メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
7章:ニーレンベルギア邸襲撃 - 2 -
身支度を終えて食堂に行く前に、念の為、第二甲板の船室 を覗いてみた。判っていたことだが、誰もいない。
昨夜はかなり盛り上がっていたし、皆まだアルバナにいるのだろう。オリバーと一緒に出掛けたかったけれど、仕方ない。明日は一緒に遊びに行きたいものだ。 船室を出て今度こそ食堂へ向かうと、奥のテーブルにシルヴィーやアマディウス達の姿を見つけた。
二人は何やら紙面を眺めている。先日拡げていた、ロアノス海洋研究局の最新の調査報告について話しているようだ。
それから、揃いの青い制服に身を包んだ美女二人――プリシラ、ジゼルと、彼女達の上司、ユヴェール・オーストームが寛いでいる。
ティカに気付いて、それぞれ「お早うティカ君」「おはよ」「お早うございます」と声をかけてくれる。
三人共、容姿にとても恵まれている。白い肌に艶やかな灰金髪、金緑の瞳をしており、聞けば同郷だという。とても海賊に見えない洗練された容姿をしているが、事務仕事から戦闘までこなす有能な乗組員だ。
シルヴィーもティカに気付いて手を上げた。先ほど船長室 で味わった気まずさはどこにもない。
密かに胸を撫で下ろしながら隣に座ると、彼もまた、どこかほっとしたような顔をしていた。
「ヴィーは?」
「すぐにくると思います。僕、先に出て船室に寄ってたから」
「そういえば、オリバーは?」
「たぶん、まだアルバナ……」
告げ口をしているような、若干の後ろめたさを味わいながら応えると、シルヴィーは呆れたような眼をした。
「どうしようもないな。陸にいる間は、酒浸りになる奴ばかりだ」
「シルヴィーは遊びに行かないんですか?」
「商談が終われば、俺も好きにさせてもらうさ」
雑談していると、ヴィヴィアンがやってきた。ティカ達を見渡して、いつも通りの少し気取った、優雅な笑みを浮かべる。
「お待たせ、諸君」
「ヴィー、ナプトラ諸島の調査報告は読んだ?」
咥えていたパイプを手に持ち、アマディウスは紙面を指差してヴィヴィアンに見せた。
「読んだよ。水深一万メートルのブルーホールだろ。面白そうだよね。ダリヤで工業用の鋼玉 が手に入れば、潜水服を作って挑んでみる?」
気安い口調でヴィヴィアンが提案すると、アマディウスは判り易く眼を輝かせた。
「ぜひ。メテオライト級のエメラルドを手に入れるチャンスだよ」
「あまり余裕はありませんよ。十月にはアプリティカに戻らないといけないのですから」
拍車のかかりそうな冒険話に、片眼鏡 の似合う知的な青年紳士、ユヴェールは水を差した。
彼はアマディウスと同い年らしいが、落ち着いた雰囲気のせいか、彼の方が年上に見える。
どうして海賊船に乗っているのか甚 だ疑問であったが、ヘルジャッジ号が別名カーヴァンクル号と知って謎は氷塊した。彼は目利きの海上商人――宝石商人なのだ。
「どうせ通り道だよ。それに競売品が増えるのはいいことだろう?」
もう既に乗り気になっているらしいヴィヴィアンは、乗組員の忠告を、好奇心の透けた笑顔で跳ね除けた。
「何の話ですか?」
気になって口を挟むと、ヴィヴィアンは微笑んだ。
「次の航海について検討中なんだ。決まったら教えてあげる」
四ヶ月ぶりの上陸なのに、もう次の航海の話をしている。カルタ・コラッロでものんびりするつもりはないらしい。
「よし。さぁ、行こうか」
「アイ、キャプテン」
ヴィヴィアンが呼びかけると、全員が異口同音に唱和して席を立った。
+
カルタ・コラッロは、街の中央を広大なシャナル河が横断しており、これから行くエルメス市場は、ヘルジャッジ号の止まっている波止場の対岸にある。
ティカ達はゴンドラに乗って対岸へ渡った。
離れていてもエルメス市場の場所はすぐに判る。市場の奥に、黄金色に輝く寺院の尖塔が見えるからだ。
桟橋から尖塔を目印に歩いて行くと、間もなく市場に辿り着いた。
開け放たれた巨大な鉄扉 の左右には、大口径の重火器を背負った警備兵がおり、戦神のように睨みを利かせている。
思わず出入りを躊躇う物々しさだが、頭巾で頭を覆った伝統装束姿の人々は、気にした風もなく市場に出入りをしている。
ヴィヴィアンは門前で立ち止まり、商談に向かうシルヴィー達を見やった。
「それじゃ、ここで別れよう」
「判った。そっちも気をつけろよ」
「……商談の様子を見てみたいな」
ふと呟くと、シルヴィーに苦笑された。
「止めた方がいい、こっちは一日掛かりになる」
「ティカ君はヴィーと遊んでらっしゃい」
紳士然としたユヴェールもシルヴィーに同意するように、穏やかに微笑んだ。
「そんなにかかるんですか? アマディウス大丈夫?」
