FAの世界

2章:慶びごと - 10 -

 虹は、アーシェルと躰の位置を入れ替え、しとねに押し倒した。服を脱ぎ捨てると、顕になった素肌に熱い視線が這わされた。剥きだしの肌が敏感になって、全身を焔に炙られていく錯覚がした。
 心臓の鼓動を大きくしながら、彼の顔の横に手をつくと、夢にも予期しなかった感情が胸に湧きあがってくるのを感じた。
 ――色美しい蝶を、しとねに縫いとめているみたいだ。
 生まれて初めてといっていいかもしれない、男としての征服欲、支配欲を感じている。
 絹布けんぷに拡がる月白げっぱくの長髪に指を通すと、信じられないほどなめらかで、魅惑的な芳香と輝きに脳髄が痺れた。
「虹様……」
 腕のなかで、気持ちよさそうに目を細めるアーシェルを見つめる虹は、自然と顔を寄せて、くちびるを重ねた。
「ん……」
 柔らかな感触を確かめるように、表面を軽く触れあわせる。そっとむと、開いたあわいに誘われるように舌を挿しいれた。くちびるは燃えあがり、舌が触れあったとたんに踊りだした。躰が熱くなり、乳首は熱を孕んで勃ちあがろうとしている。そこに目を留めたアーシェルは、そっと突起を親指で押しこんだ。
「ぁっ」
 ぱっと顔を離した虹は、不埒な指を掴んだ。
「じっとしていて」
 わざと怒った風に命じると、アーシェルは小さく微笑して素直に腕をおろした。
 気を取り直して、引き締まった肢体に掌を滑らせる。体毛のない、天鵞絨びろうどのようになめらかで純白の姿態は、清楚であり艶麗えんれいだ。たくましい胸に乳首はなく、超俗した完全無比の天使を思わせる。
 虹は、ゆっくりと慎重に体重をかけて、アーシェルの硬度を保ったままの性器に、自身を触れあわせた。腰を押しつけあい、じれったい快感を分かちあう。肩口に顔を伏せると、しっとり汗ばんだ首筋に強く吸いついた。
「んっ……熱い、烙鉄やきがねのよう……嬉しい」
 アーシェルは低く、艶めいた呻き声を発した。虹は顔をあげると、蕩けた碧い双眸を覗きこんだ。
「いつもは僕が喘がされるから……仕返しです」
 ふふ、とアーシェルは花が綻ぶように微笑した。
「熱くて、快い……もう一度してください……もっと、貴方様の烙印を押してくださいませ」
 媚薬のような艶声は、低く柔らかく、蜜を含んで甘い。
 虹は期待通りに、少しずつ吸いつく位置をずらし、真珠粉をいたように煌めく肌に、紅い痕を散らしていく。
「ぁ……は、虹様……嬉しい……お慕いしております……っ」
 日頃の冷静さが嘘のような、興奮の滲んだ声だった。自分よりも体格のいい、美しい男が、頬を上気させて虹を上目遣いに見つめてくる。
 妖しい媚態にくらくらする思いで、虹は、アーシェルの膝裏に腕をいれた。アーシェルは従順に脚を開く。
 したたる切っ先を秘めた蕾にあてがうと、まるで愛撫をせがむように吸いつかれる感覚がして、ぞくりと背筋が震えた。
「……いい?」
 訊いた後で、ほぐさなければと頭の片隅に思ったが、アーシェルは頷いた。
「挿れてください」
 見つめあったまま、ゆっくりと慎重に体重をかけた。つぷり……亀頭が秘孔に飲まれていく。こうなることを予期して準備していたのか、入口は柔らかく綻んでいた。
「あぁ……虹様、嬉しい……っ」
 恍惚のため息に煽られながら、虹は歯を喰いしばり、少しずつ深く、慎重に、己を埋めていく。
 言葉にしようのない快さだった。媚肉に包まれて、えもいわれぬ甘い締めつけに体の芯が震える。
