メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
3章:古代神器の魔法 - 5 -
ホバーバイクで翔け続け、ようやく海の彼方にヘルジャッジ号の船影を見つけると、ティカは喝采を叫んだ。
「やったー!」
「ようやく追いついたか。流石、シルヴィー。安定、迅速、正確な航行だ」
ヴィヴィアンも嬉しそうだ。ティカを背負っている分、余計に疲れているだろう。
ヘルジャッジ号の皆も気付いたようで、甲板に人が集まってきた。帽振りで歓迎してくれている。近付くにつれて、歓声も聞こえてきた。
「キャプテンッ!!」
「ティカ――ッ」
オリバーの姿も見える。ティカも腕をいっぱいに振った。
舷側の手前で止まると、甲板にいた仲間が引き上げてくれた。
「良かった! 心配したよ!」
オリバーはティカの首に飛びついた。相変わらず強い力だ。首が締まって苦しかったけれど、ティカは嬉しかった。無事に帰ってこれて、本当に良かった。
「お帰り、ティカ」
「おう、坊主。無事だったか」
「無事か?」
船室の仲間達も傍にきて、ティカの無事を喜んでくれる。ヴィヴィアンも忽 ち皆に囲まれた。
しかし、シルヴィーだけは険しい顔つきで声を荒げた。
「いい加減にしろよっ!!」
鋭い怒声が甲板に響き渡る。まぁまぁ、と取り成す声が続いたが、シルヴィーは怒りを解かなかった。
「シルヴィー、ただいま」
ヴィヴィアンは少しも悪びれずに微笑んだ。彼のこうした悠然とした態度が、時にシルヴィーを激怒させるのだろう。
「あんな別れ方があるか! 死んだら、どうするつもりだったんだ!!」
「ちゃんと戻ってきたろ?」
「只の結果論だ。浅慮にも程がある! アンタは、宝に眼が眩んで、俺達全員を見捨てたんだよッ!!」
シルヴィーが吐き捨てるように怒鳴ると、シン……と甲板の上は静まり返った。
たった今、無事に生還したばかりなのに、これから敵と一戦やり合うみたいだ。重々しい、緊迫した空気が甲板に流れている。
「そうじゃない。怒るな、シルヴィー。俺は、絶対に帰ってくる自信があったよ。勝機がなけりゃ、いくら俺だって、好き好んで海の崖に飛び込んだりしないさ」
「勝機だぁ? 言ってみろよ」
全員が固唾を呑んで、二人のやり取りを見守っている。
「一つ、襲ってきた敵は海底に沈み、残りは無限幻海から逃げ去った。二つ、この魔導ホバーバイクは最大速三十ノット、走りながらエーテル吸収する優れものだ。無限幻海からリダ島までの海里を通しで飛んでも問題ない。三つ、俺は絶壁を駆け下りれる――なぜなら、シルヴィーはよく知っているだろ?」
「……ふん。そんなものは全部、後付だ」
シルヴィーは文句を垂れたが、怒髪天をつく怒りは治まったらしい。和らいだ表情を見て、全員が安堵の息をついた。どうやら、局地的嵐は過ぎ去ったようだ……
「いいや、前提だとも」
「それで、無限幻海はどうだったんだ?」
シルヴィーが核心をつくと、周囲に集まっていた兄弟達も、耳を澄ませた。
「残念ながら宝の山はなかったが、素晴らしい景色は拝めたよ」
ヴィヴィアンが鷹揚に笑うと、全員がっかりした表情を浮かべた。最大の成果である、古代神器の魔法に触れないので、ティカは不思議に思ったが、ヴィヴィアンに視線で“静かに”と合図された。
「――でも約束通り、全員に特別報酬を出そう! 危険な航海に付き合ってくれてありがとう、諸君! 感謝しているよ」
ヴィヴィアンが気前よく叫ぶと、割れるような喝采が湧き起こった。
「ヒャッホーッ」
「さっすが、キャプテン!!」
「報酬――っ!!」
上手い酒に報酬さえあれば、兄弟達は概ね文句はないのである。
+
その後、ヴィヴィアンは甲板を去り、応接室にシルヴィー、ロザリオ、サディール、その他何名かの乗組員、そしてティカを呼んだ。
「詳しくはこれから調べるけど……実は、古代精霊の魔法を見つけた。ティカが持ってる」
