メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
5章:カルタ・コラッロ - 4 -
工房を出て船室 に戻ると、同じ班のオリバー、アラディンとブラッドレイがいた。それぞれ、お帰り、と声をかけてくれる。
「ただいま、他の皆は?」
アラディンは手元を見つめたまま、風呂、と端的に応えた。手先の器用な彼は、石や貝殻に細工をするのが趣味で、今は白い石に女神を彫っているようだ。
「まだ昼なのに、もうお風呂に入るの?」
普段、皆が風呂に入るのは夜直を終えた後だ。それに兄弟達は、風呂に入ることをしばしば怠ける。海に飛び込めばそれで良しと思っているのだ。
「夜には、陸が拝めるからな。今のうちに、伸び放題、ほったらかしの髭や髪を整えてるんだろ」
そう応えるブラッドレイは、いつも身綺麗にしている。肩まで伸ばされた赤髪は香油で手入れされており、潮風にも負けず艶やかだ。身に着ける物も瀟洒 でセンスがいい。
「皆も港に着いたら、陸に降りる?」
「そりゃな。四ヶ月ぶりの陸だぜ」
ブラッドレイは上機嫌で笑う。ティカは降りないのかよ? と聞き返されて、曖昧に頷いた。
「えっ、どうして?」
気ままに雑誌を捲っていたオリバーは、勢いよくティカを振り向いた。
「今夜は無理かもしれない。キャプテンに残るように言われたから……」
「あ――……」
残念そうにため息をつくティカを、全員が理解の眼差しで見た。
「航海の道中も何かと物騒だったしな。リダ島の件があるから、キャプテンも心配なんだろ」
ブラッドレイが同情するように応えると、オリバーとアラディンも、そうだな、と相槌を打つ。
「今夜は無理でも、明日なら降りれるの?」
ティカが頷くと、オリバーは屈託なく笑った。
「じゃあ、今夜は俺も残ろうかな。明日一緒に遊びに行こうぜ」
親友の優しい言葉に、ほろりとする。その気遣いだけで、ティカの沈んでいた心は幾らか晴れた。
「ありがとう。僕のことは気にせず、遊びに行ってきて。明日は下船できると思うから、一緒に遊びに行こう。迎えに行くよ」
「そうか?」
三角の耳をぴんと立てて、オリバーは首を傾けた。
「うん。僕、エルメス市場に行ってみたいな」
カルタ・コラッロには、巨大な宝石市場がある。そこには、目も眩むような宝石が山と積まれているらしい。噂に聞いて、ティカは一目見てみたいと思っていた。
「お前、宝石に興味あるのか?」
ブラッドレイは意外そうに尋ねた。
「シルヴィーやアマディウスから、ずっと話を聞いていたから。一目見てみたいんだ」
「あんまり工房に通ってると、そのうち標本にされるよ」
オリバーは真面目な顔で応えた。澄み切ったアクアマリンの瞳を持つ彼もまた、アマディウスに例の台詞を言われたことがあるらしい。
「僕、鉱石を研くと、あんなに綺麗になるなんて知らなかったんだ。買えなくても、見るだけでも好きなんだ」
高価な宝石を、孤児院育ちのティカは間近に見たことがなかった。
けれど、この船の工房や商品庫には、あらゆる宝石が積まれている。研磨されて、えもいわれぬ輝きを放つ宝石達に、ティカはすっかり魅了されてしまった。
「まぁ、金にはなるよな……」
ブラッドレイは気のない返事をする。
「どうしてヘルジャッジ号には、あんなに宝石が積まれているんだろう」
海賊船なのだから、財宝の一つや二つ積んでいてもおかしくはないが……それにしても多い気がする。
今更ながら、あんなに立派な宝石加工工房や、船仕事とは無関係なアマディウスを始めとする宝石職人がどうして乗っているのか、疑問に思う。
天井に向けていた視線を戻すと、全員が物言いたげにティカを見ていた。
「お前、何言ってるんだ」
ブラッドレイは呆れたように呟いた。
「え?」
「ヘルジャッジ号は、別名カーヴァンクル号だよ」
オリバーが継ぐ。
「へっ!?」
思わず頓狂 な声が飛び出た。
カーヴァンクル号と言えば、誰も見たことがないという、無限海を駆ける伝説の貿易船だ。ありとあらゆる金銀財宝、貴重な骨董品、宝石達を乗せて、多額の取引を交わすという、あの――
「アマディウスがこの船に乗っているのも、世界中の宝石産出国に奇港するからだよ」
「そ、そうだったの!?」
オリバーは「うん」と首肯する。次いで不思議そうに口を開いた。
「初航海の乗組員には極秘なんだけど……もう、工房に出入りしてるし、とっくに知ってると思ってた」
「知らなかった……そっか! だからキャプテンは、この船は商船だって……」
出会った頃、彼はヘルジャッジ号について、海賊船というよりは商船と説明したことがある。あの時はよく判らなかったけれど、この船がカーヴァンクル号だと言うなら納得がいく。それにしても――
