FAの世界

2章:慶びごと - 2 -

(……あれ?)
 思ったよりも柘榴酒は強かったのだろうか。そこそこ飲める方だが、たった一杯で微醺びくんを通り越して酩酊してしまったらしい。ふらふらと千鳥足で、アーシェルに手を引いてもらわなければ、立っていられそうにない。
「おかしいな、なんだか酔っぱらったみたいで……ひょっとして僕の顔、紅いですか?」
「とてもお可愛らしくて魅力ですよ」
 そういいながらアーシェルは、虹の顔に恭しく面紗ヴェールをさげた。
 視界が模糊もことなり安堵する虹だが、彼に手を引かれて屋外にでると、人々のさざめきが聞こえてきて、不安に駆られた。
「大丈夫ですよ、虹様。私がついております」
 励まされて、虹は、小さく頷く。
 祭事を務める男たちが、四弦琴、すずの笛や縦笛で甘やかな旋律を奏でるなか、虹はどこぞの姫君のように、アーシェルに手をひかれて白煙の撫でる泉のうえを歩いた。
 泉の淵に立つと、こちらを仰ぎ見る大勢の群衆が眼下に見てとれた。
 これまで数人しか見たことがないので、段状の小池と、最下層の湖までも埋め尽くさんばかりの群衆に眩暈を覚える。
(水晶族って、こんなにいるのか)
 虹はぼんやりと夢見心地で群衆を眺めているが、群衆の方もまさしく夢見心地で虹を眺めていた。こんなに素晴らしいものは見たことがないという、真摯でひたむきな情熱に充ちた眼差しで、じっっと虹を見つめている。
 ――嗚呼、水晶の君……
 そちこちから讃嘆のため息が聞こえてくる。
 彼らは恍惚感にくずおれ、僥倖ぎょうこうに涙し、はたまた祈り文句を唱え、虹の顔をひと目見たいと歓声をあげた。我ら水晶の君、我らが君主、我ら征服者の御尊顔を、お声を聴けたら……と。
 彼らの期待に応えるように、アーシェルは長い指をつと伸ばし、虹の顔を隠す面紗ヴェールをもちあげた。
「「ああぁぁぁっ」」
 恍惚を帯びた讃嘆の声が生じる。アーシェルはさも満足そうに群衆を見回し、
「我らが王にあらせられる!」
 音楽的に響く、深みのある声で高らかに宣言した。秘儀めいた身のこなしで両腕を高く掲げ、さらなる大歓声を沸かせる。
 水晶族は、愛と畏敬と賛嘆の念に貫かれ、胸の高鳴りを聴き、危ういほど躰が昂るのを感じていた。絶対君主の降臨に、身を投じんばかりに屈した。恋に落ちた愚者の喜びを享受したのである。
 虹の方も、異常なほどの熱烈な歓呼に、恍惚めいた酩酊感がいや増すのを感じた。
「皆、虹様を讃えているのです」
 アーシェルは虹の耳元で囁いた。
「僕を……?」
 虹は唖然としながら、ひたむきで、熱い眼差しを向けてくる水晶族を見回した。
「さぁ、虹様」
 アーシェルは虹の背後に立ち、そっと外套を脱がせた。
「「ああぁぁ……」」
 そちこちから恍惚のため息がもれ聴こえた。素肌に万もの視線が突き刺さる。
 阿片を吸引したみたいに、虹はぼんやりした思考でいた。あれほど羞恥を覚えた格好であったのに、不思議と今は気にならない。
「ご覧ください。水晶の君の艶姿に、皆が感動しておりますよ」
 虹は緩慢な仕草で視線をしたに向ける。
 無数の目、目、目――おびただしい水晶族のしもべに、凝視されていた。
「おお、なんて美しい……」
「素晴らしい」
「我らが王だ」
 嘆賞のささめきが、四方から聴こえてくる。
 全身を舐めるように幾つもの視線が這いまわり、虹は吐息をもらした。甘い疼きのような、正体不明の熱波がゆらゆらと身のうちを揺蕩っている。
 ずくんと乳首が疼き、躰の芯が熱くなる。不思議に思って視線をさげると、しめりっけを帯びた乳首が視界に映った。
(え……?)
