FAの世界

3章:大水晶環壁 - 6 -

 目が醒めて、天蓋から垂れる緞子をめくると、窓の向こうは黄昏ていた。
 沙幕カーテンの隙間から伸びた斜陽が、豪奢な寝室を蜂蜜色に照らしている。
(……どれくらい寝ていただんろう……)
 ぼんやりとした思考は一瞬で、すぐに聖寵せいちょうの泉のことが脳裏に閃いた。と同時に、呼吸が浅く速くなり、動悸がした。
「なんてこった……!」
 一体、何人とまじわったのだろう? 年端もゆかぬ美少年と絡みあったなんて、自分が信じられない。三十余年、虹を形成している道徳観が崩壊しそうだ。アーシェルの危惧した通り、尻に水晶を埋められていなければ貫かれていただろう。
(畜生、悪い夢なら良かったのに……)
 ともかく、終わったことだ。考えるな。今は思い返しても胸を抉るだけ……と、いいきかせようとして、尻に違和感を覚えた。
 例のアレが、まだ入っている。うんざりしながら輪に指をひっかけて引き抜こうとするが、正体不明の力に阻まれた。
「くそっ、アーシェルじゃないと抜けないのか」
 力んだせいで尻が熱を帯びて、躰の奥の埋火うずみびが勢いよくくすぶり始めた。さんざん高められた熱を発散できていないのだ。性器に手を伸ばそうとして、やめた。そこじゃない。躰の奥処おくかが疼いて堪らないのだ。無意識にあさましく水晶を食み占めてしまう。
「うぅ……マジかよ……っ」
 助けを必要としているが、今ここにアーシェルを呼べば、激しい情事の二の舞だ。二晩続けて色狂いに陥るのは勘弁してほしい。
 煩悶しながら息を喘がせていると、見計らったようにアーシェルが寝室に顕れた。
「お目覚めですか、虹様」
 虹はびくっとして、慌てて後孔に埋められた水晶の輪から指を離した。顔を少し起こして彼を見ると、アーシェルは近くにやってきて寝台に腰をおろした。
「アーシェル……」
「昨夜はありがとうございました。虹様の御慈悲により、皆すっかり回復いたしました」
「それは良かった」
 するりと背中を撫でられ、ぴくりと震える。指はつ、としたへおりていき……下履きの縁で止まった。
「……水晶、とってください」
 観念したように虹がいうと、アーシェルはくちびるに微笑を溜めて、虹の顔を引き寄せた。
「御意」
 アーシェルは虹を抱きすくめて、くちびるを重ねた。
「んぅ……ッ」
 目を開いたまま抗議する。アーシェルも美しい碧い瞳を閉じなかった。唇を吸われて、舌を搦め捕られて、愛撫されるうちに、虹の声に甘さが滲んだ。
 彼の指が下着のなかに忍びこみ、直接昂りに触れた瞬間、自制心は掻き消えた。烈しく貪ってほしい。舌を搦めて応じると、しなやかな指が虹の性器を愛撫する。
「あぁっ」
 虹は腰をせりだし、アーシェルの指に押しつけた。彼は親指で亀頭の先端をまるくなでながら、もう片方の手で尻をつかみ、楔の輪に触れた。虹を縛りつける忌々しい水晶。甘く淫らに苛む楔。くいっと輪を軽く引かれただけで、強烈な悦楽が虹を貫いた。
「うあぁッ」
 喉奥から嬌声が迸る。
 アーシェルは虹をうつぶせにし、器用に下着ごと寝室着を脱がせた。背中にキスの雨を降らせながら、輪を悪戯に揺らして刺激を与えてくる。
「早くとって!」
 虹は肩越しに睨んだ。しかしアーシェルが尻をぐっと揉みしだくと、強気な表情は弱弱しく歪んだ。
「ぁ……優しく抜いて」
 アーシェルは胸の奥からうなるような声をもらした。快感に打ち震える虹を押さえつけたまま、輪にかけた指に力がくわわる。水晶をゆっくりと、少しずつ引き抜いていく。
「ぁっ……ん、ふぁっ……あぁ……ッ!」
 どんなに引いても抜けたなかった楔が、アーシェルが引くのにあわせて、少しずつ、焦れったいほど少しずつ抜けていく。
 ぐぽっ……粘着な音と共に水晶は抜け落ちた。ひくつく秘孔から甘い蜜があふれでる。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
