HALEGAIA
2章:
陽一は鳥籠の柵から身をのりだして、水平線を眺めていた。
天気はきらきらしていて、雄大な光景は清々しく、胸のすくような眺めである。
あとは、ここが鳥籠でなければ完璧なのだが……ミラと出会い、陽一の環境は飛躍的に改善されたものの、依然として鳥籠に囚われたままだった。
ここへきて、もうどれくらい経ったろう?
水時計をもらってから算 えるだけでも、十日が過ぎている。
近頃では、他の鳥籠に捕らわれている住人たちに、奇妙な親近感を覚えるまでになっていた。彼等の存在に、囚われているのは自分だけではないという、ある種の慰めを感じるのだ。
そうかと思えば、永劫変わらぬ己の姿を見るようで、悄然となることもあり、感情の一進一退は、なにか些細なことでもつれつつ危うくなったりと不安定だった。
だが、怯懦 に見舞われるのも宜 なるかな。まだ生きていることが不思議なくらいなのだ。
異世界の僻地で、囚われの身で、恐ろしい怪物に嬲られ、壮絶な餓えに苦しんだにも関わらず、なぜか生きている。それも、ミラの気持ち一つではあるのだが……自称魔王の気が変わって、陽一への興味が失せたら、今度こそ飢死するだろう。
不意に食べ物のことが脳裡をかすめ、腹が鳴った。
空腹の限界だ。
全くもって不本意、納得いかないが、食事をするためには、ミラを呼ぶしかない。
「はぁ~……ミラ―――……」
陽一は渋々、舌の刻印 を使った。
来訪を予期して扉を注視していると、不意に空が黄昏に燃えあがった。そうかと思えば銀色の条 が走り、一刹那、扉の前にミラが現れた。
「こんにちは、陽一。ご機嫌いかがですか?」
と、なかへ入ってきたミラは、彼が頻繁に使う、お気に入りの台詞を口にした。
「どうも、最悪です」
陽一は不機嫌まるだしで答えたが、ミラは機嫌良さそうにしている。彼はいつでも楽しそうにしているが、黄昏時、逢魔ヶ刻 は特に機嫌がいい。
「お腹が空きましたか?」
ミラは陽一の機嫌をとろうと、無意識のうちに、悪魔の蠱惑を漂わせた。
理不尽な引力に抗うべくもなく、陽一は、誘蛾灯に誘われるみたいに、ふらふらとミラの方へ近づいていった。この流れにはうんざりしているはずなのに、この世のものとは思えぬ美貌を見ていると、否応なしに頭がぼうっとなってしまう。
「陽一……」
ミラは傍にやってきた陽一の腰に片腕をまわして抱き寄せた。陽一は顔をあげ、自らキスをせがむように背伸びをし……端正な顔に近づいたところで我に返った。
「……ハッ! 待てっ……ん――ッ! む~っ!!」
慌てて距離をとろうとするが、遅かった。腕をつかって逃げようとしても、ミラの強靭な躰はびくともしない。ほっそりして見えるが、腰を抱く腕は力強く、征服するような口づけに抗えない。たっぷりと舌を吸われて、躰の芯が甘く痺れた。
「はぁ、はぁ、は……」
唇が離れた時、陽一は全力疾走した直後のように肩で息をしていた。ミラも少し息が乱れている。
勘弁してほしいのだが、舌の刻印 を使おうが使うまいが、ミラは顔をあわせる度に挨拶のようにキスをしかけてくるのだ。
「はぁ、はぁ……くそっ、他に方法はないのか!」
陽一はミラを睨みつけたが、煽情的な美貌を見て、うっと怯んだ。キスの余韻で、白皙の頬は仄かに色づいて、唇は濡れている……紫に輝く魔性の瞳に囚われて、陽一の全身を波動が襲った。
「あぁ……っ」
躰が燃えるように熱くなり、躰の中心が火照って、昂っていく。衣服の下に汗が流れ、着ているものを、今すぐに脱ぎ捨ててしまいたい衝動に駆られた。理性も道徳もかなぐり捨て、本能をむきだしにさせられてしまう。
再び彼に手を伸ばしかけたところで、陽一は我に返った。
「くそ! 俺ってやつは!」
髪をふりたくって罵詈雑言を喚く様を、ミラはおかしそうに笑って見ている。
「ふざけんな、エロ魔王め! 少しはエロスを抑えてくれよ!」
陽一は苦々しい思いで叫んだ。彼の発散する蠱惑は、殆ど妖気といっていい。一介の人間の身では、太刀打ちできないのだ。
「ふふ。僕はこれでも、抑えているんですよ。限りなく零に近いくらい」
「じゃあ零にしてくれ」
きつく睨みつけてやったつもりだが、涙目で頬を上気させて、あまり迫力はない。
「元気そうですね、陽一。外を眺めて、なにか面白いものでもありましたか?」
「もう見飽きたよ。退屈で死にそう」
