メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

4章:リダ沖合海戦 - 4 -

 魔法にかけた三人は、全員ほぼ同じ時間に効果が切れたことから、魔法の持続時間は一日という結論に至った。
 船室デッキに戻ろうとするティカを、ヴィヴィアンは引き留め、船長室キャプテンズデッキへ招いた。

「その魔法、俺も体験してみたいな」

 ティカは沈黙した。
 言われるような予感はしていたが……ヴィヴィアンにはかけたくない。第一、先日“ヴィヴィアン”の名で魔法をかけても効かなかった。

「本当の名前を教えればいいんだよね」

 ティカの疑問を読んだように、ヴィヴィアンは微笑んだ。形のいい唇が音を発しようとしていることに気付いて、ティカは慌てて遮った。

「僕、キャプテンにはかけたくない!」

「え? どうして?」

「キャプテンが、変わってしまうのは嫌だから……」

「多少、頭の螺子ねじが緩んだって、一日経てば元に戻るんだろ? せっかくだから試してみたい」

「でも……」

 ヴィヴィアンはティカの両肩に手を置くと、

「俺の本当の名前はね、リヴィルージュ・ガロ・エヴァークロイツ」

 容赦なく名乗った。
 唖然呆然。ティカは眼を見開いた。
 無限海広しといえど“ガロ・エヴァークロイツ”を名乗る人間は限られている。ガロ=セルヴァ・クロウ連合王国――ロアノス王家の名だからだ。

「キャプテンは、王様なんですかっ!?」

「それは父。俺は只の放蕩息子」

「僕は、キャプテンが王様だとしても驚かないって、前から思ってました」

 ヴィヴィアンは悪戯っぽく微笑んだ。

「内緒だよ」

「じゃあ、キャプテンは王子様なんですか?」

「まぁね」

「……王子様なのに、海賊になっちゃったんですか?」

 海軍士官学校を卒業していると聞いた時も仰天したが、更に王族の生まれだったとは……理解が追いつかない。

「進取の気に溢れた、黄金大航海時代だよ? 勿体なくて、城でじっとしてなんていられない。無限海を眺めながら、執務なんてやらされたら、俺は三日で干からびるね」

「うーん……」

 想像もつかない世界だ。城で暮らせば、ありとあらゆる贅沢を享受できるだろうに。それら全てと比べて尚、彼は無限海を選んだのだろうか。

「次の航海について、シルヴィーから聞いた?」

 ティカは顔を輝かせると、アイ! と元気よく応えた。

「わくわくした?」

「しました」

「俺もだよ。大海の彼方に出航する時、心はいつでも自由でいられるんだ」

 そこでようやく、ヴィヴィアンの言わんとすることが判った。

「さあ、魔法をかけておくれ」

 どこからでもどうぞ、というように、ヴィヴィアンは両腕を開いて見せた。ティカは少々憂鬱そうに、ヴィヴィアンの前に立った。

「じゃあ……かけますよ」

「どうぞ」

 腹をくくって口を開きかけたが、ふと疑問が芽生えた。仮にも王家の人間を、時限つきとはいえ、魔法にかけていいのだろうか?

「本当に後悔しませんか?」

 念押しすると、ヴィヴィアンは呆れたように見下ろした。

「本人がいいって言ってるんだ。それに、かかってもいないのに、後悔しようがない。さ、遠慮せずどうぞ」

「あの……もう一回、名前を教えてください」

 ヴィヴィアンは可笑しそうに噴き出した。

「長い名前でごめんね! リヴィルージュ・ガロ・エヴァークロイツ」

 ティカはぶつぶつと呪文のように復唱した。

「よし……リヴ、リヴィルージュ、メル・アン・エディールッ!」