メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
7章:ニーレンベルギア邸襲撃 - 3 -
市場の大通りはとても広いが、行きかう人の多さに狭く見える。
通りには物々しい武装兵が歩哨 しており、宝石店の入り口にも私兵が立っている。どこを見渡しても武装兵だらけだ。
淡い色味で統一された軒並みは、華麗な群舞のように見栄えするが、闊歩する武装兵が視界に映る度に、ぎくりとさせられる。
しかし、話しに聞いていた通り。目にも彩 とは、まさしくこのことであろう。
眩い金縁装飾の店が左右に連なり、大きな窓硝子の向こう、開け放たれた扉の向こうに、絢爛華麗な店内の様子が見える。中には大粒の宝石をあしらった、なんとも豪華な扉もある。
何度目かに人の波に流されそうになった時、ヴィヴィアンに手を引かれた。
「前見てる?」
「アイ」
即答したが、余所見ばかりしていた。スリに気をつけてね、と忠告を受けて、思わずポケットの膨らみを確認した。今日は買い物する気満々で全財産を持ってきているのだ。
道すがら、綺麗な歌声に足を止めた。旋律豊かな小唄 に、人の輪ができている。
飛び跳ねて人垣の奥を覗こうとしていると、不意に身体が浮いた。ヴィヴィアンがティカを持ち上げてくれたのだ。
「キャプテン!」
「ヴィーでいいよ。この街に一体何人キャプテンがいると思うの?」
確かに……
聴衆の真ん中で、月型の竪琴 をつま弾いて歌っているのは、銀細工のように美しい少年、ユリアンだ。
思わず名を呟くと、知っているの? とヴィヴィアンに聞かれた。
「昨日、アラバナの帰り道で偶然会ったんです。綺麗な声だなぁ……」
「確かに。いい歌い手だね」
曲が途切れた途端に、周囲から惜しみない喝采が贈られる。硬貨を籠に入れる者を見て、ティカも閃いた。
「キャプテ……ヴィー、下ろしてください。僕も入れたい」
地面に足がつくなり、人垣を割ってユリアンの前に飛び出した。澄み切った翠瞳 はティカを映して喜びに煌めく。
「ティカ! また会えましたね」
「こんにちは、ユリアン。すごく綺麗な声でした」
手持ちの硬貨を渡すと、多すぎます、と半分以上返された。後ろから名を呼ばれて、すぐに踵を返す。
「あ、ティカ! どちらへ?」
背中に声をかけたユリアンを振り返り、ティカは屈託なく笑った。
「市場だよ! 宝石を見に行くんだ」
ヴィヴィアンの元に戻ると、肩に腕を回されて群衆を抜け出した。
「あの子、見覚えあるな……」
「え?」
「雰囲気は大分違うけど、ジョー・スパーナの船で見た気がする」
「えっ!?」
ティカは目を瞠ると「でも……」と続けた。
「昨日は悪漢に追われていたところを、助けたんです。とても海賊船に乗れるようには……」
「人は見かけによらないものだよ。ユリアンって言ったっけ。あの子には近付かない方がいい」
彼の思い過ごしではなかろうか。承服しかねて口を閉ざすと、ヴィヴィアンはティカを見下ろして、いい子だから、と諭した。渋々頷くと、よしと微笑む。
「ティカは欲しいものある?」
「僕、ダイヤモンドが欲しいです」
「ダイヤモンド?」
彼は意外そうな声で問い返すと、手を繋いでいるティカを見下ろした。
「僕のお金で買えますか?」
これまでの配給を全て詰めた財布を見せると、ヴィヴィアンは優しい微笑を浮かべた。
「買ってあげるよ。何でも好きな物を」
「え……」
「でも、どうしてダイヤモンド? アマディウスの影響かな」
「ええと……綺麗だから」
魔術に使いたいのだとは言えない……
大通りには、いかにも豪華な宝石店が軒を並べているが、ヴィヴィアンはそれらを素通りして細道に入った。
