メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
11章:メル・サタナ - 2 -
引きずられるようにして、船長室 へ連れていかれた。
「ティカ、俺に言うことがあるんじゃない?」
冷たい口調で詰問されて、ティカは俯いたまま沈黙で応えた。頭上にため息が落ちる。
「……カリンとロゲートの様子がおかしいって報告を聞いたよ」
身体を強張らせるティカの肩を、ヴィヴィアンは両手で掴んだ。
「どういうこと?」
せっかく解決する方法を見つけたというのに。見下ろす剣呑な眼差しに怯えつつ、ティカは悔しさを噛みしめた。
「黙ってたら、判らないよ」
「ぁ……」
口を開こうにも、言葉にならない。
「どこを見てるの?」
弱り切った顔で、ティカは視線を揺らした。恐くてたまらないが、どうにかヴィヴィアンの顔を仰ぐ。
苛立たしげに見下ろしていたヴィヴィアンは、ふと何かに気付いたように、眼を瞠った。
「……この跡はどうしたの?」
「え?」
「首のところ」
襟から覗く鎖骨のあたりを、ヴィヴィアンは指で撫でた。
ごく微かな痛みを感じて、ティカは昨晩、ロゲートにきつく襟を掴まれた時のことを思い出した。
顔を強張らせるティカの一部始終を、ヴィヴィアンは目敏く見下ろしていた。
「誰?」
「え?」
「誰にやられた?」
俯くティカの顔を覗いて、彼は低い声で問い質す。
「……っ」
「怒らないから、言ってごらん」
この台詞を口にする時、大抵は既に怒っている。ティカは、首を左右に振って後じさった。
頭の回転の速さでは、とてもヴィヴィアンに勝てない。口を利けば、全て明らかになってしまう。
やはり、大急ぎで魔法を解いてこよう。そうすれば、少しはヴィヴィアンの怒りも治まるかもしれない。
脱兎のごとく、ティカは勢いよく扉に向かって駆け出した。
「――何で逃げるの?」
「あっ」
腕を取られて、あっけなく捕まった。揚句、今の逃走で彼の纏う空気は増々冷えた。
「ティカ?」
怖くて眼を合わせられない。
冗談ではなく、本当に肩が震え出した。あからさまに怯えるティカを見て、ヴィヴィアンは口調を改めた。
「本当にどうしたの? 何があったの?」
包み込むように抱きしめる。心配と労わりに満ちた抱擁は、ティカの怯えを和らげた。
「ロ、ロゲートに……」
ぼそぼそと口を開くと、肩を抱く腕に力がこめられた。背中越しに、ヴィヴィアンの緊張が伝わってくる。
「何もされてない! ただ、ちょっと話を……」
「話? 一人で行ったの?」
「ごめんなさい」
「何で?」
「ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃ、説明になってないよ」
「ご……えっと……」
情けなくも、すでに涙目であった。頭上でため息が聞こえる。
「……様子が気になった?」
無言のままに頷くと、身体の向きを変えられ、頬を両手で包まれた。上向かされて、物言いたげな青い双眸に見下ろされる
「何もされていないだろうね?」
「……魔法を使ったから」
ついに観念して、ティカは打ち明けた。
「はぁ――……」
「大丈夫、何もされていませんっ! それに僕、判ったんです! 魔法を解く呪文があるんですっ!」
勢いよく喚くと、ヴィヴィアンは訝しげに眉をひそめた。
「どういうこと?」
「メル・サタナ!」
「……メル・サタナ?」
「アイ。相手の名前の後に、メル・サタナを唱えれば、すぐに消えるはず」
「なるほど……“解放する”ね」
ドキドキしながら見上げていると、ヴィヴィアンは思案げに顎に手をやり、納得したように頷いた。
「ふぅん……試してみるか」
