メル・アン・エディール - まほろばの精霊 -
2章:まほろばの楽園と、泡沫の寵愛 - 9 -
見渡す限り、整然とした美しい水上庭園が広がっている。
オフィーリアは眼の前に広がる光景に思わず感嘆の声を上げた。
刈り込まれた針葉樹が左右に続いており、中央には水路が敷かれている。煌く水面で小さな妖精 や泉の妖精 達が踊る様は、この上なく幻想的だ。
煌く光の粒子のように小さい者もいれば、人魚のような尾ひれを持つ等身大の妖精もいる。彼等はアシュレイに忠誠を誓うように優雅にお辞儀をした。
「水霊 が、こんなにたくさん……」
佳趣の情景を前にして、オフィーリアは青褪めた。
人魚の血を引いているので、水辺の傍にいると心が安らぐが、精霊に囲まれていては恐怖が勝る。
「この水路は宮殿を囲んでいます。庭園の区分けになるようにも設計されていて、中央庭園にも通じているのですよ」
さぁ、とアシュレイは手を差し伸べた。オフィーリアは足が竦んでしまい、必死に首を振った。大勢の精霊達の前を歩くなど、とうてい不可能だ。
「私がここに居ては、皆を驚かせてしまいます」
「貴方は私の大切な方。他の誰にも、貴方を脅かすことなどできませんよ」
「どうか、お許しください」
「……そんなに怯えるのなら、他の者には遠慮してもらいましょう」
精霊王の意志を汲み取り、庭園で寛いでいた精霊達は、忽 ち姿を消した。唖然とするオフィーリアにほほえみかけると、もう一度手を差し伸べる。
「さぁ、これで良いでしょう。遠慮しないで、こちらへどうぞ」
憩う精霊達を立ち退かせてしまった。美しい手を眺めながら、オフィーリアは胃の辺りがずしりと重くなるのを感じた。
逃げ出してしまいたい……
特別扱いされる度に、胃に重りが増えていく。
罪悪感を募らせながら、これ以上の遠慮は不敬になる、とオフィーリアは震える手を差し伸べた。
「水上庭園の内側なら、自由に出歩いて構いませんよ」
「……」
叶うことなら、ここを出ていきたい。
沈黙に秘された願いを知ってのことか、アシュレイは宥めるようにオフィーリアの手を取ると、優しく手の甲を撫でた。
「ずっと、お傍にいてください」
「……」
「オフィーリア?」
返事せずにると、焦れたように名を呼ばれた。
「……精霊達に受け入れられないことは、判っております」
かすれ声で告げると、オフィーリアは俯いた。舌を向いていても、アシュレイの強い視線を感じる。
「オフィーリアの嫌がることは、決してしないと誓います。どうか、私の傍にいてくださいませんか?」
「……」
「知って欲しいのです。精霊界のこと、私のことも……」
なかなか手を離してもらえず、オフィーリアは唇を噛みしめた。苦しげに歪めた表情を必死に隠す。
今更、何を知れというのだろう。
生まれてから一度だって、精霊に受け入れられたことはない。アシュレイも同じだった。魔法にかけられる前の、冷たい眼差し。尖った青い瞳は、オフィーリアを蔑み、醜い娘だと雄弁に語っていた。
それが全てだ。
精霊王と知っていても、腕を振り解いて、この場から走り去ってしまいたかった。
「私は、帰りたいのです」
背に腕を回されて歩みを促されると、不満を堪え切れずに、ぽつりと呟いた。
「オフィーリア。心を閉ざそうとしないで」
「……」
「私にやり直す機会を、与えてはくださいませんか?」
「……魔法が解けたら、そんなこと、お考えにならないでしょう」
「何度も申しましたように、解く必要などありません。貴方に恋をして、私はこんなにも満たされているのですから」
「虚しく、思わないのですか?」
「いいえ。少しも」
「……」
そう思う限り、二人の距離は平行線だ。
