HALEGAIA
2章:
ティティの件があってから、どんなに空腹でも陽一はミラを呼ぼうとしなかった。
その意志は固かったが、ミラの出現を防ぐことは不可能だった。銀色の筋が走るのを見た瞬間、陽一は梯子をのぼって布団に逃げこんだ。
しかし、ミラは帳を捲り、立体的に押しあげている掛布も容赦なくひっぺ剥がしてしまった。
「陽一?」
陽一は返事をせず、背を向けて膝を抱えると、エメラルドに煌めく水平線に目をやった。
「こっちを向いてください、陽一」
ご機嫌をうかがうようにミラは優しくいったが、陽一はむっつり黙っていた。引き結ばれた唇には、せいせいした拒絶の色を漂わせている。
だが、そんなことで怯むミラではない。まるで家具か何かのように、陽一を、じろじろと無遠慮に観察し始めた。
「何を見ているんですか? 陽一?」
どんなに声をかけられても、陽一は返事をしなかった。ミラを酷く苦しめてやりたい、罰してやりたいという気持ちが燃えあがるのを感じていた。
(死んじまえ、こんな奴)
無言で反発しながら、内心で烈しく毒づく。
この天使の容貌をした邪悪な悪魔は、陽一の心を弄んで愉しんでいるのだ。これ以上喜ばせてなるものかと、怒りも哀しみも表にだしたくなかった。
強引に顔を覗きこんでこようとするミラの視線を避けて、陽一は、膝の間に顔をうずめた。
ここ最近の陽一ときたら、ミラと友人にでもなったかのように感じていたのだから、おめでたいものだ。彼こそは、陽一をこんな目にあわせている張本人だというのに。仲良くしてどうする?
彼の前ではいつでも心を鎧 い、ものいわぬ置物であるべきなのだ。
「……放っておいて」
突き放すような口調で陽一はいったが、ミラは、陽一の背中からそっと抱き寄せようとした。
「よせよ」
すかさず陽一は腕をつかい、身をよじった。
「何をそんなに拗ねているのですか?」
「いっても、ミラには判らないよ」
吐き捨てるようにいったが、強気な態度はそう長くは続けられなかった。
ミラの面白くない心を映すように、天候が唸り始めたのだ。燦 と降り注ぐ陽射しは、漂い始めた氷の塵埃 に遮られ、吐息は白く煙る。全く、魔王というのはやっかいな存在だ。無視することも許されないとは!
「質問に答えてください、陽一。どうして怒っているのですか?」
「どうして?」
陽一は声を荒げた。立てつくことへの危険を考えなかったわけでないが、気が昂り、勇を鼓 して口を開いた。
「本気でいっているなら、頭悪すぎじゃない? 一遍死んでこいよ」
悪意のこもった暴言にも、ミラはどこ吹く風で肩をすくめただけだ。彼が少しも狼狽えないことが、陽一には我慢ならなかった。
「ティティのことはあっさり帰したのに、俺はここからだしてもらえない。どんな気分かなんて、訊くまでもないだろ!?」
ミラは、怒りに打ち震える陽一を凝 と見つめたあと、悪魔じみた笑みを浮かべた。
「どんな気分?」
その瞬間、陽一は危うく彼を絞め殺しそうになった。番人と対決した時に匹敵する、強い増悪、殺意だった。
「……一人にして」
その一言を発するには、理性を総動員しなければならなかった。必死に自分を宥めながら、布団に横になった。
意外なことに、ミラは躊躇った様子を見せたが、静かに消えた。
それからしばらく、陽一はミラと口を利かなかった。
碌に食事もとらず、凪いだ海をたゆたうようにぼんやりと過ごし、積極的に何かを考えることを放棄していた。
鬱々と陽一が過ごしていても、ミラは楽しげに様子を見にやってきた。
置物のようにじっとしている陽一を、まるで不思議なものを見るように、難解な装置か暗号文を解析したいと思っているかのように、しげしげと観察していた。
どこまでも自由で、気儘で、自分勝手な悪魔だった。
彼は、始めこそ自棄になっている陽一を楽しげに眺めていたものの、間もなく飽いた。
気に入らなかった。
笑ったり怒ったり、強気にミラに噛みついてくる陽一を見たくなったのだ。
弄んだ相手の機嫌を取りたいと思うのは、初めてかもしれない。自分でも奇妙だと感じながら、ミラは、どうすれば陽一を元気づけられるのか――悪魔らしからぬ思考を働かせた。
ある黄昏時。
不意に聞こえてきたエレキ音に、陽一は目を開けた。信じられない思いで帳を開くと、ミラがいた。彼は椅子に座って、なんと、エレクトリックギターを弾いていた!!