と、陽一はうんざりした顔でいった。もはや魔王に対する口調ではない。ミラは全ての元凶であり、生殺与奪を握られている、逆らってはいけない相手ということは頭では判っているのだが、彼の柔らかな物腰や、外見年齢が近いことや、気さくな性格から、畏まった言葉遣いを早々にやめてしまっていた。また、顔をあわせる度にいやらしいことをしてくるので、怒鳴りちらすことに慣れてしまったという男として微妙な事情もある。
一方のミラも、陽一のざっくばらんな態度を歓迎している節があり、これまでのところ一度も言動を咎めていない。
「お腹が空いたでしょう?」
そういってミラは卓に料理を並べた。美味しそうな、湯気のたつ卵料理に、柑橘系のソースのかかった薄肉、緑の野菜、チーズ、牛乳と、なんともバランスの良い食事である。
陽一は目を輝かせ、ミラへの不満はいったん忘れて、いそいそと席に着いた。
「いただきます」
陽一が食べ始めると、ミラも席についた。優雅に紅茶を飲みながら、どこからかとりだした本を捲り始めた。
「何の本?」
気になって陽一が訊ねると、ミラは表紙を見せた。愛らしいセキセイインコの写真が印刷されている。
「インコの飼育?」
陽一は訝しげに首を傾げた。
「人間の飼育教本を探したのですが、見つからなくて。仕方がないので、インコで妥協しました」
「なんでだよ。俺はインコじゃねーよ」
「でも、インコはお喋りが上手なんですって。陽一と同じですね」
「(同じじゃねーよ)……」
陽一はぐっと苛立ちを抑えこんだ。感情的になったところで、ミラを喜ばせるだけだ。食べることに専念した方がいい。
黙々と食べながら、横目で真面目な顔でインコの飼育本を読んでいる悪魔を盗み見た。
いちいち頭にくる悪魔だが、今のところ、意外なほど真面目に陽一の面倒を見ている。
名前を呼べば必ず現れ、水や食事、細々とした身の回りのことまで、陽一の要望を聞きいれてくれる。
例えば、鳥籠を占領していた巨大なベッドは消してもらい、代わりにロフトのような梯子つきの半二階を設け、折りたためる布団を敷いてもらった。鳥籠の天井から、光沢のある別珍 と薄い蒼色の紗を吊るし、布団をぐるっと囲めるようにしてあるから、遮光も完璧だ。
当初の何もなかった鳥籠に比べたら、各段に改善された。設備の整ったワンルームのような居心地の良さである。
だが、どんなに親切にされようとも、監禁されているという現実は変わらない。
「なぁ、ビショップさんはまだこないの?」
食後の珈琲を飲みながら、陽一はさりげなく訊ねてみた。ビショップとは、天界 に通じているという件 の聖霊で、陽一が家に帰るために必要な存在だ。
「きていませんよ」
と、ミラの答えは変わらない。肩を落とす陽一を見て、ミラは励ますようにほほえんだ。
「ねぇ、陽一。退屈なら、逸楽に耽 る手助けをしましょうか」
妙案を思いついたとでもいいたげな顔を見て、陽一は、訝しげに眉をひそめた。
「何? 携帯でも貸してくれるの?」
「もっといいものがありますよ」
そういってミラは、厚みのある大きな本を陽一に手渡した。革表紙に金で捺 した文字は“楽園百科”と書いてある。異国の言葉だが、ありがたいことに理解できる。一瞬、これも舌の刻印 のおかげなのかと微妙な気持ちになったが、気を取り直して本を捲ってみた。
すると、ホログラフのように印刷された絵が浮きあがるではないか。立体的な映像は、さらに動きだした。
「すげぇ、動いた! どうなんってんのこれ?」
陽一は目を丸くして、図鑑を四方から眺め回した。仕組みはさっぱりだが、美しい色合いの鳥が、立体的に動いて見える。
「この図鑑、もしかして楽園の生き物について書かれているの?」
「そうですよ。特別に見せてさしあげます」
得意そうにいうミラを見て、陽一は首を傾げた。
「誰が書いたの、これ」
「僕です」
「えっ、ミラが書いたの?」
「ええ。暇つぶしに」
「へ~……」
感心しながら、分厚い図鑑をぱらぱらとめくってみる。ものすごい項数である。しかもよく編集されている。
(よっぽど暇なんだな……)
なにせ、広大な楽園 を築いて、魔王ともあろう者が、陽一の世話を自らしているくらいである。
未だに理解不能だが、彼は陽一が致し方なく呼ぶ度に、瞬間的に現れるのだ。仕事や外出はしないのかと訊ねたら、片手間にできるから(異界の殲滅を?)問題ないと答えた。そもそも、魔王のくせに囚人 の世話をしていいのだろうか?
