メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

5章:カルタ・コラッロ - 14 -

 踊り子達の見事な舞台が二幕、三幕と終わる頃には、オリバー達は何本も酒瓶を開けていた。
 意気投合した女性と、どこかへ姿を消した兄弟もいる。おや、気付けばアラディンもいない……
 底なしのマキシムに付き合っていたオリバーは、完全に酔い潰れている。
 ちなみにティカは、最初の一杯で限界を感じて飲むのを止めた。オリバーが倒れた後は、もっぱらマリアンヌと会話を楽しんでいる。
 彼女の首を飾る、見事なルビーのネックレスを見つめていると、穏やかな美女は魅力たっぷりに微笑んだ。

「ルビーが好きなの?」

「はい。宝石を見るのが好きです」

 即答すると、マリアンヌは細い指でネックレスを摘まんでみせた。片目を瞑ってウィンクする。

「ルビーは自信をつける為に身に着けているの。今夜はとびきり綺麗って、自分に暗示をかけてよろうのよ」

「すごく似合っています」

 ドキドキしながら応えると、マリアンヌは嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう。嬉しいわ。ティカも素敵な宝石を身に着けているのね」

 腕につけたブレスレットのことだ。

「はい。仲間に貰ったんです」

「船乗り達のお守りの石ね……航海が無事であるように。良い船旅となるように」

 優しいマリアンヌの笑みにつられて、ティカも微笑んだ。

「明日はエルメス市場へ行くんです。いろんな宝石を見れるといいな」

「素敵な宝石が見つかるといいわね」

「はい。武装兵が多いから、少しおっかないけど……」

「仕方ないわ、宝石泥棒は後を絶たないから。どんなに厳重に警備したところで、抜け道の一つや二つあるものですけれど」

「抜け道って?」

 首を傾げると、マリアンヌは瞳に悪戯っぽい光を灯して、ティカを見つめた。

「炭鉱から運び出す所を狙ったり、鋼鉄の金庫をこじ開けたり、口先三寸、或いは色仕掛けで盗んだり。自らの脹脛ふくらはぎを裂いて、中に石を埋め込んで逃走した奴隷の鉱夫もいたと聞くわ」

「えぇ――……」

 引き気味に相槌を打つティカを見て、マリアンヌは、ふふっと楽しそうに笑った。

「カルタ・コラッロの人間なら、どんな家も、これぞという宝石の一つや二つ、隠し持っているものよ」

「宝石って綺麗だけど、怖いな……」

 宝石欲しさに人を騙したり、傷つけたり……そんなことをしてしまうものだろうか?

「人は誘惑に弱い生き物だから。時には、石の魅力にやられてしまうのよ」

「やられて……どこを?」

「心を」

 ルビーの似合う美女は、口元に笑みを閃かせる。

「カルタ・コラッロは良質の宝石の産地よ。ロマンティックなサファイア。気品のある紫水晶。市場へ行くなら、ぜひ探してみるといいわ」

「アイ……」

 美しく聡明な彼女との会話は楽しい。沈んでいた心を軽くしてくれる……そう思った瞬間に、ヴィヴィアンを想った。
 彼の今夜の相手が、もしもマリアンヌのように素敵なひとだったら、身も心も夢中になってしまうのではないだろうか……

「どうしたの?」

「え?」

「また沈んだ顔をしているわ」

 指摘を受けて、咄嗟に応えることができなかった。

「ねぇ、ティカは好きな人がいるんじゃなくて?」

 不意に、彼女はとても優しい瞳をしてティカを見た。サーシャを思わせるような、慈しみの滲んだ眼差し。

「彼女? 彼かしら? 上手く行かないの?」

 誤魔化す間もなく、矢継ぎ早に問いかけられ、気付けば素直に口を開いていた。

「彼は……すごく、素敵な人だから」

 素敵すぎて、ティカでは手の届かない人。