やがて、こじんまりとした店の前で足を止める。正面玄関に、宝石の意匠と店名の彫られた真鍮色の看板が掲げられているだけで、他に装飾はない。つい見過ごしてしまいそうな、印象の薄い店構えだ。
「店主が目利きで、品物の質がいいんだ」
ティカの疑問を読んだように応えると、彼はティカの手を引いて、躊躇せず薄暗い店の中へ足を踏み入れた。
通りには物々しい武装兵が
淡い色味で統一された軒並みは、華麗な群舞のように見栄えするが、闊歩する武装兵が視界に映る度に、ぎくりとさせられる。
しかし、話しに聞いていた通り。目にも
眩い金縁装飾の店が左右に連なり、大きな窓硝子の向こう、開け放たれた扉の向こうに、絢爛華麗な店内の様子が見える。中には大粒の宝石をあしらった、なんとも豪華な扉もある。
何度目かに人の波に流されそうになった時、ヴィヴィアンに手を引かれた。
「前見てる?」
「アイ」
即答したが、余所見ばかりしていた。スリに気をつけてね、と忠告を受けて、思わずポケットの膨らみを確認した。今日は買い物する気満々で全財産を持ってきているのだ。
道すがら、綺麗な歌声に足を止めた。旋律豊かな
飛び跳ねて人垣の奥を覗こうとしていると、不意に身体が浮いた。ヴィヴィアンがティカを持ち上げてくれたのだ。
「キャプテン!」
「ヴィーでいいよ。この街に一体何人キャプテンがいると思うの?」
確かに……
聴衆の真ん中で、月型の
思わず名を呟くと、知っているの? とヴィヴィアンに聞かれた。
「昨日、アラバナの帰り道で偶然会ったんです。綺麗な声だなぁ……」
「確かに。いい歌い手だね」
曲が途切れた途端に、周囲から惜しみない喝采が贈られる。硬貨を籠に入れる者を見て、ティカも閃いた。
「キャプテ……ヴィー、下ろしてください。僕も入れたい」
地面に足がつくなり、人垣を割ってユリアンの前に飛び出した。澄み切った
「ティカ! また会えましたね」
「こんにちは、ユリアン。すごく綺麗な声でした」
手持ちの硬貨を渡すと、多すぎます、と半分以上返された。後ろから名を呼ばれて、すぐに踵を返す。
「あ、ティカ! どちらへ?」
背中に声をかけたユリアンを振り返り、ティカは屈託なく笑った。
「市場だよ! 宝石を見に行くんだ」
ヴィヴィアンの元に戻ると、肩に腕を回されて群衆を抜け出した。
「あの子、見覚えあるな……」
「え?」
「雰囲気は大分違うけど、ジョー・スパーナの船で見た気がする」
「えっ!?」
ティカは目を瞠ると「でも……」と続けた。
「昨日は悪漢に追われていたところを、助けたんです。とても海賊船に乗れるようには……」
「人は見かけによらないものだよ。ユリアンって言ったっけ。あの子には近付かない方がいい」
彼の思い過ごしではなかろうか。承服しかねて口を閉ざすと、ヴィヴィアンはティカを見下ろして、いい子だから、と諭した。渋々頷くと、よしと微笑む。
「ティカは欲しいものある?」
「僕、ダイヤモンドが欲しいです」
「ダイヤモンド?」
彼は意外そうな声で問い返すと、手を繋いでいるティカを見下ろした。
「僕のお金で買えますか?」
これまでの配給を全て詰めた財布を見せると、ヴィヴィアンは優しい微笑を浮かべた。
「買ってあげるよ。何でも好きな物を」
「え……」
「でも、どうしてダイヤモンド? アマディウスの影響かな」
「ええと……綺麗だから」
魔術に使いたいのだとは言えない……
大通りには、いかにも豪華な宝石店が軒を並べているが、ヴィヴィアンはそれらを素通りして細道に入った。
やがて、こじんまりとした店の前で足を止める。正面玄関に、宝石の意匠と店名の彫られた真鍮色の看板が掲げられているだけで、他に装飾はない。つい見過ごしてしまいそうな、印象の薄い店構えだ。
「店主が目利きで、品物の質がいいんだ」
ティカの疑問を読んだように応えると、彼はティカの手を引いて、躊躇せず薄暗い店の中へ足を踏み入れた。