メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

3章:古代神器の魔法 - 10 -

 ティカは船橋ブリッジを抜け出して、甲板に出た。
 海の上には、三つ子の精霊の月がルーヴ金貨のように、キラキラと輝いている。
 澄み切った夜空を見上げて、ぼんやり佇んでいると、ふいに後ろから名前を呼ばれた。昼間、魔法をかけた水夫達が、心配そうな顔をしてやってきた。

「もう平気なのか?」

 二人はティカの傍へ寄ると、代わる代わる頭を撫でた。元から人の良さそうな船乗り達ではあったが、以前はこんな風に頭を撫でたりすることはなかった。魔法のせいなのだろう。

「ティカ」

 また名前を呼ばれて振り向くと、今度はシルヴィーが立っていた。気付けば、魔法にかけた全員が、今この場に集まっている。

「あ……もう平気なので、船室デッキに戻ります」

 お辞儀して退散しようとしたら、シルヴィーにまたしても呼び止められた。

「ヴィーの所に戻るのか?」

 そう言われて気がついた。果たしてどこへ戻ろうとしていたのか。
 これまで恐れ多くも船長室キャプテンズデッキで休んでいたが、無限幻海の秘宝を手にいれた今、“鍵”はもう不要なはずだ。なら、ティカが傍にいる必要はないだろう……

「自分の船室に戻ります」

 そうするべきだ。ティカは納得して、今度こそ昇降口へ向かったが、またしてもシルヴィーに呼び止められた。強張った顔で振り向くと、シルヴィーは少し傷ついた顔をした。

「渡したい物があるんだ。時間は取らせないから、きてくれないか」

「アイ、サー」

 ティカはシルヴィーの後ろに続いて、殆どシルヴィーの私室と化している、船橋の奥まった仮眠室に入った。
 シルヴィーは小物入れから、革紐で編まれたブレスレットを取り出すと、ティカの右腕に結んだ。

「わぁー」

 ブレスレットには、大小様々な青い石がついている。いずれも仄かに透けていて、少しずつ色合いが異なる。光に翳すと、透明度がより増して煌めいた。中央の大粒の石は一際煌めいている。

「身に着けていると、災厄から守ってくれる。航海の御守りだ」

 シルヴィーも同じようなブレスレットを右腕につけている。ティカは満面の笑みを浮かべて、いろんな角度からブレスレットを眺めた。

「綺麗な石だなぁ……ありがとうございます」

「硝子だ。海流に運ばれるうちに、自然と角が取れて、丸みを帯びるんだ」

「へぇー!」

「中央の石はアクアマリン。船乗りの魔除けだ」

「すごいキラキラしている。綺麗……」

「俺が作った」

「えっ」

 ティカは改めてブレスレットを見つめた。精緻な網目といい、石……硝子や、アクアマリンの美しさといい、店売りと見間違う出来栄えだ。

「アマディウスに教えてもらったんだ」

「僕、その人に会ったことない」

 航海を初めて一月以上経過しているが、甲板や食堂に姿を見せない船員とは、殆ど接点がない。特に立入禁止区域の工房勤めの船員とは、未だに会ったことが無かった。

「リダ島で補給した後、カルタ・コラッロを目指す予定だ。その時は、あの引きこもりも顔を見せるだろう」

「次の行先が決まったんだ!」

 ティカが眼を輝かせると、シルヴィーはにやりと笑った。

「無限幻海の航海が一段落したら、次の航海は俺が決めていいとヴィーに約束させたんだ。アンデル海峡の件では貸しがあるからな」

 そういえば、王都を出港したばかりの頃、オリバーは“アンデル海峡を目指して航海しているはずだった……”と話していた。ところが、ヴィヴィアンの一存で無限幻海に針路変更が決まり、シルヴィーは腹を立てていたのだ。なるほど……どうやって仲直りしたのか今判った。

「カルタ・コラッロは、どんなところですか?」

 聞いたこともない地名だ。

「小さいが、歴史ある風光明媚な国だ。高額取引市場の警備で少々物騒だが……まぁ、いい所だ」

「へぇー」

 新しい航海が始まるのだと思うとわくわくする。シルヴィーはティカを見て、優しく眼を細めると、思わずといった風にティカの髪を撫でた。

「さぁ、もうお休み。魔法のことは、他の奴には内緒にしておけよ」

「アイッ」

 +

 船橋を出て、第二甲板の共同船室に戻ると、オリバーに声をかけられた。

「お帰り。今日はここで寝るの?」

 暗闇の中でも、獣人であるオリバーの青い瞳は、夜行性の動物のように輝いて見える。

「うん。無限幻海の航海は終わったから、もういいんだ」

「ふぅん。ねぇ、星明かりの島はどうだった? 詳しく聞かせてよ」

「いいよ」

 しかし、古代神器の魔法については、シルヴィーに口止めされている。
 ティカは言葉を選びながら、いつも以上にゆっくり喋り……耳を澄ませていたオリバー達、同室仲間は話の途中で眠りこけていた。