メル・アン・エディール - まほろばの精霊 -
3章:気まぐれな夜に、薔薇祭の調べ - 10 -
主の悋気を知り、フェリクスは蒼白な顔で跪いた。
「申し訳ありませんッ」
青い燐光を纏った六枚羽の精霊王は、針のような眼差しをフェリクスに向けた。謝罪を聞き流すと、無力に平伏するオフィーリアに、歯痒げな視線を向ける。
「酷い方だ。私の心を奪っておきながら、何もいわずに、消えてしまおうとするなんて」
恭順などいらない。ただ、こちらを見て欲しいだけなのに。アシュレイは、手ひどく裏切られた心地がした。怯えはもうたくさんだ。
哀切に歪んだ、切羽詰まった表情を見て、オフィーリアの胸は訳も判らず軋んだ。言葉を探すように唇を開いた途端に、景色は一遍した。
深い新緑の香りは失せて、清涼な丁香花 が香る。
見慣れぬ豪奢な部屋に驚く間もなく、アシュレイに詰め寄られた。足が寝台にあたり、柔らかな絹の上に倒れる。
精緻な文様で埋め尽くされた、高い天蓋の下。
星明かりに縁取られた美貌が、ゆっくりと降りてくる。
仰け反るうちに、背中から寝台に倒れた。身体を捻って逃げようとしたが、顔の両脇に手を置かれて動きを封じられた。
見下ろす青い瞳に甘さはなく、強い激情が宿っている。
「あ……」
「大切にしたいのに……そうさせてくれないのは、貴方だ」
唇を通して紡がれる言葉には、霊気が籠 っていた。
重たい空気に耐え切れず、オフィーリアは苦しげに喘いだ。弱々しく、お許しください、と囁く。
「何を謝罪するのです?」
アシュレイは咎めるような眼差しを向けると、長い指を伸ばしてオフィーリアの首筋を撫でた。
「い、嫌」
怯えきった顔で、首を左右に振るオフィーリアを見下ろして、アシュレイは皮肉げな笑みを受かべた。
「傍にいてほしいと、申し上げましたのに」
美しいアシュレイの顔が下がってくる。オフィーリアは眼を見開いて、呼吸すら止めた。
「う……」
「じっとしていて」
絹糸のような髪が、首筋を擽る。吐息が触れる。壊れそうなほど、心臓が鳴っている。
「あぁっ」
唇で首元に吸い付かれ、オフィーリアは思わず高い声を上げた。全力で肩を押したが、組み敷く鋼のような身体はびくともしない。煩げに手首を寝台に縫い留められ、軽く抵抗を封じられた。
「そんな、やめて」
ただ吸われているだけとは思えない、じわりと体を侵食するような熱を首筋に感じた。
痛みと快感の狭間で朦朧としていると、アシュレイがゆっくり身を起こした。
「私の魔力に貴方を繋ぎました。これでもう、私から離れられない……」
力の抜けきった身体を抱き起すと、アシュレイは寝台の鏡の中から、オフィーリアを見つめた。
「ほら、綺麗に咲いた」
息を吹き込むように耳朶に囁かれ、オフィーリアは震えた。
首筋には、アシュレイの所有の印、百合を象 る紋章が咲いていた。傍を離れられぬ、呪縛の霊気が込められている。
熱の余韻を残す首筋を押えて、オフィーリアは呆然と、鏡の中のアシュレイを見つめた。
「貴方が私のものである印です。もう、決して離れられない。ここに触れれば……」
「う、ぁ」
唇で触れられた途端に、身体は熱くなった。身体から、力が更に抜け落ちる。
「申し訳ありませんッ」
青い燐光を纏った六枚羽の精霊王は、針のような眼差しをフェリクスに向けた。謝罪を聞き流すと、無力に平伏するオフィーリアに、歯痒げな視線を向ける。
「酷い方だ。私の心を奪っておきながら、何もいわずに、消えてしまおうとするなんて」
恭順などいらない。ただ、こちらを見て欲しいだけなのに。アシュレイは、手ひどく裏切られた心地がした。怯えはもうたくさんだ。
哀切に歪んだ、切羽詰まった表情を見て、オフィーリアの胸は訳も判らず軋んだ。言葉を探すように唇を開いた途端に、景色は一遍した。
深い新緑の香りは失せて、清涼な
見慣れぬ豪奢な部屋に驚く間もなく、アシュレイに詰め寄られた。足が寝台にあたり、柔らかな絹の上に倒れる。
精緻な文様で埋め尽くされた、高い天蓋の下。
星明かりに縁取られた美貌が、ゆっくりと降りてくる。
仰け反るうちに、背中から寝台に倒れた。身体を捻って逃げようとしたが、顔の両脇に手を置かれて動きを封じられた。
見下ろす青い瞳に甘さはなく、強い激情が宿っている。
「あ……」
「大切にしたいのに……そうさせてくれないのは、貴方だ」
唇を通して紡がれる言葉には、霊気が
重たい空気に耐え切れず、オフィーリアは苦しげに喘いだ。弱々しく、お許しください、と囁く。
「何を謝罪するのです?」
アシュレイは咎めるような眼差しを向けると、長い指を伸ばしてオフィーリアの首筋を撫でた。
「い、嫌」
怯えきった顔で、首を左右に振るオフィーリアを見下ろして、アシュレイは皮肉げな笑みを受かべた。
「傍にいてほしいと、申し上げましたのに」
美しいアシュレイの顔が下がってくる。オフィーリアは眼を見開いて、呼吸すら止めた。
「う……」
「じっとしていて」
絹糸のような髪が、首筋を擽る。吐息が触れる。壊れそうなほど、心臓が鳴っている。
「あぁっ」
唇で首元に吸い付かれ、オフィーリアは思わず高い声を上げた。全力で肩を押したが、組み敷く鋼のような身体はびくともしない。煩げに手首を寝台に縫い留められ、軽く抵抗を封じられた。
「そんな、やめて」
ただ吸われているだけとは思えない、じわりと体を侵食するような熱を首筋に感じた。
痛みと快感の狭間で朦朧としていると、アシュレイがゆっくり身を起こした。
「私の魔力に貴方を繋ぎました。これでもう、私から離れられない……」
力の抜けきった身体を抱き起すと、アシュレイは寝台の鏡の中から、オフィーリアを見つめた。
「ほら、綺麗に咲いた」
息を吹き込むように耳朶に囁かれ、オフィーリアは震えた。
首筋には、アシュレイの所有の印、百合を
熱の余韻を残す首筋を押えて、オフィーリアは呆然と、鏡の中のアシュレイを見つめた。
「貴方が私のものである印です。もう、決して離れられない。ここに触れれば……」
「う、ぁ」
唇で触れられた途端に、身体は熱くなった。身体から、力が更に抜け落ちる。