その時、嫌な疑問が芽生えた。
「……もしかして、俺もそのうち、この図鑑に載るのか?」
強張った声で陽一が呟くと、ミラは軽く頷いてみせた。
「そうですね、書き足しておきましょう」
無邪気な笑みが、このうえなく邪悪に見える。表情を凍りつかせる陽一を見て、ミラは菫色の瞳を妖しく煌めかせた。
「不服ですか? 人間はたくさんの生き物を自己満足のために閉じこめるのに、自分がそうされるのは嫌がるのですよねぇ、身勝手ですねぇ」
むっとして、陽一は鼻で嗤った。
「偉そうにいうなよ。ミラも鳥籠に監禁されてみれば、俺の気持ちが判るよ」
「では、森で生活しますか? 食われるのが落ちだと思いますが」
「嫌だよ。俺みたいな、弱い種を隔離している区域はないの?」
「ですから、空に隔離しています」
「は――……死にたくなってくるわ――……」
思わず陽一は遠い目をして呟いた。するとミラは、考える素振りをみせたあとで、とんでもないことをいいだした。
「退屈なら、仲間を連れてきてあげましょうか?」
「は? 仲間?」
「人間に似ている……雌がいい?」
陽一は表情を消した。だらけていた姿勢を正して、じっとミラを見つめた。
「まさか、攫ってくるつもり? 絶対にやめろよ」
「そうですか?」
「人間はペットじゃないんだぞ」
陽一は凄んでみせたが、ミラは薄笑いを浮かべている。底知れぬ魔性の瞳が、お前はペットだよ……雄弁に物語っていた。
会話を続ける気力が萎え、陽一は黙って席を立った。寝る、とそっけなく告げて半二階へあがり、布団に潜りこんで帳をおろした。
「陽一? もう眠ってしまうんですか?」
人を追いつめておいて、ミラは、残念そうにいった。陽一は聴こえないふりをして目を瞑った。
天気はきらきらしていて、雄大な光景は清々しく、胸のすくような眺めである。
あとは、ここが鳥籠でなければ完璧なのだが……ミラと出会い、陽一の環境は飛躍的に改善されたものの、依然として鳥籠に囚われたままだった。
ここへきて、もうどれくらい経ったろう?
水時計をもらってから
近頃では、他の鳥籠に捕らわれている住人たちに、奇妙な親近感を覚えるまでになっていた。彼等の存在に、囚われているのは自分だけではないという、ある種の慰めを感じるのだ。
そうかと思えば、永劫変わらぬ己の姿を見るようで、悄然となることもあり、感情の一進一退は、なにか些細なことでもつれつつ危うくなったりと不安定だった。
だが、
異世界の僻地で、囚われの身で、恐ろしい怪物に嬲られ、壮絶な餓えに苦しんだにも関わらず、なぜか生きている。それも、ミラの気持ち一つではあるのだが……自称魔王の気が変わって、陽一への興味が失せたら、今度こそ飢死するだろう。
不意に食べ物のことが脳裡をかすめ、腹が鳴った。
空腹の限界だ。
全くもって不本意、納得いかないが、食事をするためには、ミラを呼ぶしかない。
「はぁ~……ミラ―――……」
陽一は渋々、舌の
来訪を予期して扉を注視していると、不意に空が黄昏に燃えあがった。そうかと思えば銀色の
「こんにちは、陽一。ご機嫌いかがですか?」
と、なかへ入ってきたミラは、彼が頻繁に使う、お気に入りの台詞を口にした。
「どうも、最悪です」
陽一は不機嫌まるだしで答えたが、ミラは機嫌良さそうにしている。彼はいつでも楽しそうにしているが、黄昏時、
「お腹が空きましたか?」
ミラは陽一の機嫌をとろうと、無意識のうちに、悪魔の蠱惑を漂わせた。
理不尽な引力に抗うべくもなく、陽一は、誘蛾灯に誘われるみたいに、ふらふらとミラの方へ近づいていった。この流れにはうんざりしているはずなのに、この世のものとは思えぬ美貌を見ていると、否応なしに頭がぼうっとなってしまう。
「陽一……」
