FAの世界
2章:慶びごと - 9 -
今夜は通いの使用人がやってきて、夕餉の給仕をしてくれた。後片付けも終わり、囲炉裏の前でくつろぐ虹のもとを、アーシェルが訊ねてきた。
「昼間はいかがでしたか?」
虹は手に湯呑を持ったまま、ほほえんだ。
「楽しかったよ。いい気分転換になりました」
「交歓を御赦しになられたのですか?」
虹は眉をひそめた。
「健全に茶を飲んで会話しただけですよ。あと、素晴らしい演奏を聴かせてもらいました」
「そうでしたか」
「なんでも色事に結ぶのはやめてくださいよ。僕は平穏に過ごしたいのに、アーシェルさんといると悩みが尽きません」
「……私もです。虹様に四六時中心を乱されております」
視線を伏せる姿はしどけなく、色艶めいている。
どこか親密な響きがあり、虹は朱くなった。
彼を遠ざけたいのか、傍にいてほしいのか、自分でもよく判らなかった。シーソーみたいに、気持ちがあっちへこっちへと傾いて、苦しい。
「……お互い、少し距離を置いた方がいいのかもしれませんね。日参して頂かなくても、身の回りのことはひとりでできますから」
アーシェルの表情が翳った。
「お食事はどうされるのですか?」
「用意して頂けると助かりますが、別の方にお願いできませんか? ユシュテルさんは?」
なんともいえぬ沈黙が流れた。
彼を不用意に傷つけたと思うと、目をあわせることができない。だが、アーシェルから遠ざかっていたいというのは、虹の本心だった。
破壊的な魅力をもつ、見目麗しい男に四六時中傅かれれ、巧みな誘惑の手管を披露されたら、虹などひとたまりもないのだ。
幸福のあとに虚無がやってくると知っていても、あとで心を無残に引き裂かれると知っていても、たとえ刹那的であっても、愛されたいと願ってしまう。
――そうやって幾度も判断を誤ってきたから、退廃的な楽園で、官能の束縛に捕らわれているのだ。いい加減に目を醒まさないといけない。
「私より、ユシュテルがいいですか?」
静かな声に哀調を感じて、虹の良心をちくりと刺した。
「そう、ですね」
己の硬い語調に、なぜか、忠節をつくす配下をなぶる驕慢 な王を連想してしまった。
「仰せの通りにいたします」
淡々とアーシェルは答えた。
おずおずと視線をあわせると、アーシェルは微笑した。やわらかい温かみのある笑いではなかった。
ひと刷毛 、翳を刷 くように過 った笑い。冷笑か苦笑か……刺し貫く視線は、敏捷で獰猛な野獣を彷彿させる。
「貞淑を心配されて、私を遠ざけたいとおっしゃるのなら、検討違いをされていますよ」
虹は息を飲んだ。ぞくりと背筋が震えて、闇が、足元に忍び寄ってくるかのような錯覚に囚われた。
アーシェルは素早い動作で虹を抱きあげると、戸惑う声を無視して寝室に入り、やや乱暴に寝台のうえにおろした。距離をとろうとする虹に覆いかぶさり、両脚を掴んで割り開いた。
「ちょっと!」
「我らは虹様の虜 でございます。お傍にいれば、触れたくてたまらない、蜜をすすり、熱い土壌に押し入り、種を蒔きたいとひとり残らず願っているのですよ」
「やめて、それ以上いわないでください」
突然の荒々しさも然ることながら、言葉の卑猥さに対する、怒りと憎しみが虹の胸を刺した。
「では言葉ではなく、その身に教えてさしあげます」
「“星を歌いし者 ”! 助けて! ……ぁっ、ん」
叫んだ口をくちびるで塞がされた。強引にくちびるを割られて、熱い舌がもぐりこんでくる。顔をそむけようとするが、強い力で頬を固定されて、逃げることができない。
「んぅ……っ」
逃げ惑う舌を搦め捕られて、強く吸われる。咥内のそちこちを刺激されて、虹はくぐもった声で喘いだ。
くちびるがほどけたとき、ふたりの間に細く銀糸が垂れた。
ぷつりと舌できるアーシェルは、嫣然 、嗜虐めいた微笑を浮かべた。碧い瞳の奥処 に、熾火 めいた昏い焔が燃えている。
「助けてほしい? だけど、私以上に力ある隷 はいませんよ」
「ぅ、や……ンっ」
乳首をきゅうっとつまれて、虹は喉をのけぞらせた。アーシェルは誘われるように、舌をはわせる。
「私を疎んじられたって、追い払えやしませんよ。貴方のかわいらしい抵抗など、こんなにも簡単に封じこめられるのですから」
「乱暴は厭だ!」
渾身の力を腕に集めて暴れると、両手首を頭上にひとまとめにされた。熱い躰がぴったりと圧し掛かってくる。怯みかけたが、口惜しい顔を見せるのも業腹だった。
「虹様がつれなくするからです。忠実な隷 だって、あまりに焦らされれば牙を剥くのです」
