HALEGAIA

3章:悪魔たちの燔祭はんさい - 6 -

「湯浴みしましょうか」
 そういいながら、ミラは陽一の下肢で視点をとめた。陽一は彼の視線を追いかけて下を向き、唖然となった。衣服はぼろぼろに破れて、酷い目にあったことが一目瞭然で、下着は自分のだした体液と淫花の樹液で濡れており、あられもない有様だった。
 思わず前屈みになる陽一の両肩を、ミラは掴んだ。
 顔をあげると、妖しくかがやく魔性の瞳と遭った。超俗した美貌には、甘いと同時に、無慈悲なほほえみが浮かんでいる。
「そんなに布に吸わせて、勿体ない」
 も残念そうに呟いて、足元にしゃがみこむミラに、陽一はぎょっとなった。
「何するんだよっ」
 顔をあげたミラは、完全に捕食者の目をしていたが、血を流している手足に気がついた途端に眉をひそめた。その変化は驚くもので、真剣な表情をしたかと思えば、陽一を抱き起して浴槽の縁に座らせ、再び足元に跪いた。
「人間はか弱いですね」
「そりゃぁ……」
 陽一は訝しげに眉をひそめたが、ミラの手が膝に触れたので息を詰めた。何を思ったのか、ミラはふくらはぎを掌で包むようにしてささえながら、血の滲んだ傷に唇をつけた。
「んっ」
 思わぬ刺激が走り、陽一は歯を食いしばった。
 こそばゆいが、ミラに優しく傷を慰撫されると、みるみるうちに治っていく――打撲傷のうえに掌が乗せられると、不可知の治癒が働き、内出血が引いていくのが判った。
 驚いて目を瞠る陽一を見つめながら、ミラは、そっと横腹を撫でる。突き刺すような痛みが消えた。恐らく痣も消えたのだろう。最後に頬骨を掌が包むと、痛みが消えた。
 悪魔は無言のままに、腕や手の甲の細かい傷にも丁寧に口づけて、痛みと傷を完璧に癒してくれた。
「ありがとう、楽になったよ……」
 困惑気味に呟く陽一をじっと見つめたあと、ミラはおもむろに陽一の両脇に手を入れた。そのまま軽々と躰を持ちあげ、空の浴槽のなかにおろした。
「何?」
 ミラは質問に答えず、自分も浴槽のなかに入ると、いつものようにぱちんと指を一つ鳴らした。
「へ?」
 陽一には、何が起きたのか判らなかった。
 着脱の過程をすっ飛ばして、ミラは一瞬にして裸身になったのだ。男でも思わず魅入ってしまう、完璧な肉体美が目の前にある。
 茫然としていると、頭上の蜂の巣状の球体から、勢いよく湯が吹きだした。
「わぷっ……湯をだすなら、だすっていえよ!」
 陽一は文句を吐きながら、自分も素っ裸なことに気がついた。ミラの魔法だろうか? かろうじて手足にひっかかっていた襤褸らんるも下着もどこかへ消えてしまっている。
 陽一の困惑に構わず、ミラは、柑橘の香りのする液状石鹸を、あひるの形をしたスポンジに垂らし、陽一を洗い始めた。
「いいよ、自分でやるから」
 と、陽一はミラの腕を掴むが、視線で黙らされた。威圧的ではないが、普段とは違う硬質な雰囲気を纏っていて、おいそれと声をかけられない。
 もしかして、ミラは、怒っているのだろうか?
 彼のお得意とする人を翻弄、激昂させる言もなく、粛々と手を動かしている。彼らしからぬ厭らしさのない、看護者のような手つきで。
 陽一は、上目遣いにミラを見つめた。
「……怒ってる?」
 ミラは、虚を衝かれたような表情になった。
「どうして? 怒っていませんよ。脱走劇を愉しませてもらいましたし」
「……ごめん」
「謝る必要はありませんよ。でも、よく判ったでしょう? 人間は、鳥籠の外では生きていけません。自殺願望があるなら別ですが、魔物の餌食になるだけですよ」
 陽一は毅然と睨み返しながら、首を左右に振った。甘んじて叱られようと思ったが、次第に腹が立ってきた。
「いわれなくても、そんなことは判ってるよ……けど俺は、何もしていないぞ。扉が勝手に開いて、台座が現れて、乗った途端に森にいたんだ。不可抗力だろ」
「すぐに僕を呼べば良かったのに」
 うっ、と陽一は怯んだ。
「逃げようと思ったのでしょう?」
 陽一は口をへの字にした。気まずげに視線を逸らす。
「つれないですねぇ、こんなに大切に飼育しているのに」
 そういって頭を撫でてくる手を、陽一は煩げに振り払った。
「どこがだ! しょせんペット扱いじゃん。優しくされたって、俺は根本的に逆らえないし……怖ぇし」