「まだまだ謎が多いなぁ!」
眼を輝かせるティカに、
「気付くのが遅いよっ」
間髪を置かず、オリバーの突っ込みが入った。
「ただいま、他の皆は?」
アラディンは手元を見つめたまま、風呂、と端的に応えた。手先の器用な彼は、石や貝殻に細工をするのが趣味で、今は白い石に女神を彫っているようだ。
「まだ昼なのに、もうお風呂に入るの?」
普段、皆が風呂に入るのは夜直を終えた後だ。それに兄弟達は、風呂に入ることをしばしば怠ける。海に飛び込めばそれで良しと思っているのだ。
「夜には、陸が拝めるからな。今のうちに、伸び放題、ほったらかしの髭や髪を整えてるんだろ」
そう応えるブラッドレイは、いつも身綺麗にしている。肩まで伸ばされた赤髪は香油で手入れされており、潮風にも負けず艶やかだ。身に着ける物も
「皆も港に着いたら、陸に降りる?」
「そりゃな。四ヶ月ぶりの陸だぜ」
ブラッドレイは上機嫌で笑う。ティカは降りないのかよ? と聞き返されて、曖昧に頷いた。
「えっ、どうして?」
気ままに雑誌を捲っていたオリバーは、勢いよくティカを振り向いた。
「今夜は無理かもしれない。キャプテンに残るように言われたから……」
「あ――……」
残念そうにため息をつくティカを、全員が理解の眼差しで見た。
「航海の道中も何かと物騒だったしな。リダ島の件があるから、キャプテンも心配なんだろ」
ブラッドレイが同情するように応えると、オリバーとアラディンも、そうだな、と相槌を打つ。
「今夜は無理でも、明日なら降りれるの?」
ティカが頷くと、オリバーは屈託なく笑った。
「じゃあ、今夜は俺も残ろうかな。明日一緒に遊びに行こうぜ」
親友の優しい言葉に、ほろりとする。その気遣いだけで、ティカの沈んでいた心は幾らか晴れた。
「ありがとう。僕のことは気にせず、遊びに行ってきて。明日は下船できると思うから、一緒に遊びに行こう。迎えに行くよ」
「そうか?」
三角の耳をぴんと立てて、オリバーは首を傾けた。
「うん。僕、エルメス市場に行ってみたいな」
カルタ・コラッロには、巨大な宝石市場がある。そこには、目も眩むような宝石が山と積まれているらしい。噂に聞いて、ティカは一目見てみたいと思っていた。
「お前、宝石に興味あるのか?」
ブラッドレイは意外そうに尋ねた。
「シルヴィーやアマディウスから、ずっと話を聞いていたから。一目見てみたいんだ」
「あんまり工房に通ってると、そのうち標本にされるよ」
オリバーは真面目な顔で応えた。澄み切ったアクアマリンの瞳を持つ彼もまた、アマディウスに例の台詞を言われたことがあるらしい。
「僕、鉱石を研くと、あんなに綺麗になるなんて知らなかったんだ。買えなくても、見るだけでも好きなんだ」
高価な宝石を、孤児院育ちのティカは間近に見たことがなかった。
けれど、この船の工房や商品庫には、あらゆる宝石が積まれている。研磨されて、えもいわれぬ輝きを放つ宝石達に、ティカはすっかり魅了されてしまった。
「まぁ、金にはなるよな……」
ブラッドレイは気のない返事をする。
「どうしてヘルジャッジ号には、あんなに宝石が積まれているんだろう」
海賊船なのだから、財宝の一つや二つ積んでいてもおかしくはないが……それにしても多い気がする。
今更ながら、あんなに立派な宝石加工工房や、船仕事とは無関係なアマディウスを始めとする宝石職人がどうして乗っているのか、疑問に思う。
天井に向けていた視線を戻すと、全員が物言いたげにティカを見ていた。
「お前、何言ってるんだ」
ブラッドレイは呆れたように呟いた。
「え?」
「ヘルジャッジ号は、別名カーヴァンクル号だよ」
オリバーが継ぐ。
「へっ!?」
思わず
カーヴァンクル号と言えば、誰も見たことがないという、無限海を駆ける伝説の貿易船だ。ありとあらゆる金銀財宝、貴重な骨董品、宝石達を乗せて、多額の取引を交わすという、あの――
「アマディウスがこの船に乗っているのも、世界中の宝石産出国に奇港するからだよ」
「そ、そうだったの!?」
オリバーは「うん」と首肯する。次いで不思議そうに口を開いた。
「初航海の乗組員には極秘なんだけど……もう、工房に出入りしてるし、とっくに知ってると思ってた」
「知らなかった……そっか! だからキャプテンは、この船は商船だって……」
出会った頃、彼はヘルジャッジ号について、海賊船というよりは商船と説明したことがある。あの時はよく判らなかったけれど、この船がカーヴァンクル号だと言うなら納得がいく。それにしても――
「まだまだ謎が多いなぁ!」
眼を輝かせるティカに、
「気付くのが遅いよっ」
間髪を置かず、オリバーの突っ込みが入った。