メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
12章:ブルーホール - 6 -
きたる朔望潮 。
ティカ、ヴィヴィアン、サディールの三人は甲板の上で潜水服を着用した。
水に浮く設計らしいが、船の上ではどうにも身動きし辛い。特に螺子 のついた銅製の襟は窮屈だ。この恰好で戦えと言われたら、流石のヴィヴィアンでも、どうにもならないだろう。
潜水装備に加えて、サディールとヴィヴィアンは銃身の長い水中銃を背負っている。どんな海洋生物にも致命傷を負わせる、且 つ空気中よりも遥かに密度の高い水中を穿 つ空気高圧の凶悪銃だ。
乗組員達は、潜水見学しようと甲板に集まり、ヴィヴィアン達の武装を興味深そうに見ている。
身動きに苦しむティカを見かねて、兄弟達は背中を押して船に乗せてくれた。難儀しつつも、ヴィヴィアンとサディールは自ら船に乗っている。
潜水班の三人がボートに落ち着くと、最後に船頭を務めるドゥーガルが乗った。そのままの状態で、滑車を使って船縁 から海面へ下ろされる。
船を操るドゥーガルは、ブルーホールの潜水点まで巧みにボートを移動させた。
海面に入る前に、潜水班はそれぞれ潜水の最終確認をし(ティカの確認はヴィヴィアンがした)いよいよ、海面に飛び込んだ。
重たい装備は、不思議と水の中へ入った途端に軽くなった。
驚くほど滑らかに動ける。潜水を始める前に、ティカは改めて水面を覗き込み、息を呑んだ。
「うっわぁ……すごい光景」
海は鏡のように凪いでいて、日射しが燦々 と降り注ぐ。噂に違わず、眼の眩むような光景が広がっていた。
珊瑚に覆われた石灰岩質の絶壁が、穴の底まで垂直に切れ落ちている。海底に落ちゆく群青の大瀑布 だ。
「言った通り、幻想的な光景だろ? 海は本来、石清水 よりも透明度が高いんだ」
ティカの驚嘆ぶりを見て、サファイアの防水メットの奥から、ヴィヴィアンは満足げに笑った。
「なんで、こんなに透明なんだろう……」
「海水中に浮遊する鉱物や有機物が、かえって透明度を上げているんだ。海底一五〇メートル程度なら、場所によっては海底の砂を驚くほどはっきり視認できるよ」
それにしたって、異様な光景だ。これから潜るというのに、身が竦んでしまう。大小の魚影を彼方に見つけて、ティカは声を上げた。
「深いところを、魚が泳いでる!」
「水深一〇〇メートルあたりかな……数字で見るのと実際に潜るのでは、やはり違うね。直径僅か六百と言った同じ口で、なんと広漠 かと思わず言ってしまう」
しみじみと呟くヴィヴィアンの隣で、サディールは早くも潜水の姿勢を見せた。
「キャプテン、行きましょう」
隻眼の水夫長は言うが早いか、飛沫一つ立てず、静かな潜水を開始した。ヴィヴィアンはすぐに潜ろうとせず、ティカを振り向いた。
「ティカ。人の身では、太陽光線を感じれるのはせいぜい三〇〇メートルだ。潜水したら太陽光を探そうとせず、俺かサディールの気泡、命綱、投光器を道標 にしな」
「アイ」
「味方を見失っても、慌てないこと。酸素は大切に吸いな」
「アイ」
「命綱で連結しているし、音響器で俺やサディール、船橋 でシルヴィーも聞いているから」
「アイ」
「暗闇と思っても、絶対に近くに俺がいる。一人じゃないよ」
「アイ!」
一言も聞き漏らすまいと頷くと、ヴィヴィアンは微笑んだ。
「よし、行こうか」
海水下にヴィヴィアンが姿を消すと、ティカも静かに潜水を開始した。四方 を海に包みこまれ、耳に届く音は海の音楽に変わる。
『潜水を開始する』
音声器から、海の雑音の入り混じったヴィヴィアンの声が聞こえた。
『了解』
船橋 からシルヴィーが応えた。
「せ、潜水を開始しますッ」