 陽一は訴えたが、ミラはうっとりとほほえんだ。
「確かに……いい匂いがします。怯えている陽一も、そそられます」
 いやそうに顔を背ける陽一を見下ろして、ミラは恩寵のようにほほ笑んだ。
「怖い癖に虚勢を張ってみせる。陽一のそういう、無鉄砲さは好きですよ」
 ミラの瞳が妖しく煌めいた。
「俺……」
 陽一は、逃げ道を探すように視線を彷徨わせた。裸でいることが急に躊躇われた。浴槽のそとへでようと考えた時、腕を掴まれて、胸のなかに抱き寄せられた。驚いて顔をあげると、美貌がおりてきて、唇を奪われた。
「ん……っ」
 噛みつくようなキスだった。上唇をんで、吸って、性急に舌を挿し入れ、嬲るようにして刻印スティグマをうえつけられる。
「んっ……ふぁ……んぅ……っ」
 激しいキスを続ける間も、ミラの愛撫は続いている。呻きながら舌をからめあわせるうちに、ミラは、陽一の尻を掴んで揉みしだいた。
 躰が燃えるように熱い。触れられてもいないのに、下腹部が淫らに脈打ち、押しつけないように陽一は、必死に自分を制御しなければならなかった。
「んっ……んんっ!」
 陽一が窮状を訴えるように、くぐもった声を洩らすと、ミラは素早く唇をほどいて、顔を離した。
「もっと早く僕を呼んでください。刻印スティグマを与えたのだから、陽一はいつだって僕の名前を呼べるんです」
 魔性の瞳に熱がこもる。
 悦楽の予兆に、陽一の全身はさざなみのように震えだした。
(あぁ、またかよ……っ)
 頭の片隅で理性が囁くが、かすかにしか聞き取れない。夢見るように美貌を見つめて、彼の首に腕を回してキスをせがみたい衝動に駆られてしまう。
 実際にそうしようと腕を伸ばし……かけたところで、陽一は、はっと我に返った。またしても、魔王のエロスにあてられてしまった。
「やめろ!」
 背中に回された腕を掴むが、離してくれない。
「嫌です。僕は今、それほど寛大な気分ではありません」
 ミラは静かにいうと、陽一の背中から腰へ掌で撫でおろした。陽一をのけぞらせ、一瞬にして半二階の寝台の上に組み敷いた。
 濡れた髪から雫が垂れて、陽一の頬を滑りおちていく。
「陽一、悪魔をあまり甘く見ないことです」
「見てないよ」
 陽一は反論しようとしたが、言葉が続かなかった。ミラから溢れでるエロティシズムに、容赦なくのみこまれてしまった。
 彼に触れたくてたまらない。
 奥深くまで満たされ、突きあげられたいという、強烈な欲望が渦巻いた。下腹部が熱をもって重たくなり、股間が昂っていく。触れられてもいないのに、乳首がそそりたち、疼いて仕方がない。
 そこに触れてほしくて、自ら胸を開いて、彼に向かってさしだすように背を逸らせて――
(あれっ? 俺なにしてんの?)
 我に返り、慌てて身をよじろうとしたが、ミラに両腕を押さえつけられてしまった。
 硬くしこっている突起を見つめられ、陽一は真っ赤になった。尖ったそこを、優しく、そっと吸われているような気分になる。
「見るなよ……」
 蛇に睨まれた蛙の気分だ。射すくめられ動けぬ陽一の髪を、ミラは長い指で優しくかきあげた。後頭部から背筋にかけて、痺れるような陶酔感が走る。視界に星が散ったと思ったら、唇を奪われた。
「んぅ」
 艶めかしいキスに翻弄されながら、胸を撫であげられた。平たい胸に、もどかしいほどゆっくりと触れて、官能を引きだそうとするように、乳輪をなぞり、ひっぱり、指で掻く。刺激がもどかしてく、焦らされ、もってして欲しくて、気が狂いそうだった。
 ミラは唇をほどくと顔をさげ、陽一の顎、首すじ、鎖骨……順に啄み、やがて胸にたどり着くと、片方の乳首をそっと吸った。
「はぁ、んっ」
 待ち望んだ刺激に、陽一の腰がびくんっと跳ねる。
 心得たようにミラは、ぷっくり起きた乳首のまわりに円を描くように舐め、しゃぶり、甘噛みし、んで苛みながら、大腿のつけ根を膝で刺激してくる。反応している性器にも長い指が絡みつき、上下に擦り始めた。
「やぁっ! んっ……うぅ~~~っ……も、指ぃ、放して……っ」
 やめるどころか、次第に屹立を扱く指の動きが早くなり、陽一の躰中から汗が吹きだした。
きたい?」
 どこか傲慢な響きに、陽一は不満げに睨みあげた。悪魔は満足そうに笑むと、ぱっと陰茎から手を離し、陽一の足をぐんっとかつぎあげた。
「ッ!?」
