メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

5章:カルタ・コラッロ - 5 -

「ブラッドレイは、上陸したらどこへ行くの?」

「カジノ」

 ティカの問いに、彼は躊躇なく応えた。ギャンブル好きのブラッドレイに聞くまでもなかった。

「アラディンは?」

「酒家」

「あぁ、俺も今夜は酒家に行くよ」

 アラディンが応えると、ブラッドレイも便乗した。

「皆で飲みに行くんだね」

 ティカが微笑みかけると、ブラッドレイはどこか人の悪い笑みを浮かべた。

「それもあるけど、女抱きに行くんだよ」

「え?」

「女とは限らない奴もいるけどな」

「えっ?」

 眼を丸くするティカを見て、オリバーは愉しげに目を輝かせた。

「キャプテンと四ヶ月も同じ船室で寝て、まだそんな反応なんだ?」

「な、何言ってるんだよ……」

 思わぬ攻撃に、ティカは大いに動揺した。逃げ腰でオリバーを見返す。

「あれ、照れた。ちょっとは進展した?」

 咄嗟に応えられず、慌てて背を向けるティカの顔を、オリバーはひょいと覗きこんだ。青い瞳は楽しそうに煌めいている。

「何もないってば」

 視線を避ける度に、オリバーは顔を覗きこむ。忙しなく動き回る二人を見て、ブラッドレイは何気ない口調で声をかけた。

「俺もそれ、気になってるんだけど。ティカには是非、頑張ってもらわないと……」

 賭博好きの彼は、長い航海の暇潰しに、ヴィヴィアンとティカの関係を賭けの対象にしている。
 ちなみに、二人は“恋人”という設定が一番人気らしい。
 その期待には、応えられそうにない。ヴィヴィアンとティカは上司と部下、キャプテンと只の水夫……それだけの関係なのだから。

「賭けにならないと思うよ。僕とキャプテンが、どうにかなるわけない」

「いやいやいや……すげぇかわいがられてるじゃん。第一、どうでもいい奴と毎晩同じ部屋で寝たりしないだろ」

 少々落ち込んで応えるティカに、ブラッドレイは勢いよく反論した。

「同じ部屋っていうだけだよ。僕はハンモックで寝るし、時間もばらばらだ」

 ティカが眠りに落ちる時、ヴィヴィアンは大抵まだ起きていて、机で調べものや仕事をしている。単に、同じ部屋で寝ているだけに過ぎない。

「だとしても、船で一番の個室を持ってるのに、気の合わない奴を部屋に入れたりするかよ。ティカが初めてなんだぜ。あの人、傍に小姓を置いたりもしないし」

 確かに、大切にされているとは思う……
 戦闘時は安全な下層の船室デッキに押し込められ、未だに甲板に立つことを許されない。
 乗船時は立ち入り禁止だった船橋ブリッジや工房、商品庫への入室も許可された。
 今夜のダリヤ国の上陸にしても、ヴィヴィアンが傍にいられないから、シルヴィーと船に残れと言うのだ――ティカが古代神器だから。
 古代神器の魔法について、ヴィヴィアンはまだ幹部乗組員にしか明かしていない。
 班仲間のブラッドレイやオリバー達でさえ、未だ知らされていないのだ。彼等がヴィヴィアンのティカに対する過保護ぶりを見て、不思議に思うのも無理はなかった。

「キャプテンは、僕が航海に幸運をもたらすと思っているんだ。だから、傍に置いてくれるだけだよ」

「なんで、悲しそうな顔するんだよ?」

 からかいの笑みを消すオリバーを見て、慌てて笑みを顔に貼り付けた。

「……そんなことないよ。今夜は留守番かーって思ったら、やっぱりちょっと寂しくなっただけ」

「ティカも一緒に行こうよ!」

 青い瞳を輝かせる親友を見て、ティカは微笑んだ。

「行きたいけど、残れって言われてるからなぁ」

 腕を組んで唸るティカの頭に、ブラッドレイは寄り掛かるようにして腕を乗せた。

「心配なのは判るけど、自分は陸で女抱いといて、その間ティカは留守番ってのは、ちょっと酷いよな」

「え……」

「俺らと一緒なら平気だろ。ティカも一緒に下りるか? かわいい子、たくさんいるぞー」

 人の悪い笑みを浮かべて、ブラッドレイは誘惑を口にする。
 しかし、ティカはたった今耳にした言葉に、雷に打たれたような衝撃を受けていた。
 長い航海明けに、兄弟達が発散しに行くのは知っている。ヴィヴィアンもそうなのだろうか?
 むしろ、どうして今まで考えなかったのだろう……
 何もかも合点がてんがいく。今夜ヴィヴィアンは、ティカを置いて見知らぬ誰かと過ごすのだ。

「後でこっそり、迎えに行ってやるよ。ばれないように、出てこいよ」

 心ここに在らずのティカに気付かず、ブラッドレイはにやりと笑った。

「うん……」

 覇気のない返事に隠された気持ちを、ブラッドレイは知らない。アラディンと楽しそうに盛り上がっている。
 ふとオリバーに励ますように肩を叩かれた。たぶん、この親友はティカの気持ちに薄々気付いている。
 たった一度、魔法にかけたあの夜。
 初めて唇を合わせた……あの夜のことを、今でも忘れられない。
 本当は、誰よりも彼の近くにいたい。
 今夜はどこへも行かないで欲しい。
 傍にいて欲しい。
 気持ちに蓋をして、ティカは無理やり微笑んだ。
 今夜は皆が待ち望んだ四ヶ月ぶりの上陸だ。しけた顔で、彼等の喜びに水を差すわけにはいかない。