ミラは傍にやってきた陽一の腰に片腕をまわして抱き寄せた。陽一は顔をあげ、自らキスをせがむように背伸びをし……端正な顔に近づいたところで我に返った。
「……ハッ! 待てっ……ん――ッ! む~っ!!」
慌てて距離をとろうとするが、遅かった。腕をつかって逃げようとしても、ミラの強靭な躰はびくともしない。ほっそりして見えるが、腰を抱く腕は力強く、征服するような口づけに抗えない。たっぷりと舌を吸われて、躰の芯が甘く痺れた。
「はぁ、はぁ、は……」
唇が離れた時、陽一は全力疾走した直後のように肩で息をしていた。ミラも少し息が乱れている。
勘弁してほしいのだが、舌の
「はぁ、はぁ……くそっ、他に方法はないのか!」
陽一はミラを睨みつけたが、煽情的な美貌を見て、うっと怯んだ。キスの余韻で、白皙の頬は仄かに色づいて、唇は濡れている……紫に輝く魔性の瞳に囚われて、陽一の全身を波動が襲った。
「あぁ……っ」
躰が燃えるように熱くなり、躰の中心が火照って、昂っていく。衣服の下に汗が流れ、着ているものを、今すぐに脱ぎ捨ててしまいたい衝動に駆られた。理性も道徳もかなぐり捨て、本能をむきだしにさせられてしまう。
再び彼に手を伸ばしかけたところで、陽一は我に返った。
「くそ! 俺ってやつは!」
髪をふりたくって罵詈雑言を喚く様を、ミラはおかしそうに笑って見ている。
「ふざけんな、エロ魔王め! 少しはエロスを抑えてくれよ!」
陽一は苦々しい思いで叫んだ。彼の発散する蠱惑は、殆ど妖気といっていい。一介の人間の身では、太刀打ちできないのだ。
「ふふ。僕はこれでも、抑えているんですよ。限りなく零に近いくらい」
「じゃあ零にしてくれ」
きつく睨みつけてやったつもりだが、涙目で頬を上気させて、あまり迫力はない。
「元気そうですね、陽一。外を眺めて、なにか面白いものでもありましたか?」
「もう見飽きたよ。退屈で死にそう」
と、陽一はうんざりした顔でいった。もはや魔王に対する口調ではない。ミラは全ての元凶であり、生殺与奪を握られている、逆らってはいけない相手ということは頭では判っているのだが、彼の柔らかな物腰や、外見年齢が近いことや、気さくな性格から、畏まった言葉遣いを早々にやめてしまっていた。また、顔をあわせる度にいやらしいことをしてくるので、怒鳴りちらすことに慣れてしまったという男として微妙な事情もある。
一方のミラも、陽一のざっくばらんな態度を歓迎している節があり、これまでのところ一度も言動を咎めていない。
「お腹が空いたでしょう?」
そういってミラは卓に料理を並べた。美味しそうな、湯気のたつ卵料理に、柑橘系のソースのかかった薄肉、緑の野菜、チーズ、牛乳と、なんともバランスの良い食事である。
陽一は目を輝かせ、ミラへの不満はいったん忘れて、いそいそと席に着いた。
「いただきます」
陽一が食べ始めると、ミラも席についた。優雅に紅茶を飲みながら、どこからかとりだした本を捲り始めた。
「何の本?」
気になって陽一が訊ねると、ミラは表紙を見せた。愛らしいセキセイインコの写真が印刷されている。
「インコの飼育?」
陽一は訝しげに首を傾げた。
「人間の飼育教本を探したのですが、見つからなくて。仕方がないので、インコで妥協しました」
「なんでだよ。俺はインコじゃねーよ」
「でも、インコはお喋りが上手なんですって。陽一と同じですね」
「(同じじゃねーよ)……」
陽一はぐっと苛立ちを抑えこんだ。感情的になったところで、ミラを喜ばせるだけだ。食べることに専念した方がいい。
黙々と食べながら、横目で真面目な顔でインコの飼育本を読んでいる悪魔を盗み見た。
いちいち頭にくる悪魔だが、今のところ、意外なほど真面目に陽一の面倒を見ている。
