FAの世界
2章:慶びごと - 5 -
奇妙な躰のうずきで目が醒めた。
寝台を囲う緞子 に鎖 されて視界は薄暗いが、仄かに陽が透けている。
思考がぼんやりして、状況をうまく把握できない。今何時だろう?
ともかく寝台を降りようとしたが、腰がくだけて動けなかった。
「な、なんだ?」
声がしゃがれている。
絹に指をすべらせ、はっとなる。
昨夜、寝台の絹は乱れに乱れて、池のように濡れていたはずだ。虹は夥 しい体液にまみれて……
「お早うございます、虹様。入ってもよろしいでしょうか?」
虹は射たれたように顔をあげた。彼の声を聴いた途端に、淫らな情交が脳裏をよぎり、全身が強張った。
「ぁ、しぇる……」
かすれた声がでて、虹は喉を押さえた。胸が激しく動悸している。
「失礼いたします」
閾 にかけられた金襴 の垂れ布をめくって、アーシェルが入ってきた。持ってきた盆を傍机に置き、寝台の緞子 を片側にまとめて結ぶと、翡翠の杯に冷えた檸檬水を注いで虹に手渡した。
「ありがとう……」
杯を受け取った虹は、くちをつけようとして、奇妙な既視感に眉をひそめた。
「檸檬水ですよ」
疑懼 を溶かそうとするように、アーシェルが穏やかに答える。
「……」
虹は恐る恐るひと口飲み、檸檬水と確信すると、一気に中身を飲み干した。
「……昨日飲んだ柘榴酒、何が入っていたんですか?」
強張った口調で虹は訊ねた。
「躰に害をなすものではありません。軽い幻覚を伴う、精神高揚飲料です」
虹は、怒りに両頬がかっと燃えるのを感じた。
「昨日は――」
文句をいいかけた次の瞬間、破廉恥極まりない己の痴態が脳裏をよぎり、言葉を失った。
(――なんてことだ。あれは現実なのか!)
えもいわれぬ芳香と輝き。照明の灯が、瞼の奥にちらついている。
狂気の沙汰だ。
己はいったい、何人の男と交わったのだろう?
この秘境世界は楽園などではない。呪われている。徹頭徹尾 、頽廃の極 に達した暗い神秘を崇める、醜悪な種族の棲み処なのだ!
彼らが虹に仕える隷 だなんて、とんでもない。獲物を貪る魔物ではないか。
しかし、激しい非難の念を抱いた後で、眉をひそめた。
被害者面で断じるには、淫楽的すぎたのだ。輪姦……といえるのだろうか。甘すぎる愛撫の余韻が、躰のそちこちに残っている。信じたくはないが、崇愛の生贄にされたことを、頭の片隅で、心のどこかで、まさか、悦んでいたのかと思うと、嗚呼――厭だ――脳がねじれそうになる。
「うぅ……っ」
苦悶の獣じみた呻き声が、くちびるから漏れた。
嗚呼、嗚呼。取り返し難い醜態を曝 してしまった。常識のいっさいを忘れて酔い痴れた記憶が、一種道徳的義憤のような鉄輪で心臓を緊 めつける。
「お躰は大丈夫ですか?」
強烈な自己嫌悪に沈む虹の背中に、アーシェルは優しく手をあてた。
そっと彼の顔色をうかがうと、心配そうな目でこちらを見ていた。その平穏さが、逆に恐ろしかった。あれだけのことをしておいて、なぜ、平然としていられるのだろう?
「……昨日のこと、覚えています……?」
もしかして己は、強烈な淫夢を見たのだろうか?