「動くよ」
 最初はごくそっと、慎重に、腰を前後に揺らし始めた。ゆったりした動きに反して、心臓は全力疾走したみたいに早鐘を打っている。
 人生初めての挿入は、想像以上だった。
 たちまち全身が燃えあがり、太古からの本能に衝き動かされて腰を振った。血潮のみなぎる陰茎をれてはだして、灼熱の鍛冶炉を烈しく攻めたる。乱暴にするつもりはなかったのに、原始的衝動に我を忘れた。
 蕩けていく艶声に情欲を煽られ、律動が早くなる。アーシェルも虹の細腰に脚を搦めてしがみついた。ぐっと引き寄せられて咄嗟に腕をついたが、さらに引き寄せられ、アーシェルの上に倒れこんだ。
「んっ」
 右の乳首にくちびるが触れた瞬間、彼の意図がようやく判った。離せ、とくちにする代わりに、パァンッと強く腰を打ちつけた。
「んァッ! ……飲ませて、ください……ぁンッ」
 穿うがたれながら、アーシェルは執拗に舌を伸ばしてくる。乳首を舌と口蓋のあいだに挟み、緩急をつけて吸いついた。
「くぅっ……は……っ」
 思いがけない刺激に虹は身じろぐが、アーシェルは虹の尻と腿にたくましい脚をからめて離そうとしない。右を吸われながら左を指で摘まれ、熟れた果実から甘い蜜が垂れた。
「吸わないで……っ」
 狼狽える虹を押さえこみ、アーシェルは喉を鳴らして、蜜をせがむ。
 じゅっじゅっと吸われるうちに、曖昧な観念の霧が頭を覆っていった。男として腰を振りながら、女のように胸を愛撫されている。果たして貪られているのはどちらなのだろう?
「嗚呼、美味し、ん、甘い……このかおり、酔ってしまいそう……っ」
 恍惚のなかでアーシェルが囁いた。薔薇色に上気する頬、潤んだ瞳……その煽情的な表情に、虹は魅せられた。
「嗚呼、虹様っ、もっと突いて、王錫おうしゃくで私を突いてくださいませっ」
 甘く掠れた声に請われ、全身全霊で腰を振った。前に後ろに、臼挽きのように螺旋を描いて、ぬかるんだ媚肉を突きあげた。悦楽の階段を駆けあがり、陰嚢と陰茎にぐっと熱が集まる。
「ぅ、きそ……あぁ、くっ!」
 次の瞬間、びくっびくっと虹は全身を沸騰させて、アーシェルのなかに灼熱を解き放った。
「あ、あぁ……虹様……こんな……っ」
 さざなみのように震えながら、アーシェルもまた達した。彼の吐精は、虹よりもはるかに長かった。堰を切ったようにあふれでる白濁をそのままに、無意識下に腰を揺らして、虹の腰に擦りつけようとする。
 絶頂の痙攣がおさまるのを待ってから、虹は、ゆっくり自身を引き抜いた。精魂尽き果て、たくましい躰に倒れこんだ。肩で息をしていると、ふたつの腕が背に回され、ぎゅっと抱きしめられた。
 快い倦怠感に浸されて、虹はそのままじっとしていたが、熱い掌が背筋をおりていくと、思わずその手を掴んだ。
「こら……」
 窘めるが、不埒な手の動きは止まらず、大胆に尻を包みこんだ。びくっとする虹を宥めるように、ちゅ、ちゅっと、触れられるところにキスの雨をふらせながら、淫らに尻を揉みしだく。
「だめ……っ」
 ぐっと尻肉を左右に割り開かれ、秘孔が疼いた。つ……と指がなぞりあげる。
「交代いたしましょう」
 紅く染まった耳に囁いて、アーシェルは一瞬にして体位を入れ替えると、虹の太腿をぐっと高くもちあげた。
 えっ、と虹は狼狽えるが、アーシェルは荒い呼吸をつきながら、じっくりと局部を覗きこんでくる。暖かな吐息が敏感なところに触れて、秘孔がひくひくしてしまう。
