DAWN FANTASY
2章:最後の黄金 - 10 -
「七海、
優しく勇気づけるようにランティスがいう。
七海は素直に頷けなかった。彼がいくと決めたならば、七海に拒否権はないのだが、恐ろしいものは恐ろしい。
ここへきてから幾つの
動けずにうる七海を見おろし、ランティスは気遣わしげに黒髪を撫でた。長い指が青褪めた頬に触れて、親指が下唇をそっと押す。
「
七海は赤みのさした顔を俯かせて囁いた。
新たな困難の警句を
ランティスは肯定も否定もしなかった。無言で、ゆっくり顔を近づけてくる。
「待って!」
はっとなり、七海は彼の唇を両手で塞いだ。ランティスは小さく目を瞠ったが、心を汲み取ろうとするように、七海の目をじっと覗きこんできた。
「モア ティナって、いわゆる
「******、モア ティナ」
「心の呼応、交信です。えーと……先ず私が、心のなかで念じてみるので、受信してみてください」
七海は自分の胸に掌に押し当て、次にランティスの胸に掌を押し当てた。
「******?」
「唇で伝わるなら、心で感じることもできるかもしれない。なんといっても、ランティスさんは魔法遣いだし」
そういって七海は目を閉じると、胸の前で両手を組んだ。
「いきますよ。受信してみてください」
強く心に思った。
(ランティスさん、聴こえますか? ……七海です……今……貴方の心に……直接……呼びかけています)
やらずにはいられなかった。反省して深呼吸をする。
(……スミマセン、真面目にやります。えーと……いつもお世話になっています。危ないところを何度も助けて頂いて、本当に感謝しています……)
後から思えば、二十九歳のいい大人が、厨二の電波じみた言動をしているのだが、この時は本気だった。真剣に心のなかで唱えて、ランティスに伝えようとしていた。
(ランティスさんは、どうして私に優しくしてくれるのですか? 足手まといで精神の不安定な女に……幻聴は貴方を否定するけど、私は信じたい。こんな私にとても良くしてくれるから……)
交信の実験のつもりが、いつの間にか秘めた心の告白になっていた。
不意に肩に両手が乗り、七海はびくりとした。顔をあげて、目を開けた時、白銀のまつ毛の先端が触れるほど美貌が近づいていた。
「ぁ……だめ? 受信できませんか?」
彼の吐息が甘く香り、ゆっくりと唇が重なる。交信は失敗したのかと残念に思ったが、すぐに唇の魔法に囚われた。
ある意味、心の呼応は成功したのかもしれない。
彼の唇がいつになく優しく、思い遣りに充ちているように感じられたからだ。
触れるだけのキスを繰り返して、心象を伝えるというより、慈しみを伝えてくる。
互いの呼吸を交換して、交歓して、奇妙な浮遊感の
「ん……っ」
あたたかな舌が押し入ってくる。優しく舌を搦め捕られると、膝に力が入らなくなり、彼の首に両手を回した。
だが甘いキスに油断してはならない。どんな恐ろしい警告をされるのかと身構えていたが、彼の伝えてくる心象は意外なものだった。
街だ。
人だ。
人がいる!
迸るような興奮に貫かれて、七海は目を開けた。ランティスの胸に手をついて、澄み透った碧氷の瞳を覗きこんだ。
「塔のなかに、街があるんですか?」
「****、コプリタス」
そういって彼は身を引くと、いつか見せてくれた地図を広げて、ある領域を杖で指し示した。
「あ!」
七海は驚いた声をあげた。そういえば、彼は以前にもコプリタスと口にしていたことを思いだしたのだ。
「もしかして、今視せてくれた街が、コプリタスなのですか?」
期待に胸を膨らませて七海が訊ねると、ランティスは首肯してみせた。
「*****……
彼は説明を試みようとしたが途中で言葉を切り、七海の腰をぐっと引き寄せた。
「
七海は場違いな胸の高鳴りを感じながら、目を閉じた。
緊張したのは一瞬で、すぐに共有される映像に心を惹かれた。
信じられないが、巨大な洞窟のなかに街がある。
碧い泉に浮かぶ
樹々の並ぶ往来は
この摩訶不思議の塔で、生者はランティスと七海だけだと思っていたが、違ったらしい。
これは嬉しいサプライズだ。
思わずキスの合間に笑い声を漏らすと、ランティスが深く舌を搦めてきた。
「んぅ……っ」
激しく貪るようなキスに、映像を受信するどころではなくなった。理性的な情報共有は絶たれ、一瞬にして熱と欲望の交歓に変わってしまった。
うなじを撫でる指に愛撫を感じてしまい、全身が熱くなった。掌が背中からしたへと降りていくと、思わず呻きそうになる。どうにか理性を総動員させて胸に手をつくと、ランティスも手の動きを止めた。
最後に、唇を引っ張られるように吸われてから、キスはほどけた。
彼が腰を支えてくれていなければ、七海は膝から
ランティスもやり過ぎたと感じたのか、碧氷の瞳に、小さな驚きと照れ、恥ずかしさ入り混じったような色が、次々に交錯した。冷静沈着の仮面が剥がれて、当惑している素顔が覗いたような気がした。
なんでもできる超然とした無敵の魔法遣いが、血の通った一人の男性に見えて、七海は激しく困惑させられた。
会話もままならないのに、官能的なキスばかりしているからいけないのだ。女として求められているのだと、勘違いしてしまいそうになる。
落ち着きなさい。七海が自分にいいきかせている横で、既に落ち着きを取り戻しているランティスは、静かに扉を開けた。
「七海、
一瞬、扉の向こうに街があるのかと期待したが、