一縷 の願いをこめて訊ねると、アーシェルは花が綻ぶようにほほえんだ。
「もちろんでございます。昨夜は真に、素晴らしいひとときでした」
腹に強烈な一撃を喰らったような心地で、虹は震えた。
だというのに、天使長然と微笑するアーシェルに、昨夜の獣めいた雰囲気は微塵も感じられない。
「虹様の胎はまさしく原始の熱い土壌。燃えあがる一瞬のときのごとく、最初の種を注げたこと、まことに僥倖 でございました」
海よりも碧い瞳を甘く蕩けさせて、蜜月 のような空気を醸 しているが、虹は、躰が凍りついていくように感じられた。
「……夢じゃないのか」
昨日の朝まで、俗界離れした里の美しさに心を洗われ、清浄無垢な気持ちでいたのに、たったの一晩ですべて塗り替えられてしまった。
打ちのめされている虹の隣で、アーシェルは白皙 の頬を薄紅色に染めて、花のようなため息をもらしている。
「まさしく夢のように幸せなひとときでしたが、幸福な現実でございます。交歓は実を結び、腹に胤 を宿していらっしゃる」
するりと下腹部を撫でられ、虹はびくりと震えた。
「え……」
「水晶がおりてきていますね。祝着 至極に存じます」
畏敬と感嘆のいりまじった声だった。
「まじわりが実を結び、結晶として生まれ落ちるのです。さぁ、生誕の儀を始めましょう。虹様の蕾を拓かせてくださいませ」
「ぅわ、待って!」
足首を掴まれて、虹は慌てる。
「やめてくれ! 嫌だ、昨夜みたいなことは」
悲愴な声で訴える虹に、アーシェルは安心させるように笑みかけた。
「虹様、大丈夫ですよ。種蒔きは恙 なく終了しました。これから収穫するのです」
あからさまな表現に虹は眉をひそめる。
「収穫?」
「ええ、虹様の蕾が花開いて、無垢なる結晶が生まれるのですよ」
「えっ!?」
虹は腕を突きだして押しのけようとするが、びくともしない。溶接された鋼のごとく、強靭な力で足を開かされ、その間にアーシェルが膝をつく。
「やめて……」
また犯されるのかと怯えたが、アーシェルは慈しむように腹をさすっている。
「ここに胤 を宿していらっしゃいますね。感じますか?」
「……いや……?」
虹は暴れるのをやめて、己の躰の異変に意識を向けた。腹は大きくなっていないし、命を宿しているとも思えない……が、奥処 が蠕動 する奇妙な気配がした。
まさか本当に、尻から産まれるのだろうか?
そこは産むための器官ではないと思うが、そもそも、排泄行為が以前とは変わってしまった……老廃物の代わりに、蜜を噴きあげるのだ。乳首から、性器から、そして尻から。
表情の変化を注意深く見守っていたアーシェルは、始まりましたね、と冷静に告げた。背後を振り向いて手を鳴らすと、そこに待機していたのか、数人の隷 が間を置かずに寝室に入ってきた。
「なんで人を呼ぶんですか?」
怯える虹の手をとって、アーシェルは優しく両手で包みこんだ。
「一族の慶 びごとですから、本当は、皆が立ちあいたいのですよ。しかし全員は呼べませんから、出産補助をする聖術師に限らせていただきます」
「しゅっさん……出産????」
「決して痛くしませんから、御心配なさらず。どうか安心して身をお任せください」
「え、マジですか? 僕が子供を産むんですか??」
確かに下腹に異変は感じるが、赤ん坊が生まれる気配はない。陣痛など知る由 もないが、痛みはなく、それどころか甘い疼きを感じている。
「力を抜いて、楽にしてください。我々にお任せください」
「いや、無理です。やめて、嘘でしょ?」
躰の裡 から恐怖がせりあがってくる。
「嘘ではありません。我ら生命の真理 でございます」
左右にそれぞれ隷 が傅 き、ぐっと虹の足を持ちあげた。腰が浮いた隙に、アーシェルは下着ごと虹の衣を脱がせてしまった。
「待って!」
股間が外気にふれて、きゅっと縮む気がした。しかし蕾はひくついて、ぬめりのある蜜があふれでる錯覚がした。
「厭だ……っ」
顔を横に倒してぎゅっと目をつむる。
