メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
4章:リダ沖合海戦 - 2 -
一目でジョー・スパーナだと判った。
黒づくめの出で立ち。海軍士官のような縦襟のフロックコート。羽飾りのついた三角帽子。爪先がナイフのように尖った、拍車のついたロングブーツ。腰に下げた銀装飾のレイピア。そして右手には硝煙の立ち昇る拳銃……
左眼は眼帯で覆われており、陰翳から覗く右眼は冷たく冴えわたる蒼氷色 。
濃紺の長髪を後ろで一つに結わいており、整えられた口髭からは几帳面さが窺える。噂通り洗練された容姿の男だ。
「ヴィヴィアンと一緒にいた小僧だな。名前は?」
ずっとジョー・スパーナを、英雄のように考えていた。ヴィヴィアン達の敵だと知っていても、無限海に名を轟かせる大海賊だと、憧れていた――たった今までは。
「聞こえなかったのか? 名前は?」
ジョー・スパーナは、冷然とティカを見下ろした。サファイヤの指輪を幾つも嵌めた手で、拳銃のシリンダーを回している。やがて、銃口はぴたりとティカに向けられた。
オリバーは苦しそうに呻きながら、ティカ、逃げろ、と弱々しく囁いた。ティカは顔を歪めると、血を流す親友を助け起こそうとした。
「オリバー、立てる!?」
「連れていけ」
ジョー・スパーナが部下に顎をしゃくって命じると、巨躯の男が前に出て、オリバーに縋りつくティカを容赦なく持ちあげた。
無茶苦茶に暴れたが、まるで歯が立たない。倒れ伏すオリバーの姿が、どんどん小さくなっていく。
「降ろして! 離せ! オリバー! オリバーッ!!」
必死に喚いたが、煩いといわんばかりに、スカーフで口を覆われてしまった。
「ん――っ!!」
抵抗も虚しく、島の反対側にある桟橋に連れ去られた。
そこには小舟がたくさん係留されており、ティカを荷物のように扱う男達は、そのうちの一つ、商船を装った小型の快速帆船に乗りこんだ。
係留こそされているものの、いつでも出港できるように既に総帆されている。案の定、男達はティカを乗せた途端に船を動かした。
リダ島の沖まで出たところで、ようやく口を覆うスカーフを外された。
「よくも――っ」
ティカが喚いた途端に、鋭い蹴りが飛んできた。思いっきり右頬に入り、甲板の上をゴロゴロと転がった。
口内に鉄錆の味が広がる。頭はくらくらするが、臆せず蹴った相手を思いきり睨みあげた。
「よくも……ッ」
「ティカと言ったな。お前は一体、あの男の何なんだ?」
「僕は、ヘルジャッジ号の乗組員だ!」
「そんなことは知っている。あの男は、なぜお前を、無限幻海に連れて行った? 星明かりの島で何を手に入れた?」
矢継ぎ早に確信を突かれて、ティカは大いに狼狽えた。
「何で、知ってるの……」
「見張っていたからな」
「復讐しにきたの?」
ティカは表情を曇らせた。無限幻海に滝が出現した時、ジョー・スパーナの船団も、先頭の何隻かは奈落の底に落下した。恨みに思っていても不思議はない。
「確かに目障りな男だ。殺してやりたいが……今欲しいのは古代神器の秘宝だ。星明かりの島で、何を手に入れた?」
「言うものか」
ジョー・スパーナは無言でレイピアを抜刀した。柄に儀礼的なキスをして、祈りの言葉を囁く。鋭い剣尖 を、眼にも止まらぬ速さでティカの喉に突きつけた。
「言え」
「嫌だ! よくも、オリバーを……っ」
必死に視線を左右に走らせて、武器になりそうな物を探す。ティカの心を読んだように、男はレイピアを投げてよこした。ティカは訝しみながら手に取ると、立ち上って剣を水平に構えた。
「早く吐けば、痛い思いをせずに済むぞ」
「よくも――ッ」
もうジョー・スパーナを倒すことしか考えられない。
キンッと鋼が鳴る。ティカは何度も突きを繰り出したが、ことごとく躱された。時折、鋭い突きが飛んできて脇や肩を穿 たれる。
鋭い痛みと共に血が流れたけれど、それでも敢然 と剣を突き出した。
「意外と我慢強いな」
「このォッ!」
「いつまで我慢する気だ? 切り刻まれて死にたいか? 素直に吐けば、命までは取らずにいてやる」
「煩い!」
この男にだけは屈したくない。
身体中が悲鳴を上げているが、燃えるような怒りに突き動かされて、ティカはひたすら剣を振るった。
「はぁ、はぁ……」
しかし、どれだけ剣を突き出してもジョー・スパーナに届かない。剣を振るえば振るうほどに、剣を持つ手が下がっていく。細いレイピアを大砲のように重く感じる。踏み出す一歩は鉛のように重い。
「強情な小僧だ……逆立ちしても、俺には勝てないぞ」
ティカが首を振った途端、鋭い蹴りが飛んできた。鳩尾 に入って、甲板の上でえづく。
「あまり時間がない。いい加減吐いてくれないか?」
男は悠然とした足取りでティカに近付くと、容赦なく再び蹴り上げた。強烈な蹴りに、意識は一瞬飛びかけた。