全員の視線が集中し、ティカは引きつった笑みを浮かべた。
「ほう。どんな魔法なんだ?」
シルヴィーは素っ気ない口調で尋ねた。
「聞いて驚け、一つはバビロン帝国の扉を開く魔法で、もう一つは、人の心を盗む魔法らしい」
「ほう。驚いたな」
微塵も驚いていない。ティカを見つめる冷然とした眼差しは“冗談はよせ”と雄弁に語っている。
「あの、本当なんです……ただ、僕、ちゃんと使えないんだけど」
しどろもどろで応えると、隣にやってきたヴィヴィアンに肩を抱き寄せられた。
「魔法を手に入れたのは本当だよ。この眼で見たからね。発動の仕組みは、調べる必要がありそうだ」
「魔法ね……つまり、アンタの道楽で骨折り損だったわけか」
シルヴィーは鼻で嗤 った。ティカは凍りつき、ヴィヴィアンは軽く肩を竦める。
「シルヴィーも言ってたじゃない。下心のある人間は、触れることも叶わないって。あれ、本当だったよ。俺は触れようとしたら火傷したんだけど、ティカは難なく触れることができたんだ」
ヴィヴィアンは「ほら」と指先を見せたが、シルヴィーの冷たい眼差しは変わらなかった。
「お大事に。あんたと比べたら、俺だって聖人君主だ。まさか、それだけの理由でティカを連れて行ったのか?」
「それもあるけど、勘だよ」
「俺はなんで、こんな奴の船に乗ってるんだろう……」
「寛容こそ、友情の証だよ。シルヴィー」
ヴィヴィアンは微笑んだが、シルヴィーは憂鬱そうに瞑眼した。
「魔法は本当にあったんです!」
ティカが訴えると、ならやってみせろ、とシルヴィーは切り返した。怯むティカを見て、ヴィヴィアンは頭を撫でる。
「まぁ、なんだ……よく無事に帰ってきたな」
サディールは、同情するようにティカを見た。
「魔法だか何だか知らないが、報酬をもらえるなら同じことだ」
ロザリオはにやりと笑う。
誰も信じてくれないのかと思うと、悲しみが込み上げてきた。確かに魔法を手に入れたのに、証明することができないなんて。
「シルヴィー、メル・アン・エディール……」
ティカは、ぽつりと呟いた。どうして魔法を使えないのだろうと思いながら。
「やったー!」
「ようやく追いついたか。流石、シルヴィー。安定、迅速、正確な航行だ」
ヴィヴィアンも嬉しそうだ。ティカを背負っている分、余計に疲れているだろう。
ヘルジャッジ号の皆も気付いたようで、甲板に人が集まってきた。帽振りで歓迎してくれている。近付くにつれて、歓声も聞こえてきた。
「キャプテンッ!!」
「ティカ――ッ」
オリバーの姿も見える。ティカも腕をいっぱいに振った。
舷側の手前で止まると、甲板にいた仲間が引き上げてくれた。
「良かった! 心配したよ!」
オリバーはティカの首に飛びついた。相変わらず強い力だ。首が締まって苦しかったけれど、ティカは嬉しかった。無事に帰ってこれて、本当に良かった。
「お帰り、ティカ」
「おう、坊主。無事だったか」
「無事か?」
船室の仲間達も傍にきて、ティカの無事を喜んでくれる。ヴィヴィアンも
しかし、シルヴィーだけは険しい顔つきで声を荒げた。
「いい加減にしろよっ!!」
鋭い怒声が甲板に響き渡る。まぁまぁ、と取り成す声が続いたが、シルヴィーは怒りを解かなかった。
「シルヴィー、ただいま」
ヴィヴィアンは少しも悪びれずに微笑んだ。彼のこうした悠然とした態度が、時にシルヴィーを激怒させるのだろう。
「あんな別れ方があるか! 死んだら、どうするつもりだったんだ!!」
「ちゃんと戻ってきたろ?」
「只の結果論だ。浅慮にも程がある! アンタは、宝に眼が眩んで、俺達全員を見捨てたんだよッ!!」
シルヴィーが吐き捨てるように怒鳴ると、シン……と甲板の上は静まり返った。
たった今、無事に生還したばかりなのに、これから敵と一戦やり合うみたいだ。重々しい、緊迫した空気が甲板に流れている。
