HALEGAIA

3章:悪魔たちの燔祭はんさい - 5 -

 シャツは千切れ、ズボンも内側から裂けていき、陽一はほんの数秒の合間に素肌に剥かれて、宙に浮いていた。
「ひぃっ、やめろ!」
 蔓はやめるどころか、陽一の躰を弄り回し始めた。脇腹を撫であげ、胸を揉みこむように刺激する。蕾のような、丸い先端をもつ蔓が伸びてきて、蕾がぱっくり割れたかと思うと、柔らかな粘膜で胸の突起にしゃぶりついてきた。
「んぁっ」
 陽一はびくんっと反応し、頬を染めた。得体の知れない怪物に感じてしまい、羞恥に見舞われる。必死に身をよじるが、振りほどけない。両の乳首を舐め回され、そっと噛まれると、股間が跳ねた。
「もぉ、やだぁっ」
 半泣きで訴えるが、今度は別の蔓が股間に伸びてきて、下着のなかへ入りこんできた。
「ちょっ……触んなァッ」
 こんなこと望んでいないのに、勝手に躰が熱くなっていく。股間から背中にかけて、むずむずと痺れが走り、腰が揺らめいてしまう。陽一が反応していることに、蔓は満足そうに揺れて、ますます絡みつく。
 いつもは頼まなくてもやってくるくせに、こんな時に限って、ミラはなかなか現れない。
 陽一が動けぬのをいいことに、蔓はやりたい放題だ。
 半勃ちの屹立を焦らすように舐めあげ、かと思えば吸いついたり、淫らな刺激を絶えず与えてくる。鈴口にまで細い蔓がもぐろうとし、腰は逃げをうつが逃げられない。入ってきてしまう……
「やめろよぉ……熱い……熱いよぉっ……」
 さらに固くて太い、ぬめりっけのある筋張った蔓が伸びてくるのを見て、陽一は半狂乱に陥った。
「ひぃぃっ! ミラッ! 助けて!」
 天穹てんきゅうの闇に亀裂が入った。
 待ち望んだ銀色の閃光が走り、美貌の悪魔が現れると、陽一は、安堵のあまり満面の笑顔を浮かべた。
「ミラ!」
「随分と面白いことになっていますね、陽一」
 ミラはにこやかにいった。奇妙に生き生きとして見える。
「早くッ! 助けて!」
「まぁまぁ、慌てなくても大丈夫ですよ。それは陽一を傷つけたりしませんから」
「食われる寸前なんですけどっ!?」
「淫花なので、精気や体液が主食です。肉食ではないので、安心してください」
「はあぁぁ!? 早く助けてってば!」
「どうしようかなぁ」
「ミラさんッ!?」
 涙目になっている陽一を見て、ミラは淡い笑みを浮かべると、ぱちんと指を鳴らした。助けてくれるのかと思いきや――
 笑止千万。
 白い大理石の丸卓に、湯気の立つティーポットや白磁のカップを出現させ、優美な椅子に腰かけた。
「ちょ、何してんのっ!?」
「お茶でも飲みながら、鑑賞しようかと」
 陽一は己の聴覚を疑った。この男は、状況を判っているのだろうか?
「いやいやいや、早く――あぅ……っ」
 陽一は文句をいってやろうとしたが、背中を舐めるように撫であげられ、たまらずに身をくねった。粘りげ帯びた丸い先端の茎は、艶めかしい動きで陽一の肌の上をどこまでも滑っていく。陽一の全身が妖しく波打った。
「やめろ! このッ……う、ぁ、ミラぁ! は、早く……あぁッ」
 身悶える陽一を、ミラは、菫色の瞳をきらきらせて眺めている。
「艶めかしくて素敵ですよ、陽一……陸上で鍛えているだけあって、美しい躰をしていますね」
 と、興奮の滲んだ声でミラはいった。陽一はまた、肌が熱くなった。恥辱感のためだ。涙目で彼を睨みつけ、
「ふざけんな! 茶ぁ飲んでないで、早く助けてくれよ!」
「どうしようかな?」
「ミラァッ!!」
 悪魔は動じない。微笑すら浮かべて、優雅に紅茶を飲んでいる。
 あんまりな泰然自若ぶりに、不安と怒り、陽一は烈しい感情に胸を刺し貫かれた。怒鳴ってやろうとするが、
「あぁっ」
 横腹と臍のあたりを、ぬめった茎が往復し、たまらずに身悶えた。細い茎が脇の下を這い、尻のあわいを撫でる。
 犯される。
 あからさまな性的な刺激に、陽一の顔が恐怖に歪んだ。強気に振る舞う余裕も失せて、懇願の眼差しをミラに向けた。
「お、お願い、ミラ……怖いよぉ……っ」
 恐怖に満ちた表情を見た途端に、ミラは、余興が余興でなくなったのを感じた。席を立って指を一つ鳴らす。
 巨大な淫花は苦痛の悲鳴をあげた。陽一を苛んでいた蔓は、不可視の鋭利な刃物で切断され、ぼたぼたと地面に落ちてうねった。
「ひぃっ」
 落下する陽一の躰を、ミラはしっかりと両腕で抱き留めた。
「大丈夫ですか?」
 陽一はカッとなり、横抱きにされたまま、ミラの肩を叩いた。
「なんでもっと早く助けてくれないんだよッ!?」
「つい、陽一がかわいくて」
 ミラは、屈託なく笑った。
「ふ、ふざけんな! 目の前で茶なんて飲みやがって! 俺がどんな思いで……っ」
 唇が戦慄わななき、声が詰まった。ミラは、虚をつかれたような表情になった。陽一は瞬きを繰り返して涙をやり過ごそうとしたが、無駄だった。耳はがんがん鳴り、心臓は太鼓を打つように響いている。
「こ、こっちは、めちゃめちゃ怖かったのに……っ」
 陽一は涙をどっと溢れさせ、支えようとするミラの胸を拳で叩いた。
「よしよし……」
 ミラは優しく陽一をあやしながら、淫花をひと睨みした。たちまち燃え盛る劫火ごうかに飲みこまれ、憐れな淫花は、断末魔の雄叫びをあげた。
 その様子を眺める陽一の胸に、安堵と共に、様々な怒り、悔しさがこみあげてきた。
 自負があったのかもしれない。
 鳥籠で餓死を迫られた時には、番人に立ち向かうことができた。
 あの時のように、いざ危険が迫ったら、自分は本能を発揮して敢然かんぜんと立ち向かえると思っていた。
 だが実際は、何もできなかった。
 怖くて震えて、逃げるのに精いっぱいで、しょせんは十六歳の男子高校生に過ぎなかった。ミラがきてくれなかったら――考えるのもおぞましい。
 この森に放置されたら、自分は生き残ることができない。餌食にされてしまう。ミラのいう通り、鳥籠は確かに、陽一を守るために必要だったのだ。
「ほらほら、鳥籠に戻りましょう」
 ミラは優しく囁くと、もはや文句もいえぬ陽一を横抱きのまま、ぎゅっと抱きしめた。
 次の瞬間には、二人とも鳥籠のなかにいた。