憧れてやまない、Gibson Les PaulのLimited Model、ハードロック・メイプルに美しい幻想的なブルーのグラデーション・フィニッシュ。陽一の記憶が正しければ、八十万円以上する代物だ。
呆気にとられている陽一の前で、ミラはギターを胸に抱き、奇跡のようなCanon Rockを弾いている。
ビートをハミングし、頭を左右に振りながら、足でリズムをとって、極めて繊細なタッチで、Rodrigo y Gabrielaのリズミカルで躍動的な響きにも劣らない天上的な音色を奏でている。
(すごい演奏……っ)
身を起こして聴きいる陽一は、全身の肌が総毛立つのを感じた。ヴィンテージならではの、歪ませなくても深い艶のあるサウンドが心に響く。気がつけば大粒の涙をこぼし、ぽつぽつと服に沁みをつくっていた。
音楽は全身を駆け抜けることで濾過 され、陽一に、たとえようのない感覚的な気持ちをもたらした。
ミラは、心を奪われている陽一に笑みかけ、陽一の知らないブルースを思わせる異国情緒に満ちた曲を弾いて、そこで演奏を終えた。
音がやんでも、陽一は、心の底から幸せに浸ったまま、動けずにいた。
「弾いてみますか?」
ギターをさしだされ、陽一は目を瞬いた。衝撃が走り、次いで狼狽がやってきた。袖で涙をぬぐいながら、子供のように泣いてしまった自分を恥じた。
「……驚いた。いい演奏だったよ」
魔界 で、福音的なCanon Rockを聴けるとは思わなかった。その曲は“ヨハン・パッヘルベルのカノン”のネオクラシカルメタルアレンジ作品で、陽一も練習したことがある。なかなか上達したが、とてもミラのようには弾けなかった。
「ありがとうございます」
陽一の尊敬の眼差しに気をよくしたのか、ミラは嬉しそうにはにかんだ。
「それ、ギブソン?」
「はい。なかなかいい音ですね」
電源ケーブルもコードも見当たらないことが不思議だが、ミラの足元には音を増幅させる、Fenderのギター・アンプがある。
「え、本当にギブソン? どこから持ってきたの?」
「逆召還ですよ。結界の有無に関わらず、人工物なら割と簡単に引っ張れるんです」
「……ん? 盗んだってこと?」
ミラは質問には答えず、相手を宥めるような優雅な笑みを浮かべ、陽一にギターをさしだした。
陽一は誘惑に負けて手を伸ばし、真新しいギターをじっくり眺めた。おおお……Limited Modelは流石にかっこいい。手にしっくりとなじむ。久しぶりのギターの感触に心が躍る。弦を鳴らすと、無線にも関わらず、アンプで増幅された痺れる音が響いた。
実は、陽一はギターが好きだった。父親の影響で、子供の頃から弾いているのだ。高校では陸上部に入るか軽音部に入るかで迷ったほどで、部屋にはFenderとGibsonの二つのエレクトリックギターがある。
「なんで、俺がギター好きだって判ったの?」
「ふふ、インコは音楽が好きで、ダンスをしたり歌ったりするんですよ」
「俺はインコじゃねーよ。いい加減インコから離れろよ」
陽一が睨むと、ミラは微笑した。
「判っていますよ。鳥と違って、陽一は泣いちゃうんですね」
そっと指が伸ばされ、目元を優しくなぞった。陽一は頬が熱くなるのを感じながら、不自然に視線を逸らしてしまう。
「うるせーな、ちょっと感動したんだよ。ミラがそんなに上手なんて知らなかったし!」
ミラは楽しそうに笑った。
「悪魔は、人間の趣味嗜好を読むのに長けているんです。誘惑は魔族の十八番ですから」
「ふぅん……」
人間の価値観に理解があるのかないのか、悪魔はよく判らない。だが、少なくとも今回に限っては大正解だ。
「……この間は、すみませんでした。陽一を怒らせるつもりはありませんでした。仲間を連れてきたら、貴方が喜ぶと思ったのです」
陽一は凝 っとミラを見つめた。瞳に憂いを讃えているようにも見えるが、表情からは、何も読み取れない。
悪魔は難解だ。
想像を絶する鬼畜ぶりを発揮したかと思えば、素直に謝罪を口にしたりする。言動に一貫性がなく、度々常軌を逸しているが、今みたいに、予想を超えた突拍子のない行動に、心を動かされてしまうことも確かで……
と、状況を俯瞰する余裕がでてきて、陽一は、自分が臭いことに気がついた。
そういえば、ここしばらく、風呂すら算 えるほどしか入っていなかった。全く、どれだけ無気力でいたのだろう?
