メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

10章:ナプトラ諸島沖合海戦 - 7 -

 雑談していると、ヴィヴィアンが船室デッキを訪れた。

「ティカ、おいで」

「アイ」

 大人しく傍へ寄ると、肩を抱かれて連れ出される。
 本音を言えば、親友の傍を離れるのは心細かった。見上げる端麗な横顔は、最後に見た時と変わらずに冷ややかだ。
 彼の機嫌が回復していないことに落胆しながら、ティカは予想通り、船長室キャプテンズデッキへ連れて行かれた。

「怖い?」

 部屋に入るなり、ヴィヴィアンは問うた。何に対してだろう。ティカが応えられずにいると、腕を引かれて抱き寄せられた。

「仕掛けてきたのは、向こうだよ。あの男は、ティカを狙う海賊だ」

「アイ……」

 沈んだ返事を咎めるように、頬を少し乱暴に撫でられた。恐る恐る顔を上げると、表情を消したヴィヴィアンに見下ろされていた。
 綺麗な顔が下りてくる。唇が重なる瞬間を、緊張しながら待っていると、触れる直前でヴィヴィアンは止まった。

「――俺は仕事をしたまでだ。なのに、恋人に軽蔑されるのは不本意だな」

 いかにも不服そうに、言い捨てる。

「え……」

「俺に文句があるって顔をしているよ」

「そんなこと……」

「慈悲のない、冷たい男だと思っている?」

「ヴィー、違……っ」

 哀しい気持ちで口を開くと、触れるだけのキスが与えられた。少し乾いた唇はすぐに離れていく。

「鱶避けの薬を撒いて、命綱をつけて沈めてやったよ。運が良けりゃ、無事に戻ってくるだろ」

「アイ……」

「だけど、死んだらそれまでだ」

 何も言えずにいると、頭を撫でられた。

「俺はティカの眼から、この船で起こる残酷な出来事を、全て覆い隠そうとしていたのかもしれない」

「……どうして?」

 呟くと、静かに唇が重なった。小さく声を上げると、唇を吸われてすぐに離された。

「判らない?」

「え……?」

「ティカに嫌われたくないから。制裁している姿なんて、好んで見せるようなものじゃない」

 彼にしては力ない口調に、ティカは唖然として口を開いた。

「嫌いになんか、ならない……」

「航海を続ける限り、今回以上に残酷な場面に出くわすだろう。押し隠そうとしてきた、俺が間違っていたのかもしれない」

「だから、僕を甲板に立たせなかったの?」

「守りたいものを、鉄火場に立たせるわけないだろ。それはまた、別の話だ」

「ヴィーは傷つくかもしれないのに」

「心配してくれるの?」

「当たり前だよ」

「……俺が好き?」

「アイ」

 迷わず即答すると、ヴィヴィアンはほっとしたように息を吐いた。

「良かった。嫌われたかと思った」

「そんなこと!」

 眼を丸くしてティカは叫んだ。ヴィヴィアンはにこりともせず、静かな眼差しで見下ろした。

「ティカに関しては、割といろんなことに脅威を感じているよ。それはさておき……今後は船の裁判にも、俺の判断で立ちあわせる」

「船の裁判?」

 それがどんなものか想像つかず、ティカは不思議そうに首を傾けた。