「見ないで……」
 羞恥に震える虹に、アーシェルは悪甘わるあまい蠱惑的な微笑を浮かべた。
「蜜をこぼしていらっしゃいますね」
 後ろめたい羞恥に、かぁっと顔が熱くなった。挿入しながら後ろを欲していたなんて――これでは淫乱宗教を笑えない。
「嗚呼……なんて甘い香り……」
 アーシェルは陶然と呟くと、蜜にまみれた勃起をくちに含んだ。
「ひぁッ!?」
 のけ反る虹を押さえつけたまま、アーシェルは舌を搦めた。蜜口を優しく吸いながら、ふっくらとした蕾にゆっくりと指をもぐらせる。
「抜いて……っ」
 腰を引こうとするが、太腿はしっかりと固定されて動けない。押し拓くような指の動きに、蕾は少しずつほころんでいき、蜜が溢れるほどにアーシェルの指を濡らした。
「……このように潤んで、ぁ、はぁっ……お慰め、いたします……」
 震える虹の太腿を固定したまま、屹立を舐めあげ、舐めおろし……陰嚢をしゃぶりたて、ひくつく孔に躊躇いもなく舌を挿しこんだ。
「あッ! ふ……ぁンッ……やだぁ……っ」
 脚を開かされたまま、舌で突かれまくる。
 熟れた孔に舌が乱暴にでいりするたびに、あたたかい血液がどくどくと躰を流れるのを感じる。先ほどの仕返しなのだろうか?
「も、やめて……離して……っ」
 腕を伸ばして、股間にうずくまる頭を押しやろうとするが、全身が海月くらげのようにフニャフニャで、ちっとも力が入らない。
 一番柔らかいところを舌に犯されながら、濡れた屹立を指に愛撫されて、羞恥に身を縮めようとすれば、あやすように、或いは戯れのように陰嚢を鼻先で揺らしてくる。
「やぁっ……くふぅ、ン……」
 時折匂いを嗅ぐように息を吸いこむのが恥ずかしかくて、やめて、やめてと、虹は涙声で訴えるが、アーシェルの愛撫は容赦なかった。性感帯を絶妙に刺激されて、抗う術もなく悦楽の淵に追いやられる。
「だめぇッ!」
 とうとう虹は、躰をピンとそらせて叫んだ。
 もはや一滴もでないと思った陰茎は昂り、震えて、かすかに汐噴きすら披露した。乳首と秘孔からも、とぷっと弾けるように蜜が溢れでるのが判った。
 嗚呼――先ほどまでたぎる精力で突きあげていたのに、今はまるで女のように尻を愛撫されて、快楽けらくむさぼっているなんて……
「嗚呼、虹様っ……なんて可憐な御汐噴きでありましょうか……っ」
 アーシェルは感極まったように囁くと、躰を起こして虹の腰を掴んだ。とろとろに蕩けた秘孔を、熱塊で一気に奥まで貫いた。
「ひゃぁあンッ!」
 痛みにも似た熱が、躰を駆け巡った。
 唇を荒々しく塞がれあて、くぐもった声をあげながら、虹は揺さぶられる。
「んぅっ、ん、ふッ、ぁ、んぁ、ンッ!」
 奥を突かれるたびに腰が撥ねる。逃げられない。気が狂いそうな暴力的快楽に翻弄されて、躰の奥からとめどなく熱が噴きだしてくる。
 律動を刻みながら、アーシェルは上体を倒した。さざなみの如く震える躰を抱きしめたまま、力強く腰を振る。浅く、深く、緩急をつけて媚肉を突きあげ、虹を身もだえさせた。
「は、ぁ、だしますよ」
 耳元に吹きこまれて、虹は狼狽えた。
「だめ! 生まれるッ?」
「ふ、水晶ノ刻ではありません……孕みませんよ……土壌を、潤すだけです……っ」
「ぃや……っ」
 腕を突っ張っろうと試みるが、鋼の盾を押しているみたいに動かない。
「お厭ではないでしょう? こんなに、熱く絡みついてっ……私を欲して、くださっているのですからっ」
「んぅッ!!」
