メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
17章:極光蚕白の涙 - 2 -
不審な船が接近していると報告を受けて、アダムは急いで管制室へ向かった。
大海原は濃い霧に覆われ、見通しは最悪だが、レーダーには迫りくる巨大な船影が映っている。
こちらの長距離砲の射程圏内までもう少し……というところで、敵が十八ポンド砲をぶっぱなし、船は激しく揺さぶられた。
「反撃だ!」
アダムが叫ぶと、船は砲門を向けて右舷に傾き、船員たちは砲列甲板に駆けこんだ。
空には巨大な雲が層をなして積みあげられ、霧のせいで明瞭な水平線もなく、海は不気味に沈黙している。船員たちは緊張を強いられながら、望遠鏡をのぞきこみ船影を探した。
次に海が渋木をあげた時、彼らはその方角に向かって、次々と大砲に火をつけた。
忽 ち耳を聾 する砲撃の応酬合戦になった。辺りには白煙が立ちこめ、火薬の匂いが充満している。怒号を巻き散らし、敵船とやりあっている最中に、突然、閃光弾が空から降ってきた。
「――伏せろッ!」
誰かが叫んだが、間にあわなかった。乗組員は完全に不意打ちをくらい、耳を弄する爆撃音と目の眩むほどの閃光に襲われ、甲板にでていた半数近くの兵士は使い物にならなくなった。手で目を覆って、甲板に蹲っている。
乗組員にとっては恐ろしいことこの上ないが、次の瞬間、天空から死神が降ってきた。
走る銃座のように凶悪なひとりの海賊が、黄金の長髪をなびかせ、縦横無尽に甲板を駆け抜け、砲撃手を片っ端から使い物にならなくしてしまったのだ。
「奴を殺せッ!」
アダムはこめかみに青筋を浮かべ、叫んだが、その恐ろしく強い凶手を、船員の誰も仕留めることはできなかった。
たった一人で乗りこんできたそいつは、大勢に囲まれていようとも、禍々しい凍るような薄笑いを浮かべ、決して捕まることはなかった。弾丸が飛び交おうとも、悪魔のようにどこ吹く風だ。
奴はどこからきた? どうやって空から降ってきたのか?
アダムは混乱の極みにありながら、管制室から幾つもの指示を同時にださねばならなかった。
「ぎゃあぁっ!」
次々に味方が倒れ伏していく。凶刃を振るう海賊の姿は、まさしく破壊神 だ。しまいには戦わずして背を向けて逃げる者すらいた。
甲板は騒然となり、もはや指示系統の体もなく、ただただ殺戮の狂乱と化した。
操舵室はどうにか船を立て直そうと、舵柄 を握ったか、突然の奇襲に右往左往し、瞬くまに混乱に陥った。
ついには敵船が霧を割って現れた。
高く突きだした主帆柱 に船楼、煙突。鈍色に光る眼前の威容に、船員たちは戦慄せずにはいられなかった。自分たちの相手は海賊船ではない――ロアノス戦艦だ。
船縁で救命索に掴まりながら、アダムは己の失態を悟った。甲板を荒らされているうちに、敵船がこれほど近づくのを許してしまった。だが、このような事態は想定していなかった。
(船は造船所にあるのではなかったのか!?)
陸の上で戦力は半減しているものと思っていたが、どうしたことか、巨大な軍艦で迫ってきたではないか。
ものすごい速度で真っすぐにこちらへやってくる――轟音とともに海が炸裂し、凄まじい水しぶきが船に叩きつけた。目と鼻の先に十八ポンド砲が落ちたのだ。
甲板にいた者たち全員、一瞬、五感が痺れる。アダムもむせながら、どうにか態勢を整えた。だが、さらなる危機が迫っていることに気がついてしまった。敵船が横づけになり、梯子が渡されようとしている!