思わず、陽の下でも青白い顔の青年を見上げた。彼は仕方ないと言わんばかりに、首をすくめてみせる。気だるげな仕草は相変わらずだが、アメシストの瞳には爛と闘志が燃えている。稀 なる宝石の為か。
「仕事は彼等に任せておけばいいさ。さぁ、行こう」
身勝手、且 つ鷹揚に笑うと、ヴィヴィアンはティカの肩を抱いて、見送ってくれるシルヴィー達に手を振った。
昨夜はかなり盛り上がっていたし、皆まだアルバナにいるのだろう。オリバーと一緒に出掛けたかったけれど、仕方ない。明日は一緒に遊びに行きたいものだ。 船室を出て今度こそ食堂へ向かうと、奥のテーブルにシルヴィーやアマディウス達の姿を見つけた。
二人は何やら紙面を眺めている。先日拡げていた、ロアノス海洋研究局の最新の調査報告について話しているようだ。
それから、揃いの青い制服に身を包んだ美女二人――プリシラ、ジゼルと、彼女達の上司、ユヴェール・オーストームが寛いでいる。
ティカに気付いて、それぞれ「お早うティカ君」「おはよ」「お早うございます」と声をかけてくれる。
三人共、容姿にとても恵まれている。白い肌に艶やかな灰金髪、金緑の瞳をしており、聞けば同郷だという。とても海賊に見えない洗練された容姿をしているが、事務仕事から戦闘までこなす有能な乗組員だ。
シルヴィーもティカに気付いて手を上げた。先ほど
密かに胸を撫で下ろしながら隣に座ると、彼もまた、どこかほっとしたような顔をしていた。
「ヴィーは?」
「すぐにくると思います。僕、先に出て船室に寄ってたから」
「そういえば、オリバーは?」
「たぶん、まだアルバナ……」
告げ口をしているような、若干の後ろめたさを味わいながら応えると、シルヴィーは呆れたような眼をした。
「どうしようもないな。陸にいる間は、酒浸りになる奴ばかりだ」
「シルヴィーは遊びに行かないんですか?」
「商談が終われば、俺も好きにさせてもらうさ」
雑談していると、ヴィヴィアンがやってきた。ティカ達を見渡して、いつも通りの少し気取った、優雅な笑みを浮かべる。
「お待たせ、諸君」
「ヴィー、ナプトラ諸島の調査報告は読んだ?」
咥えていたパイプを手に持ち、アマディウスは紙面を指差してヴィヴィアンに見せた。
「読んだよ。水深一万メートルのブルーホールだろ。面白そうだよね。ダリヤで工業用の
気安い口調でヴィヴィアンが提案すると、アマディウスは判り易く眼を輝かせた。
「ぜひ。メテオライト級のエメラルドを手に入れるチャンスだよ」
「あまり余裕はありませんよ。十月にはアプリティカに戻らないといけないのですから」
拍車のかかりそうな冒険話に、
彼はアマディウスと同い年らしいが、落ち着いた雰囲気のせいか、彼の方が年上に見える。
どうして海賊船に乗っているのか
「どうせ通り道だよ。それに競売品が増えるのはいいことだろう?」
もう既に乗り気になっているらしいヴィヴィアンは、乗組員の忠告を、好奇心の透けた笑顔で跳ね除けた。
「何の話ですか?」
気になって口を挟むと、ヴィヴィアンは微笑んだ。
「次の航海について検討中なんだ。決まったら教えてあげる」
四ヶ月ぶりの上陸なのに、もう次の航海の話をしている。カルタ・コラッロでものんびりするつもりはないらしい。
「よし。さぁ、行こうか」
「アイ、キャプテン」
ヴィヴィアンが呼びかけると、全員が異口同音に唱和して席を立った。
+
カルタ・コラッロは、街の中央を広大なシャナル河が横断しており、これから行くエルメス市場は、ヘルジャッジ号の止まっている波止場の対岸にある。
ティカ達はゴンドラに乗って対岸へ渡った。
離れていてもエルメス市場の場所はすぐに判る。市場の奥に、黄金色に輝く寺院の尖塔が見えるからだ。
桟橋から尖塔を目印に歩いて行くと、間もなく市場に辿り着いた。
開け放たれた巨大な
思わず出入りを躊躇う物々しさだが、頭巾で頭を覆った伝統装束姿の人々は、気にした風もなく市場に出入りをしている。
ヴィヴィアンは門前で立ち止まり、商談に向かうシルヴィー達を見やった。
「それじゃ、ここで別れよう」
「判った。そっちも気をつけろよ」
「……商談の様子を見てみたいな」
ふと呟くと、シルヴィーに苦笑された。
「止めた方がいい、こっちは一日掛かりになる」
「ティカ君はヴィーと遊んでらっしゃい」
紳士然としたユヴェールもシルヴィーに同意するように、穏やかに微笑んだ。
「そんなにかかるんですか? アマディウス大丈夫?」
思わず、陽の下でも青白い顔の青年を見上げた。彼は仕方ないと言わんばかりに、首をすくめてみせる。気だるげな仕草は相変わらずだが、アメシストの瞳には爛と闘志が燃えている。
「仕事は彼等に任せておけばいいさ。さぁ、行こう」
身勝手、