彼らは真面目な恭しい態度でいるが、虹は、滑稽で不合理に思えてならない。こちらの羞恥心などお構いなしに、脚を割り開いて、局部を覗きこもうとする。そのように軽蔑されていい行為を、なんら疑問を抱かず、神聖な儀式のように粛々と盲進するなんて信じられない。
「虹様、怖くありませんよ」
優しく囁いて、アーシェルは虹の顔に素早く小さなキスの雨を降らせた。その間にも下腹部を優しく撫でさすり、虹は秘孔がほころぶ感じに戦慄した。
「うぅ……何かでそう……厭だ、怖い……っ」
破滅に向かって急 き立てさせる、抗し難い、熱病じみた力が働きかけてくる。
「大丈夫ですよ。私がついております、虹様」
アーシェルは虹の肩や腕を撫で摩り、木の葉のように震える手を優しく握った。
「僕は、何を産むんですか?」
「ごく小さな水晶の珠でございますから、痛みはございません」
虹は唸った。
「……嘘だろ、なんで一日で生まれてくるんだ……」
昨日蒔かれた種がもう実を結ぶだなんて、いくらなんでも早すぎる。
心が追いつかない。
しかし躰のなかの燃える熱が、これから起こることを無慈悲に突きつけてくる。
太陽が大地を芽吹かせるように、虹の裡 で命が醗酵し、心と躰を熱く燃やす。それは、抵抗のしようのない急激で力強い開花であり、命の奔騰 だった。
「ん、んんっ……なんか、くるっ!」
混乱と恍惚のなかで、虹は歓喜を叫んだ。次の瞬間、押し拓かれた秘孔から小さな丸い水晶がぽんっと飛びだした。
「ぁっ!?」
一瞬、粗相をしてしまったのかと恐怖したが、すぐに違うことを悟った。
「なんて美しい水晶でしょう!」
「嗚呼、素晴らしい!」
「ありがとうございます、水晶の君」
隷 たちは口々に感嘆の声を洩らした。
「御覧ください、虹様。清らかな水晶ですよ」
小さな丸い透明水晶が、アーシェルの掌 にきらめいた。まさしく珠 のような……珠 だ。
「……これ、僕が産んだのですか?」
虹は水晶を凝視したまま訊ねた。
比喩でもなんでもない、まごうなき透明水晶である。これが虹の体内から、尻から産まれたなんてとても信じられないが、アーシェルも他の隷 も瞳を潤ませ、笑顔で頷いている。
恐る恐る指でつつくと、想像通りの無機質な、硬い感触が指先に伝わってきた。無色透明で清らかに美しいが、古 の沈黙を封じこめた琥珀のような、奇妙な脈動を感じる。
なぜ?
どうして?
疑問が胸に渦巻いたが、すぐに霧散した。尻の奥が、かぁっと熱くなったのだ。
「げっ」
蠕虫 めいた蜜が、太腿を流れ落ちていく。慌てて尻を引き締めるが、アーシェルは尻をぐっと掴んで開かせた。
「ぁ、何をっ!?」
「水晶の君、つぎの水晶がおりてきていますよ」
「えぇッ!?」
こぷりと蜜がさらに溢れて、甘い香りが漂う。ごくり……隷 は喉を鳴らしながら、産まれる瞬間を――ひくつく孔を凝視している。
「お上手ですよ、水晶の君。水晶が見えてきました。さあ、もっと力んで」
屈みこんで孔の奥を凝視しながら、アーシェルがやや興奮気味にいった。
「黙って!」
悪態をつきながら、虹は、下腹部に精一杯力をいれる。
肉筒をとおって生まれ落ちる瞬間、肉体全体を春の微風に撫でられたように乱れ慄いた。
「ぁん……っ」
艶めかしい声と共に、またひとつ、ころりと透明水晶が産まれた。
「なんと珠のような水晶であることか。御覧ください、虹様。貴方様の御子でございます」
アーシェルは産まれたばかりの水晶を、虹に見せた。
(御子って、水晶じゃねぇか)
心のなかで突っこむが、言葉にする余裕はなかった。まだ尻の奥が疼いているのだ。
アーシェルは水晶玉を綿にくるむと、傍にいる聖術師に渡した。恭しい手つきで受け取った隷 は、産まれたばかりの水晶を丁寧にぬぐい、どこかへ運んでいく。
その様子を、息を喘がせながら虹が見つめていると、アーシェルはほほえんだ。
「ご安心ください。揺籃 の泉に寝かせにいかせました。じきに孵化することでしょう」
(孵化??)