 平坦だったはずの胸が、ほんの少し膨らんでいる。乳首が熱い。ぽてりと赤く色づいて、何と淫靡いんびなものだろう――意識したとたんに、じわりと滲む気配があった。
「……胸が……?」
 まろい胸の双粒ふたつぶが、淫らに濡れている。
「なんと美しいのでしょう……熟れた双粒ふたつぶから、甘い香りがいたします」
 アーシェルはうっとりとした表情でつぶやいた。長くて形の良い指を伸ばし、赤く、ぽてりとした乳首をそっと摘まんだ。
「はぁ……っ」
 こぼれかけた嬌声をおさえこむように、虹は両手で口を覆った。
 訳が判らない。だが乳首を摘まれると、確かににじむ感じがした。
「ぅ……何、これ……」
「艶めいて……まるで朝露に濡れて光る、瑞々しい紅い果実でございますね。かおりをたっぷり含んで、食べ頃でいらっしゃる」
 睦言のように耳元で囁かれて、かぁっと頬が燃えるように熱くなった。
「さぁ、甘美なふたつの果実を、兄弟はいからにお与えください」
「離れて……」
 彼をおしのけようとするが、ちっとも力が入らない。アーシェルは優しく、だが有無をいわさぬ力で虹を抱きしめ、勃ちあがった乳頭を、親指の腹ですりあげた。
「んぁっ」
 躰に電流が流れた気がした。ごく小さな普段は気にもとめない器官が、異常なほど感じる。指で触れられているだけなのに、腰がびくびくと跳ねてしまう。
「溢れてきましたよ」
「ぁ、そんな……やめて……」
 乳白色の液体が乳首からあふれ、アーシェルの指を濡らす。虹は身をくねらせるが、小鳥のように脆弱で、乳がしたたるのを止められない。
 ぽたり。
 白い乳が一滴、湯に溶けた一刹那いちせつな、翡翠めいた温泉をきらきらと輝かせた。
「御覧ください、虹様の甘露で泉が蘇っていきます」
 ぽたり、ぽたり、乳が泉に垂れて溶けるたびに、泉はきらめき渡り、身を浸す群衆から恍惚の吐息がこぼれ落ちた。
 いつの間にか、虹の左右に水晶族の男が立ち、虹の背後から躰をもちあげた。抗う間もなく膝裏に腕をいれられ、両足をあられもなく割り広げられてしまう。
「やめて……」
 はっきり拒否したつもりだが、か細い声に過ぎなかった。
 万力のような腕に足を開かされて、とじることができない。ちあがった股間が、万人の目にさらされる。
「ぁ……やめて、こんなこと……」
 ありえないと思うのに、思考は靄がかり、精神は異常なほど凪いでいる。それでいて躰は火照っていて、まるで媚薬と鎮静剤を同時に接種したように感じられた。
「おかわいらしい、虹様。さぁ、御顔をあげて。皆が見ておりますよ」
 虹はぼんやりと潤んだ瞳で、美しい男を仰ぎ見た。熾天使のような麗貌に、狂信めいた気配が浮かんでいるのは、果たして気のせいだろうか?
「アーシェル、どうして……」
「恐れることはありません。もっと、もっと、聖寵せいちょうの泉を悦びで満たしましょう」
 アーシェルは慈愛に満ちた笑みを浮かべて、虹の股間に手を伸ばした。
「ぁ、あぁ……っ」
 いやらしい指遣いで、うえへしたに巧みに扱く。蜜口が喘いで涙をこぼすと、濡れた陰茎は淫靡に艶光り、じゅぷっぬちゅっ……水音を奏でる。飛び散るしずくは陽を浴びて、きらきら光る金剛ダイアモンドを思わせた。
 碧空へきくうのした、喘ぐ虹の痴態を、万もの群衆が、恍惚の表情で見つめている。
 ――果たしてこれは、現実なのだろうか?