不当な怒りをぶつけられていると思ったが、アーシェルの切なげな表情を見たら、ある種の期待が胸に兆 した。
「……僕が、他の誰かのものになるのは、厭ですか?」
アーシェルは奇妙な表情を浮かべた。考える様子を見せ、
「我ら兄弟 の他には、何人たりとて貴方に近づけさせやしませんよ」
虹は落胆に目を伏せる。
独占欲を見せてくれても、やはり彼の思考は淫蕩宗教に染まってしまっている。
「……もういい、離してください」
きつく掴まれた手首が痛かった。
「お辛いのでしょう?」
反応している股間を無遠慮に撫でられ、虹は屹 となる。睨んだつもりだが、潤んだ瞳ではあまり迫力はなかったかもしれない。
「私も……熱をわかちあわせてください」
猛った股間を押しつけられ、両頬がかっと燃えるように熱くなる。
「僕に屈辱を与えて、楽しいですか」
ひどく冷たい声色だった。
主 の勘気に触れた臣下のように、アーシェルは視線を伏せる。虹の手首を離すと、手荒な真似を詫びるように、優しい手つきで黒髪を指で梳いた。
「いいえ。御身にはいつでも、心安らかにいてほしいと……」
その願いは、この状況にあまりにも不釣りあいだった。アーシェルも困惑したようにくちを閉じたので、言葉が宙を漂い、沈黙が密度を増していく。
ふたりはしばらく、ぎこちない沈黙のなかで互いの瞳を見つめていた。
「……私を抱いてくださいませんか?」
唐突な言葉に、虹は目を瞠った。慎重な表情を見る限り、冗談をいったわけではなさそうだが、意図が不明だった。
「へぇ、今夜は僕の代わりに、アーシェルさんが脚を開いてくださるんですか?」
虹は、意地の悪い薄笑いを浮かべていった。アーシェルが多少なりとも憤懣 する姿を見てみたかった。或いは、完全無欠の、超然的ともいえる彼の鎧を刺し通してやりたかったのかもしれない。
しかしアーシェルは、怒るどころか、花が綻ぶように微笑した。
「本望でございます」
身を起こし、素早く衣を脱ぎ捨てると、裸身で虹の胴をまたぐように膝たちになる。
己の魅力を知り尽くしているのだろう。視線一つで虹の身動きを封じて、月白 の髪を艶冶 にかきあげてみせた。
虹は殆ど無意識に、引き締まった腹筋に手を這わせた。触れると、なめらかな白い肌に、朧 な燐光めいた波紋が広がる。
「かわいがってくださいね……」
麗人が甘く請う。
滴 るような色香に、虹は躰の芯が疼くような、火照るような熱を覚えた。
したから仰ぎ見る肢体は、彫刻のように完璧に均整がとれており、無毛の肌は雪花石膏 のように白く、なめらかで、瑕瑾 一つない。
長い腕、がっしりした肩、割れた腹筋、細く引き締まった腰……萌 している股間は長くて、太い。性器の長大さと無毛のアンバランスが、かえって淫靡に見える。
「……いいんですか? 本当に、僕が挿れても……」
「祝着至極に存じます。これに勝る僥倖 がありましょうか」
艶めいた微笑を見ていると、胸奥 が奇妙に疼くのを感じた。
このように美しい男を、虹の好きにしていいだなんて――乱れる艶姿 を見てみたい――魔が差した。
「昼間はいかがでしたか?」
虹は手に湯呑を持ったまま、ほほえんだ。
「楽しかったよ。いい気分転換になりました」
「交歓を御赦しになられたのですか?」
虹は眉をひそめた。
「健全に茶を飲んで会話しただけですよ。あと、素晴らしい演奏を聴かせてもらいました」
「そうでしたか」
「なんでも色事に結ぶのはやめてくださいよ。僕は平穏に過ごしたいのに、アーシェルさんといると悩みが尽きません」
「……私もです。虹様に四六時中心を乱されております」
視線を伏せる姿はしどけなく、色艶めいている。
どこか親密な響きがあり、虹は朱くなった。
彼を遠ざけたいのか、傍にいてほしいのか、自分でもよく判らなかった。シーソーみたいに、気持ちがあっちへこっちへと傾いて、苦しい。
「……お互い、少し距離を置いた方がいいのかもしれませんね。日参して頂かなくても、身の回りのことはひとりでできますから」
アーシェルの表情が翳った。
「お食事はどうされるのですか?」
「用意して頂けると助かりますが、別の方にお願いできませんか? ユシュテルさんは?」
なんともいえぬ沈黙が流れた。
彼を不用意に傷つけたと思うと、目をあわせることができない。だが、アーシェルから遠ざかっていたいというのは、虹の本心だった。
破壊的な魅力をもつ、見目麗しい男に四六時中傅かれれ、巧みな誘惑の手管を披露されたら、虹などひとたまりもないのだ。