 息をのむ陽一の股間を垂直にあげ、大きく足を拡げさせる。奥まった蕾を眺めながら、そこに指で触れた。
「あぁっ」
 逃げる間もなく後孔を指に侵され、陽一は、発作的に括約筋を強く収縮させた。
「ふふ、指をしゃぶられているみたい」
 ミラの指が屈曲し、回転しながら奥へと潜りこむ。あまりのことに、陽一は罵詈雑言を喚くことも忘れて腰をくねらせた。ミラの指先は、秘儀的な整腸を施しながら、巧みに奥を探っていく。
「くふぅ……あぅっ……ん、あぁ……っ!」
 陽一は顔を左右に振りたくり、喘いだ。躰が、尻が熱い。悪魔のもたらす快楽の虜になってしまう。
 ひくつく後孔に、ミラは屹立をあてがい、一気に押し入った。
「ああぁッ!」
 陽一は悲鳴をあげた。だが、すぐに恍惚となった。
 全身に気が満ち満ちて、超常の力を与えられたかのように感じる。内壁を擦りたてられる感触がたまらず、下腹が淫らに痙攣してしまう。
「ふぁっ……ふぅん……っ」
 硬い肉の摩擦感がたまらない。熱い波が下腹部に拡がり、意識が遠のきかけた。甘い悦楽が全身に拡がって、四肢の力が抜けていく……ミラの征服行為に抗えない。陽一の陰茎はひくつき、腹をうつ度に透明な液が渋木しぶいて、筋をひいて滴り落ちた。
「あ、あぁっ……んぁ、あっ、あ……そこっ、だめぇ……っ」
 甘く蕩けた声で啼きながら、陽一は、犯される女の快楽を味わった。
 腰をくねらせ、鼻にかかった甘い吐息をとめることができない。恐怖も苦痛もなく、ただただ気持ちいい。陶酔のなかで揺さぶられていた。
「ああっ、んっ……ぁんっ!」
 気がつけば、白濁を噴きあげていた。
 いくら射出しても鎮まらない。陽一は、まるで自分が、絶倫になったように感じられた。噴いても噴いても溢れてくる。自分でも引くぐらいにおびただしい量だ。
 なかを犯され、二度も吐精され、大量の精液で後孔はどろどろに溶けている。ひと突きごとに溢れだし、淫靡で騒々しい粘着な音が鳥籠の天蓋に響いた。
「あぁ、くふぅっ……ふぅ、んっ……あぁぁっ……!」
 だらしのない声に羞恥を覚えるどころか、ますます情欲をかきたてられ、獣のように喘いだ。
 陽一の呼吸は荒かったが、ミラの呼気も乱れていた。甘い締めつけに呻き、艶めいた吐息を洩らす。陽一を四つん這いにさせ、尻たぶを大きく割って、ゆっくりと抜き挿しを始めた。
 腰を打ちつけるたびに壁肉が蠕動し、ミラの屹立を舐めあげ、舐めおろし、締めつけてくる。
(ああ、たまらない……もっと啼かせて、喘がせて、悦楽の極みまで突いて、擦りまくってやりたい……)
 ミラは頬を上気させ、妖艶にほほえんだ。柔らかな壁肉を押し拡げていく感触を楽しみながら、ゆっくり、ゆっくりと腰を打ちつける。なかで果てて引き抜いたあとも、陰茎はひくひくと痙攣を続け、精を吐き続けていた。
 これほど夢中になって肉欲を貪るのは、いつぶりだろうか?
 既に相当な量の精を陽一の奥深くに放ったが、火のついた欲情はまだ治まりそうにない。
 息を喘がせている陽一の足を掴んで体位を入れ替え、のしかかり、陰茎を秘部にあてがった。そこは泉のように潤んでおり、角度も完璧で、あてがっただけで、先端は吸いこまれるように沈んでいった。
「あぁぁ……っ」
 陽一は息を喘がせ、再びミラを奥まで飲みこんだ。既に迷妄めいもう状態で、されるがままだ。
 ミラは、弛緩した躰を愛撫し、舐め、噛んで、官能の喘ぎを楽しみながら、脆弱で柔軟な躰を貪った。
 五度目の吐精。
 腰をふるわせて最奥に注ぎこむ。
 情事に長け、快楽に貪欲なミラが、初めてといってもいい究極の悦楽を味わっていた。幾星霜の交歓史上において、どの絶頂よりも素晴らしかった。
(こんなの初めて……癖になりそう……)
 驚異的で、天地がひっくり返るほどだった。
 えもいわれぬ心地良さに酔いしれ、ミラは深い充足感に包まれながら、陽一の顔をのぞきこんだ。半意識の、蕩けきった顔をしている……無防備で、弱弱しくて、いやらしくて、かわいらしい。
(嗚呼……かわいい……かわいい陽一……)
 この、取るに足らない人間の、どこにでもいそうな少年のことが、どんな美姫にも勝るほど魅力的に見える。
 鳥籠のなかで、陽一の甘い囀りをいつまでも聞いていたい。
 ミラはますます、陽一から離れられなくなっている自分に、気づかざるをえなかった。