疑問に思うが、考えている暇はない。すぐにまた胎が熱くなり、身もだえながら、虹は丸い水晶を産んだ。四つ五つと産み落とすと、尻から大腿は蜜にまみれて、てらてらと淫靡に光っていた。
「うぅ、もう厭だ……っ」
絹を掴んで総身を震わせる。最後のひとつがどうしても産まれてこないのだ。躰の奥にあって、どうにも動いてくれない。
「でてこない……っ」
虹が弱弱しく訴えると、アーシェルは虹の足の間に膝をつき、大腿をもちあげた。
「何っ」
あらぬところに暖かな吐息が触れて、虹はびくりと震える。脚を閉じようとするが、万力のような力に阻まれる。
「手伝います、力を抜いて……ン」
しとどに濡れた隘路 を、熱い舌がなぞりあげた。
「ぁっ!」
昨夜の淫らな情事がいっぺんによみがえり、虹は身もだえた。アーシェルは大腿をがっちり押さえこみ、優しく、だが有無をいわせず舌を挿しいれた。
じゅる、じゅるる……っとすすられると、からだの奥の水晶が、少し動く気配がした。
「ふぅ、動いたっ」
「お上手ですよ、虹様。続けますね……ン」
あられもない声が迸りそうで、虹は己の拳に歯を立てる。しかし、左右に屈みこんだ隷 によって、無情にもその手をはがされてしまう。
「ぁンッ! あ、あっ、はぁっ、くふぅ、んッ」
甘い声がひっきりなしに迸り、隷 たちはさっと頬を紅潮させた。
濃密な空気が部屋を満たすが、アーシェルのほかには誰も、虹に不必要に触れようとしなかった。ただ水晶が無事に生まれれる瞬間を待ちわびて、愛撫に打ち震える肢体を熱心に観察しているのだった。
「やだ……ぁ、いやぁぁッ!」
ころん。最後の一つが、とうとう産まれ落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ」
荒い息を繰り返す虹の髪を、アーシェルは優しく、労りをこめて撫でた。
「御恵 み深き、我が水晶の君。虹様のおかげで、我ら千年の悲願は成就されました。幾千の感謝を。誠にありがとうございます」
感極まったように告げるアーシェルから、虹は目をそむけた。躰の裡 から己の世界が崩壊して、二度と修復できなくなっていくのを感じていた。
寝台を囲う
思考がぼんやりして、状況をうまく把握できない。今何時だろう?
ともかく寝台を降りようとしたが、腰がくだけて動けなかった。
「な、なんだ?」
声がしゃがれている。
絹に指をすべらせ、はっとなる。
昨夜、寝台の絹は乱れに乱れて、池のように濡れていたはずだ。虹は
「お早うございます、虹様。入ってもよろしいでしょうか?」
虹は射たれたように顔をあげた。彼の声を聴いた途端に、淫らな情交が脳裏をよぎり、全身が強張った。
「ぁ、しぇる……」
かすれた声がでて、虹は喉を押さえた。胸が激しく動悸している。
「失礼いたします」
「ありがとう……」
杯を受け取った虹は、くちをつけようとして、奇妙な既視感に眉をひそめた。
「檸檬水ですよ」
「……」
虹は恐る恐るひと口飲み、檸檬水と確信すると、一気に中身を飲み干した。
「……昨日飲んだ柘榴酒、何が入っていたんですか?」
強張った口調で虹は訊ねた。
「躰に害をなすものではありません。軽い幻覚を伴う、精神高揚飲料です」
虹は、怒りに両頬がかっと燃えるのを感じた。
「昨日は――」
文句をいいかけた次の瞬間、破廉恥極まりない己の痴態が脳裏をよぎり、言葉を失った。
(――なんてことだ。あれは現実なのか!)
えもいわれぬ芳香と輝き。照明の灯が、瞼の奥にちらついている。
狂気の沙汰だ。
己はいったい、何人の男と交わったのだろう?
この秘境世界は楽園などではない。呪われている。
彼らが虹に仕える
しかし、激しい非難の念を抱いた後で、眉をひそめた。
被害者面で断じるには、淫楽的すぎたのだ。輪姦……といえるのだろうか。甘すぎる愛撫の余韻が、躰のそちこちに残っている。信じたくはないが、崇愛の生贄にされたことを、頭の片隅で、心のどこかで、まさか、悦んでいたのかと思うと、嗚呼――厭だ――脳がねじれそうになる。
「うぅ……っ」
苦悶の獣じみた呻き声が、くちびるから漏れた。
嗚呼、嗚呼。取り返し難い醜態を
「お躰は大丈夫ですか?」
強烈な自己嫌悪に沈む虹の背中に、アーシェルは優しく手をあてた。
そっと彼の顔色をうかがうと、心配そうな目でこちらを見ていた。その平穏さが、逆に恐ろしかった。あれだけのことをしておいて、なぜ、平然としていられるのだろう?
「……昨日のこと、覚えています……?」
もしかして己は、強烈な淫夢を見たのだろうか?
