COCA・GANG・STAR

3章:C9H - 3 -


 遊貴の家に転がり込んでから二日経つが、家の中で顔を合わせることは殆どなかった。優輝の外出には目を光らせるくせに、遊貴は夜になるとどこかへ出掛けてしまうからだ。
 今夜も、これから出かけるらしい遊貴の様子を、優輝はソファーに寝転がりながら視界の端に捉えていた。

「優輝ちゃん、先に寝てていいよ。たぶん、遅くなるから」

「……どこにいくの?」

「すぐ戻るよ」

 俺もいく、といってみたが、いつものように断られた。一人になるのは危険なのに、遊貴は絶対に許可しない。
 果たして、誰と会い、どんなことをしているのか……ビバイルに関係していることは間違いないが、遊貴は詳細を明かそうとしない。

「遅くなるかもしれないけど、絶対に帰ってくるから。優輝ちゃん、一人で外に出たら駄目だよ?」

「判ってるよ」

 出掛ける前の繰り言である。心配なのはそっちだ、そう思いつつ遊貴を玄関まで見送った。
 扉が閉まると、物音が止んで急に静かになったように感じる。一人きりで過ごすには、七LDKは広すぎるのだ。
 沈黙が嫌で、すぐにBGMをつけた。ノリのいい邦ロックが流れ出す。スカイプチャットをしながら、友哉とBLISをプレイすることにした。
 かれこれ一時間。
 ランキングに関係ない、気軽なノーマル戦をプレイしながら、他愛もない雑談に興じている。

『そういえば、ちょっと気になることがあったよ。過去一年間に麻薬絡みで死亡した人間を調べてみたら、元C9Hの人間が三人いたんだ』

「え?」

『国籍もバラバラの三人だけど、共通点があってさ。身体の一部に、“C”の刺青が彫られていたらしい』

「どうやって調べたんだよ」

『友達が持ってきた情報だよ。変死体だけど、画像見る?』

「断る」

 即答すると、友哉は笑った。

『知ってた。C9Hの社名って、九つに重なり合う瑞雲を意味しているらしいけど、Cはコカインのイニシャルでもあるよね』

「だから、麻薬の密売でもしてるんじゃないかって? 嘘くせぇぞー」

 優輝が鼻を鳴らすと、友哉も肩をすくめた。

『まぁ、陰謀論愛好家が喜びそうなネタだよね。この手の需要って、どこへいってもあるんだね。教えてくれた友達が、大の裏社会のゴシップ好きでさ……』

 話の途中で、優輝の携帯が鳴った。表示された名前を見て目を瞠る。

「杏里? どうした?」

『ユッキー! 一人? 何してる?』

 矢継ぎ早に問われて、優輝は面食らった。摘まんでいたチップスを離して、身体を起こす。

「一人だよ。遊貴の家でゲームしてる」

『木下遊貴はいないんだなッ!?』

「いないけど――」

『ユッキー、今すぐ家を出ろ』

「へ? なんで?」

『いいか、木下遊貴はとんでもない悪党だ。マジでヤバい。このままだと、俺もユッキーも殺される』

「は?」

『詳しいことは、会ってから話す。井ノ頭通りのTUTAYA前に今すぐきて』

「今から?」

 もう二〇時を過ぎている。これから出かけるのは面倒だし、遊貴との約束がある。

『時間がねぇんだよッ! とにかく逃げろッ、後で説明すっから!』

 沈黙を敏感に読んだ楠は、焦れったそうに急かした。

「訳判んねぇよ。ちゃんと説明しろよ」

『ここだけの話、GGGには大量の商品が積んである。木下遊貴はそいつを狙ってる。今夜、シャレにならねぇ戦闘部隊を連れて乗り込んでくるつもりだ』

「どういうこと? 遊貴がビバイルを――」

『拝島工場団地も一斉検挙するらしい。アイツ、何者なんだ? 黒田組と共同戦線張ってるんだよ。ビバイルに勝ち目はねぇ! 俺は逃げてきた。眞鍋の糞野郎、俺を囮に使うつもりだったんだ』

「おい、杏里ッ!!」

『後で説明するっていってるだろッ! いいからこいッ!!』

 切羽詰まった声を聞いて、優輝も心を決めた。冗談ではなく、非常事態のようだ。

「……判った。渋谷なら一〇分でいける。いくから、ちゃんと説明しろよ?」

『よし。変に荷物まとめたりするなよ? 目につく真似はするな。携帯と財布だけ持ってこい』

「判ったよ」

 うんざりして通話を切ると、会話を聞いていたらしい友哉が、ディスプレイの向こうで心配そうにこちらを見ていた。

「ごめん、ちょっと出る」

『優輝!』

 呼び止める声を振り切って、家を飛び出した。
 駅前のTUTAYAに到着すると、スクランブルの向こうから、楠が手を振りながらやってきた。
 友達に向ける笑みを浮かべたのは、一瞬だった。急に駆け出した楠は、優輝の腕を掴むなり走り出した。

「ちょっ!?」

「走れッ」

 訳も判らず、殆ど引きずられるように走った。背中から、物騒な連中がすごい形相で追いかけてくる。

「追われてんの!?」

「眞鍋だよ!」

 スクランブルをデタラメに走り、路地を曲がったところで、やたら背の高い黒人に囲まれた。

「!?」

 楠は走り抜けようとしたが、優輝はおののき、立ち止まってしまった。

「優輝ッ」

 叫んだのは、杏里だ。
 次の瞬間、後ろから伸びてきたグローブのような片手に、顔面を掴まれた。
 優輝は懸命に暴れたが、圧倒的な体格差に抗えない。口許を白布で塞がれた。麻酔薬の溶液を染み込ませた布だ。

 意識は、みるみるうちに遠のいた。