全ては魔法のせい。魔法にかけられる前のアシュレイは、あいの子のオフィーリアに微塵も惹かれていなかった。
虚しさの説明をすることも虚しく感じて、オフィーリアは俯いたまま口を閉ざした。
オフィーリアは眼の前に広がる光景に思わず感嘆の声を上げた。
刈り込まれた針葉樹が左右に続いており、中央には水路が敷かれている。煌く水面で小さな
煌く光の粒子のように小さい者もいれば、人魚のような尾ひれを持つ等身大の妖精もいる。彼等はアシュレイに忠誠を誓うように優雅にお辞儀をした。
「
佳趣の情景を前にして、オフィーリアは青褪めた。
人魚の血を引いているので、水辺の傍にいると心が安らぐが、精霊に囲まれていては恐怖が勝る。
「この水路は宮殿を囲んでいます。庭園の区分けになるようにも設計されていて、中央庭園にも通じているのですよ」
さぁ、とアシュレイは手を差し伸べた。オフィーリアは足が竦んでしまい、必死に首を振った。大勢の精霊達の前を歩くなど、とうてい不可能だ。
「私がここに居ては、皆を驚かせてしまいます」
「貴方は私の大切な方。他の誰にも、貴方を脅かすことなどできませんよ」
「どうか、お許しください」
「……そんなに怯えるのなら、他の者には遠慮してもらいましょう」
精霊王の意志を汲み取り、庭園で寛いでいた精霊達は、
「さぁ、これで良いでしょう。遠慮しないで、こちらへどうぞ」
憩う精霊達を立ち退かせてしまった。美しい手を眺めながら、オフィーリアは胃の辺りがずしりと重くなるのを感じた。
逃げ出してしまいたい……
特別扱いされる度に、胃に重りが増えていく。
罪悪感を募らせながら、これ以上の遠慮は不敬になる、とオフィーリアは震える手を差し伸べた。
「水上庭園の内側なら、自由に出歩いて構いませんよ」
「……」
叶うことなら、ここを出ていきたい。
沈黙に秘された願いを知ってのことか、アシュレイは宥めるようにオフィーリアの手を取ると、優しく手の甲を撫でた。
「ずっと、お傍にいてください」
「……」
「オフィーリア?」
返事せずにると、焦れたように名を呼ばれた。
「……精霊達に受け入れられないことは、判っております」
かすれ声で告げると、オフィーリアは俯いた。舌を向いていても、アシュレイの強い視線を感じる。
「オフィーリアの嫌がることは、決してしないと誓います。どうか、私の傍にいてくださいませんか?」
「……」
「知って欲しいのです。精霊界のこと、私のことも……」
なかなか手を離してもらえず、オフィーリアは唇を噛みしめた。苦しげに歪めた表情を必死に隠す。
今更、何を知れというのだろう。
生まれてから一度だって、精霊に受け入れられたことはない。アシュレイも同じだった。魔法にかけられる前の、冷たい眼差し。尖った青い瞳は、オフィーリアを蔑み、醜い娘だと雄弁に語っていた。
それが全てだ。
精霊王と知っていても、腕を振り解いて、この場から走り去ってしまいたかった。
「私は、帰りたいのです」
背に腕を回されて歩みを促されると、不満を堪え切れずに、ぽつりと呟いた。
「オフィーリア。心を閉ざそうとしないで」
「……」
「私にやり直す機会を、与えてはくださいませんか?」
「……魔法が解けたら、そんなこと、お考えにならないでしょう」
「何度も申しましたように、解く必要などありません。貴方に恋をして、私はこんなにも満たされているのですから」
「虚しく、思わないのですか?」
「いいえ。少しも」
「……」
そう思う限り、二人の距離は平行線だ。
全ては魔法のせい。魔法にかけられる前のアシュレイは、あいの子のオフィーリアに微塵も惹かれていなかった。
虚しさの説明をすることも虚しく感じて、オフィーリアは俯いたまま口を閉ざした。