水を思わせるほどに冷たい。負けじと反論を叫んでも、くぐもった声にしかならなかった。
恐い……この男と渡り合えるヴィヴィアンやロザリオを、心の底から尊敬する。
「我々に協力するなら、身の安全と十分な待遇を約束しよう。陛下は王城に招いても良いとすらおっしゃっている。身に余る光栄だろう」
「ほとわう!」
声が震えぬよう強気に吠えると、男は口元に嘲笑を刻んだ。
「少しは想像を働かせたらどうだ。ビスメイルにくれば、危険な海賊船に乗る必要もなく、陸の上で過分な暮らしを満喫できるのだぞ」
「……っ!?」
「底辺に生きる貴様には縁遠い“富める”暮らしだ」
燃え上がるような怒りを感じた。ふざけるな、贅沢がしたいわけじゃない。船の生活だって気に入っている。
ヘルジャッジ号はティカの家。終 の住処 だ。他に帰りたい場所なんてない。
「ほとわう!」
「海賊船に義理立てして何になる?」
「がばれっ」
「無限幻海の秘宝を手にした危険性から、キャプテン・ヴィヴィアンにかけられた賞金は更に跳ね上がった。無限海の賞金稼ぎは皆、あの男を狙っている」
「ふるひゃい」
「品のない黒塗りの海賊船は、どこへ行っても目立つ。砲撃の的にはちょうどいいと思わないか? 海賊船に乗っている限り、長生きはできないぞ……」
「ふるひゃいっ!!」
「馬鹿な小僧だ。判っているのか?」
この男こそ、判っているのだろうか。ティカに飽き足らず、よくもヘルジャッジ号を侮辱してくれた。
「あまり時間が無い。今夜には発たなくてはいけないんだ。どうしても拒むと言うのなら……今ここで殺す」
ティカは大きく眼を瞠った。“殺す”とは、本気だろうか――
「幼さに免じて、苦しめずにアンフルラージュの御許へ送ってやろう」
どんなに脅迫されたところで、この男とビスメイルに行くことだけはお断わりだ。ヴィヴィアンの傍を離れたくない。
「これが最後だ。生きるか死ぬか、選べ」
引き金にサファイアの光る指がかけられる。屈するものか。氷のような眼差しを、臆さずに見返す。
揺れた視線は、果たしてどちらであったか。
乾いた銃声が、静かな室内に響いた――
音は次第に近付いてくる。
緊張を強いられながら、扉のない入り口を凝視していると、間もなく長身が現れた。
ジョー・スパーナ……!
温度など微塵も感じさせない、隻眼の
「久しぶりだな」
鋼のように冷たい声は、窓から吹き込む穏やかな風すら凍らせた。
「ひゃなせ」
内心では冷や汗を噴き出しながら、ティカは強気に睨みあげた。
「リダ島では、世話になった」
「ひゃなせ!」
「離せ? 無理な相談だ。二の舞はご免だからな」
男は鼻で嗤った。腰から拳銃を引き抜くと、悠然とした足取りでティカの傍へやってくる。
靴底が石床を叩く音が、やけに重たく聞こえた。
この男の容姿や立居振舞には、相変わらず品格の高さと優雅さを感じる。それでいて、対峙する者を戦慄させるのだ。
「我がビスメイルとロアノスの軍事力は、今のところ拮抗している」
何を言い出すのだろう。話が見えず、ティカは眉をひそめて男を見上げた。
「古代神器がそちらの手に渡れば、余計な力を与えかねない」
銃口を、こめかみに強く押し当てられた。
「よへっ!」
冷たい金属を肌に感じる。恐怖して暴れたが、事態は変わらない。椅子を僅かに揺らしただけ。
「あれがいかに脅威か判る……身をもって味わったからな。有無を言わさず、強制的に人を支配する力だ。もし本当に古代神器であるのなら、計り知れない力が他にもあるはずだ」
「ひらない!」
見下ろす隻眼は、冬の湖水を思わせるほどに冷たい。負けじと反論を叫んでも、くぐもった声にしかならなかった。
恐い……この男と渡り合えるヴィヴィアンやロザリオを、心の底から尊敬する。
「我々に協力するなら、身の安全と十分な待遇を約束しよう。陛下は王城に招いても良いとすらおっしゃっている。身に余る光栄だろう」
「ほとわう!」
声が震えぬよう強気に吠えると、男は口元に嘲笑を刻んだ。
「少しは想像を働かせたらどうだ。ビスメイルにくれば、危険な海賊船に乗る必要もなく、陸の上で過分な暮らしを満喫できるのだぞ」
「……っ!?」
「底辺に生きる貴様には縁遠い“富める”暮らしだ」
燃え上がるような怒りを感じた。ふざけるな、贅沢がしたいわけじゃない。船の生活だって気に入っている。
ヘルジャッジ号はティカの家。
「ほとわう!」
「海賊船に義理立てして何になる?」
「がばれっ」
「無限幻海の秘宝を手にした危険性から、キャプテン・ヴィヴィアンにかけられた賞金は更に跳ね上がった。無限海の賞金稼ぎは皆、あの男を狙っている」
「ふるひゃい」
「品のない黒塗りの海賊船は、どこへ行っても目立つ。砲撃の的にはちょうどいいと思わないか? 海賊船に乗っている限り、長生きはできないぞ……」
「ふるひゃいっ!!」
「馬鹿な小僧だ。判っているのか?」
この男こそ、判っているのだろうか。ティカに飽き足らず、よくもヘルジャッジ号を侮辱してくれた。
「あまり時間が無い。今夜には発たなくてはいけないんだ。どうしても拒むと言うのなら……今ここで殺す」
ティカは大きく眼を瞠った。“殺す”とは、本気だろうか――
「幼さに免じて、苦しめずにアンフルラージュの御許へ送ってやろう」
どんなに脅迫されたところで、この男とビスメイルに行くことだけはお断わりだ。ヴィヴィアンの傍を離れたくない。
「これが最後だ。生きるか死ぬか、選べ」
引き金にサファイアの光る指がかけられる。屈するものか。氷のような眼差しを、臆さずに見返す。
揺れた視線は、果たしてどちらであったか。
乾いた銃声が、静かな室内に響いた――