瞳に理知の光を点して呟く。怒りよりも、好奇心が勝ったらしい。彼がこういう性格で助かったと思いながら、ティカは密かに胸を撫で下ろした。
「ティカ、俺に言うことがあるんじゃない?」
冷たい口調で詰問されて、ティカは俯いたまま沈黙で応えた。頭上にため息が落ちる。
「……カリンとロゲートの様子がおかしいって報告を聞いたよ」
身体を強張らせるティカの肩を、ヴィヴィアンは両手で掴んだ。
「どういうこと?」
せっかく解決する方法を見つけたというのに。見下ろす剣呑な眼差しに怯えつつ、ティカは悔しさを噛みしめた。
「黙ってたら、判らないよ」
「ぁ……」
口を開こうにも、言葉にならない。
「どこを見てるの?」
弱り切った顔で、ティカは視線を揺らした。恐くてたまらないが、どうにかヴィヴィアンの顔を仰ぐ。
苛立たしげに見下ろしていたヴィヴィアンは、ふと何かに気付いたように、眼を瞠った。
「……この跡はどうしたの?」
「え?」
「首のところ」
襟から覗く鎖骨のあたりを、ヴィヴィアンは指で撫でた。
ごく微かな痛みを感じて、ティカは昨晩、ロゲートにきつく襟を掴まれた時のことを思い出した。
顔を強張らせるティカの一部始終を、ヴィヴィアンは目敏く見下ろしていた。
「誰?」
「え?」
「誰にやられた?」
俯くティカの顔を覗いて、彼は低い声で問い質す。
「……っ」
「怒らないから、言ってごらん」
この台詞を口にする時、大抵は既に怒っている。ティカは、首を左右に振って後じさった。
頭の回転の速さでは、とてもヴィヴィアンに勝てない。口を利けば、全て明らかになってしまう。
やはり、大急ぎで魔法を解いてこよう。そうすれば、少しはヴィヴィアンの怒りも治まるかもしれない。
脱兎のごとく、ティカは勢いよく扉に向かって駆け出した。
「――何で逃げるの?」
「あっ」
腕を取られて、あっけなく捕まった。揚句、今の逃走で彼の纏う空気は増々冷えた。
「ティカ?」
怖くて眼を合わせられない。
冗談ではなく、本当に肩が震え出した。あからさまに怯えるティカを見て、ヴィヴィアンは口調を改めた。
「本当にどうしたの? 何があったの?」
包み込むように抱きしめる。心配と労わりに満ちた抱擁は、ティカの怯えを和らげた。
「ロ、ロゲートに……」
ぼそぼそと口を開くと、肩を抱く腕に力がこめられた。背中越しに、ヴィヴィアンの緊張が伝わってくる。
「何もされてない! ただ、ちょっと話を……」
「話? 一人で行ったの?」
「ごめんなさい」
「何で?」
「ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃ、説明になってないよ」
「ご……えっと……」
情けなくも、すでに涙目であった。頭上でため息が聞こえる。
「……様子が気になった?」
無言のままに頷くと、身体の向きを変えられ、頬を両手で包まれた。上向かされて、物言いたげな青い双眸に見下ろされる
「何もされていないだろうね?」
「……魔法を使ったから」
ついに観念して、ティカは打ち明けた。
「はぁ――……」
「大丈夫、何もされていませんっ! それに僕、判ったんです! 魔法を解く呪文があるんですっ!」
勢いよく喚くと、ヴィヴィアンは訝しげに眉をひそめた。
「どういうこと?」
「メル・サタナ!」
「……メル・サタナ?」
「アイ。相手の名前の後に、メル・サタナを唱えれば、すぐに消えるはず」
「なるほど……“解放する”ね」
ドキドキしながら見上げていると、ヴィヴィアンは思案げに顎に手をやり、納得したように頷いた。
「ふぅん……試してみるか」
瞳に理知の光を点して呟く。怒りよりも、好奇心が勝ったらしい。彼がこういう性格で助かったと思いながら、ティカは密かに胸を撫で下ろした。