名前を呼べば必ず現れ、水や食事、細々とした身の回りのことまで、陽一の要望を聞きいれてくれる。
例えば、鳥籠を占領していた巨大なベッドは消してもらい、代わりにロフトのような梯子つきの半二階を設け、折りたためる布団を敷いてもらった。鳥籠の天井から、光沢のある
当初の何もなかった鳥籠に比べたら、各段に改善された。設備の整ったワンルームのような居心地の良さである。
だが、どんなに親切にされようとも、監禁されているという現実は変わらない。
「なぁ、ビショップさんはまだこないの?」
食後の珈琲を飲みながら、陽一はさりげなく訊ねてみた。ビショップとは、
「きていませんよ」
と、ミラの答えは変わらない。肩を落とす陽一を見て、ミラは励ますようにほほえんだ。
「ねぇ、陽一。退屈なら、逸楽に
妙案を思いついたとでもいいたげな顔を見て、陽一は、訝しげに眉をひそめた。
「何? 携帯でも貸してくれるの?」
「もっといいものがありますよ」
そういってミラは、厚みのある大きな本を陽一に手渡した。革表紙に金で
すると、ホログラフのように印刷された絵が浮きあがるではないか。立体的な映像は、さらに動きだした。
「すげぇ、動いた! どうなんってんのこれ?」
陽一は目を丸くして、図鑑を四方から眺め回した。仕組みはさっぱりだが、美しい色合いの鳥が、立体的に動いて見える。
「この図鑑、もしかして楽園の生き物について書かれているの?」
「そうですよ。特別に見せてさしあげます」
得意そうにいうミラを見て、陽一は首を傾げた。
「誰が書いたの、これ」
「僕です」
「えっ、ミラが書いたの?」
「ええ。暇つぶしに」
「へ~……」
感心しながら、分厚い図鑑をぱらぱらとめくってみる。ものすごい項数である。しかもよく編集されている。
(よっぽど暇なんだな……)
なにせ、広大な
未だに理解不能だが、彼は陽一が致し方なく呼ぶ度に、瞬間的に現れるのだ。仕事や外出はしないのかと訊ねたら、片手間にできるから(異界の殲滅を?)問題ないと答えた。そもそも、魔王のくせに
その時、嫌な疑問が芽生えた。
「……もしかして、俺もそのうち、この図鑑に載るのか?」
強張った声で陽一が呟くと、ミラは軽く頷いてみせた。
「そうですね、書き足しておきましょう」
無邪気な笑みが、このうえなく邪悪に見える。表情を凍りつかせる陽一を見て、ミラは菫色の瞳を妖しく煌めかせた。
「不服ですか? 人間はたくさんの生き物を自己満足のために閉じこめるのに、自分がそうされるのは嫌がるのですよねぇ、身勝手ですねぇ」
むっとして、陽一は鼻で嗤った。
「偉そうにいうなよ。ミラも鳥籠に監禁されてみれば、俺の気持ちが判るよ」
「では、森で生活しますか? 食われるのが落ちだと思いますが」
「嫌だよ。俺みたいな、弱い種を隔離している区域はないの?」
「ですから、空に隔離しています」
「は――……死にたくなってくるわ――……」
思わず陽一は遠い目をして呟いた。するとミラは、考える素振りをみせたあとで、とんでもないことをいいだした。
「退屈なら、仲間を連れてきてあげましょうか?」
「は? 仲間?」
「人間に似ている……雌がいい?」
陽一は表情を消した。だらけていた姿勢を正して、じっとミラを見つめた。
「まさか、攫ってくるつもり? 絶対にやめろよ」
「そうですか?」
「人間はペットじゃないんだぞ」
陽一は凄んでみせたが、ミラは薄笑いを浮かべている。底知れぬ魔性の瞳が、お前はペットだよ……雄弁に物語っていた。
会話を続ける気力が萎え、陽一は黙って席を立った。寝る、とそっけなく告げて半二階へあがり、布団に潜りこんで帳をおろした。
「陽一? もう眠ってしまうんですか?」
人を追いつめておいて、ミラは、残念そうにいった。陽一は聴こえないふりをして目を瞑った。