COCA・GANG・STAR

3章:C9H - 2 -


「ねぇ、優輝ちゃん。しばらく、俺の家にこない?」

 屋上で弁当を食べていると、唐突に遊貴がいった。

「えぇ?」

「心配なんだ」

「俺より自分の心配しなよ」

「もちろん、ちゃんと対策しているよ。唯一の心配要素が、優輝ちゃんなんだよ」

「眞鍋の狙いは遊貴だろ。マジで、組に入れてもらう為に遊貴のこと殺そうとしてるのかな」

「どうだろうね。いいように使われてるだけだと思うよ」

 自分のことなのに、遊貴はどうでも良さそうに応えた。

「余裕だなぁ。その自信はどこからくるんだ……」

「昔と違って、身体を張って殺人を犯しても、組織はそれほど厚遇しないよ」

「なんで?」

「手下の面倒を見るにも、金が要るからさ。臭い飯を我慢したら幹部入り、そんな時代はとっくに終わってる」

「……じゃあ、真鍋が遊貴を狙ってるっていうのは、ないと思う?」

「あいつ一人じゃ何もできないよ。俺にかすり傷すらつけられない。プロの殺し屋を雇ったとしても、ね」

 意外にもちゃんと応えてくれたので、常日頃の疑問を思い切って聞いてみることにした。

「ビバイルの裏には、誰がいるの?」

 緊張した面持ちの優輝を見て、逡巡の末に遊貴は口を開いた。

「……北城組だよ。都心にも進出している指定広域暴力団だ」

「なんで、眞鍋はヤクザになりたいんだろう」

「麻薬が欲しいんでしょ。それに、日本のヤクザには伝統がある。公安ハムが指定広域暴力団を定めたことも、要因の一つだと思うよ」

「どういうこと?」

「大規模犯罪組織のブランド化が進んだんだよ。ネームバリューに惹かれて、入りたがる奴が五万といる。差し出す名刺に代紋が入っているだけで、企業サラリーマンと変わらないよ」

「だからって、ヤバい薬を回したり、集団で人を襲ったり、やってることは犯罪じゃん! どうして、極道になろうと思うのか、俺には判んね」

「そこは、企業も極道も、所属していれば同じじゃない? シノギの為に(食っていく為に)働くだけでしょ」

「……遊貴は?」

「ん?」

 漠然とした疑問だった。犯罪にある種の境界線があるとするなら、遊貴はどちら側に立っているのだろう?

「警察に協力してるの?」

 うまく質問できず、湾曲した訊き方をすると、いいや、と遊貴は首を振った。

「ビバイルを潰す為に日本にきてるって、前に話してたじゃん」

「そうだけど、警察に協力しているわけじゃない」

「ビバイルを潰すっていうのは、つまりさ、北城組を潰すってこと?」

 恐らく、正解なのだろう。遊貴は肯定こそしなかったが、曖昧にほほえんだ。

「なぁ、黒田先輩とは何で揉めてるの?」

「優輝ちゃん、探偵にでもなったの?」

「知りたいんだ……駄目?」

 上目遣いに優輝が尋ねると、遊貴は微苦笑を浮かべた。

「知らずにいられるなら、その方が幸せだよ」

「……教えてくれないんだな」

 ぽつりと零れ落ちた声には、悄然とした響きが混じった。

「ごめんね。優輝ちゃんに嫌われたくないから、いえない」

 同情したような口調で、遊貴は優しく囁いた。甘く聞こえもするが、優輝は突き放されたと感じた。

「俺達ってさ……」

「ん?」

 本当のところ、彼は優輝のことをどう思っているのだろう?
 訊いてみたいが、反応を思うと躊躇ってしまう。しつこく問い詰めて、面倒だと思われるのは嫌だ。

「俺達って?」

 焦れたように、遊貴の方から言葉を継いだ。

「……なんでもない」

 躊躇った末、優輝は視線を逸らした。
 いつから、こんなに臆病になってしまったのだろう?
 これでは、遊貴ばかりを責められない。心を明かせないのは、優輝も同じだ。

「とにかく、俺の家においで」

「えぇ?」

 不満げに睨むと、目元にちゅっとキスされた。

「うぁっ」

 意表を突かれて、危うく転びかける優輝の腕を、遊貴は心得たように掴んだ。

「ね、いいでしょ?」

 神秘的な菫色の瞳に、魔性の光が灯る。美しい笑みに誘惑されて、優輝はつい頷いてしまった。