メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
6章:告げる想い、秘する想い - 1 -
とぼとぼ桟橋に向かう道すがら、薄汚れた外套を纏 った麗人とすれ違った。
白皙 の麗貌もさながら、いかにも柄の悪そうな悪漢達に追われている事態に、自然と視線を奪われた。
悪漢共の下卑た笑い声を聞いて、ティカは考えるよりも先に身体が動いた。
疾風のように駆けて、男達の背後を捉えるや、弧を描いて飛び蹴りをお見舞いする!
「ぐぁ……っ」
「誰だ!?」
「何しやがるッ!!」
怒号と共に男達はティカに襲いかかるが、少しも怖くない。
航海の間、格闘剣技や体術の稽古をかかしたことはない。ごろつきの重たい動きなど、止まっているかのように感じる。
「すばしっこいガキめ!」
一人が腰から短剣を抜いた。月明かりを弾いて、剣尖 は銀色に光る。
それでも、恐怖は微塵も感じない。“刃には武器で相手を”……ロザリオの教えだが、戦闘能力にこうも開きがあれば別だ。
大振りで下ろされる刃の軌道を難なく躱 し、空いた脇腹に遠慮なく蹴りを放った。
分厚い節くれだった手から、ナイフが零れ落ちる。宙に浮いたナイフを右手で掴み直し、背後に回った男に突きたてようかと思い――止めた。
一瞬、怯んでしまった。
聞きかじった技術を実戦でやるものじゃない。
それに、血を流さずとも撃退可能だ。後ろへ回った男には、そのまま回し蹴りを入れる。
「ぐっ!!」
ティカはあっという間に、三人もの大の男達を片付けた。勝利による高揚感が湧き起こる。けれど油断は禁物だ。
「こっち!」
様子を窺っていた麗人の手を取るや、一目散に駆け出した。アルバナの大通りまで戻れば、人通りも盛んであろう。
「ありがとうございます」
綺麗なアルトの声を聞いて、ティカは少し目を瞠った。中性めいた美貌とは思ったが、少女ではなく少年だったらしい。
「お家は?」
「大丈夫です。通りに戻れば、知り合いがいます」
「アイ」
「お名前は?」
「ティカ」
応えた途端、隣で小さく息を呑む気配がする。不思議に思い隣を見ると、眼が合うなり少年は微笑んだ。
「――素敵なお名前ですね。私はユリアンと申します」
月灯りを浴びて、編み込まれた白金の頭髪は煌めいて見える。解けば腰まで届くであろう。
宝石のような翠瞳 が印象的な、いかにも儚げな美貌の少年だ。
「独りであんな暗い道を歩いては危ないよ」
「すみません、道に迷ってしまって……気をつけます」
少年は印象通りの儚げな笑みを浮かべた。
彼を助けることができて良かった。放っておけば、あの悪漢共はきっと、この美しい少年によからぬことを働いたに違いない。
「それじゃ、気をつけて」
「はい。ご親切に、ありがとうございました」
大通りまで送り届けた後、手を振って気持ちよく別れた。
ヘルジャッジ号に戻ることが憂鬱で仕方なかったけれど、ユリアンのおかげで少々気が紛れた。
しかし――
黒塗りの大型帆船が視界に映ると、ティカの心は再び沈んだ。ヴィヴィアンの顔を見るのが怖くて堪らない。
びくびくしながら甲板に上がると、早速、乗組員に見つかった。
「ティカ! どこへ行ってたんだよ!」
「えっと……」
「キャプテンが探してたぞ!」
「お、怒ってた……?」
恐る恐る尋ねると、兄弟はにやにやと、人の悪い笑みを浮かべた。
「そりゃぁ、もう! お前、本当にキャプテンとどんな関係なんだ?」
「どんなって……」
「店に乗りこんで行きそうな勢いだったぜ。班行動してるって聞いて、一応落ち着いたけどよ。一人で戻ってきたのかよ、危ねぇなぁ! 女の匂いがプンプンするぜぇ」
ティカは慌てて自分の腕や服の匂いを嗅いだ。
水夫は他人事とばかりに、おろおろするティカの肩を叩いて、笑いながらどこかへ消えてゆく。
ぽつんと甲板に取り残されると、またも別の船員に声をかけられた。
「お、ティカ。キャプテンが探してたぜ」
「早く船長室 に行った方がいいぞ」
「気ぃつけろよ。すげぇ、機嫌悪かったぜ」
言われれば言われるほど、恐ろしくなってくる……
上甲板の扉の前で立ち尽くしていると、船橋 から出てきたシルヴィーに見つかった。
「ティカッ!!」
「ごめんなさいっ」
脊髄反射で謝罪と共に頭を下げた。
「なんで黙って船を下りたんだ」
「ごめんなさい」
悄然と呟くと、シルヴィーは険しい表情を幾らか和らげ、呆れ気味にため息をついた。
「ふん。大人しく怒られてこい」
「うぅ……」
ティカが死にそうな顔で呻くと、シルヴィーは意地の悪い笑みを浮かべた。
「自業自得」
「アイ……」
ご尤も……
上甲板の扉を開けて中へ入ったものの、船長室の前で、またしても足は止まった。
ヴィヴィアンの叱責を思うと怖くて仕方がない。
叱責が怖いだなんて、本当に子供みたいだ。この数ヶ月の間に、幾度も荒波を体験したのではなかったか。十五歳にもなった。もう一人前の船乗りだ。なのに、足が動かぬ……
悪漢共の下卑た笑い声を聞いて、ティカは考えるよりも先に身体が動いた。
疾風のように駆けて、男達の背後を捉えるや、弧を描いて飛び蹴りをお見舞いする!
