メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

5章:カルタ・コラッロ - 6 -

 凪ぎの夜。
 三つ子の月を鏡のように映す水面を進み、ヘルジャッジ号はダリヤ国の首都、カルタ・コラッロに到着した。
 カルタ・コラッロは大洋から差し込むシャナル大河によって、街を上下に分断された運河都市である。
 河を挟んで北側の波止場は艦隊の旗艦きかんが錨を下ろす桟橋で、南側の波止場は旗艦に従う軍船や、入港許可された商船が列をなして繋がれている。ヘルジャッジ号も河を挟んで南側に繋留されるはずだ。
 入港検閲を待つ間、ティカは船縁ふなべりから港の様子を眺めていた。
 探照灯の光芒こうぼうが三条、左右に行ったりきたりしながら夜空を貫いている。

「警備船が随分多いね」

 沖合を悠々と流れゆく哨戒しょうかい軍船を見やって、ティカは隣で頬杖をついているオリバーに声をかけた。

「湾警備艦隊だよ。高額市場を抱える貿易港だし、この時期、商船の往来が激しいからね」

 博識な友人は、大抵の質問には答をくれる。ティカは感心しながら口を開いた。

「港にも軍船があんなにいっぱい。ロアノスみたいだ」

「見たところ、いつでも出港できる船が十隻は待機しているね。無燈の船が入港はいろうものなら、たちまち砲撃の餌食だ」

 腕を伸ばして銃を撃つ構えで、バアンッ、とオリバーは口ずさんだ。

「物騒だなぁ……あんなに綺麗な港なのに」

「ロアノスほどじゃないけど、最高水準の技術と設備をそなえた、国営の造船所ドックも完備されてるよ」

 親友の言葉に、そういえばとティカも閃いた。

「ヘルジャッジ号も預けるのかな?」

「検討していたらしいけど、やめたらしい」

「何でだろう?」

「ヘルジャッジ号の航路で、ブラッキング・ホークス海賊団の船影を確認したって、報告が入ったらしいよ」

「えぇ――……」

 思わず、不服そうな声が出た。
 ジョー・スパーナには忘れもしない借りがある。リダ島を発してから四ヶ月、船影をちらとも見なかったのに、上陸の邪魔をされては堪らない。

「まぁ、気にしてもしょうがないよ」

 慰めるように肩を叩かれた時、入港を告げる笛が鳴り響いた。
 ヘルジャッジ号の検閲が終わったらしい。
 カルタ・コラッロは、貿易港として栄えているだけあり、桟橋は非常に立派で、整備も行き届いている。重火器を手に持つ、物騒な武装兵達がそこら中にいて、睨みを利かせている。
 物々しい石造りの要塞が目立つものの、街並みは美しい。金色に輝く丸い尖塔が、幾つも空に向かって伸びている。
 ダリヤ国は豊かな宝石の産地として、古くから他国に狙われてきた歴史を持つ。
 争いの始まりは古く、今から九百年前、二百を越える戦艦に攻めいれられた史実も残っている。他国に屈せず、自治を守り抜いてこれた背景には、自然の要塞に恵まれた点が大きい。
 周囲を広大な海で囲まれた小さな島国は、背面を激する潮流に守られ、左右には絶壁がそびえ立つ。
 この天然の難解地形こそ、ダリヤ国を難攻不落と言わせしめる所以である。
 船で攻め入るにしても、正面から挑まざるをえない立地が、この国の防衛を大いに助けたのだ。
 この国は今でも、港や宝石市場、炭鉱に軍事配備を欠かさない。高価な宝石の盗難防止である。
 宝石には、それだけの価値がある――
 このダリヤ国では、臆単位のサファイアが見つかることもあるらしいのだ。

「四ヶ月は長かったなぁッ」

「陸だぜ――っ!」

 港に停泊した途端、兄弟達は綺麗な格好をして、続々と甲板に上がってきた。意気衝天、ご機嫌にタラップを下りていく。
 異国の香り漂うカルタ・コラッロでも、波止場には噂の海賊達を一目見ようと、大勢の観衆が集まっていた。
 無限海に名を馳せるエステリ・ヴァラモン海賊団はどこへ行っても注目の的だ。
 ロアノス大国の私掠船しりゃくせんであるヘルジャッジ号は、海の英雄も同然。敵国のビスメイルは別として、大体どこへ行っても入港を断られることはない。今回の入港検閲もあっという間であった。

「それじゃ、また後で!」

「うん!」

 手を上げるオリバーに、ティカも船縁から手を振った。
 班仲間も皆、お洒落な格好をして船を下りてゆく。彼等の後ろ姿を、ティカは少々寂しい気持ちで見送った。