「風呂」
陽一は一言呟くと、ギターを丁寧に置いて、半二階を降りた。そのまま浴場に向かい、服を脱いで、シャワーカーテンをひいた。熱い湯を浴びると、自分でも驚くほど、安堵した。強張った躰がほぐれて、乾いた肌が潤っていくようだった。
汗を流し、清潔な服に着替えて外にでると、ミラが待っていた。
「食事は?」
彼はそういって、卓の上に暖かいスープと、綺麗にカットされた果物をだした。陽一は黙って席につくと、スープを口に運んだ。あの最初に食べたスープと同じ味がした。そういえば、最後に食事をしたのはいつだったろう?
「美味しい……」
思わず漏れた呟きに、ミラは嬉しそうにほほえんだ。
「良かった、食べてくれた」
その声には、安堵の色が滲んでいるように聞こえた。
本当に、ミラは難解だ。
「……あのさ、俺の世話をする気があるなら、俺の心も大切にして」
「心?」
「うん……人間は、躰が健康でも、精神的にストレスを抱えると、元気がなくなるんだよ。俺みたいにさ」
ミラは神妙な顔で頷いた。
「なるほど……殺すことばかり考えているので、殺さないように気を配るというのは、とても新鮮です」
「……」
陽一は賢明にも反論を控えた。ミラはうんうんと頷いたあとで、にっこりした。
「つまり、気分転換が必要ということですね」
「……まぁ、うん」
するとミラは、妙にかわいらしい仕草で首を傾げた。
「では、楽園 を散歩してみますか?」
「え?」
「鳥籠の外を見てみたくありませんか? 今度、案内しますよ」
陽一は信じられない思いで、神秘的な菫色の瞳を覗きこんだ。
「……うん。見てみたい」
陽一が上目遣いに頷くと、ミラはほほえんだ。
「判りました。もう少し体重が戻ったら、外にいきましょうね」
まるで、ピクニックにでもいくような口調である。
陽一としては、気分転換より、家に帰して欲しいところだが、鳥籠からだしてもらえるだけでも進歩だろう。ギターもそうだが、彼なりの譲歩なのかもしれない。
にこにこしているミラを見て、陽一も、幽 かに笑った。
その意志は固かったが、ミラの出現を防ぐことは不可能だった。銀色の筋が走るのを見た瞬間、陽一は梯子をのぼって布団に逃げこんだ。
しかし、ミラは帳を捲り、立体的に押しあげている掛布も容赦なくひっぺ剥がしてしまった。
「陽一?」
陽一は返事をせず、背を向けて膝を抱えると、エメラルドに煌めく水平線に目をやった。
「こっちを向いてください、陽一」
ご機嫌をうかがうようにミラは優しくいったが、陽一はむっつり黙っていた。引き結ばれた唇には、せいせいした拒絶の色を漂わせている。
だが、そんなことで怯むミラではない。まるで家具か何かのように、陽一を、じろじろと無遠慮に観察し始めた。
「何を見ているんですか? 陽一?」
どんなに声をかけられても、陽一は返事をしなかった。ミラを酷く苦しめてやりたい、罰してやりたいという気持ちが燃えあがるのを感じていた。
(死んじまえ、こんな奴)
無言で反発しながら、内心で烈しく毒づく。
この天使の容貌をした邪悪な悪魔は、陽一の心を弄んで愉しんでいるのだ。これ以上喜ばせてなるものかと、怒りも哀しみも表にだしたくなかった。
強引に顔を覗きこんでこようとするミラの視線を避けて、陽一は、膝の間に顔をうずめた。
ここ最近の陽一ときたら、ミラと友人にでもなったかのように感じていたのだから、おめでたいものだ。彼こそは、陽一をこんな目にあわせている張本人だというのに。仲良くしてどうする?