「くるぞ!」
悲鳴、怒号、苦悶の呻き――剣戟の音、耳を聾 する銃撃音。阿鼻叫喚。
梯子から海賊たちが次々と雪崩こんできて、有無をいわせぬ白兵戦に突入した。
海上に逃げ場はなく、吹っ飛んだ木屑や破片が散乱し、船員たちが船縁から投げだされた。水面には人や船の残骸が散乱し、まだ命あるものは、懸命に死に物狂いで助かろうとしている。
空にのぼっていく灰色の煙は、こちらの船からでているものだ。
このままでは制圧されてしまう――アダムは決断を迫られ、ある一つの可能性が閃いた。
「アレ を解き放て!」
アダムは鋭く叫んだ。傍にいた部下は意図を察し、怯んだ。
「しかし、アレ はまだ調教が終っていません! 味方にも無差別に襲いかかりますよ」
「構わん! いいからだせ!」
部下は顔をしかめ、短い逡巡のあとに、こういった。
「断る」
次の瞬間、アダムは躊躇なく彼の眉間を撃ち抜いた。男の手から鍵束を奪いとり、別の部下に持たせた。
「ひっ……」
哀れな船員は、血濡れた鍵束をあわあわしながら受け取った。
「お前でいい。代わりに開けろ 」
背中に銃をつきつけられ、男はこくこくと頷いた。階段を降りようとした矢先、暗がりの向こうから、腹を空かせた獣のような、身の毛もよだつ咆哮が聴こえてきた。
「早くいけ」
恐怖に足をすくませる男を、アダムは無慈悲に見下ろしていった。
「で、ですが」
「早くしろ。死にたいのか?」
銃口を向けられ、男は哀れなほど震えあがった。階段を降りた先には、布をかけられた巨大な檻があった。
部下は哀願するようにアダムを見たが、アダムは黙ったまま、冷酷な目で促した。
逆らうことは赦されず、男が震える手で鍵を外す間に、アダムは安全な位置までさがっていた。扉が開くと、男は背を向けて逃げようとしたが、
「ぎゃああぁぁッ」
獣は後ろから飛びかかり、男の頭にかぶりついた。鮮血が飛び散り、男は痙攣しながら床に倒れた。
「ぐるるるっ……」
アダムは発砲して獣の気を引いた。目があうと、甲板に走る。船縁に掴まって身を隠した次の瞬間、巨大な獣が甲板に躍りでた。
アダムの乗組員、甲板でカトラスを振り回していたヘルジャッジ号の船員たちは、その巨影に茫然となり、諍いを忘れて、悪魔のごとし異様な獣を凝視した。
大海原は濃い霧に覆われ、見通しは最悪だが、レーダーには迫りくる巨大な船影が映っている。
こちらの長距離砲の射程圏内までもう少し……というところで、敵が十八ポンド砲をぶっぱなし、船は激しく揺さぶられた。
「反撃だ!」
アダムが叫ぶと、船は砲門を向けて右舷に傾き、船員たちは砲列甲板に駆けこんだ。
空には巨大な雲が層をなして積みあげられ、霧のせいで明瞭な水平線もなく、海は不気味に沈黙している。船員たちは緊張を強いられながら、望遠鏡をのぞきこみ船影を探した。
次に海が渋木をあげた時、彼らはその方角に向かって、次々と大砲に火をつけた。
「――伏せろッ!」
誰かが叫んだが、間にあわなかった。乗組員は完全に不意打ちをくらい、耳を弄する爆撃音と目の眩むほどの閃光に襲われ、甲板にでていた半数近くの兵士は使い物にならなくなった。手で目を覆って、甲板に蹲っている。
乗組員にとっては恐ろしいことこの上ないが、次の瞬間、天空から死神が降ってきた。
走る銃座のように凶悪なひとりの海賊が、黄金の長髪をなびかせ、縦横無尽に甲板を駆け抜け、砲撃手を片っ端から使い物にならなくしてしまったのだ。
「奴を殺せッ!」
アダムはこめかみに青筋を浮かべ、叫んだが、その恐ろしく強い凶手を、船員の誰も仕留めることはできなかった。
たった一人で乗りこんできたそいつは、大勢に囲まれていようとも、禍々しい凍るような薄笑いを浮かべ、決して捕まることはなかった。弾丸が飛び交おうとも、悪魔のようにどこ吹く風だ。
奴はどこからきた? どうやって空から降ってきたのか?