緊張気味にティカが続けると、忍び笑いが聞こえた。ヴィヴィアンやシルヴィー、サディールも笑っている。
『了解。気をつけて』
「アイ」
青い、青い世界。
澄んだ青色は、遠ざかるにつれて青みを増して、群青色へと変貌してゆく。その先は、暗がかりの中に何もかも消えてゆく――
漠然と遠くを眺め、ティカはぞくりと背筋が震えた。慌てて、命綱の先にいるヴィヴィアンに意識を集中した。
ティカ、ヴィヴィアン、サディールの三人は甲板の上で潜水服を着用した。
水に浮く設計らしいが、船の上ではどうにも身動きし辛い。特に
潜水装備に加えて、サディールとヴィヴィアンは銃身の長い水中銃を背負っている。どんな海洋生物にも致命傷を負わせる、
乗組員達は、潜水見学しようと甲板に集まり、ヴィヴィアン達の武装を興味深そうに見ている。
身動きに苦しむティカを見かねて、兄弟達は背中を押して船に乗せてくれた。難儀しつつも、ヴィヴィアンとサディールは自ら船に乗っている。
潜水班の三人がボートに落ち着くと、最後に船頭を務めるドゥーガルが乗った。そのままの状態で、滑車を使って
船を操るドゥーガルは、ブルーホールの潜水点まで巧みにボートを移動させた。
海面に入る前に、潜水班はそれぞれ潜水の最終確認をし(ティカの確認はヴィヴィアンがした)いよいよ、海面に飛び込んだ。
重たい装備は、不思議と水の中へ入った途端に軽くなった。
驚くほど滑らかに動ける。潜水を始める前に、ティカは改めて水面を覗き込み、息を呑んだ。
「うっわぁ……すごい光景」
海は鏡のように凪いでいて、日射しが
珊瑚に覆われた石灰岩質の絶壁が、穴の底まで垂直に切れ落ちている。海底に落ちゆく群青の
「言った通り、幻想的な光景だろ? 海は本来、
ティカの驚嘆ぶりを見て、サファイアの防水メットの奥から、ヴィヴィアンは満足げに笑った。
「なんで、こんなに透明なんだろう……」
「海水中に浮遊する鉱物や有機物が、かえって透明度を上げているんだ。海底一五〇メートル程度なら、場所によっては海底の砂を驚くほどはっきり視認できるよ」
それにしたって、異様な光景だ。これから潜るというのに、身が竦んでしまう。大小の魚影を彼方に見つけて、ティカは声を上げた。
「深いところを、魚が泳いでる!」
「水深一〇〇メートルあたりかな……数字で見るのと実際に潜るのでは、やはり違うね。直径僅か六百と言った同じ口で、なんと
しみじみと呟くヴィヴィアンの隣で、サディールは早くも潜水の姿勢を見せた。
「キャプテン、行きましょう」
隻眼の水夫長は言うが早いか、飛沫一つ立てず、静かな潜水を開始した。ヴィヴィアンはすぐに潜ろうとせず、ティカを振り向いた。
「ティカ。人の身では、太陽光線を感じれるのはせいぜい三〇〇メートルだ。潜水したら太陽光を探そうとせず、俺かサディールの気泡、命綱、投光器を
「アイ」
「味方を見失っても、慌てないこと。酸素は大切に吸いな」
「アイ」
「命綱で連結しているし、音響器で俺やサディール、
「アイ」
「暗闇と思っても、絶対に近くに俺がいる。一人じゃないよ」
「アイ!」
一言も聞き漏らすまいと頷くと、ヴィヴィアンは微笑んだ。
「よし、行こうか」
海水下にヴィヴィアンが姿を消すと、ティカも静かに潜水を開始した。
『潜水を開始する』
音声器から、海の雑音の入り混じったヴィヴィアンの声が聞こえた。
『了解』
「せ、潜水を開始しますッ」
緊張気味にティカが続けると、忍び笑いが聞こえた。ヴィヴィアンやシルヴィー、サディールも笑っている。
『了解。気をつけて』
「アイ」
青い、青い世界。
澄んだ青色は、遠ざかるにつれて青みを増して、群青色へと変貌してゆく。その先は、暗がかりの中に何もかも消えてゆく――
漠然と遠くを眺め、ティカはぞくりと背筋が震えた。慌てて、命綱の先にいるヴィヴィアンに意識を集中した。