COCA・GANG・STAR
3章:C9H - 6 -
午後二三時〇三分。
刹那。撃鉄が鳴った。
武装兵の敵襲を見てとり、敵陣営が引き金をひいた。それよりも早く、C9Hの戦闘要員が男の眉間を貫く――
優輝の前には、対ライフル用
合間から僅かに覗く光景を、優輝は固唾を呑んで凝視していた。
人が、殺し合っている。
血と硝煙の匂い。断末魔。想像を絶する暴力に、灰色の部屋は瞬く間に血に染まっていく。
流れ弾が防弾楯にぶち当たり、火花を散らした。
「ひっ!!」
優輝は悲鳴を上げると、頭を庇う姿勢で蹲った――恐ろしい狂乱が一刻も早く終わることを祈りながら。
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午後二三時〇三分。
刹那。撃鉄を起こした。
遊貴は、部屋の隅を背に守られる優輝を確認すると、両手に構えた二丁拳銃で蹂躙を開始した。
焦りも怒りも油断もない。
銃を持った相手に躊躇はしない――淡々と引き金をひく。
一発。
二発。
三発。
引き鉄をひいた分だけ、死体が転がる。弾丸は確実に骨を砕き、肉を裂いた。
ビバイルの戦闘員は少なくない。武器も悪くはない。
だが、遊貴の率いる戦闘部隊と比べては、雲泥万里の如き隔たりがある。最たるは、切羽詰まった形相だ。
遮蔽物のない空間で、照準される恐怖に打ち克ち、正確な射撃を繰り出すのは並大抵のことではない。必死極まる形相に対し、遊貴の率いる部隊は表情が剥落していた。
ほんの数分で、完全に制圧した。銃を構えた人間は、全員床に倒れ伏している。
「糞ったれ。どこがお坊ちゃんだよ」
味方の死体を楯にしていた眞鍋は、隙間から遊貴を照準していた。
銃撃が落ち着き、眞鍋の声を聞いて、優輝はそろりと身体を起こした。
死体の山。血の海の中で、揃いの腕章をつけた男達が、無傷で立っている。
恐るべき戦闘部隊の先頭に立っているのは、遊貴だ。彼は、そこにいるだけで、空間を圧倒し、全員を支配していた。
「どこの特殊部隊を連れてきたんだ?」
相対する遊貴と眞鍋を見て、優輝は慌てて口を押えた。心臓が煩いほど鳴っている。遊貴が狙われている――
鋼が咆哮した。
大きな反動で、眞鍋の腕が反り返る。
弾丸は遊貴をすり抜け、背後の壁にめり込んだ。発砲にも怯まず、遊貴は堂々と距離を縮めていく。
「どうした? 当たらないぜ?」
眞鍋は舌打ちするや、続けて発砲した。優輝は蒼白になったが、いずれも遊貴を傷つけることはなかった。
「碌に銃も持てないくせに、その装備は無謀過ぎるんじゃない?」
「るせぇッ!」
血走った眼で、眞鍋は吠えた。左腕で楯代わりの死体を支え、右腕のみで銃を構えている。その腕は、異様なほど震えていた。恐怖による痺れではない。麻薬の打ち過ぎによる副作用が、彼の身体を限界まで蝕んでいるのだ。
全弾打ちつくし、いよいよ眼の前に立つ遊貴を、眞鍋は青褪めた顔で見つめている。
「Fuckin junky」
遊貴は弧を描くように足を振り上げ、コンバットブーツの底を眞鍋の顔面に叩き込んだ。
白い欠片と、鮮血が飛び散った。眞鍋は、頭を壁に打ち付け、ずるずると頽れる。
冷然と見下ろす遊貴を仰いで、眞鍋は床に落ちていたトカレフを取ろうと腕を伸ばした。
「All or nothing. You know?」
遊貴は容赦しなかった。パスッと乾いた音を鳴らして、眞鍋の腿をぶち抜いた。
「ぐあぁあぁッ!!」
苦痛に満ちた絶叫が、血に染め上げられた部屋に反響した。
視界の暴力だ。もう耐えられない。何も見たくない、聞きたくない。優輝は固く眼を瞑り、両耳を手で塞いだ。
バタバタと廊下を走る足音と、人の怒号。銃撃音。空薬莢が床を叩く澄んだ音色に混じって、誰かの呻き声が聞こえた。
極限の恐怖の中、優輝が縮こまってガタガタと震えていると、唐突に両腕を掴まれた。
「ひあぁッ」
「俺だよ、優輝ちゃん」
目の前に遊貴がいた。紫の瞳に、紛れもない心配の色を浮かべている。柔らかな眼差しを見たら、あっという間に視界が潤んだ。
「ゆ、遊貴ぃ……」
「うん、よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
遊貴の頬に、血が飛び跳ねていた。優輝は、震える指を伸ばして、頬に触れた。
「け、怪我は」
「平気だよ」
天使のような笑みを浮かべて、遊貴は頬を撫でる優輝の手の上に、自分の手を重ねた。
ほっとしながら、恐る恐る遊貴の向こうに眼を向けた。
血の海に倒れ伏しているのは、一人や二人ではない。天井に繋がれていた、楠の姿は見当たらなかった。
顔を俯け、壁にだらしなくよりかかっている眞鍋を見て、優輝は小さく悲鳴を上げた。すぐに、掌で視界を覆われる。
「見ない方がいい。そのまま眼を閉じていて。安全な所に連れていってあげる」
「杏里は?」
「銃弾は急所を免れたけど、頭蓋の方はどうかな。さっき搬送したから、運が良ければ助かるんじゃない」
こんな時だというのに、茶飲み友達と雑談するかのように、遊貴の口調は和やかだ。思考が追いつかず、優輝は涙を流した。
「ひ……っく」
眦に柔らかな唇が触れた。今さっきの暴力が嘘のように、慈しみに溢れた優しい触れ方だ。
「泣かないで。もう大丈夫だよ、優輝ちゃん」
異常としか思えない。血の海の中で、こんなにも優しいキスができるなんて。
間違いなく眞鍋は狂っていたが、遊貴も、どこか壊れている。
引き金をひいた遊貴の姿が、脳裏にこびりついて離れない。遊貴は、眞鍋を……