「そうじゃない。怒るな、シルヴィー。俺は、絶対に帰ってくる自信があったよ。勝機がなけりゃ、いくら俺だって、好き好んで海の崖に飛び込んだりしないさ」
「勝機だぁ? 言ってみろよ」
全員が固唾を呑んで、二人のやり取りを見守っている。
「一つ、襲ってきた敵は海底に沈み、残りは無限幻海から逃げ去った。二つ、この魔導ホバーバイクは最大速三十ノット、走りながらエーテル吸収する優れものだ。無限幻海からリダ島までの海里を通しで飛んでも問題ない。三つ、俺は絶壁を駆け下りれる――なぜなら、シルヴィーはよく知っているだろ?」
「……ふん。そんなものは全部、後付だ」
シルヴィーは文句を垂れたが、怒髪天をつく怒りは治まったらしい。和らいだ表情を見て、全員が安堵の息をついた。どうやら、局地的嵐は過ぎ去ったようだ……
「いいや、前提だとも」
「それで、無限幻海はどうだったんだ?」
シルヴィーが核心をつくと、周囲に集まっていた兄弟達も、耳を澄ませた。
「残念ながら宝の山はなかったが、素晴らしい景色は拝めたよ」
ヴィヴィアンが鷹揚に笑うと、全員がっかりした表情を浮かべた。最大の成果である、古代神器の魔法に触れないので、ティカは不思議に思ったが、ヴィヴィアンに視線で“静かに”と合図された。
「――でも約束通り、全員に特別報酬を出そう! 危険な航海に付き合ってくれてありがとう、諸君! 感謝しているよ」
ヴィヴィアンが気前よく叫ぶと、割れるような喝采が湧き起こった。
「ヒャッホーッ」
「さっすが、キャプテン!!」
「報酬――っ!!」
上手い酒に報酬さえあれば、兄弟達は概ね文句はないのである。
+
その後、ヴィヴィアンは甲板を去り、応接室にシルヴィー、ロザリオ、サディール、その他何名かの乗組員、そしてティカを呼んだ。
「詳しくはこれから調べるけど……実は、古代精霊の魔法を見つけた。ティカが持ってる」
全員の視線が集中し、ティカは引きつった笑みを浮かべた。
「ほう。どんな魔法なんだ?」
シルヴィーは素っ気ない口調で尋ねた。
「聞いて驚け、一つはバビロン帝国の扉を開く魔法で、もう一つは、人の心を盗む魔法らしい」
「ほう。驚いたな」
微塵も驚いていない。ティカを見つめる冷然とした眼差しは“冗談はよせ”と雄弁に語っている。
「あの、本当なんです……ただ、僕、ちゃんと使えないんだけど」
しどろもどろで応えると、隣にやってきたヴィヴィアンに肩を抱き寄せられた。
「魔法を手に入れたのは本当だよ。この眼で見たからね。発動の仕組みは、調べる必要がありそうだ」
「魔法ね……つまり、アンタの道楽で骨折り損だったわけか」
シルヴィーは鼻で
「シルヴィーも言ってたじゃない。下心のある人間は、触れることも叶わないって。あれ、本当だったよ。俺は触れようとしたら火傷したんだけど、ティカは難なく触れることができたんだ」
ヴィヴィアンは「ほら」と指先を見せたが、シルヴィーの冷たい眼差しは変わらなかった。
「お大事に。あんたと比べたら、俺だって聖人君主だ。まさか、それだけの理由でティカを連れて行ったのか?」
「それもあるけど、勘だよ」
「俺はなんで、こんな奴の船に乗ってるんだろう……」
「寛容こそ、友情の証だよ。シルヴィー」
ヴィヴィアンは微笑んだが、シルヴィーは憂鬱そうに瞑眼した。
「魔法は本当にあったんです!」
ティカが訴えると、ならやってみせろ、とシルヴィーは切り返した。怯むティカを見て、ヴィヴィアンは頭を撫でる。
「まぁ、なんだ……よく無事に帰ってきたな」
サディールは、同情するようにティカを見た。
「魔法だか何だか知らないが、報酬をもらえるなら同じことだ」
ロザリオはにやりと笑う。
誰も信じてくれないのかと思うと、悲しみが込み上げてきた。確かに魔法を手に入れたのに、証明することができないなんて。
「シルヴィー、メル・アン・エディール……」
ティカは、ぽつりと呟いた。どうして魔法を使えないのだろうと思いながら。