 霞がかった頭で虹は疑問に思うが、あまりにも非現実的で、このときは、一種不可思議な解放感のとりこになっていた。ちりちりと肌を焦がす視線の愛撫に、恍惚たる忘我の歓喜に襲われた。
 全身を快楽に戦慄わななかせ、勃起を揺らす。悦楽の炎は高く燃えあがり、抑圧され悶えていた歓喜が、陰部のうちからせりあがってくる。精巣に、陰茎に、秘孔の奥処おくかはしり、ついに昇天のきわみに達した。
「ぁ、あッ、ン、ああぁぁ――~~ッ……!」
 最初にほとばしったは純粋な精液。陽のもとで乳白に輝く。しかしいっこうに止まる気配がせぬ。
 白蜜の噴水は高く、途方もなくしなやかな弧を描いてしたに向かい、落下しながら霧散し、光の反射で、大気に七色の橋をかけた。
「「おぉ、なんと美しい御汐噴き!」」
「「瑞兆ずいちょうだ」」
「「素晴らしい! 御汐噴きだ」」
 見守る水晶族から、讃嘆のため息が溢れた。
「あ! はぁッ、とまらなぃっ」
 虹は悦楽に打ち震えた。
 もはや人間の性的な分泌液ではなく、神秘の幽界の気体めいた物資より成るに至り、己であり己でないもの、偉大な命の血潮が、虹のなかに入ってきて、勃然と噴きあがるばかり。
「なんて素晴らしい、真に名はていを顕すのですね。虹様の御汐噴きは、我らをほがうように七色の橋を架けてくださいました。嗚呼、これほど見事なお披露目がございましょうか!」
 抒情的な感情をあふれさせたアーシェルが、虹の性器を淫らがましく扱きながら、歌うように言祝ことほぐ。
「やぁ、んっ……あ、あっ! あッ!!」
 甲走かんばしる声が止まらない。腰の震えも。びくんびくんっと脈打つ性器から、乳白色の液体がとめどなくあふるる。
 混沌のきわみ
 神々の眷属を思わせる、清廉で、禁欲的に見える水晶族は、虹の痴態を嘲り笑うどころか、随喜渇仰ずいきかつごうの涙をあふれさせ、ばたばたと失神していく。
 幸福の熱と眩暈に陽気、悦びが伝播でんぱし、一種の熱狂的な感情に誰もがひたされていた。
 ながい吐精を終えて、最後のかすかな残滓ざんしがアーシェルの指につと垂れたあと、虹は全身を弛緩させた。と、力強い腕に抱きあげられた。
「虹様、御立派でしたよ。大慶たいけいの祝宴の始まりに相応しい、見事な御汐噴きでした」
 頬を紅潮させ、目を潤ませたアーシェルが興奮気味にいった。
 虹は返事を迷ったが、アーシェルが歩きだしたので、別の疑問をくちにした。
「……どこにいくんですか」
「いと高きよろこびの住居すまいです。千年ぶりの聖餐で、我ら・・は王と交歓の栄誉に預かるのです」
「交歓……」
「ええ、御身の奥処おくかに種を蒔くのです。次代を担う、水晶のたねが宿りますように」
 穏やかにアーシェルが告げた。けれども碧い瞳は、暗い狂熱の光を帯びている気がした。
 ぼんやりした思考で虹は、つまり、自分は輪姦されるのだろうかと思った。
 恐怖して然るべきなのに、躰の奥処おくかが疼いて仕方がない。ある名状しがたい予感がもたらす陶酔感に捕らわれて、腕のなかでじっとしていた。