メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

3章:古代神器の魔法 - 6 -

 シルヴィーは不自然にふらついて、胸元を手で押さえた。愕然とした表情をしている。

「シルヴィー?」

 ヴィヴィアン達は不思議そうにシルヴィーを見やった。シルヴィーは、そのどれにも応えず、真っ直ぐにティカだけを見つめた。

「ティカ……」

「アイ」

 シルヴィーの青い双眸は驚愕に見開かれた。只ならぬ様子に、ティカはヴィヴィアンの後ろに素早く隠れた。叱られると思ったのだ。

「あ、いや……」

 シルヴィーは戸惑ったように何か言いかけて、途中でやめた。忙しなく視線を逸らしては、ティカに再び戻す。
 要領を得ないシルヴィーの様子に、ヴィヴィアン達は怪訝そうにしている。シルヴィーは全員の注目を浴びていることにようやく気付くと、落ち着きを取り戻したように姿勢を正した。

「――何でもない」

「まさか、魔法が効いてるの?」

 ヴィヴィアンがずばり聞くと、全員が固唾を呑んでシルヴィーを見つめた。

「いや……」

 シルヴィーは否定したが、ヴィヴィアンは信じなかった。背中に隠れているティカを引っ張り出すと、シルヴィーに正面対峙させる。ティカと眼が合うなり、シルヴィーは息を呑んだ。

「――っ」

「効いているんだな?」

 ヴィヴィアンは真剣な顔でシルヴィーを見つめた。

「……そうらしい。ティカが世界で一番、かわいく見える」

 観念したように、シルヴィーは息を吐いた。

「え――っ!?」
「オイオイ……」
「大丈夫か!?」
「あははっ!!」

 ヴィヴィアン以外の全員が、驚愕の声を上げた。ちなみにヴィヴィアンは腹を抑えて爆笑している。ティカはぽかんと口を開けて、シルヴィーを凝視した。

「ふん。邪推するな……弟のようにかわいく見えるだけだ」

 シルヴィーが付け加えると、今度は全員が爆笑した。ティカも信じられない気持ちでいっぱいだ。このクールな航海士に、好かれていると思ったことなど、今日まで一度たりとしてない。

「どんな感じなんだ? 痛みや、気分が悪くなったりは?」

 ヴィヴィアンが尋ねると、いや、とシルヴィーはすぐに否定した。

「気分はいいくらいだ。記憶も飛んだりしていない。ヴィーは自分で試さなかったのか?」

「魔術式に、名前が必要らしくてね」

「あぁ……」

 シルヴィーは得心したように頷いた。ヴィヴィアンはティカを引き寄せると、小声で密かに耳打ちした。

「よし、ティカ。シルヴィーに何か、命令してみな」

「な、何かって?」

「そうだな……船橋ブリッジを見たい、って言ってごらん」

「アイ……」

 誰にも聞こえないように小声で話しているけれど、始終シルヴィーの突き刺さるような視線を感じていた。何もかもばれているんじゃ……そう思いながらも、ティカは忠実に実行した。

「あの、シルヴィー。僕、船橋を見てみたいです」

 船橋は船を操舵する部屋で、航海士達の仕事部屋だ。間取りは広く、船員達の仮眠部屋やシャワールームも完備されている。初日にサディールから出入禁止を言い渡された部屋だ。きっと断れるだろう、ティカはそう思った。しかし――

「判った」

 シルヴィーは二つ返事で了承した。
 周囲から、嘘だろっ!? だの、えーっ、だの騒々しい声がいくつも上がる。ヴィヴィアンも驚きに眼を瞠っている。

「あの、シルヴィーが! 徹底して人を寄せつけないシルヴィーがっ!!」
「本気で言っているのか?」
「魔法、本物かもしれませんね」

 シルヴィーはうんざりしたように顔をしかめた。

「なんだ、船橋を見せるくらい……お前達、大袈裟だな」

 全員、首を振って否定した。サディールに至っては、シルヴィーが壊れちまった……と呆然と呟いている。ヴィヴィアンはティカを引き寄せると、再び耳打ちした。

「ティカ、次はもっと決定的なのを試そう。キスしてくれ、って言ってごらん」

「えぇー……」

 ティカは胡乱げに眼をすがめてみせた。ヴィヴィアンにこんな態度を取るのは初めてだ。

船長キャプテン命令!」

 ヴィヴィアンは容赦しなかった。

「アイ……」

 渋々返事すると、やはりこちらを凝視しているシルヴィーを見上げて、覚悟を決めて口を開いた。

「シルヴィー、僕に、キスしてください」