苦しげに呻くティカの髪を、男は容赦なく掴んだ。見下ろす隻眼と眼が合う――殆ど無意識に口を開いた。
「ジョー・スパーナ、メル・アン・エディール……ッ」
黒づくめの出で立ち。海軍士官のような縦襟のフロックコート。羽飾りのついた三角帽子。爪先がナイフのように尖った、拍車のついたロングブーツ。腰に下げた銀装飾のレイピア。そして右手には硝煙の立ち昇る拳銃……
左眼は眼帯で覆われており、陰翳から覗く右眼は冷たく冴えわたる
濃紺の長髪を後ろで一つに結わいており、整えられた口髭からは几帳面さが窺える。噂通り洗練された容姿の男だ。
「ヴィヴィアンと一緒にいた小僧だな。名前は?」
ずっとジョー・スパーナを、英雄のように考えていた。ヴィヴィアン達の敵だと知っていても、無限海に名を轟かせる大海賊だと、憧れていた――たった今までは。
「聞こえなかったのか? 名前は?」
ジョー・スパーナは、冷然とティカを見下ろした。サファイヤの指輪を幾つも嵌めた手で、拳銃のシリンダーを回している。やがて、銃口はぴたりとティカに向けられた。
オリバーは苦しそうに呻きながら、ティカ、逃げろ、と弱々しく囁いた。ティカは顔を歪めると、血を流す親友を助け起こそうとした。
「オリバー、立てる!?」
「連れていけ」
ジョー・スパーナが部下に顎をしゃくって命じると、巨躯の男が前に出て、オリバーに縋りつくティカを容赦なく持ちあげた。
無茶苦茶に暴れたが、まるで歯が立たない。倒れ伏すオリバーの姿が、どんどん小さくなっていく。
「降ろして! 離せ! オリバー! オリバーッ!!」
必死に喚いたが、煩いといわんばかりに、スカーフで口を覆われてしまった。
「ん――っ!!」
抵抗も虚しく、島の反対側にある桟橋に連れ去られた。
そこには小舟がたくさん係留されており、ティカを荷物のように扱う男達は、そのうちの一つ、商船を装った小型の快速帆船に乗りこんだ。
係留こそされているものの、いつでも出港できるように既に総帆されている。案の定、男達はティカを乗せた途端に船を動かした。
リダ島の沖まで出たところで、ようやく口を覆うスカーフを外された。
「よくも――っ」
ティカが喚いた途端に、鋭い蹴りが飛んできた。思いっきり右頬に入り、甲板の上をゴロゴロと転がった。
口内に鉄錆の味が広がる。頭はくらくらするが、臆せず蹴った相手を思いきり睨みあげた。
「よくも……ッ」
「ティカと言ったな。お前は一体、あの男の何なんだ?」
「僕は、ヘルジャッジ号の乗組員だ!」
「そんなことは知っている。あの男は、なぜお前を、無限幻海に連れて行った? 星明かりの島で何を手に入れた?」
矢継ぎ早に確信を突かれて、ティカは大いに狼狽えた。
「何で、知ってるの……」
「見張っていたからな」
「復讐しにきたの?」
ティカは表情を曇らせた。無限幻海に滝が出現した時、ジョー・スパーナの船団も、先頭の何隻かは奈落の底に落下した。恨みに思っていても不思議はない。
「確かに目障りな男だ。殺してやりたいが……今欲しいのは古代神器の秘宝だ。星明かりの島で、何を手に入れた?」
「言うものか」
ジョー・スパーナは無言でレイピアを抜刀した。柄に儀礼的なキスをして、祈りの言葉を囁く。鋭い
「言え」
「嫌だ! よくも、オリバーを……っ」
必死に視線を左右に走らせて、武器になりそうな物を探す。ティカの心を読んだように、男はレイピアを投げてよこした。ティカは訝しみながら手に取ると、立ち上って剣を水平に構えた。
「早く吐けば、痛い思いをせずに済むぞ」
「よくも――ッ」
もうジョー・スパーナを倒すことしか考えられない。
キンッと鋼が鳴る。ティカは何度も突きを繰り出したが、ことごとく躱された。時折、鋭い突きが飛んできて脇や肩を
鋭い痛みと共に血が流れたけれど、それでも
「意外と我慢強いな」
「このォッ!」
「いつまで我慢する気だ? 切り刻まれて死にたいか? 素直に吐けば、命までは取らずにいてやる」
「煩い!」
この男にだけは屈したくない。
身体中が悲鳴を上げているが、燃えるような怒りに突き動かされて、ティカはひたすら剣を振るった。
「はぁ、はぁ……」
しかし、どれだけ剣を突き出してもジョー・スパーナに届かない。剣を振るえば振るうほどに、剣を持つ手が下がっていく。細いレイピアを大砲のように重く感じる。踏み出す一歩は鉛のように重い。
「強情な小僧だ……逆立ちしても、俺には勝てないぞ」
ティカが首を振った途端、鋭い蹴りが飛んできた。
「あまり時間がない。いい加減吐いてくれないか?」
男は悠然とした足取りでティカに近付くと、容赦なく再び蹴り上げた。強烈な蹴りに、意識は一瞬飛びかけた。
苦しげに呻くティカの髪を、男は容赦なく掴んだ。見下ろす隻眼と眼が合う――殆ど無意識に口を開いた。
「ジョー・スパーナ、メル・アン・エディール……ッ」