DAWN FANTASY
4章:一つの解、全ての鍵 - 7 -
やがて静寂が辺りを満たすと、ランティスは戦闘の構えを解いた。短く瞬間移動を繰り返しながら、七海の傍に戻ってきた。
目の前にランティスが顕れた時、七海は飛びつく勢いで彼に抱きついた。
「おかえりなさいっ」
「七海」
彼も両腕で力強く抱きしめ返してくれる。
しばらくお互い感無量になって、言葉もなく、ただ優しいぬくもりを受け取っていた。
「……七海」
ゆっくり抱擁をほどいたランティスは、七海に見えるように、掌 を開いてみせた。
「****黄金 ****」
「これ……」
聖刻文字 を意匠された正円の黄金だ。怪蛇 を倒して手に入れたのだろうか?
問いかけるように碧眼を見つめると、肯定の眼差しが返された。ランティスは不可思議な淡い虹色の膜でふたりを包むと、音も振動もなく、ふわりと宙へ浮きあがった。
「うわっ」
思わず七海はランティスにしがみついた。もう何度か経験しているが、地面が遠ざかるにつれて視覚的な不安を覚えてしまう。
下を見ないですむように顔をあげると、壁に穿たれた大穴、不思議な大気のレンズを思わせる巨大な窓へと近づくにつれて、壁面装飾に何か剥がされたような、直径五センチ程度の正円の跡があることに気がついた。
なかなか彼の意図が判らなかったが、壁に手の届く距離まで近づき、ランティスが円型の黄金を一枚取りだして壁に嵌めた時、ようやく判った。
「あ! すごい、ぴったり……」
唖然とする七海の隣で、彼は、等間隔に壁に遺された穴跡に、一つ一つ、黄金を嵌めていった。
彼が苦心して黄金を集めていたのは、このためだったのだ!
……全てを嵌め終えた時に果たして何が起きるのだろう?
戦々恐々と見守っているうちに、大窓をぐるりと一周し、数百枚もの黄金を全て嵌め終えた。
「……何が起こるの?」
七海が不安げに訊ねると、ランティスは七海の肩を強く抱き寄せた。
次の瞬間、超新星の爆発のように目眩 く輝きが放たれた。
「何っ!?」
七海は咄嗟にランティスにしがみついた。力強い腕に肩を抱き寄せられる。
凪いだ水面に渦が起こり、黒洞々 たる煉獄の門が開かれた。
なんてこと――恐ろしい悪疫 が吹きだすのではないかと七海は戦慄したが、その逆で、黒い瘴気が吸いこまれていく。
“だあああぁぁぁぁぁせぇぇぇぇええええぇぇぇぇっ”
“いぃぃぃいぃぃぃやあぁぁぁあぁぁぁだあぁぁぁあぁぁぁっ”
幾つもの狂奔の叫びが谺 し、不協和音となって岩壁に反響する。
しかるべき配置についた聖なる黄金により、禍 つ疫癘 が、此の世と隔絶された冥府へ押しこめられようとしているのだ。
だが、それに抗う者がいた。
夜闇よりもなお昏い、悪の精髄 たる怪蛇 である。
“ナ・ナ・ミイイィィィィィィッ”
姿なき幻影となって尚、大音声 で怒りの咆哮を叫ぶ。しかし、黄金の煌めきが怪蛇 を貫いた。
“ぎゃあぁぁぁあああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁ”
断末魔の苦悶 で巨体をくねらせ、のたうちまわる。目の錯覚なのか銀の鱗は剥げ斑 になり、しまいには正体不明の黒い瘴気となって溶け消えていく。
超次元の扉が開き、魔塔に蟠 る真闇 を吸いこんでいるのだ。
やがて全ての音がやんだ時、煉獄の門は閉ざされ、巨大な黒い棚が顕れた。
無限の棚に無限の瓶が陳列している。整然と並ぶ様は美しいが、瓶の一つ一つに得体の知れぬ心臓がおさめられており、邪悪で血腥 い。
この煉獄に通じる魔塔は、実は獰猛な獣で、陳列された瓶は戦利品ともいえる獲物の腐肉なのかもしれない。
「ぃやっ」
本能的に七海は目を背けようとしたが、ランティスに肩を掴まれた。
「七海。目を開けて
」
ランティスは、ゆっくりと陳列棚を指差すと、
「立体パズル 。開けて 」
預言者めいた口調で囁いた。
「立体パズル ……」
七海は口ずさみながら、ある予感が胸に兆 すのを感じた。
立体パズル から連想されるのは、見た目通りではないということ。謎を紐解くための、特別な仕掛けがあること。
(この陳列棚も、見た目通りではない……秘密が隠されている?)
