メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
5章:カルタ・コラッロ - 15 -
恋煩いに、悄然とため息をつくと、マリアンヌは慈母のような笑みを浮かべた。
「ティカもとても素敵よ。上手くいくといいわね……」
無言で頷くと、彼女は優しい手つきでティカの頬を撫でた。
「……そうだわ、宝石の魔術を一つ教えてあげましょうか?」
「宝石の魔術?」
興味を引かれて顔を上げると、照明を映して煌めく、はしばみの瞳と視線がぶつかった。
「そうよ、月とダイヤモンドの魔術」
「どんなもの?」
前のめりでティカが食いつくと、マリアンヌは少し気取った仕草で人差し指を立てた。崇高な学問を説くように、しかし、微笑みながら口を開く。
「いいこと? ダイヤモンドを身につけて、意中の相手を想い浮かべながら、夜の街を一刻歩き回るの。その間、決して、知り合いに会ってはいけないし、一言も口を利いてはいけないわ。そして家に戻ったら、宝石を身に着けて“彼は私のもの”……って念じながら眠りにつくのよ。恋敵に打ち勝ち、意中の相手の心を手に入れられる魔術よ」
ティカは、その道にかけて最強の魔法を手にしていることも忘れて、真剣な顔で頷いた。
「――見つけた!」
突然、嗄 れた声が会話に割って入った。
眼を丸くして振り向くと、こちらを指差す、水夫仲間のボーラと眼が合った。彼は機械義足とは思えぬ素早さで、一直線に近付いてくる。
「おい、ティカッ! キャプテンがえらい剣幕で怒ってたぜ。とっとと帰ってこいだとよ!」
彼は胴間声 を響かせるや、突き立てた親指をくいっと店の扉に向けた。
「えっ!?」
「やっべ! キャプテン、もう帰ってんのかよッ」
頓狂 な声を上げるティカの横で、ブラッドレイはぺちんと額を叩いた。かくなる上は、とティカを振り返る。両肩をガシッと掴まれて、ティカはたじろいだ。
「な、何っ」
「全力でキャプテンの機嫌を取ってこい」
「ど、どうやって」
「馬鹿め、ここで何を学んだんだ? アルバナの淑女のようにキャプテンに接すりゃいいんだよッ!!」
「え、えぇ――っ?」
驚愕に悲哀を乗せて、ティカは叫んだ。無茶苦茶だ。
「うぅ……頭痛い……」
話し声が頭痛に響いたのか、オリバーはいかにも死にそうな声で呻いた。力尽きたかのように、突っ伏す。撃沈。自慢の耳も尻尾も、力なく垂れているではないか。
「オリバー、大丈夫?」
ぴくりとも動かない親友の肩を揺らすと、マクシムが軽々と抱え上げた。
「お前ら、抜け出すならもっと上手くやれよなぁ。檣楼 で見てた奴がいたんだよ」
呆れたようにボーラが言うと、ちくしょう、とブラッドレイは悔しがった。次いでティカの肩をぽんっと気軽に叩く。
「まぁ、上手くやってくれ。俺らは泊ってくわ」
「健闘を祈る」
ブラッドレイとオリバーを抱えたマクシムは、蒼白になるティカを置いて舞台部屋を出て行こうとする。
「み、皆は一緒にきてくれないのっ!?」
遠ざかる背中に必死に声をかけるが、兄弟は振り向きもせず、手を閃かせるだけであった。
「そんなぁ……」
世にも情けない声で訴えたが、彼等の足取りは、非情なまでに淀みがない。
優しいマリアンヌだけは、心配そうにティカを見つめていたが、ボーラは彼女の細腰を抱いて、容赦なくティカから引き離した。
「ほらほら、諦めて早く帰んな!」
味方は一人もいない……
「うぅ……」
ボーラに乱暴に頭を撫でられ、ティカはがっくり項垂れた。
「ティカもとても素敵よ。上手くいくといいわね……」
無言で頷くと、彼女は優しい手つきでティカの頬を撫でた。
「……そうだわ、宝石の魔術を一つ教えてあげましょうか?」
「宝石の魔術?」
興味を引かれて顔を上げると、照明を映して煌めく、はしばみの瞳と視線がぶつかった。
「そうよ、月とダイヤモンドの魔術」
「どんなもの?」
前のめりでティカが食いつくと、マリアンヌは少し気取った仕草で人差し指を立てた。崇高な学問を説くように、しかし、微笑みながら口を開く。
「いいこと? ダイヤモンドを身につけて、意中の相手を想い浮かべながら、夜の街を一刻歩き回るの。その間、決して、知り合いに会ってはいけないし、一言も口を利いてはいけないわ。そして家に戻ったら、宝石を身に着けて“彼は私のもの”……って念じながら眠りにつくのよ。恋敵に打ち勝ち、意中の相手の心を手に入れられる魔術よ」
ティカは、その道にかけて最強の魔法を手にしていることも忘れて、真剣な顔で頷いた。
「――見つけた!」
突然、
眼を丸くして振り向くと、こちらを指差す、水夫仲間のボーラと眼が合った。彼は機械義足とは思えぬ素早さで、一直線に近付いてくる。
「おい、ティカッ! キャプテンがえらい剣幕で怒ってたぜ。とっとと帰ってこいだとよ!」
彼は
「えっ!?」
「やっべ! キャプテン、もう帰ってんのかよッ」
「な、何っ」
「全力でキャプテンの機嫌を取ってこい」
「ど、どうやって」
「馬鹿め、ここで何を学んだんだ? アルバナの淑女のようにキャプテンに接すりゃいいんだよッ!!」
「え、えぇ――っ?」
驚愕に悲哀を乗せて、ティカは叫んだ。無茶苦茶だ。
「うぅ……頭痛い……」
話し声が頭痛に響いたのか、オリバーはいかにも死にそうな声で呻いた。力尽きたかのように、突っ伏す。撃沈。自慢の耳も尻尾も、力なく垂れているではないか。
「オリバー、大丈夫?」
ぴくりとも動かない親友の肩を揺らすと、マクシムが軽々と抱え上げた。
「お前ら、抜け出すならもっと上手くやれよなぁ。
呆れたようにボーラが言うと、ちくしょう、とブラッドレイは悔しがった。次いでティカの肩をぽんっと気軽に叩く。
「まぁ、上手くやってくれ。俺らは泊ってくわ」
「健闘を祈る」
ブラッドレイとオリバーを抱えたマクシムは、蒼白になるティカを置いて舞台部屋を出て行こうとする。
「み、皆は一緒にきてくれないのっ!?」
遠ざかる背中に必死に声をかけるが、兄弟は振り向きもせず、手を閃かせるだけであった。
「そんなぁ……」
世にも情けない声で訴えたが、彼等の足取りは、非情なまでに淀みがない。
優しいマリアンヌだけは、心配そうにティカを見つめていたが、ボーラは彼女の細腰を抱いて、容赦なくティカから引き離した。
「ほらほら、諦めて早く帰んな!」
味方は一人もいない……
「うぅ……」
ボーラに乱暴に頭を撫でられ、ティカはがっくり項垂れた。