メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
11章:メル・サタナ - 5 -
足場は崩れ、空は落ちた――
視界は、曖昧模糊 な虚無に包まれる。
呼吸の仕方が判らない。声にならない哀しみが、ティカを襲う。身体が二つに引き裂かれるようだ!
「ティカ」
声もなく涙を零すティカを見て、ヴィヴィアンは凍った表情を忽 ち溶かした。焦ったようにティカの腕を引いて、きつく抱きしめる。
「嘘だよ」
嘘? 彼の瞳には、変わらぬ愛が浮かんでいる? でも、涙のせいで前がよく見えない。
「そんな簡単に……いや、俺が悪かった。ごめん」
「……ヴィー」
「あんまり心配そうな顔をするから、逆に期待に応えないといけない気がして、俺って奴は……本当にごめん」
「僕が好き?」
「好きだよ」
揺るがない即答に、凍りかけた心に陽が当たる。それでも、たった今味わった恐怖を払拭できない。
「……っ」
口を手で押さえながら、ぼろぼろと涙を流すティカ。
必死に瞳を覗き込もうとする姿は、出来心で軽はずみな行動をとったヴィヴィアンを、深く後悔させた。涙に濡れた頬を両手で包み込み、苦い口調で詫びる。
「ごめん……」
嘘ならいいのだ。
安堵を噛みしめながら、ティカは震えそうな声の代わりに、大きく頷いた。
不安が消えると、過剰に反応してしまったことが、急に恥ずかしくなった。こんなことで泣いてしまうなんて……
今度は別の理由から落ち込んでいると、ヴィヴィアンは腰を屈めてティカの熱を持った額や瞼にキスを落とした。
「……純真で素直。嘘をつかれても嘘で返さず、傷ついても、愛を返すことができる。許す忍耐と寛容さ。俺にはない、天が与えたもう美徳だな」
意図を計りかねて顔を上げると、ヴィヴィアンは澄んだ瞳でティカを見つめた。
「ティカのことだよ」
濡れた目元に親指でそっと触れると、頬を濡らす雫を拭い去った。
「……ヴィーこそ、天からたくさん贈り物をもらってる」
涙の滲んだ声で応えると、ヴィヴィアンは微苦笑を浮かべた。
「俺は、罪深いと知りながら、愛を計る悪癖があるからね。古代神器には嫌われた……でも、こうしてティカを手に入れることができたんだから、やっぱり恵まれてるのかな」
言い回しは難しいが、愛を計る行為が何か、ティカにもなんとなく判った。
今さっきも、これまでにも、何度か経験がある。ヴィヴィアンは優しいけれど、確かに時々意地悪だ。
「……どうして、愛を計るの? 僕はヴィーが好きなのに」
計る必要なんてないのに。不服げに見上げると、彼は気まずそうに顎を手で摩った。
「それは、まぁ……恋人の可愛い姿を見たいと、つい思ってしまうから」
「……」
「ティカは見てみたいと、思わないの?」
「何を?」
「俺がティカを想って妬く姿や、熱烈に求める姿。快楽に歪む表情とか」
あけすけな言い方に、ティカは絶句すると共に赤面した。ヴィヴィアンが、ティカを想って妬く……熱烈……快楽に歪む……?
果てしなく想像がつかない。無言を保つティカを見て、ヴィヴィアンはつまらなそうに、ティカの頬を軽くつねった。
「俺はしょっちゅう思ってるよ。思うだけじゃなくて、実際にやってるけど」
「……僕が好きだから、意地悪するってこと?」
どうにか頭を働かせて応えると、ヴィヴィアンは可笑しそうに吹き出した。
「その言い方だと、俺がどうしようもない子供みたいだな。まぁ、合ってるけどさ」
「僕を好きってこと?」
何だか、はぐらかされた気がした。むきになって、好き、と言わせようとすると、
「大好きだよ」
優しい微笑みと共に応えてくれた。
はっきり言葉をもらえて、嬉しさが込み上げる。ふと閃いた。恋人の愛を計るとは、こういう感情なのだろうか?
「……僕にも、少し判りました」
「ん?」
「こ、恋人の……愛を計りたい気持ち」
俯いて、照れ臭げに呟くティカを、ヴィヴィアンはすぐに抱き寄せた。殆ど衝動的に、黒髪に口づけを落とす。
「なんてかわいいんだろう」
感動したように告げられ、腕の中でティカも微笑んだ。
彼に、甘やかされるのが好きだ。優しい声や腕は、いつでもティカを幸せな気持ちにしてくれる。それに、彼の関心がティカに向いていると判るから……安心もする。
それは、ヴィヴィアンも同じことなのかもしれない――恋人同士なのだから。
視界は、
呼吸の仕方が判らない。声にならない哀しみが、ティカを襲う。身体が二つに引き裂かれるようだ!