幸福のあとに虚無がやってくると知っていても、あとで心を無残に引き裂かれると知っていても、たとえ刹那的であっても、愛されたいと願ってしまう。
――そうやって幾度も判断を誤ってきたから、退廃的な楽園で、官能の束縛に捕らわれているのだ。いい加減に目を醒まさないといけない。
「私より、ユシュテルがいいですか?」
静かな声に哀調を感じて、虹の良心をちくりと刺した。
「そう、ですね」
己の硬い語調に、なぜか、忠節をつくす配下をなぶる
「仰せの通りにいたします」
淡々とアーシェルは答えた。
おずおずと視線をあわせると、アーシェルは微笑した。やわらかい温かみのある笑いではなかった。
ひと
「貞淑を心配されて、私を遠ざけたいとおっしゃるのなら、検討違いをされていますよ」
虹は息を飲んだ。ぞくりと背筋が震えて、闇が、足元に忍び寄ってくるかのような錯覚に囚われた。
アーシェルは素早い動作で虹を抱きあげると、戸惑う声を無視して寝室に入り、やや乱暴に寝台のうえにおろした。距離をとろうとする虹に覆いかぶさり、両脚を掴んで割り開いた。
「ちょっと!」
「我らは虹様の
「やめて、それ以上いわないでください」
突然の荒々しさも然ることながら、言葉の卑猥さに対する、怒りと憎しみが虹の胸を刺した。
「では言葉ではなく、その身に教えてさしあげます」
「“
叫んだ口をくちびるで塞がされた。強引にくちびるを割られて、熱い舌がもぐりこんでくる。顔をそむけようとするが、強い力で頬を固定されて、逃げることができない。
「んぅ……っ」
逃げ惑う舌を搦め捕られて、強く吸われる。咥内のそちこちを刺激されて、虹はくぐもった声で喘いだ。
くちびるがほどけたとき、ふたりの間に細く銀糸が垂れた。
ぷつりと舌できるアーシェルは、
「助けてほしい? だけど、私以上に力ある
「ぅ、や……ンっ」
乳首をきゅうっとつまれて、虹は喉をのけぞらせた。アーシェルは誘われるように、舌をはわせる。
「私を疎んじられたって、追い払えやしませんよ。貴方のかわいらしい抵抗など、こんなにも簡単に封じこめられるのですから」
「乱暴は厭だ!」
渾身の力を腕に集めて暴れると、両手首を頭上にひとまとめにされた。熱い躰がぴったりと圧し掛かってくる。怯みかけたが、口惜しい顔を見せるのも業腹だった。
「虹様がつれなくするからです。忠実な
不当な怒りをぶつけられていると思ったが、アーシェルの切なげな表情を見たら、ある種の期待が胸に
「……僕が、他の誰かのものになるのは、厭ですか?」
アーシェルは奇妙な表情を浮かべた。考える様子を見せ、
「我ら
虹は落胆に目を伏せる。
独占欲を見せてくれても、やはり彼の思考は淫蕩宗教に染まってしまっている。
「……もういい、離してください」
きつく掴まれた手首が痛かった。
「お辛いのでしょう?」
反応している股間を無遠慮に撫でられ、虹は
「私も……熱をわかちあわせてください」
猛った股間を押しつけられ、両頬がかっと燃えるように熱くなる。
「僕に屈辱を与えて、楽しいですか」
ひどく冷たい声色だった。
「いいえ。御身にはいつでも、心安らかにいてほしいと……」
その願いは、この状況にあまりにも不釣りあいだった。アーシェルも困惑したようにくちを閉じたので、言葉が宙を漂い、沈黙が密度を増していく。
ふたりはしばらく、ぎこちない沈黙のなかで互いの瞳を見つめていた。
「……私を抱いてくださいませんか?」
唐突な言葉に、虹は目を瞠った。慎重な表情を見る限り、冗談をいったわけではなさそうだが、意図が不明だった。
「へぇ、今夜は僕の代わりに、アーシェルさんが脚を開いてくださるんですか?」
虹は、意地の悪い薄笑いを浮かべていった。アーシェルが多少なりとも
しかしアーシェルは、怒るどころか、花が綻ぶように微笑した。
「本望でございます」
身を起こし、素早く衣を脱ぎ捨てると、裸身で虹の胴をまたぐように膝たちになる。
己の魅力を知り尽くしているのだろう。視線一つで虹の身動きを封じて、
虹は殆ど無意識に、引き締まった腹筋に手を這わせた。触れると、なめらかな白い肌に、
「かわいがってくださいね……」
麗人が甘く請う。
したから仰ぎ見る肢体は、彫刻のように完璧に均整がとれており、無毛の肌は
長い腕、がっしりした肩、割れた腹筋、細く引き締まった腰……
「……いいんですか? 本当に、僕が挿れても……」
「祝着至極に存じます。これに勝る
艶めいた微笑を見ていると、
このように美しい男を、虹の好きにしていいだなんて――乱れる