「もちろんでございます。昨夜は真に、素晴らしいひとときでした」
腹に強烈な一撃を喰らったような心地で、虹は震えた。
だというのに、天使長然と微笑するアーシェルに、昨夜の獣めいた雰囲気は微塵も感じられない。
「虹様の胎はまさしく原始の熱い土壌。燃えあがる一瞬のときのごとく、最初の種を注げたこと、まことに
海よりも碧い瞳を甘く蕩けさせて、
「……夢じゃないのか」
昨日の朝まで、俗界離れした里の美しさに心を洗われ、清浄無垢な気持ちでいたのに、たったの一晩ですべて塗り替えられてしまった。
打ちのめされている虹の隣で、アーシェルは
「まさしく夢のように幸せなひとときでしたが、幸福な現実でございます。交歓は実を結び、腹に
するりと下腹部を撫でられ、虹はびくりと震えた。
「え……」
「水晶がおりてきていますね。
畏敬と感嘆のいりまじった声だった。
「まじわりが実を結び、結晶として生まれ落ちるのです。さぁ、生誕の儀を始めましょう。虹様の蕾を拓かせてくださいませ」
「ぅわ、待って!」
足首を掴まれて、虹は慌てる。
「やめてくれ! 嫌だ、昨夜みたいなことは」
悲愴な声で訴える虹に、アーシェルは安心させるように笑みかけた。
「虹様、大丈夫ですよ。種蒔きは
あからさまな表現に虹は眉をひそめる。
「収穫?」
「ええ、虹様の蕾が花開いて、無垢なる結晶が生まれるのですよ」
「えっ!?」
虹は腕を突きだして押しのけようとするが、びくともしない。溶接された鋼のごとく、強靭な力で足を開かされ、その間にアーシェルが膝をつく。
「やめて……」
また犯されるのかと怯えたが、アーシェルは慈しむように腹をさすっている。
「ここに
「……いや……?」
虹は暴れるのをやめて、己の躰の異変に意識を向けた。腹は大きくなっていないし、命を宿しているとも思えない……が、
まさか本当に、尻から産まれるのだろうか?
そこは産むための器官ではないと思うが、そもそも、排泄行為が以前とは変わってしまった……老廃物の代わりに、蜜を噴きあげるのだ。乳首から、性器から、そして尻から。
表情の変化を注意深く見守っていたアーシェルは、始まりましたね、と冷静に告げた。背後を振り向いて手を鳴らすと、そこに待機していたのか、数人の
「なんで人を呼ぶんですか?」
怯える虹の手をとって、アーシェルは優しく両手で包みこんだ。
「一族の
「しゅっさん……出産????」
「決して痛くしませんから、御心配なさらず。どうか安心して身をお任せください」
「え、マジですか? 僕が子供を産むんですか??」
確かに下腹に異変は感じるが、赤ん坊が生まれる気配はない。陣痛など知る
「力を抜いて、楽にしてください。我々にお任せください」
「いや、無理です。やめて、嘘でしょ?」
躰の
「嘘ではありません。我ら生命の
左右にそれぞれ
「待って!」
股間が外気にふれて、きゅっと縮む気がした。しかし蕾はひくついて、ぬめりのある蜜があふれでる錯覚がした。
「厭だ……っ」
顔を横に倒してぎゅっと目をつむる。
彼らは真面目な恭しい態度でいるが、虹は、滑稽で不合理に思えてならない。こちらの羞恥心などお構いなしに、脚を割り開いて、局部を覗きこもうとする。そのように軽蔑されていい行為を、なんら疑問を抱かず、神聖な儀式のように粛々と盲進するなんて信じられない。
「虹様、怖くありませんよ」
優しく囁いて、アーシェルは虹の顔に素早く小さなキスの雨を降らせた。その間にも下腹部を優しく撫でさすり、虹は秘孔がほころぶ感じに戦慄した。
「うぅ……何かでそう……厭だ、怖い……っ」
破滅に向かって
「大丈夫ですよ。私がついております、虹様」
アーシェルは虹の肩や腕を撫で摩り、木の葉のように震える手を優しく握った。
「僕は、何を産むんですか?」
「ごく小さな水晶の珠でございますから、痛みはございません」
虹は唸った。
「……嘘だろ、なんで一日で生まれてくるんだ……」
昨日蒔かれた種がもう実を結ぶだなんて、いくらなんでも早すぎる。
心が追いつかない。
しかし躰のなかの燃える熱が、これから起こることを無慈悲に突きつけてくる。
太陽が大地を芽吹かせるように、虹の
「ん、んんっ……なんか、くるっ!」
混乱と恍惚のなかで、虹は歓喜を叫んだ。次の瞬間、押し拓かれた秘孔から小さな丸い水晶がぽんっと飛びだした。
「ぁっ!?」
一瞬、粗相をしてしまったのかと恐怖したが、すぐに違うことを悟った。
「なんて美しい水晶でしょう!」
「嗚呼、素晴らしい!」
「ありがとうございます、水晶の君」
「御覧ください、虹様。清らかな水晶ですよ」
小さな丸い透明水晶が、アーシェルの
「……これ、僕が産んだのですか?」
虹は水晶を凝視したまま訊ねた。
比喩でもなんでもない、まごうなき透明水晶である。これが虹の体内から、尻から産まれたなんてとても信じられないが、アーシェルも他の
恐る恐る指でつつくと、想像通りの無機質な、硬い感触が指先に伝わってきた。無色透明で清らかに美しいが、
なぜ?