「ダイジョウブ、あなたは ウテ・カ・エリキサ*******」
「私?」
戸惑う七海に、ランティスは掌をひらいてみせた。宇宙樹 の葉が一枚、乗せられている。
きらきらと仄碧い光を見つめていると、不意に遠い日の記憶が蘇った。
小さい頃に見た夢――落ちていく夢のなかで、異次元の色彩を見たことがある。きらきらと仄碧い光……あれは宇宙樹 だったのだ!
……なぜ宇宙樹 と、七海の夢が通じたのだろう?
偶然?
必然?
判らないが、恐らく宇宙樹 はこの魔塔の番人で、黄金の力と共に魔物を封じていた。けれども、欲に目の眩んだ大勢の闖入者により、その封印を脅かされよとしていた。
だから誰かに助けを求めていた?
少なくともランティスは、封印を修復するためにここへやってきた。そのために彼は黄金を集めていたのだ。
では彼が七海に、立体パズル を開けろというのは?
……判らないが、彼にできないことなのだろう。でなければ七海に頼んだリしない。
そんなことが此の世に存在するのかと疑問に思うが、彼にできなくて七海にできることがあるとすれば、神様の――宇宙樹 の恩恵 を知らぬうちに――夢のなかで授かったとしか思えない。
七海は与えられた“恩恵”を発揮すべく、ここへ呼ばれたと仮定すれば、一応説明がつく。あの最初の部屋にランティスがいたことも、“庇護者であれ”と宇宙樹 に導かれたのかもしれない。
けれども、彼女 に見つかってしまった。
欲深い魂を貪り、力を蓄えながら、機が訪れるのを狡猾に待っていた疫癘 の妖魔に。
あの最初の時、かくも忌まわしい茨の鎖に心臓を絡め捕られかけたけれど、ランティスが救ってくれた。妖魔に魂を明け渡さぬよう、傍で護ってくれた。
(だから彼女 は、ランティスさんが邪魔だったんだ。私の疑心を煽って、心を弱らせようとした)
けれども七海がランティスに心を開いたから、引き離すのではなく、利用することにした。旅館の窓を七海に開けさせた時も、彼の姿を借りて七海を欺いたのだ。
七海は立体パズル を開けられる。実際に硝子の箱から真珠を取りだすこともできた。彼女 もそれを知っている。だから“扉を開けて”と七海に囁いた……それは、つまり――
「もしかして、ウテ・カ・エリキサって、鍵?」
叡智を湛えた碧氷の眸が、そうだと囁いている。
智の回廊が開けて、分散した情報が一つの答えに集約されていく。
ウテ・カ・エリキサ――世界の秘薬であり秘鑰 ――万能の鍵。
それが宇宙樹 の恩恵だ。
七海がウテ・カ・エリキサなら、此の世に開けられない扉はない。
どのような材質、大きさ、仕掛けがあろうとも関係がない。どんな扉でも開けられる。たとえそれが異界の扉でも。だから妖魔に狙われたのだ。
「わかった。私が秘鑰 なんだ」
一つの解 が、全ての鍵 に繋がった。
目の前にランティスが顕れた時、七海は飛びつく勢いで彼に抱きついた。
「おかえりなさいっ」
「七海」
彼も両腕で力強く抱きしめ返してくれる。
しばらくお互い感無量になって、言葉もなく、ただ優しいぬくもりを受け取っていた。
「……七海」
ゆっくり抱擁をほどいたランティスは、七海に見えるように、
「****
「これ……」
問いかけるように碧眼を見つめると、肯定の眼差しが返された。ランティスは不可思議な淡い虹色の膜でふたりを包むと、音も振動もなく、ふわりと宙へ浮きあがった。
「うわっ」
思わず七海はランティスにしがみついた。もう何度か経験しているが、地面が遠ざかるにつれて視覚的な不安を覚えてしまう。
下を見ないですむように顔をあげると、壁に穿たれた大穴、不思議な大気のレンズを思わせる巨大な窓へと近づくにつれて、壁面装飾に何か剥がされたような、直径五センチ程度の正円の跡があることに気がついた。
なかなか彼の意図が判らなかったが、壁に手の届く距離まで近づき、ランティスが円型の黄金を一枚取りだして壁に嵌めた時、ようやく判った。
「あ! すごい、ぴったり……」
唖然とする七海の隣で、彼は、等間隔に壁に遺された穴跡に、一つ一つ、黄金を嵌めていった。
彼が苦心して黄金を集めていたのは、このためだったのだ!