「ティカ」
声もなく涙を零すティカを見て、ヴィヴィアンは凍った表情を
「嘘だよ」
嘘? 彼の瞳には、変わらぬ愛が浮かんでいる? でも、涙のせいで前がよく見えない。
「そんな簡単に……いや、俺が悪かった。ごめん」
「……ヴィー」
「あんまり心配そうな顔をするから、逆に期待に応えないといけない気がして、俺って奴は……本当にごめん」
「僕が好き?」
「好きだよ」
揺るがない即答に、凍りかけた心に陽が当たる。それでも、たった今味わった恐怖を払拭できない。
「……っ」
口を手で押さえながら、ぼろぼろと涙を流すティカ。
必死に瞳を覗き込もうとする姿は、出来心で軽はずみな行動をとったヴィヴィアンを、深く後悔させた。涙に濡れた頬を両手で包み込み、苦い口調で詫びる。
「ごめん……」
嘘ならいいのだ。
安堵を噛みしめながら、ティカは震えそうな声の代わりに、大きく頷いた。
不安が消えると、過剰に反応してしまったことが、急に恥ずかしくなった。こんなことで泣いてしまうなんて……
今度は別の理由から落ち込んでいると、ヴィヴィアンは腰を屈めてティカの熱を持った額や瞼にキスを落とした。
「……純真で素直。嘘をつかれても嘘で返さず、傷ついても、愛を返すことができる。許す忍耐と寛容さ。俺にはない、天が与えたもう美徳だな」
意図を計りかねて顔を上げると、ヴィヴィアンは澄んだ瞳でティカを見つめた。
「ティカのことだよ」
濡れた目元に親指でそっと触れると、頬を濡らす雫を拭い去った。
「……ヴィーこそ、天からたくさん贈り物をもらってる」
涙の滲んだ声で応えると、ヴィヴィアンは微苦笑を浮かべた。
「俺は、罪深いと知りながら、愛を計る悪癖があるからね。古代神器には嫌われた……でも、こうしてティカを手に入れることができたんだから、やっぱり恵まれてるのかな」
言い回しは難しいが、愛を計る行為が何か、ティカにもなんとなく判った。
今さっきも、これまでにも、何度か経験がある。ヴィヴィアンは優しいけれど、確かに時々意地悪だ。
「……どうして、愛を計るの? 僕はヴィーが好きなのに」
計る必要なんてないのに。不服げに見上げると、彼は気まずそうに顎を手で摩った。
「それは、まぁ……恋人の可愛い姿を見たいと、つい思ってしまうから」
「……」
「ティカは見てみたいと、思わないの?」
「何を?」
「俺がティカを想って妬く姿や、熱烈に求める姿。快楽に歪む表情とか」
あけすけな言い方に、ティカは絶句すると共に赤面した。ヴィヴィアンが、ティカを想って妬く……熱烈……快楽に歪む……?
果てしなく想像がつかない。無言を保つティカを見て、ヴィヴィアンはつまらなそうに、ティカの頬を軽くつねった。
「俺はしょっちゅう思ってるよ。思うだけじゃなくて、実際にやってるけど」
「……僕が好きだから、意地悪するってこと?」
どうにか頭を働かせて応えると、ヴィヴィアンは可笑しそうに吹き出した。
「その言い方だと、俺がどうしようもない子供みたいだな。まぁ、合ってるけどさ」
「僕を好きってこと?」
何だか、はぐらかされた気がした。むきになって、好き、と言わせようとすると、
「大好きだよ」
優しい微笑みと共に応えてくれた。
はっきり言葉をもらえて、嬉しさが込み上げる。ふと閃いた。恋人の愛を計るとは、こういう感情なのだろうか?
「……僕にも、少し判りました」
「ん?」
「こ、恋人の……愛を計りたい気持ち」
俯いて、照れ臭げに呟くティカを、ヴィヴィアンはすぐに抱き寄せた。殆ど衝動的に、黒髪に口づけを落とす。
「なんてかわいいんだろう」
感動したように告げられ、腕の中でティカも微笑んだ。
彼に、甘やかされるのが好きだ。優しい声や腕は、いつでもティカを幸せな気持ちにしてくれる。それに、彼の関心がティカに向いていると判るから……安心もする。
それは、ヴィヴィアンも同じことなのかもしれない――恋人同士なのだから。