メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
3章:古代神器の魔法 - 7 -
全員が見守る中、唐突にロザリオは呟いた。
「キスするに、五万ルーヴ」
間髪入れずに、別の乗組員が応じる。
「しないに、五万ルーヴ」
賭け事はご法度の船上で、碌でもない賭けが始まった。ちなみにサディールは、懸命にも沈黙している。
シルヴィーは表情を変えずに、ティカの両肩に手を置くと、膝を折って身を屈めた。
ティカはこれでもかというほど、眼を見開いて、呼吸すら止めた。
そんな、まさか……と思いながらシルヴィーを凝視するが、クールな航海士の端正な顔は、刻一刻と近付いてくる。
青い瞳には、ティカしか映していない。
心臓が壊れそうなほど音を立てて鳴っている。キスを待つ瞬間が、これほど緊張するとは知らなかった。恐怖と言ってもいい。
ティカは我慢しきれず、眼を瞑って俯いた。顔のすぐ傍で、シルヴィーの笑う息遣いを感じる。
誰も何も言わない。沈黙の中、シルヴィーはティカの額に触れるだけのキスをした。
「――ッ」
柔らかくて暖かな感触を額に感じたと思ったら、すぐに離れていった。
ティカは額を押さえて顔を上げると、シルヴィーと眼が合い、不自然なほど思いっきり視線を逸らした。シルヴィーは信じられないくらい、優しい瞳をしていたのだ。
「なんだ、おでこかよ。口にしろよ」
「ドローだな。勝者ゼロ」
「遊びじゃねーんだぞ」
言いたい放題の周囲を、シルヴィーは氷の一瞥で黙らせた。
「魔法は本物だ! ものすごい可能性を秘めているよ」
ヴィヴィアンは今の余興で、魔法の威力を確信したようだ。
「確かに……誰にでも効くなら、無敵かもしれないな」
シルヴィーも立ち上ると、ヴィヴィアンに同意を示した。
「もう少し試してみるか。誰か、魔法を体験してみたい人ー?」
シルヴィーの変わりようを眼の当たりにしている船員達は、そろって首を振った。怯えているようにも見える。
「挑戦者には、五万ルーヴ出すぞ」
船乗り達は顔を見合わせた。
「十万ルーヴ」
ヴィヴィアンが値を釣り上げると、金に眼の眩んだ志願者が何人か手をあげた。
「よし、お前ら前に出ろ」
ティカの前に四人のいかにも強そうな船乗りが進み出た。いずれも二十代前半と若い船乗りで、そのうちの二人は、班は違えど甲板で見た顔ぶれだ。
「ティカ」
「アイ」
ティカは前に進み出た四人に、左から順番に魔法をかけ始めた。しかし、二人目に魔法をかけた途端、急に体が重くなり、その場に膝をついた。
「ティカ!」
シルヴィーは心配そうに跪くと、労わりに満ちた仕草で、ティカの背中に腕を回した。
「あれ、力が入らない……」
まともに立っていられず、傍にいるシルヴィーにもたれかかってしまう。すっかり優しい兄と化したシルヴィーは、すぐにティカを抱き上げた。
魔法にかけた他の二人までもが、傍に駆け寄り心配そうにティカを見下ろしている。一方、まだ魔法をかけていない二人は、不思議そうに立ち尽くしている。
「ヴィー、もういいだろう。見ろ。可哀相に、具合が悪そうだ……」
「可哀相……」
わざとらしく復唱するヴィヴィアンを見て、シルヴィーは鼻を鳴らした。
「俺の態度をいちいち指摘するのはやめろ。魔法は本物だって認めてやる。身をもって体験したからな」
「どこへ?」
「船橋 。仮眠室」
「えっ」
驚愕に眼を瞠ったヴィヴィアンは、信じられん! と叫んだが、シルヴィーはもう相手にせず、応接室の扉を開けた。