どうして?
疑問が胸に渦巻いたが、すぐに霧散した。尻の奥が、かぁっと熱くなったのだ。
「げっ」
「ぁ、何をっ!?」
「水晶の君、つぎの水晶がおりてきていますよ」
「えぇッ!?」
こぷりと蜜がさらに溢れて、甘い香りが漂う。ごくり……
「お上手ですよ、水晶の君。水晶が見えてきました。さあ、もっと力んで」
屈みこんで孔の奥を凝視しながら、アーシェルがやや興奮気味にいった。
「黙って!」
悪態をつきながら、虹は、下腹部に精一杯力をいれる。
肉筒をとおって生まれ落ちる瞬間、肉体全体を春の微風に撫でられたように乱れ慄いた。
「ぁん……っ」
艶めかしい声と共に、またひとつ、ころりと透明水晶が産まれた。
「なんと珠のような水晶であることか。御覧ください、虹様。貴方様の御子でございます」
アーシェルは産まれたばかりの水晶を、虹に見せた。
(御子って、水晶じゃねぇか)
心のなかで突っこむが、言葉にする余裕はなかった。まだ尻の奥が疼いているのだ。
アーシェルは水晶玉を綿にくるむと、傍にいる聖術師に渡した。恭しい手つきで受け取った
その様子を、息を喘がせながら虹が見つめていると、アーシェルはほほえんだ。
「ご安心ください。
(孵化??)
疑問に思うが、考えている暇はない。すぐにまた胎が熱くなり、身もだえながら、虹は丸い水晶を産んだ。四つ五つと産み落とすと、尻から大腿は蜜にまみれて、てらてらと淫靡に光っていた。
「うぅ、もう厭だ……っ」
絹を掴んで総身を震わせる。最後のひとつがどうしても産まれてこないのだ。躰の奥にあって、どうにも動いてくれない。
「でてこない……っ」
虹が弱弱しく訴えると、アーシェルは虹の足の間に膝をつき、大腿をもちあげた。
「何っ」
あらぬところに暖かな吐息が触れて、虹はびくりと震える。脚を閉じようとするが、万力のような力に阻まれる。
「手伝います、力を抜いて……ン」
しとどに濡れた
「ぁっ!」
昨夜の淫らな情事がいっぺんによみがえり、虹は身もだえた。アーシェルは大腿をがっちり押さえこみ、優しく、だが有無をいわせず舌を挿しいれた。
じゅる、じゅるる……っとすすられると、からだの奥の水晶が、少し動く気配がした。
「ふぅ、動いたっ」
「お上手ですよ、虹様。続けますね……ン」
あられもない声が迸りそうで、虹は己の拳に歯を立てる。しかし、左右に屈みこんだ
「ぁンッ! あ、あっ、はぁっ、くふぅ、んッ」
甘い声がひっきりなしに迸り、
濃密な空気が部屋を満たすが、アーシェルのほかには誰も、虹に不必要に触れようとしなかった。ただ水晶が無事に生まれれる瞬間を待ちわびて、愛撫に打ち震える肢体を熱心に観察しているのだった。
「やだ……ぁ、いやぁぁッ!」
ころん。最後の一つが、とうとう産まれ落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ」
荒い息を繰り返す虹の髪を、アーシェルは優しく、労りをこめて撫でた。
「
感極まったように告げるアーシェルから、虹は目をそむけた。躰の