「ぐぁ……っ」
「誰だ!?」
「何しやがるッ!!」
怒号と共に男達はティカに襲いかかるが、少しも怖くない。
航海の間、格闘剣技や体術の稽古をかかしたことはない。ごろつきの重たい動きなど、止まっているかのように感じる。
「すばしっこいガキめ!」
一人が腰から短剣を抜いた。月明かりを弾いて、
それでも、恐怖は微塵も感じない。“刃には武器で相手を”……ロザリオの教えだが、戦闘能力にこうも開きがあれば別だ。
大振りで下ろされる刃の軌道を難なく
分厚い節くれだった手から、ナイフが零れ落ちる。宙に浮いたナイフを右手で掴み直し、背後に回った男に突きたてようかと思い――止めた。
一瞬、怯んでしまった。
聞きかじった技術を実戦でやるものじゃない。
それに、血を流さずとも撃退可能だ。後ろへ回った男には、そのまま回し蹴りを入れる。
「ぐっ!!」
ティカはあっという間に、三人もの大の男達を片付けた。勝利による高揚感が湧き起こる。けれど油断は禁物だ。
「こっち!」
様子を窺っていた麗人の手を取るや、一目散に駆け出した。アルバナの大通りまで戻れば、人通りも盛んであろう。
「ありがとうございます」
綺麗なアルトの声を聞いて、ティカは少し目を瞠った。中性めいた美貌とは思ったが、少女ではなく少年だったらしい。
「お家は?」
「大丈夫です。通りに戻れば、知り合いがいます」
「アイ」
「お名前は?」
「ティカ」
応えた途端、隣で小さく息を呑む気配がする。不思議に思い隣を見ると、眼が合うなり少年は微笑んだ。
「――素敵なお名前ですね。私はユリアンと申します」
月灯りを浴びて、編み込まれた白金の頭髪は煌めいて見える。解けば腰まで届くであろう。
宝石のような
「独りであんな暗い道を歩いては危ないよ」
「すみません、道に迷ってしまって……気をつけます」
少年は印象通りの儚げな笑みを浮かべた。
彼を助けることができて良かった。放っておけば、あの悪漢共はきっと、この美しい少年によからぬことを働いたに違いない。
「それじゃ、気をつけて」
「はい。ご親切に、ありがとうございました」
大通りまで送り届けた後、手を振って気持ちよく別れた。
ヘルジャッジ号に戻ることが憂鬱で仕方なかったけれど、ユリアンのおかげで少々気が紛れた。
しかし――
黒塗りの大型帆船が視界に映ると、ティカの心は再び沈んだ。ヴィヴィアンの顔を見るのが怖くて堪らない。
びくびくしながら甲板に上がると、早速、乗組員に見つかった。
「ティカ! どこへ行ってたんだよ!」
「えっと……」
「キャプテンが探してたぞ!」
「お、怒ってた……?」
恐る恐る尋ねると、兄弟はにやにやと、人の悪い笑みを浮かべた。
「そりゃぁ、もう! お前、本当にキャプテンとどんな関係なんだ?」
「どんなって……」
「店に乗りこんで行きそうな勢いだったぜ。班行動してるって聞いて、一応落ち着いたけどよ。一人で戻ってきたのかよ、危ねぇなぁ! 女の匂いがプンプンするぜぇ」
ティカは慌てて自分の腕や服の匂いを嗅いだ。
水夫は他人事とばかりに、おろおろするティカの肩を叩いて、笑いながらどこかへ消えてゆく。
ぽつんと甲板に取り残されると、またも別の船員に声をかけられた。
「お、ティカ。キャプテンが探してたぜ」
「早く
「気ぃつけろよ。すげぇ、機嫌悪かったぜ」
言われれば言われるほど、恐ろしくなってくる……
上甲板の扉の前で立ち尽くしていると、
「ティカッ!!」
「ごめんなさいっ」
脊髄反射で謝罪と共に頭を下げた。
「なんで黙って船を下りたんだ」
「ごめんなさい」
悄然と呟くと、シルヴィーは険しい表情を幾らか和らげ、呆れ気味にため息をついた。
「ふん。大人しく怒られてこい」
「うぅ……」
ティカが死にそうな顔で呻くと、シルヴィーは意地の悪い笑みを浮かべた。
「自業自得」
「アイ……」
ご尤も……
上甲板の扉を開けて中へ入ったものの、船長室の前で、またしても足は止まった。
ヴィヴィアンの叱責を思うと怖くて仕方がない。
叱責が怖いだなんて、本当に子供みたいだ。この数ヶ月の間に、幾度も荒波を体験したのではなかったか。十五歳にもなった。もう一人前の船乗りだ。なのに、足が動かぬ……