彼の前ではいつでも心を
「……放っておいて」
突き放すような口調で陽一はいったが、ミラは、陽一の背中からそっと抱き寄せようとした。
「よせよ」
すかさず陽一は腕をつかい、身をよじった。
「何をそんなに拗ねているのですか?」
「いっても、ミラには判らないよ」
吐き捨てるようにいったが、強気な態度はそう長くは続けられなかった。
ミラの面白くない心を映すように、天候が唸り始めたのだ。
「質問に答えてください、陽一。どうして怒っているのですか?」
「どうして?」
陽一は声を荒げた。立てつくことへの危険を考えなかったわけでないが、気が昂り、勇を
「本気でいっているなら、頭悪すぎじゃない? 一遍死んでこいよ」
悪意のこもった暴言にも、ミラはどこ吹く風で肩をすくめただけだ。彼が少しも狼狽えないことが、陽一には我慢ならなかった。
「ティティのことはあっさり帰したのに、俺はここからだしてもらえない。どんな気分かなんて、訊くまでもないだろ!?」
ミラは、怒りに打ち震える陽一を
「どんな気分?」
その瞬間、陽一は危うく彼を絞め殺しそうになった。番人と対決した時に匹敵する、強い増悪、殺意だった。
「……一人にして」
その一言を発するには、理性を総動員しなければならなかった。必死に自分を宥めながら、布団に横になった。
意外なことに、ミラは躊躇った様子を見せたが、静かに消えた。
それからしばらく、陽一はミラと口を利かなかった。
碌に食事もとらず、凪いだ海をたゆたうようにぼんやりと過ごし、積極的に何かを考えることを放棄していた。
鬱々と陽一が過ごしていても、ミラは楽しげに様子を見にやってきた。
置物のようにじっとしている陽一を、まるで不思議なものを見るように、難解な装置か暗号文を解析したいと思っているかのように、しげしげと観察していた。
どこまでも自由で、気儘で、自分勝手な悪魔だった。
彼は、始めこそ自棄になっている陽一を楽しげに眺めていたものの、間もなく飽いた。
気に入らなかった。
笑ったり怒ったり、強気にミラに噛みついてくる陽一を見たくなったのだ。
弄んだ相手の機嫌を取りたいと思うのは、初めてかもしれない。自分でも奇妙だと感じながら、ミラは、どうすれば陽一を元気づけられるのか――悪魔らしからぬ思考を働かせた。
ある黄昏時。
不意に聞こえてきたエレキ音に、陽一は目を開けた。信じられない思いで帳を開くと、ミラがいた。彼は椅子に座って、なんと、エレクトリックギターを弾いていた!!
憧れてやまない、Gibson Les PaulのLimited Model、ハードロック・メイプルに美しい幻想的なブルーのグラデーション・フィニッシュ。陽一の記憶が正しければ、八十万円以上する代物だ。
呆気にとられている陽一の前で、ミラはギターを胸に抱き、奇跡のようなCanon Rockを弾いている。
ビートをハミングし、頭を左右に振りながら、足でリズムをとって、極めて繊細なタッチで、Rodrigo y Gabrielaのリズミカルで躍動的な響きにも劣らない天上的な音色を奏でている。
(すごい演奏……っ)
身を起こして聴きいる陽一は、全身の肌が総毛立つのを感じた。ヴィンテージならではの、歪ませなくても深い艶のあるサウンドが心に響く。気がつけば大粒の涙をこぼし、ぽつぽつと服に沁みをつくっていた。
音楽は全身を駆け抜けることで
ミラは、心を奪われている陽一に笑みかけ、陽一の知らないブルースを思わせる異国情緒に満ちた曲を弾いて、そこで演奏を終えた。
音がやんでも、陽一は、心の底から幸せに浸ったまま、動けずにいた。
「弾いてみますか?」
ギターをさしだされ、陽一は目を瞬いた。衝撃が走り、次いで狼狽がやってきた。袖で涙をぬぐいながら、子供のように泣いてしまった自分を恥じた。
「……驚いた。いい演奏だったよ」
「ありがとうございます」
陽一の尊敬の眼差しに気をよくしたのか、ミラは嬉しそうにはにかんだ。
「それ、ギブソン?」
「はい。なかなかいい音ですね」
電源ケーブルもコードも見当たらないことが不思議だが、ミラの足元には音を増幅させる、Fenderのギター・アンプがある。
