HALEGAIA

6章:悪魔トランス - 8 -

 文化祭まで一週間を切り、陽一はギター練習に熱中した。陸上部の練習がある日も、夜はミラの別荘で練習させてもらい、自分の演奏を録音してはヒアリング、そして修正を加える地道な反復練習。ミラもいつの間に購入したのか、YAMAHA-CFXの最高級グランドピアノ(二〇〇〇万円以上)が二台もあって、よく陽一の練習につきあってくれた。陽一がノッてくると、突然のカットインやスラップ風アレンジを入れてきたりして、即興セッションで盛りあがったりもした。
 寝る前や学校の休憩時間など、ちょっとでも空き時間があれば、プログレッシブなバンドの神演奏をyoutubeで見たりして、やる気の燃料にしたり、逆に絶望を味わったりした。(上手すぎて凹む)
 もっと練習して、もっと上手になりたい。この高揚感は、効果抜群の麻薬みたいだ。陸上もそうだが、目標に向かって努力し、学び、多くを吸収する過程には、ある種の中毒性があると思う。
 なお、先日センセーショナルな登場をしたルネは、時間にルーズというか、休みが多い上に、いつも昼過ぎにやってくる。
 一方のオデュッセロ先生は、意外にも真面目に授業をしているが、雑談を一切ゆるさないので、授業中は水をうったように静かである。彼が人前でベースを弾く姿が想像つかないのだが、木曜のバンド練習にはルネと一緒に参加してくれるらしい。

 かくして木曜日。
 この日はルネとオデュッセロをまぜた初めての音あわせであると同時に、本番前のリハーサルをかねていた。
 陽一とミラが軽音部の部室にいくと、高柳と茂木がいて、ルネ用のマリンバとヴィブラフォンが搬入されていた。他にもドラムセットといくつかのベースがある。ベースは長谷川が使っていた一二弦ベースを使うのだろうか?
 見慣れない楽器を眺めていると、軽快に扉が開いて、ルネが入ってきた。
「マル・ガ・リータ☆ 魔王様! 陽一!」
 いつもの謎挨拶と共に、ルネが入ってきた。その後ろから、オデュッセロが入ってくる。
「ようこそ、軽音部へ!」
 高柳は満面の笑顔で歓迎した。早速マリンバの傍にいくルネを見て、譜面台に置いてあったマレットを掴んだ。
「はい、マレット」
 四本のマレットを受け取ったルネは、にこっと笑った。
「オッケー☆」
「今日はきてくれてありがとう。どう? できそう?」
 ちょっと探るように高柳が訊ねると、ルネはピースサインを決めた。
「ブッシュ・ド・ノエル☆」
 意味不明だが高柳にはウケた。彼は、ブッシュ・ド・ノエルねと笑ってから、オデュッセロを見た。
「先生、ベースなんですけど、六弦と一二弦どっちがいいですか?」
 そういってHAMER製の二本のベースを見せると、オデュッセロは軽く弾き比べをして、メンバーの反応を見て、というかミラの反応を見て、白の一二弦ベースに決めた。
 ちなみに高柳はFERNANDES愛好家で、赤いFR-40を愛用している。家には黒のhideモデルも飾ってあるらしい。
「じゃあ、早速やってみようか」
 高柳がベルトをかけながら声をかけると、それぞれ自分の担当楽器を準備した。
 いつものように茂木がバチを鳴らし、3、2、1、の合図で音が重なる。今日までふたりの演奏を聴いていない陽一は、わくわく半分、不安半分といったところだったが、すぐに笑顔になった。
 ルネは両手にマレットをふたつずつもち、マリンバを軽快に演奏し始めたのだ。超絶細かいマレットさばきで、小柄なのに力強いトレモロ。合間にヴィブラフォンを挟んで余韻を響かせる。ふたつの楽器を同時演奏するのはかなり忙しいはずだが、音の濁りもなく綺麗に調和している。
 オデュッセロのベースも超絶格好いい。悪魔は皆絶対音感の持ち主なのか? 変拍子の罠にもはまらず、ノーミス、完璧。ドラム&マリンバの打楽器二重奏もこれが初めてと思えないほど息ぴったりだ。
 良い意味で意外すぎて、高柳も陽一も、危うく自分の演奏を忘れそうになった。あらためて全員の音に意識を向けて、演奏に集中する。
 文化祭で演奏する曲は全部で三つ。最初にやるのは流行りのJPOPメドレー(文化祭ver)、次に高柳オリジナルのBPM爆あげな変態楽曲、最後にボカロメドレー(文化祭ver)だ。
 しょっぱなからアップテンポで攻めているが、ミラと陽一が参入してから高柳はさらに難関度をあげて編曲していた。とくにBPM爆あげのやつは後半に入ると連続変拍子地帯だらけだ。
 ギター歴は長いのでコードはすぐに覚えた陽一だが、イカれた変拍子の超高速&テクニカルなスラップ弾きは、慣れるまで反復練習が必要だった。
 お互いに忙しいのでソロ練が多いが、だいぶ息が合うようになってきたと思う。皆プライベートな時間を削って、練習に時間を費やしてきた成果だ。
「仕上がってきたんじゃない!? これ!? ルネ君、いつからマリンバ演奏しているの?」
 高柳が興奮気味に訊ねると、
「今日が初めてだよ。マレットで叩くの楽しいね☆」
 にこっとルネが笑う。
「アハハハ、マジか~!」
 高柳は冗談だと思って笑っているが、陽一は笑顔が引きつるのを感じた。きっとルネは本当に今日初めて弾いたのだ。
「オデュッセロ先生のベースも最高! 超最高! 皆最高! 俺の作った曲をここまで完成させてくれるなんて。もう明日は絶対成功する。完璧だ。大丈夫だ。アー、変態ポリリズム気持ちいい。これが新時代のプログだ」
 悦に入っている高柳。放っておくと永遠に自我自賛の美辞麗句を並べていそうだ。自分で変態といっちゃっているが、彼独特のイカれた変拍子は、一拍待ってられない! 早く弾きたい!! という彼の明るく前向きな性格の顕れなのだと思う。たぶん。
 しかし、興奮しているのは陽一も同じだ。これが練習なんて信じられない。奇跡のセッションだと思う。ミラはどうだろうと彼を見ると、
「ふたりとも、明日もその調子ですよ」
 満足げにルネとオデュッセロオを見ていった。だいぶ上から目線だが、悪魔ふたりは歓びに目を輝かせた。
「「はっ! お任せください」」
 と、恭しく片膝をついて異口同音に唱和。
 すると高柳も真似をして跪いた。茂木も武士のようにお辞儀するのを見て、陽一も、イェッサー、とふざけて敬礼してみた。
「楽しみですね」
 そういって、照れたようにはにかむミラは、なんだかかわいかった。