 くちびるを荒々しく奪われて、それ以上の反駁はんばくは水音に溶けて消えた。
 震える腿が痛いほど押し広げられる。思考は粉々に砕け散り、男の力強さ、熱さ、なまめかしい腰の動きだけが宇宙のすべてになった。
「んぅ、ンッ~~~~……ッ!」
 眼裏が白く燃えあがり、最奥に叩きつけるように、奔騰ほんとうする熱を注ぎこまれた。
 痙攣する虹を逃がさぬとばかりに押さえつけながら、最後の一滴まで注ぎきったアーシェルは、ゆっくりくちびるをほどいた。
「も、離して……」
 乙女のようにか細い声がでた。胎を優しく撫でさすられ、虹は弱弱しく震える。
「こうして……土壌を耕すのも、我らしもべの務め。きたるときに備えて、王の胎を潤して、ならしておくのです……」
 まれた肉棒が硬度を損なわぬことに、虹は恐れと官能を同時に感じた。
「ぅ……だめ、もぅ……っ」
 つながったまま、ふたたび腰を揺すられて、虹は力なく首を左右に振った。
「愛しております……虹様、もう一度……交歓いたしましょう……?」
 優しく躰を横に倒され、片脚を持ちあげられる。そのまま背後から貫かれた。
「あぅッ!」
 甘い乳のしたたる果実をくにくにと弄ばれて、くんっ、くんっ……緩やかに突きあげられるたびに、陰茎は涙を散らして煌めいた。
「はぁっ、ン、アーシェル……も、やめて……っ」
 掠れ声で虹は哀願する。
「いいえ、虹様、まだですよ……たっぷりと注がなくては……っ」
 ぐちゅんっ、淫靡な水音が天蓋に響いて、虹は、さっと羞恥に顔を赤らめた。
「やァ、熱い……」
 頬を寝台におしつけるが、逃げられない。頬を伝う涙を、アーシェルは舌で舐めとる。獣じみた、愛情と所有欲の滲んだ行為だった。
「ええ、とても熱い、ぬかるんでっ……なんて心地よい……素晴らしい土壌でございます……はぁ、もっともっと、突いて、さしあげます……ッ」
「厭、そんなっ……したら、生まれちゃう、よぉ……っ」
 虹は涙を湛えて哀訴するが、アーシェルの腰の動きはいや増した。力強く貪欲に、信じられないほど艶めかしく、白く泡立つ秘孔を突きあげる。
「あ、あ、あっ、ぁン! ィヤッ、そこっ……だめ、ぁ、あぅッ!!」
 短く嬌声をあげる虹を揺さぶり、胸の双粒から乳を溢れさせ、涙を散らすあるじ王杖おうじょうにも指を搦めた。
 淫らに攻めたてられ、ひくんひくんっ、虹は瀑布ばくふに流される葉のように身を震わせるしかない。崇敬の対象であるはずなのに、しとねではいたぶられ、啼かされてしまう。
「はぁ、はぁ、虹様っ……奥に、注ぎますよ」
 耳朶をみながら、アーシェルが吐息を吹きこむように囁いた。
 ぞくりと虹の首筋に震えが走る。ぐんっとひときわ強く腰を打ちつけられた瞬間、交歓の淫靡な水音にまじって、己の鼓動が轟いて聴こえた。
「ぁ、あぁ~っ――……ッ!」
 全身を痙攣させて、脳が白くけるほどの絶頂においやられた。
 透明な飛沫を噴きあげながら、最奥に熱い飛沫をたっぷりと放たれた。
「虹様……」
 悦楽の微笑を浮かべて、アーシェルはくちびる寄せる。
 触れあう肌ににじんだ汗が、ふたりの躰を繋ぎあわせ、ひとつに溶けていく……愛撫の優しさ、親密さに涙がでそうになった。
 まるで恋人のような戯れだと思う。魔宴なぞ知らなければ、きっと勘違いしていただろう。
 たった今、アーシェルと愛を交わしたのだと。互いが唯一無二の、相思相愛の恋人になれたのだと。
 そんなはずがないのに……