「え、本当にギブソン? どこから持ってきたの?」
「逆召還ですよ。結界の有無に関わらず、人工物なら割と簡単に引っ張れるんです」
「……ん? 盗んだってこと?」
ミラは質問には答えず、相手を宥めるような優雅な笑みを浮かべ、陽一にギターをさしだした。
陽一は誘惑に負けて手を伸ばし、真新しいギターをじっくり眺めた。おおお……Limited Modelは流石にかっこいい。手にしっくりとなじむ。久しぶりのギターの感触に心が躍る。弦を鳴らすと、無線にも関わらず、アンプで増幅された痺れる音が響いた。
実は、陽一はギターが好きだった。父親の影響で、子供の頃から弾いているのだ。高校では陸上部に入るか軽音部に入るかで迷ったほどで、部屋にはFenderとGibsonの二つのエレクトリックギターがある。
「なんで、俺がギター好きだって判ったの?」
「ふふ、インコは音楽が好きで、ダンスをしたり歌ったりするんですよ」
「俺はインコじゃねーよ。いい加減インコから離れろよ」
陽一が睨むと、ミラは微笑した。
「判っていますよ。鳥と違って、陽一は泣いちゃうんですね」
そっと指が伸ばされ、目元を優しくなぞった。陽一は頬が熱くなるのを感じながら、不自然に視線を逸らしてしまう。
「うるせーな、ちょっと感動したんだよ。ミラがそんなに上手なんて知らなかったし!」
ミラは楽しそうに笑った。
「悪魔は、人間の趣味嗜好を読むのに長けているんです。誘惑は魔族の十八番ですから」
「ふぅん……」
人間の価値観に理解があるのかないのか、悪魔はよく判らない。だが、少なくとも今回に限っては大正解だ。
「……この間は、すみませんでした。陽一を怒らせるつもりはありませんでした。仲間を連れてきたら、貴方が喜ぶと思ったのです」
陽一は
悪魔は難解だ。
想像を絶する鬼畜ぶりを発揮したかと思えば、素直に謝罪を口にしたりする。言動に一貫性がなく、度々常軌を逸しているが、今みたいに、予想を超えた突拍子のない行動に、心を動かされてしまうことも確かで……
と、状況を俯瞰する余裕がでてきて、陽一は、自分が臭いことに気がついた。
そういえば、ここしばらく、風呂すら
「風呂」
陽一は一言呟くと、ギターを丁寧に置いて、半二階を降りた。そのまま浴場に向かい、服を脱いで、シャワーカーテンをひいた。熱い湯を浴びると、自分でも驚くほど、安堵した。強張った躰がほぐれて、乾いた肌が潤っていくようだった。
汗を流し、清潔な服に着替えて外にでると、ミラが待っていた。
「食事は?」
彼はそういって、卓の上に暖かいスープと、綺麗にカットされた果物をだした。陽一は黙って席につくと、スープを口に運んだ。あの最初に食べたスープと同じ味がした。そういえば、最後に食事をしたのはいつだったろう?
「美味しい……」
思わず漏れた呟きに、ミラは嬉しそうにほほえんだ。
「良かった、食べてくれた」
その声には、安堵の色が滲んでいるように聞こえた。
本当に、ミラは難解だ。
「……あのさ、俺の世話をする気があるなら、俺の心も大切にして」
「心?」
「うん……人間は、躰が健康でも、精神的にストレスを抱えると、元気がなくなるんだよ。俺みたいにさ」
ミラは神妙な顔で頷いた。
「なるほど……殺すことばかり考えているので、殺さないように気を配るというのは、とても新鮮です」
「……」
陽一は賢明にも反論を控えた。ミラはうんうんと頷いたあとで、にっこりした。
「つまり、気分転換が必要ということですね」
「……まぁ、うん」
するとミラは、妙にかわいらしい仕草で首を傾げた。
「では、
「え?」
「鳥籠の外を見てみたくありませんか? 今度、案内しますよ」
陽一は信じられない思いで、神秘的な菫色の瞳を覗きこんだ。
「……うん。見てみたい」
陽一が上目遣いに頷くと、ミラはほほえんだ。
「判りました。もう少し体重が戻ったら、外にいきましょうね」
まるで、ピクニックにでもいくような口調である。
陽一としては、気分転換より、家に帰して欲しいところだが、鳥籠からだしてもらえるだけでも進歩だろう。ギターもそうだが、彼なりの譲歩なのかもしれない。
にこにこしているミラを見て、陽一も、