シルヴィーの腕の中で、ティカは既に眠りの彼方へと旅立っていた。
「キスするに、五万ルーヴ」
間髪入れずに、別の乗組員が応じる。
「しないに、五万ルーヴ」
賭け事はご法度の船上で、碌でもない賭けが始まった。ちなみにサディールは、懸命にも沈黙している。
シルヴィーは表情を変えずに、ティカの両肩に手を置くと、膝を折って身を屈めた。
ティカはこれでもかというほど、眼を見開いて、呼吸すら止めた。
そんな、まさか……と思いながらシルヴィーを凝視するが、クールな航海士の端正な顔は、刻一刻と近付いてくる。
青い瞳には、ティカしか映していない。
心臓が壊れそうなほど音を立てて鳴っている。キスを待つ瞬間が、これほど緊張するとは知らなかった。恐怖と言ってもいい。
ティカは我慢しきれず、眼を瞑って俯いた。顔のすぐ傍で、シルヴィーの笑う息遣いを感じる。
誰も何も言わない。沈黙の中、シルヴィーはティカの額に触れるだけのキスをした。
「――ッ」
柔らかくて暖かな感触を額に感じたと思ったら、すぐに離れていった。
ティカは額を押さえて顔を上げると、シルヴィーと眼が合い、不自然なほど思いっきり視線を逸らした。シルヴィーは信じられないくらい、優しい瞳をしていたのだ。
「なんだ、おでこかよ。口にしろよ」
「ドローだな。勝者ゼロ」
「遊びじゃねーんだぞ」
言いたい放題の周囲を、シルヴィーは氷の一瞥で黙らせた。
「魔法は本物だ! ものすごい可能性を秘めているよ」
ヴィヴィアンは今の余興で、魔法の威力を確信したようだ。
「確かに……誰にでも効くなら、無敵かもしれないな」
シルヴィーも立ち上ると、ヴィヴィアンに同意を示した。
「もう少し試してみるか。誰か、魔法を体験してみたい人ー?」
シルヴィーの変わりようを眼の当たりにしている船員達は、そろって首を振った。怯えているようにも見える。
「挑戦者には、五万ルーヴ出すぞ」
船乗り達は顔を見合わせた。
「十万ルーヴ」
ヴィヴィアンが値を釣り上げると、金に眼の眩んだ志願者が何人か手をあげた。
「よし、お前ら前に出ろ」
ティカの前に四人のいかにも強そうな船乗りが進み出た。いずれも二十代前半と若い船乗りで、そのうちの二人は、班は違えど甲板で見た顔ぶれだ。
「ティカ」
「アイ」
ティカは前に進み出た四人に、左から順番に魔法をかけ始めた。しかし、二人目に魔法をかけた途端、急に体が重くなり、その場に膝をついた。
「ティカ!」
シルヴィーは心配そうに跪くと、労わりに満ちた仕草で、ティカの背中に腕を回した。
「あれ、力が入らない……」
まともに立っていられず、傍にいるシルヴィーにもたれかかってしまう。すっかり優しい兄と化したシルヴィーは、すぐにティカを抱き上げた。
魔法にかけた他の二人までもが、傍に駆け寄り心配そうにティカを見下ろしている。一方、まだ魔法をかけていない二人は、不思議そうに立ち尽くしている。
「ヴィー、もういいだろう。見ろ。可哀相に、具合が悪そうだ……」
「可哀相……」
わざとらしく復唱するヴィヴィアンを見て、シルヴィーは鼻を鳴らした。
「俺の態度をいちいち指摘するのはやめろ。魔法は本物だって認めてやる。身をもって体験したからな」
「どこへ?」
「
「えっ」
驚愕に眼を瞠ったヴィヴィアンは、信じられん! と叫んだが、シルヴィーはもう相手にせず、応接室の扉を開けた。
シルヴィーの腕の中で、ティカは既に眠りの彼方へと旅立っていた。