メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

12章:ブルーホール - 4 -

 翌日も、昨日に引き続き潜水会議が開かれた。
 同席を許され、彼等の会話に耳を傾けていたティカは、ヴィヴィアンが潜水にサディールのみを伴うと言うなり、口を挟んだ。

「僕は、魚の言葉が判ります。危険があれば、知らせることができる。だから、僕を連れて行ってください!」

「ティカ……」

「海の中なら、きっと役に立てます!」

 先日は甲板に立てなかったが、今度こそは役立てる。そう思ったが、反応はいまいちだった。
 船長は浮かない顔をしているし、周囲の幹部達は、どうする? といった風に互いの顔を見合わせている。
 どうも雲行きが怪しい……
 固唾を呑んで見守るティカに瞳を落とし、ヴィヴィアンは頬を掻きながら口を開いた。

「でも、初めて潜るところだしなぁ」

「魚たちが教えてくれるから、大丈夫! 誰よりも僕は安全に潜れます」

 自信を持って応えたけれど、見渡す顔ぶれは、どれもあまり乗り気ではなさそうだ。特にシルヴィーの顔には、ありありと“不許可”と書いてある。

「お願いします!」

 どうすれば説得できるか判らず、ティカは丁寧に頭を下げた。そのままの姿勢でいると、宥めるように頭を撫でられた。

「ごめんね。気持ちは嬉しいけど、どんな危険があるか判らないから」

「キャプテン、僕」

 勢いよく顔を上げると、諭すような眼差しを仰いだ。しかし、ティカが続けるよりも早くヴィヴィアンは続ける。

「潜水してみて、安全が判れば連れて行ってあげるよ」

「でも、僕」

「予定通り、先ずは俺とサディールで潜る。ティカは待っていて」

「でも」

「いい子だから……」

 その先の言葉を聞いていられず、ティカは部屋を飛び出した。

「ティカ!」

 名を呼ばれたけれど、無視して甲板に飛び出した。
 あの場にいたら、子供みたいに喚き散らしてしまったかもしれない。
 誰とも口を利きたくなかったが、よりによって後ろからヴィヴィアンが追い駆けてくる。
 甲板で寛いでいたロザリオは、駆けてくるティカと、後ろに迫るヴィヴィアンを見て、とりあえずといった風にティカを捕まえた。

「ロザリオッ、離してっ!!」

 手足を振ってもがいても、彼は器用にティカの動きを封じこめた。無慈悲にも、猫の子にするように、襟を掴んでヴィヴィアンに突き出す。

「ティカ」

 優しく名前を呼ばれただけで、顔が歪んだ。

「判ったから。おいで」

 悄然と肩を落とすティカを、ヴィヴィアンは慰めるようにして、腕に抱えて持ち上げた。

「どうしたんだ?」

 やりとりを見守っていたロザリオは、不思議そうに首を傾げた。潜水で揉めた、と端的に応えたヴィヴィアンは、ティカを抱えたまま上甲板に引き返していく。

「僕は、役に立ちます……」

 小声で呟くと、宥めるように背中を摩られた。

「そうだね。判ってる」

 上体を起こして顔を覗き込むと、ヴィヴィアンは微苦笑を浮かべた。

「連れて行ってあげるよ」

「ヴィーッ!!」

 思わず、感極まった声が飛び出した。首に抱き着くと、彼はくすぐったそうに笑う。

「無限幻海も、ティカのおかげで生還できたしね。幸運の女神は連れて行った方が良さそうだ」

「任せてっ!!」

 ティカは張り切って胸を叩いた。ふとヴィヴィアンは真顔になり、強い眼差しでティカを見つめた。

「ヴィー?」

 どうしたことか、応接間の前を通り過ぎる。
 そのまま船長室キャプテンズデッキに連れ込まれ、床に下ろされた途端に、覆いかぶさるようにして唇を塞がれた。

「ん……っ!?」

 訳の判らぬまま、貪るように奪われる。扉に背中を預けて、何度も唇を重ねあわせた。

「笑顔が可愛かったから、つい……」

 唇が蕩けるようなキスの合間に、ヴィヴィアンは甘く囁く。
 絶句して俯くと、おとがいを掬われて上向かされた。再び唇を重ねられる。

「んぅ……っ」

 次第に身体の拘束は強まり、舌を強く吸われた。喘ぐように顔を背けても、追い駆けてくる唇に塞がれる。彼が本気になりつつあることを感じとり、ティカも本気で逃げた。

「ヴィー、戻ろ?」

 少々頼りない声で提案すると、ヴィヴィアンも我に返ったように、眼をしばたいた。

「ご尤も……」

 どこか気まずげに苦笑いを浮かべて、ようやく立ち上った。ティカもぎこちない笑みを浮かべて、身なりを整える。
 応接間に戻ると、シルヴィーに冷静な顔と声で、遅かったな、と言われ、二人して頭を下げた。