メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

6章:告げる想い、秘する想い - 5 -

 熱の灯った双眸に見下ろされ、訳も判らず身が竦んだ。
 何をされるのだろう……固唾を呑んで見上げていると、ふっと口元に笑みを溜めて、ヴィヴィアンはゆっくりと美貌を下げた。

「え……?」

 股間に吐息がかかり、この先の展開を予感すると、思わず頭を押さえつけた。

「だめっ! あぁ……っ」

 静止も間に合わず、彼はティカの濡れた屹立を口に含んだ。熱い舌で舐めあげ、先端を吸い上げる。精管に残った残滓までも。
 えもいわれぬ快楽に、ティカの理性は溶けた。思考は真っ白になり、何も考えられない。ヴィヴィアンの舌技に翻弄されて、声を上げることしかできない。

「あ、あぁ……っ……、ん――っ」

 殆ど何も出なかったが、二度目の絶頂を迎えた。
 肩を上下させて息を整える間も、ヴィヴィアンの舌は更に下へと降りていく……裏筋を辿り、小さな陰嚢いんのうを辿り、まだ下へ。秘めやかな窄まりへ――

「やだぁ……っ」

 ついにティカはべそをかいた。もう、子供と思われてもいい。こんな羞恥、とても耐えられない。

「……限界?」

 ヴィヴィアンはティカを見下ろして、首を倒した。涙に濡れた顔で頷くと、彼は最後に、つと窄まりをひと撫でしてから手を離した。

「どこまで許されるんだろ……」

 誰に言うともなしに、ヴィヴィアンはぼそりと呟くと、ティカを包み込むように覆いかぶさった。

「ヴィー」

「はいはい、もうしないよ」

「う、馬鹿。ヴィーの馬鹿」

「……襲われたいの? ん? せっかく止めてあげたのに」

 文句を言ってやりたいのに、大したダメージを与えられそうにない。むしろ怪しくなる空気に気圧されて、口をつぐんだ。
 しばらくヴィヴィアンの腕の中でぐずっていたが、やがて落ち着いてくると、ティカも彼に聞いてみたくなった。

「ヴィー」

「ん?」

「教えて。他の人と、こんなことをしているの?」

 沈黙。なかなか返事がないので、眼を合わせると、彼は懺悔するように、美しい顔を掌に沈めた。

「ヴィー?」

「俺は穢れた罪人かもしれない……」

 ティカの沈んだ気配を読んだように、彼は顔を上げ、ティカの額に口づけた。

「そんな顔しないでよ、ティカを馬鹿にしているわけじゃない」

 しかし、慈しみに溢れたキスは、説明しようがない切なさをティカにもたらした。額を手で押さえながら、口を開く――

「僕ね……ヴィーがこんなことを、他の人としていると思うと……たまらなく嫌なんだ……っ」

 気持ちが昂って声は潤んでしまった。堪える間もなく、ぽろっと涙が零れる。唇を噛みしめた途端、ヴィヴィアンに唇を塞がれた。

「んぅっ」

 唇の割れ目を舌で強くなぶられて、反射的に開くと、燃えるように熱い舌をねじ込まれた。

「はっ、あ……っ、んぅ……っ!」

 舌を搦め捕られて吸い上げられる。水音が立つほど激しい口づけに、ヴィヴィアンの本気が垣間見えた。
 このキスに比べたら、先ほどまでの愛撫は、どこまでも優しくて労わりに満ちていたのだと思わされる。
 長いキスが終わり、顔を離す二人の間を、つと銀糸が伝う。
 視覚的な淫靡さに狼狽え、眉根を寄せるティカを、ヴィヴィアンは射抜くように見つめたまま、それを舌で搦め捕った。
 放熱を遂げた下肢に、どくりと熱が溜まる。恐いのに、ヴィヴィアンから瞳を離せない……

「……ティカだけだよ。俺をこんなに夢中にさせるのは。あとは全部、代用品。それもティカが嫌がるなら、もういらない。ティカだけでいい。だから……」

 乱れた髪を掻き上げると、ヴィヴィアンはティカの手を取り、眼を見つめたまま、甲に口づけた。

「少しずつでいいから、ティカをちょうだい」

「アイ……」

 小声で返事すると、ヴィヴィアンはとびきり甘い笑顔で微笑んだ。その笑顔を見た瞬間、心臓を撃ち抜かれた。
 ヴィヴィアンの方こそ、ティカをどうしようもないほど夢中にさせる。
 彼の望むように在りたい。
 誰にも、彼を渡したくない。ティカだけを見つめていて欲しい。
 神々しい美貌がゆっくり降りてくる……ティカは瞼を閉じて、自ら唇を開いた。

「ん……」

 唇を合わせると、たちまち口づけは深くなる。ヴィヴィアンがしたように舌を絡ませると、キスの合間にヴィヴィアンは小さく笑った。

「素直だね。教え甲斐がある」

「本当?」

 嬉しくて微笑むと、ヴィヴィアンは不意に表情を消してティカを見下ろした。瞳の奥には、熱が浮いて見える。
 下肢を強く押しつけられた。熱い昂りを感じて、ティカは小さく息を呑んだ。怯んだ心を見抜いたように、ヴィヴィアンは蠱惑的に微笑む。

「判る?」

「んぅ……っ」

 またも唇を塞がれる。貪るような口づけに必死に応えていると、唇はやがてティカの顎の先を辿り、首筋から鎖骨……胸へと辿り着いた。
 薄い胸を何度も吸われて、時折ちくんとした痛みが走る。けれど、ヴィヴィアンが与えてくれる痛みだと思えば、喜びと愛しさが胸に込み上げる。
 彼が好きだ。誰よりも……
 瞼の奥で、金色の光芒こうぼうが弾ける。
 心の全てを彼に囚われたと感じた瞬間、魔法の神秘をほんの少しだけ、紐解けた。
 いつか――
 彼がティカを、変わらずに想い続けていてくれれば、いつかきっと見つけるだろう――界渡りの方法を。
 光のを開くのは、ティカではない。
 ティカが……ティカに眠る魔法が見定め、愛する誰か……そして同じようにティカを想い、愛する誰か。他者がティカから引き出す力だ。その時こそ、バビロンへの環は開く。

「……ティカ?」

 なぜだろう、いつの間にか頬は新しい涙で濡れていた。優しい唇が慰めてくれる。

「ヴィー、あのね……」

「ん?」

 美しいヴィヴィアン。彼の眼差しに映りながら、今知ったことを、伝えようかと思ったけれど……止めた。
 彼が、自然に気付くのを待ちたい……
 この真っ直ぐな想いを曇らせないように、大切にしたいから――ティカからは言わない。今はまだ、この胸に秘めておく。

「いつか……」

 小さな囁きは、ヴィヴィアンの腕の中で、あえかな声に変わる。
 願わくば、彼の愛情がいつまでもティカにありますように……祈りながら瞼を閉じた。