アダムは混乱の極みにありながら、管制室から幾つもの指示を同時にださねばならなかった。
「ぎゃあぁっ!」
次々に味方が倒れ伏していく。凶刃を振るう海賊の姿は、まさしく
甲板は騒然となり、もはや指示系統の体もなく、ただただ殺戮の狂乱と化した。
操舵室はどうにか船を立て直そうと、
ついには敵船が霧を割って現れた。
高く突きだした
船縁で救命索に掴まりながら、アダムは己の失態を悟った。甲板を荒らされているうちに、敵船がこれほど近づくのを許してしまった。だが、このような事態は想定していなかった。
(船は造船所にあるのではなかったのか!?)
陸の上で戦力は半減しているものと思っていたが、どうしたことか、巨大な軍艦で迫ってきたではないか。
ものすごい速度で真っすぐにこちらへやってくる――轟音とともに海が炸裂し、凄まじい水しぶきが船に叩きつけた。目と鼻の先に十八ポンド砲が落ちたのだ。
甲板にいた者たち全員、一瞬、五感が痺れる。アダムもむせながら、どうにか態勢を整えた。だが、さらなる危機が迫っていることに気がついてしまった。敵船が横づけになり、梯子が渡されようとしている!
「くるぞ!」
悲鳴、怒号、苦悶の呻き――剣戟の音、耳を
梯子から海賊たちが次々と雪崩こんできて、有無をいわせぬ白兵戦に突入した。
海上に逃げ場はなく、吹っ飛んだ木屑や破片が散乱し、船員たちが船縁から投げだされた。水面には人や船の残骸が散乱し、まだ命あるものは、懸命に死に物狂いで助かろうとしている。
空にのぼっていく灰色の煙は、こちらの船からでているものだ。
このままでは制圧されてしまう――アダムは決断を迫られ、ある一つの可能性が閃いた。
「
アダムは鋭く叫んだ。傍にいた部下は意図を察し、怯んだ。
「しかし、
「構わん! いいからだせ!」
部下は顔をしかめ、短い逡巡のあとに、こういった。
「断る」
次の瞬間、アダムは躊躇なく彼の眉間を撃ち抜いた。男の手から鍵束を奪いとり、別の部下に持たせた。
「ひっ……」
哀れな船員は、血濡れた鍵束をあわあわしながら受け取った。
「お前でいい。代わりに
背中に銃をつきつけられ、男はこくこくと頷いた。階段を降りようとした矢先、暗がりの向こうから、腹を空かせた獣のような、身の毛もよだつ咆哮が聴こえてきた。
「早くいけ」
恐怖に足をすくませる男を、アダムは無慈悲に見下ろしていった。
「で、ですが」
「早くしろ。死にたいのか?」
銃口を向けられ、男は哀れなほど震えあがった。階段を降りた先には、布をかけられた巨大な檻があった。
部下は哀願するようにアダムを見たが、アダムは黙ったまま、冷酷な目で促した。
逆らうことは赦されず、男が震える手で鍵を外す間に、アダムは安全な位置までさがっていた。扉が開くと、男は背を向けて逃げようとしたが、
「ぎゃああぁぁッ」
獣は後ろから飛びかかり、男の頭にかぶりついた。鮮血が飛び散り、男は痙攣しながら床に倒れた。
「ぐるるるっ……」
アダムは発砲して獣の気を引いた。目があうと、甲板に走る。船縁に掴まって身を隠した次の瞬間、巨大な獣が甲板に躍りでた。
アダムの乗組員、甲板でカトラスを振り回していたヘルジャッジ号の船員たちは、その巨影に茫然となり、諍いを忘れて、悪魔のごとし異様な獣を凝視した。