 虹は早くも息があがっていた。紅潮した顔で、どうするのか後ろを振り向くと、アーシェルは美しい顔をさげていき、濡れた孔の周囲をひと舐めした。
「ひっ」
 反射的に手で尻を隠そうとするが、巧みに抑えこまれて、舌を挿しいれられた。
「あッ! くふぅ……ン……」
 あふれる蜜をすすられる。虹の全身から汗がふきでた。
「嗚呼、なんて……っ」
 アーシェルは陶然と呟いたあと、尻に顔をうずめた。
 強すぎる悦楽に虹のくちびるから嬌声が迸る。じゅるじゅると信じられないほど淫靡な音を天蓋に反響させながら、彼は虹の大腿を掴んで尻を高く持ちあげ、さらに奥深くに舌を突きさした。
「ぁンッ、あ、んぁ……」
 逃げようとする腰を両手で掴んで引き戻し、アーシェルは舌を深く突きいれて、あふれでる蜜をすすりあげる。
「ひッ、イく、イっちゃぅ、もっ、ゆっくりぃ……ん――ッ!」
 びくんっびくんっ、魚のように腰が撥ねるのを止められない。アーシェルは虹の大腿をしっかり押さえこみ、喉をならして飲み干していく。
「ぁん……やぁ……ふぅん……っ」
 もはや弱弱しく喘ぐことしかできぬ虹を、アーシェルは恍惚の表情で飽かず貪っている。何度も何度もすすり、嘗めあげ、舌を挿れてまたすすり、薄い蜜も感じなくなるとようやく顔を離した。
 虹は涙目で、文句をいう気力もなかった。アーシェルは欲望にぎらつく瞳で虹を見つめたあと、己の下肢をゆるめて、猛る切っ先を二度三度と手でしごいた。
 ふぃっと視線を逸らす虹を凝視したまま、濡れた亀頭をぬかるんだ孔にあてがった。そこは朱く腫れて、潤んで、さらなる刺激を求めていた。
「アーシェル……」
 虹は弱弱しく哀願したが、アーシェルは無言のまま腰をせりだした。
「あぁッ……」
 すぐに激しい律動が始まり、虹は揺さぶられた。アーシェルの胸に手をついて、押しのけようとするが、強靭な肉体はびくともしない。圧倒的な膂力りょりょく差を思い知らされるだけだった。
 無駄な抵抗を続ける虹のすきにさせながら、アーシェルは細腰を掴んで、媚肉を穿つ。
「はぁ、虹様、虹様……っ」
「ンッ! や……ぁ、あっ、んぁッ!」
 アーシェルは虹に覆いかぶさると、耳にささやいた。
「愛しています、虹様……っ」
 虹は泣きそうになった。ひどい男だ――他の男に、虹を好き勝手にさせておきながら、こんな風に愛を囁くなんて。
 白々しい滑稽感を覚えながら、心の片隅が甘く震えるのを感じる。勘違いしてしまいそうだ。愛しい男に全身全霊で愛されているのだと。お互いが唯一無二の恋人であると。
(違う、違う! 俺は、セックスを強要されているんだ。こんなの愛じゃない……っ)
 必死にいいきかせる虹の瞼に、頬に、こめかみに、くちびるで触れられるところ、すべてに愛おしげにキスをする。
「虹様っ……今宵は、貴方様の、奥を満たすのは、私、私だけでございます……っ」
 熱塊が膨らむのを感じて、虹は慄いた。
「だめ、アーシェル、なかはだめ……っ」
 自覚を甘くかじられた。
「なぜ? 私で、満たしてさしあげます……っ」
「でも! 待って、怖い……っ」
 虹は涙声で訴えた。また水晶珠を産むのかと戦慄する。
「怖くありませんよ、虹様……力を抜いて……奥で感じて、うけとめて」
 絶頂が近づいている。孔は濡れて、ぐぷんっといやらしい音をたてる。
「あ、あぁッ!!」
 びゅくっと濡れた感触がして、勢いよくふきあがる熱い子種を、虹は子宮でうけとめた。
 もうあんなことは二度と御免だと思ったのに、孕まされてしまう。逃げられない。アーシェルは虹が身動きできないほど、たくましい両腕でがっちり抱きしめ、腰をぴったりとつけて子種を注ぎきった。
「うぅ、ひどい……っ」
 涙に濡れた目でこぼすと、アーシェルは汗ではりついた黒髪をよりわけ、額にくちびるをつけた。繊細な思いやりにみちたキスなのに、深くつながったままで、長い吐精はなかなか終わらなかった。