……全てを嵌め終えた時に果たして何が起きるのだろう?
戦々恐々と見守っているうちに、大窓をぐるりと一周し、数百枚もの黄金を全て嵌め終えた。
「……何が起こるの?」
七海が不安げに訊ねると、ランティスは七海の肩を強く抱き寄せた。
次の瞬間、超新星の爆発のように
「何っ!?」
七海は咄嗟にランティスにしがみついた。力強い腕に肩を抱き寄せられる。
凪いだ水面に渦が起こり、
なんてこと――恐ろしい
“だあああぁぁぁぁぁせぇぇぇぇええええぇぇぇぇっ”
“いぃぃぃいぃぃぃやあぁぁぁあぁぁぁだあぁぁぁあぁぁぁっ”
幾つもの狂奔の叫びが
しかるべき配置についた聖なる黄金により、
だが、それに抗う者がいた。
夜闇よりもなお昏い、悪の
“ナ・ナ・ミイイィィィィィィッ”
姿なき幻影となって尚、
“ぎゃあぁぁぁあああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁ”
断末魔の
超次元の扉が開き、魔塔に
やがて全ての音がやんだ時、煉獄の門は閉ざされ、巨大な黒い棚が顕れた。
無限の棚に無限の瓶が陳列している。整然と並ぶ様は美しいが、瓶の一つ一つに得体の知れぬ心臓がおさめられており、邪悪で
この煉獄に通じる魔塔は、実は獰猛な獣で、陳列された瓶は戦利品ともいえる獲物の腐肉なのかもしれない。
「ぃやっ」
本能的に七海は目を背けようとしたが、ランティスに肩を掴まれた。
「七海。
ランティスは、ゆっくりと陳列棚を指差すと、
「
預言者めいた口調で囁いた。
「
七海は口ずさみながら、ある予感が胸に
(この陳列棚も、見た目通りではない……秘密が隠されている?)
「ダイジョウブ、
「私?」
戸惑う七海に、ランティスは掌をひらいてみせた。
きらきらと仄碧い光を見つめていると、不意に遠い日の記憶が蘇った。
小さい頃に見た夢――落ちていく夢のなかで、異次元の色彩を見たことがある。きらきらと仄碧い光……あれは
……なぜ
偶然?
必然?
判らないが、恐らく
だから誰かに助けを求めていた?
少なくともランティスは、封印を修復するためにここへやってきた。そのために彼は黄金を集めていたのだ。
では彼が七海に、
……判らないが、彼にできないことなのだろう。でなければ七海に頼んだリしない。
そんなことが此の世に存在するのかと疑問に思うが、彼にできなくて七海にできることがあるとすれば、神様の――
七海は与えられた“恩恵”を発揮すべく、ここへ呼ばれたと仮定すれば、一応説明がつく。あの最初の部屋にランティスがいたことも、“庇護者であれ”と
けれども、
欲深い魂を貪り、力を蓄えながら、機が訪れるのを狡猾に待っていた
あの最初の時、かくも忌まわしい茨の鎖に心臓を絡め捕られかけたけれど、ランティスが救ってくれた。妖魔に魂を明け渡さぬよう、傍で護ってくれた。
(だから
けれども七海がランティスに心を開いたから、引き離すのではなく、利用することにした。旅館の窓を七海に開けさせた時も、彼の姿を借りて七海を欺いたのだ。
七海は
「もしかして、ウテ・カ・エリキサって、鍵?」
叡智を湛えた碧氷の眸が、そうだと囁いている。
智の回廊が開けて、分散した情報が一つの答えに集約されていく。
ウテ・カ・エリキサ――世界の秘薬であり
それが
七海がウテ・カ・エリキサなら、此の世に開けられない扉はない。
どのような材質、大きさ、仕掛けがあろうとも関係がない。どんな扉でも開けられる。たとえそれが異界の扉でも。だから妖魔に狙われたのだ。
「わかった。私が
一つの