メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

5章:カルタ・コラッロ - 3 -

「双子の弟はどこにいるんですか?」

「一緒にバビロン魔導学校を卒業した後、バビロン空軍の巡察空母に入ったらしい。僕と同じで今頃、工房に引きこもりだと思う」

「知らなかった……アマディウスはどうしてヘルジャッジ号に乗ったんですか?」

「無限海で採れる宝石が好きだから。特に最高級のサファイアの多くは無限海で採れるんだ」

「すごいなぁ……」

 思わず唸ってしまう。はるばる天空から降りてきたのだから、その情熱は本物だ。

「血筋なんだろうね。宝石の為とあらば、勇躍ゆうやくして万里の波濤はとうを越えてゆける」

 見た目にそぐわぬ壮大な台詞だ。とはいえ、無限海を航海していても工房に引きこもりなのだから、行動的なのか、そうでないのかいまいちよく判らない。

「無限海の、どんな宝石が好きなんですか?」

 ふと興味が湧いた。この工房にも多くの宝石が保管されているが、お気に入りはどれなのだろう。

「サファイアが一番好き。青に限らず、緑、黄、紫、ピンクにオレンジ……どれも好きだよ」

「サファイアって青だけじゃないんですよね」

 鉱物としてはルビーと同じで、赤い鋼玉コランダムはルビー、それ以外の青を代表する宝石質の石は皆サファイアなのだと、以前教えてくれた。
 復習するように記憶を辿っていると、アマディウスはいきなりティカの両頬を手で挟んだ。

「ティカの瞳も、なんて素敵なオレンジ・サファイアなんだろう……欲しい」

 一途なアメシストの眼差しで、情熱的に囁く。困ったことに、初めて起こす発作ではない。

「くりぬかないでっ」

 端麗な顔が近付いてくるや、ティカは目を瞑ってわめいた。

「残念……死んだ時は教えてね」

 怖いことを言わないで欲しい。第一、死んだらどうやって教えればいいのだろう。
 姿勢を正すと、気を取り直すように口を開いた。

「あの、明日は陸に下りて遊びに行っても平気ですか?」

 今夜、船はいよいよダリヤ国に上陸するのだ。陸を拝むのは、実に四ヶ月ぶりである。

「どうぞ。僕も出掛けるし」

「えっ」

「何その反応。明日はシルヴィーと商談がある」

「……アマディウス、外歩けるんですか?」

「君は僕を何だと思ってるの?」

 呆れ半分、冷ややかに見下ろされ、ティカは苦笑いを浮かべた。

「まぁ、好んで出歩かないけど、ダリヤ・パラ・サファイアの為なら我慢できる」

 彼は宝石標本に手を伸ばし、摘まんだ石をティカの掌に乗せた。オレンジ色がかったピンク色の、美しい宝石だ。

「綺麗……赤いけど、これもサファイアですか?」

 掌の上で転がしながら、ティカはめつすがめつ眺めた。

はすの花に喩えられる、稀少価値の高いサファイアだよ。はるばる四ヶ月もかけて航海したのは、この宝石の為だ」

「いい宝石が見つかるといいですね」

 アマディウスは腕を組んで、本当にね、と頷いた。次いで、閃いたように片眉を上げる。

「忘れてた。ネックレスを外して」

 ティカも忘れていた。言われた通り、見事なイエロー・サファイアのネックレスを外して渡す。彼はそれを測量器具で十分に観察し、満足そうに微笑んだ。

「うん。エーテルが宿ってる」

 結果は上々のようだ。役立てることが嬉しいティカではあったが――

「僕は、いつか魔法を使いこなせるようになるのかなぁ……」

 ぽつりと呟いた声は、不安げなものであった。
 古代神器の魔法を手に入れて、かれこれ四ヶ月も経つのに、未だに世界を渡る力について判らずにいるのだ。

「なるんじゃない」

 軽く応える青年を、ティカは不服そうに見上げた。

「謎を紐解くのも、長い航海の楽しみになる。ヴィーも楽しそうにしてるし、焦らなくても、いいんじゃない?」

「うーん……」

 彼を含め、ヴィヴィアン達は誰もティカを急かしたりしない。
 けれど、バビロンに行き来できたら……考えないわけではないだろう。
 焦燥とまで行かずとも、ティカは早く使えるようになりたいと願っていた。