 動けない虹を組み敷いたまま、アーシェルは頸筋にくちびるを這わせ、鎖骨のくぼみに押し当てた。さらにくだっていき……息を喘がせる胸におりて、赤い果肉の一方を指で摘まみながら、もう片方をくちに含んだ。
「んっ……」
 覆いかぶさる躰を押しのけようとするが、アーシェルは抜こうとしない。
「離れて」
 小声で虹は囁いたが、アーシェルは緩やかに腰を動かし始めた。ぬぷっ、じゅぷ……粘着な水音をたてながら、ゆっくりと虹を揺さぶる。
「なん……ぁ、はぁ……っ」
 胸元にしずむ頭をぐっと押すが、びくともしない。昨夜さんざん吸われた乳首はつんと尖り、醸成された蜜を噴きあげる。ぷしゃっと濡れて弾ける音に、虹は死にたくなるほどの羞恥に苛まれた。
「……もう少しだけ、虹様……」
 ぐずる虹をあやしながら、アーシェルは緩やかに腰をつかう。
 右の乳首、つぎに左を極めた。飛び散った蜜を丁寧に舐めとられる間も、安定した律動は続けられた。
 虹はすすり泣いていたが、優しい愛撫を繰りかえされるうちに力を抜いて、身を任せた。やがて、震えるだけだったが性器も軽く達した。
「は……っ」
 艶めいた声をあげて、アーシェルが胴震いをする。さきほどよりは勢いの落ち着いた吐精を遂げて、ゆっくりと引き抜いた。
「嗚呼、美味しい……素晴らしいお力を授けてくださり、ありがとうございます。水晶の君」
 アーシェルは頬を紅潮させ、美しい笑みを浮かべていった。
 遣る瀬無い哀切がこみあげて、虹は視線をそらした。この行為はただの食餌。生命維持のための単なる作業。そういわれた気がしたのだ。
 精神的にも体力的にも一滴残らず搾り取られたあとで、もはや精魂尽き果てた虹のために、アーシェルは甲斐甲斐しく世話を焼き始めた。
「白湯でございます」
 虹はゆっくりと起きあがると、無言で湯呑をうけとった。たちのぼる湯気を眺めながら、水面を漂うような感覚に混迷を覚えていた。
 どうしてこうなってしまうのだろう――アーシェルに触れられると、己が判らなくなる。愛と呼ぶには歪で、義務だと割り切るには甘やかでもある。初恋の胸の高鳴りのような、ほろ苦い哀切のような……彼からもたらされるのは、いつだって甘い狂気だ。
「少しだけでも、お飲みになってください。喉を傷めないように」
 湯呑にくちをつけようとしない虹を見かねて、アーシェルがいった。
 優しいアーシェル。彼の傍にいると、恋のときめきがあり、感傷的にもなり、凪と嵐とが交互に訪れて心が疲弊する。
 このままでは精神が参ってしまう。奢侈しゃしな暮らしなど捨てて、いっそ……自己責任で生きて死ぬ方が遥かにマシじゃないだろうか?
「虹。考えてはいけません」
 耳元で聴こえた囁きに、虹は危うく悲鳴をあげるところだった。慌てて顔をあげるとアーシェルと目が遭う。
「どうかしましたか?」
 アーシェルが不思議そうに訊ねた。虹は茫然と碧い瞳を見つめ返した。
「今、何かいいました?」
「いえ……」
 戸惑った風に応えるアーシェルを見て、虹も戸惑った。キャメロンのことが脳裏をよぎり、彼について訊ねようとしたが、気がつけば青くさい感傷がくちを衝いていた。
「……ふと思ったんです。もう、死んだらいいのかなって……アーシェルさんたちも、僕が王では不幸でしょう」
「そんなことをいわないでください。虹様がいてくださるだけで、私は幸せです」
 彼の寛容さ、真摯な表情が気に障った。それで棘のある口調でいい返してみた。
「本当にいるだけでいいのなら、良かったんだけどね」
「本当です」
「そうはいっても、儀式をするのでしょう?」
「間もなく……水晶ノ刻が近づいております」
「っ、ほらね」
 声のふるえを抑えられない。虹は眉をしかめて、くちびるを噛み締めた。そうでもしないと、嗚咽が漏れてしまいそうだった。
「……泣かないでください」
「でていって。ひとりにしてください」
 虹は抱擁を拒むと、顔を両手で覆って突っ伏した。
 逃げだしたい――否応いやおうない衝動が堰を切って溢れでそうだった。